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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2008年3月

石の涙

29日、チベット国の首都ラサで再び大規模なデモが発生した。
今回蜂起した民衆は数千人にも登るという。
国際世論が動いたこの期を逃さず、畳みかける覚悟だろう。
チベット仏教徒は今、仏典に記された『捨身の行』を実践して
いるのだ。子孫たちに自由な未来をもたらすため、みずから
“捨て石” となって、『仏国土荘厳(理想世界実現の努力)』に
邁進しているのである。徒手空拳、身に寸鉄を帯びず、中国
共産党の銃火に立ち向かっているのである。
彼らをこそ「菩薩」と呼ばずして、何処に菩薩がいようか。

中国軍は、チベット僧と一般人を、逮捕し続けている。
拘束した僧侶には、以下のような自白文に署名を強要する。
「私は “不当にも” 最近おこなわれた独立派のデモに参加を
してしまいした」

また中国当局は、尋問のために各家庭から一名ずつ連行し、
密告を奨励している。第一通報者は上限なしの報奨金、第二
通報者には五千元(約7万円)を与える、などと卑劣きわまる
手段でチベット民族の切り崩しを図っている。

デモが行なわれる現場付近周辺には、事前に大きさの揃った
石(あきらかに投石用)が集められている。
ところが何故か、おびただしい数の中国人警官や動員された

鎮圧軍兵士の誰ひとりとして、この石に注意しないのだ。
・・・まるで、自分たちで用意したかのように。

こうして中国側は海外メディアに対し、
「暴動鎮圧に武器を使用するのはごく当たり前の判断だ」
と言うのである。

善良戦隊ギゼンジャー

テレビのニュースを眺めてたら、アイドル系の女子アナが、
「お坊さんたちが怒りの猛抗議です!」
と言うので、おお☆ついに日本仏教界も中国共産党による
未曽有の『大法難』:チベット弾圧に怒りの声を上げたか!
ならば押っ取り刀で馳せ参じようぞ!と、腕まくりして続きを
見たら、なんと抗議をしたのは某自治体の新しいマスコット、
つまり “ゆるキャラ” に関してだった。
ホレ、例の、仏さまに鹿の角が生えてる、とかいうやつ。
・・・戦う相手が違うだろうがあぁぁぁ~っ!!

てなわけで『ラサ蜂起』後にワシが出会った数々の珍意見を
紹介したいと思う。すべて、実話である。

◇ぎぜれっど(熱血カンちがい青年)
「お坊さんが商店街を叩き壊すなんてまちがってます!」
見たまんまかよ。
◇ぎぜぶるう(無宗教ニヒリスト中年)
「なんで宗教って争いが絶えないんでしょうかねえ」
いまだに脳内は冷戦構造。
◇ぎぜぐりん(能書きインテリ僧侶)
「チベット仏教には教義面で納得出来ない点があります」
だから虐殺OKなのね。
◇ぎぜいえろ(欲求ストレート主婦)
「ダマイ・ララって実際どおゆうひとなのかしら」
ふつう、噛むか?その名前。

◇ぎぜぴんく(市民団体ボランティアOL)
「日本も戦争で中国に酷いことしたんだから言えないよ~」
言わなきゃ認めたことになるのよ~。

昔々あるところに、仏法の信心篤い老爺がいた。
孫が、上手に似顔絵を描いて見せると、その翁は言った。
「じっちゃんの腹ン中にゃの、鬼が住んどるで。煩悩っちゅう
おっかねえ鬼じゃで。じゃからすまんが、この絵の頭ンとこに

角を描き足してくれんか。鬼の角をな」
ゆるキャラ抗議坊主やギゼンジャーの面々は、この爺さんの

爪の垢でも煎じて飲みなさい。

無視は共犯

14日の『ラサ蜂起』に対する中国共産党による武力弾圧が
報じられて以降、わが国の一般社会人の皆さんがネットや
携帯サイトを通じ、良識的な意見を多く発しておられる。
大和の桜、いまだ健在なり。と思う。
日頃、コワオモテの “反中路線” で知られる「週刊新潮」が
今回なぜか筆を控えており、そのライバル誌「週刊文春」も
足並みを揃えている有様を見れば、もはや商業メディアに
何かを期待するほうが間違いであろう。

戦争屋ブッシュが虐殺屋の胡を電話で脅したようだ。
フランスに先を越されて焦ったのか、大国間の思惑が見え
隠れするが、今は「ひとごろし」を止めることが先決だ。
人道的見地と民主主義、および “侵略は罪悪” と国際法で
定めた以後に中国がチベットを侵した事実に立てば、米仏
両大統領の判断は正しい。いや、自然な対応である。
日本の首相が “見猿聞か猿言わ猿” で押し通してる現実を
考えれば、サルコジのほうが頼もしく思えて当然だ。

