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ブッダ伝と『バーフバリ』

人間:提婆達多
人間:提婆達多

「デーヴァダッタ(提婆達多)の考え方のほうがインドの常識に近いんだよ」
ヒンドゥー教徒の友人が言った。
仏教にも詳しく、日本留学経験もある彼が云うには、ヴェーダを尊びカーストを重んじ戒律の厳格化と苦行を奨励したデーヴァダッタは伝統的なインドの価値観に準じており、人間平等と無常・苦・無我を説いたブッダのほうが、
「レジスタンス的だったんだよ」
じつは、数年前に交わしたこの会話が、拙著『反骨のブッダ』執筆動機の一つになっている。彼の示した視点に立てば、ブッダ滅後のインドで仏教がどんどん〈ブッダから遠くなっていった〉経緯の背景に横たわるものの輪郭が、朧気ながら見えてくるように思えたのだ。そして、仏教滅亡の歴史を再考することは、寺院の消滅すら語られる今日の日本を考える上でも重要なことだと思えた。
また、あまたの仏典において「豪も白法なき諸悪の首」とされる大悪人:提婆達多が、仏教の故国インドのヒンドゥー教においてはむしろ常識人とも見なされ得ること、そのデーヴァダッタ(調達とも音写)を日本の親鸞が、
「浄邦縁熟して調達、闍世をして逆害を興ぜしむ」(『教行信証』総序)
「提婆尊者」(『浄土和讃』)
と称えたことに、ありきたりな「教祖伝の悪役」で片付けてはならない人間デーヴァダッタ…例えば映画『沈黙 ~サイレンス 』のキチジローのような…を感じていた。
あえて口はばったい言い方をすれば、仏教徒各人がそれぞれに、
《みずからの内なるデーヴァダッタ》
を見失った時、仏教は滅亡に向かって滑り落ち始めるのではないだろうか。

閑話休題。
昨年末に日本で公開され、瞬く間に社会現象まで巻き起こした南インド映画『バーフバリ 王の凱旋』。私は、初日の初回上映を見に行って度肝を抜かれたと同時に、僭越ながら、我が意を得たり!と膝を打った。年明けに発売を控えていた『反骨のブッダ』で記したインド人の誇張癖、つまり〈盛り〉の文化が、徹底的に遺憾なく発揮されていたからだ。
しかも、テルグ語の台詞の随所にサンスクリット語が登場し、例えば「クシャットリア・ダルマ(武門の務め)」などは、ブッダ・ダルマ(仏法)との対比で考えると、仏教がインド社会にもたらしたその革新性が映像体験の実感を伴って理解できるはずだ。
さて、『バーフバリ』前後編にはインド神話の定番が様々なかたちで織り込まれている。『~王の凱旋』で物語の開始早々アマレンドラが暴れ象を鎮めるシーンなどは、ブッダの伝説にも同様のモチーフが使われている。ブッダ殺害を企てたデーヴァダッタは「酔象」をけしかけて踏み殺させようとするが、ブッダは暴れ象に偈を説いて鎮め、象は「聞き已りて 即ち前んで長跪し 如来の足を舐めぬ。その時 彼の象 即ち以て過を悔い 心自ら寧らず 即便に命終して三十三天に生ぜり」(増壱阿含経)。
しかし、凶暴化した象さんが偈(ポエム、歌)を聞いて後悔の念から即死する、とはいかにもインドの〈盛り〉文化!といえよう。大衆部初期の経典と見られる増壱阿含においてさえ、この過剰演出である。ゆえに『バーフバリ』が、大乗仏教を理解する上でも必見の作品であることは重ねて記す必要もなかろう。また、『バーフバリ』の悪役バラーラデーヴァ王は、
「あんな生き方しかできなかった提婆達多」
を知る上で、最良のヒントをくれるようにも、私は思えるのだ。

【写真上】日本公開『バーフバリ 王の凱旋』パンフレット裏表紙より
【下】拙著『反骨のブッダ』書影

新著『反骨のブッダ』

新著『反骨のブッダ』
新著『反骨のブッダ』
2018年1月11日(木)、私にとって七年ぶりの著書が発売される。題して、
『反骨のブッダ』~インドによみがえる本来の仏教~
出版社:コスモトゥーワン    1,512円(税込)

