2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト

« 道徳の味方 | トップページ | 殺虫剤餃子 »

か弱き神々

現代日本の必勝法、それは「ワタシってココロが弱い」と相手より先に宣言して
しまうことだ。もう、心さえ弱ければ天下無敵なのである。例えどんなに地位や
権力や財産や肉体に秀でていようと、心が “強かったら” 負けだ。
「あの人は心が強いから」
万が一こんなことを言われた日にゃ、社会的に抹殺されたようなものだ。協力と
連帯の対象から除かれ、好きにガンバってれば?とまるで全自動家電のごとく
“やって当然” の扱いを受ける。心が強い奴は人間じゃないのである。
以前に流行した「負け犬」女性などはこの典型で、なまじ心(意志)を強く持った
がために、男社会が好むオンナの役割から距離を置く形となり、その結果として
弱者宣言(=勝利宣言)するタイミングを逃してしまったわけだ。
民俗学をひっぱりだせば、これは日本に古来からある『祭り上げ』信仰である。
自己主張を罪悪視するわが国で強い力は周囲との軋轢を生む。ゆえにその者を
祭り上げることで有効利用し、他の者たちがちゃっかり恩恵に浴する仕組み。
ヤなことはヤな奴をヨイショしてそいつにやらせとこう、と。

いにしえ、農耕の天敵である田を荒らすキツネに、『正一位』という天皇に準ずる
階級を与えて稲荷大明神にしたのも、この祭り上げ信仰だ。
言うまでもなく本当の神は『弱き民』であり、天皇もキツネも、利用出来る範囲に
於いて、仮に神として存在することが許されるのである。
「うちら一般庶民はなんにも分かりませんからねえ、へっへっへ」
そう口にする時の、あの勝ち誇った表情。考えただけでワシは吐き気がする。

仮の神、といえば『スピリチュアル・カウンセリング』とは一体なんなのか。
敢えて意訳するなら “お化けの愚痴聞き” とでもなるか。
こちらはキツネならぬタヌキのごとき太鼓腹の霊媒師が商売繁盛している。
自分で考えたり悩んだりする「生きるための手続き」を簡略化したい、と思うのは
勝手だが、それは異性を口説けないからフーゾクで性欲処理するのと同じだ。
スピリチュアルとはまさに言いえて妙。スピリットと言い切るにはあまりに幼稚で
拙いから、それっぽいもの、ということだろう。
また、カウンセリングと聞いて無条件に『善』をイメージするのは極めて危険だ。
同調と誘導、そして根本的肯定。ただそれだけのことなのだから。

こっそり白状するがワシはココロが弱い。すご~く弱い。
豆腐の角に頭ぶつけたら、本当に死んじゃうかも知れないくらい、弱い。
こないだ試しに湯豆腐の鍋へ頭つっこんだら、おでこは火傷するわダシの昆布に
足を取られて溺れそうになるわ、そりゃも大騒ぎであった。弱いっ、弱すぎる!

え? 弱いのはココロじゃなくて・・・?

« 道徳の味方 | トップページ | 殺虫剤餃子 »

仏教・宗教全般」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/17901405

この記事へのトラックバック一覧です: か弱き神々:

« 道徳の味方 | トップページ | 殺虫剤餃子 »