或る方からご質問のメールを頂戴した。
「日本のお寺関係HPで、チベット問題について言及もしくは
意思表示してるサイトが殆ど無いのは、どうして?」
哀しいかな、日本の坊さんの多くには思考制御が掛かって
おり、各人が所属する宗派の “組織の論理” でしかものを
考えられない脳構造になっているのである。
そんなチンケな宗派根性で、意図的にチベット問題を無視
しているのが60%、本気で無関心なのが40%。
ブログや掲示板にチベット問題に関する書き込みをしても、
「むずかしい話ですねえ・・・」
と、見事にあっさりスルーされてしまうらしい。
日本の仏教系HPといえば、やれ憲法九条だの、それ靖国
参拝反対だのと、上っ面の奇麗事ばかりだ

ちなみにダライ・ラマ法王は、昭和55年11月に靖国神社を
参拝しておられる。宗教の壁を越えて。

脅迫国家

中国のチベットに対する暴虐の歴史を改めて記録に当たって
みると、その千年一日の如き無成長ぶりに呆れ返る。

1987年9月17日にラサで起きた大規模デモについて、当時の
中央委員会統一戦線工作部長:閻明復(Yang Minfu)
が北京
滞在中のチベット代表へ宛てた書簡に、こうある。
「次の局面がどうなるかは、ダライ一派の決断いかんによる。
ダライ・ラマがあくまでも分離主義活動を続けるなら、我々は
より真剣な対策を講じざるを得ない」
ここで言う分離主義とは、『独立』の意味である。
真剣な対策、が無差別大虐殺を指すことは云うまでもない。

「チベット族の中に独立論や分離主義を擁護する者はいない。
彼らの多くは経験的に社会主義の素晴らしさを知っているし、
自分の幸せを壊してまで、一部の分離主義者に引きずられる
ようなこともしない」
この一節は、今年 “デモに参加した”、と中国当局へ自首して
きたという百数名が、脅迫に屈した哀しい人々である証拠だ。

「分離主義者たちがチベットの独立について騒ぎを起こしたり
暴力、陰謀、扇動を計画するなら、中国の国内にいるチベット
民族を含む全ての民族が、彼らダライ派に向かって唾を吐き、
彼らの頭部を殴打して脳内出血を起こさせるだろう」
(以上、原文中国語)
こんな脅迫文が、第三者に公開されない、されても構わないと
考える脳の持ち主だからこそ、半世紀にも渡って他国を侵略し

殺戮と抑圧を繰り返して来たのである。

今年の大虐殺について中国側は、海外メディアの報道姿勢を、
「一方的で悪意に満ちている!」
と批判(脅迫)しているが、その本性は上記のとおりなのだ。

   引用 『ダラムサラと北京/提唱と往復書簡』
                  ダライ・ラマ法王日本代表事務所刊

LOSE DOG

昨年の五月、東京護国寺で開催されたチベット・フェスティバルを
見学に行った。砂曼陀羅や仮面舞踊に写真展、そしてチベットの
惨状を伝える映画の上映と、小規模ながら充実した内容だった。
護国寺といえば、悪名高き “犬公方(いぬくぼう)”、徳川綱吉の
生母:桂昌院ゆかりの、元官立寺院である。
人間より犬が偉い(桂昌院が戌年だったから?)とかいうタワケた
悪法、『生類憐れみの令』で民を苦しめた将軍母子も、このように
チベットの真実を伝えることで正法に貢献出来たのだから望外の
功徳であったろう。

そのとき来日したチベット僧たちは、南インドのカルナータカ州に
ある亡命者居住区から、遠路はるばるやって来た。
バイラクッペやムンドゴットには<チベット三大寺院>が再建され、
新たな聖地として法灯を継いでいる。
・・・ 再建。そうなのだ。彼らは故郷を追われた民なのである。
中国共産党の侵略により生まれ育った祖国を奪い取られ、豪雪
吹きすさぶヒマラヤを徒歩で越えて、インドへと亡命したのだ。
「おふくろはさ、俺をおぶって雪の中を逃げたんだ。それで凍傷に
やられて、両足の指が無いんだよ」
かつて知り合ったチベット僧が言っていた。

日本の自称平和主義者は、中国と聞けば「パブロフの犬」よろしく
謝罪と反省のヨダレを垂れ流すだけで、その中国がもっとも世界
平和に反している事実からは尻尾を巻いて逃げる。
つまりは『生類憐れみの令』と同じなのだ。動物を愛護するあまり
人間を粗末に扱う発想と、平和の夢に酔うあまり現実の殺戮から

目を背けるパブロフの犬。

まさに、現代の犬公方、と断じざるを得ない。

鬼子(クイズィ)