ISBN978-4-87795-361-4

この六年余りの間、溜まりに溜まった思いを噴出させた感もあるが、決して重苦しい書物ではなく、例えていうなら「よく晴れた日に窓を開け放った時のような気持ち」になってもらえるよう心掛けた。主たる読者層として一般の青年男女を想定し、日本を含む現代社会の諸問題を絡めつつ、文体はソリッドでエッジを利かせたものにしてある。
また特別に、巻頭言として、師父佐々井秀嶺の獅子吼とサインをもらった。
とはいうものの、発売する前にここでネタバレをするわけにもいかないので、現在Amazonに公開されているオビ裏の紹介文だけを記すにとどめる。


**********
「無常」  なげくことではない。変わらない安定より変化することに希望を見いだすこと
「苦」  ただ耐えることではない。一部の「楽」のために強いられる大勢の「苦」をなくすこと
「無我」  無私、滅私ではない。他ではなく自分に帰依して自由になること
「僧宝」  出家者ではない。手を携え互いに尊重し合う、共同体のこと
「慈悲」  情けをかけることではない。友愛によって自ら救済されること
**********

今回この企画の実現には、旧知の友の協力と、出版プロデューサー氏の英断によるところが大きい。なにしろ、私は最初の企画会議で、開口一番にこう言ったのだ。
「イマドキどこにでもあるハウツー物や癒し系、瞑想のススメや屁理屈大会の本ならば、私は降ります!」
このような甘えん坊の暴れん坊に、好き勝手をやらせてくれた「大人の方々」の御海恕によって、本書は上梓に漕ぎ着けたのである。この場を借りて、心からの感謝を申し上げたい。

…さて最後に〈わかるひとにはわかる〉喩えを用いて、本書全体のイメージを伝えよう。

前の『必生』がDeep Purpleの「Highway Star」だったとするなら、今度の『反骨』はLed Zeppelinの「Whole Lotta Love」である。そういうことだ。

阿育王伝説

阿育王伝説
阿育王伝説
阿育王伝説
去る10月14日、関東某所にて在日インド仏教徒の団体「B.A.I.A.E.」(アンベードカル博士国際教育協会)による『転法輪祭 (DHAMMA CHAKRA PRAVARTIN)』が開催された。
例年の行事ながら、今年は初夏にNHKの取材を受けたこともあり…その模様の一部は10月22日(日)Eテレ『こころの時代』05:00~06:00にて放送予定…彼らにとってとりわけ喜びに溢れた祭典となった。
云うまでもなく彼らは祖国インドにおいてはDalit=被抑圧階級であり、インドのTVで取り上げられる時は、殆どの場合、社会問題を扱う類いの番組に於いて、意味保留のカギッカッコ付きで紹介される。そういう彼らを、まったく同じ人間として真摯に取材してくださったNHKには、心からの感謝を申し上げたいと思う。
さて、転法輪祭の終盤、登壇した私は彼らにこう語った。(原語はヒンディー)

    如来等正覚、ならびに菩薩聖者アンベードカル博士に帰依し奉る。
善女人善男子の皆さん。本日10月14日は私たちにとって、現代インド仏教復活の記念日であり、それはまた、かつてインドを仏教国たらしめたアショーカ王が「法による統治」を宣言した日であると云われています。しかし、これは私たち仏教徒のためだけの記念日ではありません。全世界、全人類のための自由と平和の記念日であります。
今から2400年ほど前、ひとりの大王がいました。彼はその冷酷さと残虐性によって、世の人々からこのように渾名されていました。カーラ・アショーカ(暗黒の阿育)。
こんな伝説があります。
凄惨を極めたカリンガ国殲滅戦に勝利し、老人や女子供まで虐殺したアショーカ王は、血刀を手に馬上から、大満足の顔で、いくさのあとを眺めていました。
「朕は勝った。全インドは我が物となった」
そこへ、ひとりの比丘がやって来て言いました。
「大王よ、お願いがございます。望みを叶えていただけるでしょうか?」
「苦しゅうない。朕は今や〈王中の王〉となった。何なりと叶えて遣わす。申せ」
比丘は袈裟の下から赤ん坊の死体を取り出して見せました。
「大王よ、この赤子は軍馬の蹄にかけられて亡くなりました。大王の軍です。せめてこの子の命だけ返してくださいませ」
「何と?!痴れたか、比丘よ。そのようなこと出来るわけがない、朕を愚弄するとあればその首、この場で叩き斬るぞ!」
「大王よ、貴方はこれほどたくさんの命を奪うことが出来た。なのに、この小さな命たった一つさえも返してくださらないのですか?それが、貴方が手に入れた〈王中の王〉のちからなのですか?」
この出来事をきっかけに、アショーカ王は武力統治の方針を改め、法による統治を宣言したとも云われています。カーラ・アショーカ(暗黒の阿育)が、ダルマ・アショーカ(白法の阿育)に変わったんですね。暗黒か、白法か。戦争か、叡智か。
善女人善男子の皆さん、考えてみてください。
現在の世界を御覧ください。北朝鮮、トランプのアメリカ、あれは暗黒の王国でしょう。あるいはミャンマーの仏教徒がロヒンギャ族を虐殺している。あれは断じて白法ではない。
暴力は、何ひとつ生み出さないんです。

