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奇跡の国

神奈川県の松沢成文知事が、国に先駆け、県立高校社会科の必修科目に
日本史を組み入れることを決めた時、異を唱えた県教組の某氏は、
「(現状の選択式をやめて)強制するのはどうかと思う。近隣諸国の感情や
国内の右傾化を考えても、いずれは『国史』が復活して “戦争をする国” に
戻ってしまうのではないかとの危惧は消せない」
と言った。世界史が必修であることは強制にはならない、と考えてしまえる
某氏のおつむはワシの理解を越えているが、自国の歴史を遠ざける偏頗な
思想は、あきらかに国際社会の常識に反している。
「うちの国の歴史と文化はこうだが、あんたの国ではどうだ?」
この程度の会話なら、海外ではバーのカウンターで普通に出て来る話だ。

米国同時多発テロのあと、ワシは血迷ってイスラム過激派の爆弾飛び交う
カシミールへ潜入したことがある。平和な日本にいて、口先だけの反戦やら
対話やらを得々と語る連中に虫酸が走り、あやうく飛んで火に入る虫になり
かけた。死なずに済んだのは、現地イスラム教徒の “平和を愛する心” の
おかげであった。本当に、殺されても不思議はなかったのである。
そのとき彼らは広島・長崎への原爆投下と戦後復興の話を聞きたがった。
ワシは手帳を破いて日本の略図を描き、原弾が投下された二カ所を示して、
そこが非戦闘地域の民間居住区であることを説明した。
「ヒロシマは戦場じゃなかったのか?それはジェノサイドじゃないか!」
反米に燃える回教青年たちは、アーリアン系のおおきな目をさらに見開いて
怒りを露にした。
「そんな目に遭ったのに、どうやって日本は短期間で立ち直ったんだ?」
信じられない、とでも言いたげに回教青年が聞く。

日本人はひとりの天皇、ひとつの国、ひとつの精神で団結してたからさ。
自分のためより、ほかの日本人のためになることが大好きなんだ。
日本人はエゴを恥だと思い、パブリックを名誉だと考える民族なんだよ。

そう説明しながらワシは、(今の日本人は違うけど)、の言葉を呑み込んだ。
回教青年に説明したこれら『戦後復興三大原則』をすべて逆転させたものが
現代日本のありさまである。
エゴが大手を振ってまかり通り、恥という概念そのものが失われた。

「たしか、『ゴジラ』の第一作は1954年。ヒロシマのたった九年後だよね?」
日本史を学ぶ、とはそういうことでもあるのだ。

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