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教育マニフェスト

コトバの周辺に立ちこめる抽象的空気が独り歩き始めると、コトバそのものが
本来示す意味とは別に「そーゆーもんだから仕方ない」的な権威を生む。

あの『西遊記』で有名な玄奘三蔵は、インドから持ち帰った経典を翻訳する際、
重要なサンスクリットの単語については意図的に訳さず、当て字を使う、という
基本姿勢をとった。般若心経の「般若波羅蜜多」や「掲帝掲帝」などが代表で、
梵語の “PRAJNYAPARAMITA” と “GATE GATE” に当て字をしただけだ。
敢えて訳せば「智恵の完成」と「達せし者よ、達せし者よ」になるが、そうすると
人間は、各自の語彙に伴う先入観や既成概念で理解してしまう。
ならばいっそ翻訳せず、原語の持つ雰囲気に「無言で語らせる」ほうが余計な
誤解を避けられる、そう玄奘三蔵は考えたようだ。
(例えて云えば、海という単語ひとつ取っても日本海沿岸で生まれ育った人が
描くイメージと太平洋岸で生活する人が懐くそれとでは、大きく異なる)

現代日本社会に於いて、般若波羅蜜多よりアリガタイ経文として完全に定着
している言葉が、「マニフェスト」だ。
嘆かわしくもあさましいことに、いったん使われ始めたら、あれよあれよという
間に根を張った。しかも特徴的な点は、公約、という本来的意味とはまったく
別の空気を身にまとってしまったことだ。クールに観察すれば分かることだが、
やたらマニフェストを掲げる連中に限って「公共心」に欠けている場合が多い。
奴らにとって関心事は、自陣営の利害損得。つまるところ「私約」なのだ。

首都圏の某自治体は、公立小中学校にマニフェストを出すよう指示している。
だが、今まで「自由平等」を歌い文句に、ひたすら無秩序化へと邁進してきた
公立校に、公約なんざ求めるほうがおかしい。あそこは、私約の牙城だ。
そして学校側が提出したマニフェストは、案の定、子供の自主性やら個性尊重
といった経文の羅列。とりわけ失笑を禁じえないのは、
「若手教職員の育成を図るため、教育委員会主催の研修を活用したりメンタル
チームを組織したり、校内研修を実施していきます」
これのどこが公約なのか。ガキに子供を預けろ、と言いたいのだろうか。
「課題に向かって協力し合える、人間関係の確立を大切にします。やりがいと
自信が持てる研究活動を推進します」
念のため、若手教師育成のためのマニフェスト。子供の指導要領ではない。

おこがましい言い方をするが、教育とは、本質的に『公約』なのである。
子供の未来をおおやけに約束することだ。

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コメント

本当の意味で、公約が出来る公立校なんてあるのかな?
出来もしない美辞麗句ばかり並べて酔っているだけな感じがしてしまいますね。
特に私が嫌いなのは『共生』云々ていうやつ。
外国人も障害児も登校拒否児もいじめられっ子も、みんな一緒に学ぼうって、声高に言うわりには実態が伴っていないことが多い。
ごく稀に人材やシステムが充実していてちゃんと機能している学校もあるけど、
みんながみんな、そういう奇跡みたいな話を期待しちゃうから、
結局失望させられるんだよ!
できないことはできないと言ったほうが誠実な感じがするけどなあ。
なんでも叶うのが学校だ、という幻想はいい加減捨ててほしい。

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