《※お知らせ》
NHK Eテレ『こころの時代』「インドの大地に再び仏教を」出演:佐々井秀嶺ほか。本放送 10月22日(日)朝5時~6時、再放送10月28日(土)昼1時~2時

http://www4.nhk.or.jp/kokoro/x/2017-10-22/31/21932/2008286/

【写真上と下】転法輪祭の模様
【中】今年7月来日時の佐々井秀嶺師と

仏に参らせ、芸の花

仏に参らせ、芸の花
仏に参らせ、芸の花
仏に参らせ、芸の花
「最晩年を迎えた師匠を、その原点、出発点に戻してやりたいんですよ」
昨年12月のある日のこと。私は、大人気の女流浪曲師:玉川奈々福さんに突拍子もない御相談を持ち掛けた。師父佐々井秀嶺の来日予定もまったく白紙状態で、いわんや高齢の師ゆえ如何なる不測の事態が起きるかも知れぬまま、売れっ子芸人さんにスケジュールを都合してもらうことがどれほど無茶な申し出であるかは、重々承知の上だった。
  ことの始まりは、遡ること三年前の2014年初夏、佐々井師はインドで危篤状態に陥った。原因は不明。だが、十方諸仏の御加護と最先端医療の甲斐もあり、奇跡的に生還。退院した直後に見舞った私は、そのやつれ果てた姿に言葉を失った。そのとき師父はこう言った。
「マール・ギヤー、ワーパス・アーヤー」
ヒンディー語で、殺されたが戻って来たぞ、の意。こんな状態でも《韻を踏んだ啖呵》を切る師父を見て「ああ、このひとは根っからの舞台人、浪曲師なんだな」と感じた。そしてその頃から、いつかもう一度浪花節の舞台に立たせてやりたい、と秘かに思うようになった。
  佐々井秀嶺師(本名:佐々井実)は昭和30年代、大正大学で仏教を学ぶ傍ら、東屋楽水あるいは大菩薩連嶺の芸名で浪曲師としても活動していた。みずから「仏法浪曲第一世」と称し、『佛道と藝道』の合一をまさに実践していた。その後、修行のためインドへ渡り、爾来かの国で虐げられた最下層民衆と同じ地面に腰を据え、共に泣き、共に笑い、満身創痍になりながら、今日まで生きて来た。
しかしその佐々井師も今や高齢、ましてや危篤をくぐり抜けた体。出来ることなら、もう一度出発点に戻してやりたい…。
とはいえ私自身は、仏門に入るまで洋楽畑にいた人間で、浪曲の世界にはまったく縁がない。あくまで夢の話と胸にしまい、なかば忘れかけていた。ところが昨年六月末、たまたま知人の文筆家が玉川奈々福さんと親しいと聞き、にわかに気持ちが昂った。これこそ仏教で云う「無縁大悲」と、えにしを結んでいただいてから一気に事は急展開、奈々福さんより御招待をいただき、浅草木馬亭へと佐々井師をお連れして、約60年ぶりの浪曲舞台を堪能してもらった。
客席に身をあずけ、涙を浮かべながら奈々福さんの芸に見入る師父の横顔に、私は、無謀にも二人のコラボレーション企画を思い描くようになった。あえて云うまでもないが、佐々井秀嶺師はインド仏教復興運動の指導者、民衆のカリスマである。かたや玉川奈々福さんは今や日本の各方面からもっとも注目されている人気者。この両者を同じ日に同じ舞台に上げる、などとは、よほど夢想癖の持ち主でなければ考えつかないだろう。しかし私の強み(?)は、その夢想家だったこと。…こうして、冒頭の言葉に繋がるのである。

