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道徳の味方

公教育に於ける道徳授業の教科化が、事実上、見送られるらしい。アホだな。
結局「ゆとり教育」見直しと言いつつ、なぁ~んも分かっちゃねえのだ。
確かにわが国児童の学力低下はかなり深刻である。今じゃ冗談にもならないが、
数年程まで円周率を「おおむね3」と教えていた歴史的事実がある。
詰め込み教育に反発するあまり国際標準の基本常識すら省略してしまう軽挙は、
ちょうど敗戦後、戦前戦中の教育に反発して『教育勅語』を全面否定し、勅語に
示された公共心や地域貢献や家族愛や友情すら「軍国主義的!」と決めつけて
倫理的価値観を解体した妄動に通じている。
ゼロか百か、でしか発想が出来ないのは、本気で考えてない証拠だ。

書店へ行くと『インド式数学教育』を紹介する本が平積みされている。
言いたかねえが、ど~してこ~日本人とゆ~のは、ブームに弱い民族なのか。
インド人が計算に強いのは本当である。指折り数えて両手で四百まで勘定する
技術を持つ。指一本につき、指の頭と二関節と付け根で四。だから片手で二十。
もう一方の手は二十を単位として指一本が八十、それで四百、という具合だ。
だが、インド人の計算力は、往々にして形而上的概念に走ってしまう傾向がある
ことも忘れてはならない。彼らは時間(という数字)に関しては、信じられないほど
ルーズである。なんとヒンディー語では、「昨日」と「明日」が同じ単語なのだ。
宗教の一部に生活がある(生活の一部に宗教ではなく!)インド人から日本人が
学ぶべきは、神仏を敬い伝統を重んじる、精神性のほうである。

昨年、『おふくろさん』騒動でも注目された、何処の誰かは知らないけれど耳毛は
みんな知っている、あの川内康範氏が云う。
「月光仮面は、薬師如来の脇侍、月光菩薩に由来してるんだけど、菩薩は本来、
脇仏だよ。脇役で人を助けるんだ。月光仮面も決して主役じゃない。裏方なんだ。
だから “正義の味方” なんだよ。決して、正義そのものではない」
愚かな人間がみずから正義になろうとすれば、合衆国大統領みたいになる。
大切なことは「正義」という価値観の構築と、そしてその「味方」たらんとする意志
である。ここで氏が言った正義を、道徳に代えても良いのではないか。
道徳の構築とその味方たらんとする意志が、大事なのだ。

「正義の味方は、あくまで味方で、正義そのものではない。だけどね、せめて皆が
正義の味方になれば、この国は間違った方向に行かなくてもすむんだよ」
(川内康範氏)

ワシは生臭坊主だから、身をもって道徳を語れる資格なんざハナっからない。
しかし、せめて道徳の味方でありたいと思う。

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コメント

正義の構築と、その味方たらんとすること─。
脇役に徹して、子供らに道徳を教育するのが本来の先生の姿ですよね。
地元の小学校じゃ、先生自ら正義漢ぶっちゃってウンザリです。
でも子供らはちゃんとわかってる。そんな正義ぶりっこ先生を「ウザイ」と一刀両断。
気づいてないのは当の先生だけ。みっともないねえ。

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