  奈々福さんは、ただ黙って頷いてくださった。
そして遂に、平成29年7月1日土曜、東京新宿は角筈区民ホールに於いて『佛道と藝道』は実現した。あの舞台は《浪曲師:玉川奈々福》の気っ風と人情あったればこその奇跡であった。
また、佐々井師もたびたび奈々福さんのお声を誉めていたが、まさしくそれは観音経偈が説くところの「妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音」であったろう。

当日、開会の挨拶において、私は参加者の皆様へこのように申し上げた。
「佛道も藝道も、これ一番大事なとこなんです、仏教も芸能もですよ、相手あってのものなんです。独り善がりじゃなんにもならない。相手あってのもの、人と人とをつなぐものが、佛道と藝道でございます」

【写真上・中・下】打ち合わせ中の佐々井師と奈々福さんと私
(田島利枝さん撮影)

佛道と藝道

佛道と藝道
佛道と藝道
7月1日(土)、インドと日本を結ぶ義理人情浪花節の心、史上空前のコラボが遂に実現!
於:角筈区民ホール3階 (新宿区西新宿4丁目)
18;30開場  19;00開演
※参加受付・お問い合わせは以下のサイトにて。尚、お席に限りがございますので申し込みは何とぞお早めに!

https://tiget.net/events/11544

佐々井秀嶺。
今から五十年以上前、浪曲を愛したひとりの青年僧が日本を飛び出した。その人の名は、佐々井秀嶺(1935年生まれ)…。みずからを「世紀の苦悩児」と呼ぶ彼の生きざまは、まさに破天荒。恋に苦しみ人生に悩み、自殺未遂三回、放浪の果てに転がり込んだ寺に拾われ、やがて僧侶の道を志す。1965年、師匠山本秀順の薦めでタイへ留学、二年間の修行を経て仏教の故国インドへ渡り、かの国でヒンドゥー教による差別に苦しむ民衆、いわゆる「不可触民」と出会う。1987年インド国籍取得。2009年に帰国するまでただの一度も日本の土を踏まず、インド最下層民衆の解放と仏教改宗運動に身を捧げて、現在に至る。そんな彼を今も支えているのは、日本庶民の心・浪花節。自身も青年時代に東屋流浪曲を学んだ佐々井は、2016年来日の際、東京浅草の木馬亭にて「浪曲界のシンデレラ」こと玉川奈々福と邂逅。

玉川奈々福。
浪曲師・曲師(浪曲三味線奏者)
1994(平成6)年10月、日本浪曲協会主宰三味線教室に参加。1995(平成7)年7月7日玉川福太郎に入門。師の勧めにより2001(平成13)年より浪曲師としても活動。2004(平成16)年「玉川福太郎の徹底天保水滸伝」全5回、2005(平成17)年「玉川福太郎の浪曲英雄列伝」全5回プロデュース。2006(平成18)年本橋成一監督作品『ナミイと唄えば』出演。同年12月、芸名を美穂子から奈々福に改め名披露目。さまざまな浪曲イベントをプロデュースする他、自作の新作浪曲も手掛け、他ジャンルの芸能・音楽との交流も多岐にわたって行う。今年は日本伝統の話芸を様々な角度から掘り下げる『語り芸パースペクティブ』という事業を開催中。
blog → http://tamamiho55.seesaa.net/s/
Twitter → @nanafuku55

今回、この両者による奇跡のコラボレーションが遂に実現!会の前半は玉川奈々福の浪花節をじっくり(曲師:沢村豊子)、そして後半は佐々井秀嶺との浪曲談義『佛道と藝道』。さてさて、どんな話が飛び出すか、乞う御期待!
現代インドと平成日本、千里の波涛を越えて響き合う浪花節のこころ。かたい話は抜きにして、楽しい集いにしたいと考えています。この機会を是非ともお見逃しなく!
《敬称略》

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