語るに落ちた。中国側が外国人記者の質問に対し、
「貴方の国で暴動が起きても警官隊が出動するはずだ!」
と激昂。非武装のチベット民衆に人民解放軍が武力行使した
ことを暗に認める答弁となった。
「ダライ一派が暴動に関与した証拠を出すことも出来る!」
もはやヤクザである。どうやらあの国では “証拠” というのは
いくらでも捏造して次々と玉手箱式に出せるものらしい。
玉手箱、いや “南京玉スダレ” と言うべきか。

『日本鬼子(リーボェンクイズィ)』。
中国の反日家がわれら日本人を指して言う蔑称だ。
つまるところ「鬼畜米英」のチャイニーズ・ヴァージョンである。
いま本当の鬼子(クイズィ)は誰か、云うまでもない。

だが、以下のことも「鬼の如き振る舞い」として記憶に留めて
おかねばならない。
十数年前、大阪府の某市がダライ・ラマ法王を招待したとき、
「宗教家を市の公費で招くことは政教分離に反する」
といった猛反対を受け、結局法王は日本の土を踏むことなく
引き返した事件があった。

それは、平和と人権、そして「日中友好」を掲げるグループの
仕業であった。

彼岸(OTHER SIDE)

実は日本オリジナルの仏事、彼岸。四方を海に囲まれた島国の民にとって、
異世界への憧れは本能に近い感覚だろう。対岸が見えない環境で生活する
民族には、隣国と地続きで暮らす民族には持ちえない神秘志向が生まれる。
常世(とこよ)や「ニライカナイ」など、古来から異世界は海の彼方に想定され、
現実の世界とは隔絶した時空として思い描かれた。『浦島太郎』の龍宮城は
海底という異空間で、時間の長さまで違っていた。古代中国の蓬莱山神話や
仙界思想から影響を受けたであろうことは、乙姫の衣装になごりが見える。

仏教伝来以降、唐天竺(からてんじく)とひとくくりにされたごとく、異世界への
憧れは、当時の先進国に対する微妙な劣等感と混合した。
「無仏之世(むぶつのよ)」、「粟散辺洲(ぞくさんへんしゅう)」。
ブッダが生まれなかった国、粟粒を散らしたように小さな辺境の島国、の意。
なにもそこまで卑屈にならなくても、と思うが、どうやら昔から、日本民族には
大国の圧倒的力量を見せつけられると内に籠もってしまう習性があるらしい。
かつての唐天竺が、いまはアメリカに代わっている。

『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』。彼岸法要の典拠とされるお経だ。
この経典、内容はかなり生々しい。
インドの王家で実際あった相続を巡る血みどろのお家騒動が語られ、王子は
父王を牢へ閉じ込め餓死させようとする。母后は素肌に蜂蜜を塗り、首飾りの
ロケットにお酒を仕込んで面会し、それを夫に舐めさせることで辛うじて延命を
試みる。が、息子の知るところとなり、母は隔離され、父は餓えて死ぬ。
悲嘆にくれた母后はブッダをなじる。
「貴方は仏のくせにこんな酷いことを傍観しているだけなのですかっ?!」
そして、みずから首飾りをひきちぎり大地に泣き崩れる。
「あたしはもう、嫌な話は聞きたくない!嫌な人間には会いたくないっ!」
これに応えてブッダは語りはじめる。
「后よ。西に沈む落日を思い浮かべよ。真っ赤な夕日を心に描いてみよ」
夕焼けの波長が精神を安定させるアルファ波に通じていることは、近代科学の
証明するところだ。やがて母后の前に、光明と共に阿弥陀如来が出現する。
「ブッダよ、この教えを要約してくださいませ」
「私が言いたいのは、ただ『南無阿弥陀仏を称えなさい』、それだけですよ」

日本では、年に二回だけ太陽が真西に沈む春分・秋分を、この経典に語られる
“西に沈む落日” に当て、前後三日を加えた一週間を法要期間とした。
常世伝説に「西方浄土信仰」がミックスして、日本仏教オリジナルの『彼岸』は
生まれたのである。

チベットを心に

ダライ・ラマ法王が事態沈静化のため退位もあり得ると表明。
何故、この高僧が辞めねばならんのか。
行ないを改めるべきは大量殺戮者の側ではないのか。

民の命を預かる国家元首の法王としては、退位ですむのなら
すぐにでも下座するだろう。つねづね法王は、
「ダライ・ラマというのは私が座ってる椅子の名前ですから」
そう仰っておられた。
既に後継者もカルマパがいるし、法王としては地位にこだわる
理由はない。が、本当にそれで良いのか?

若い日本人旅行者が安全確保の名目で帰国させられた。
彼らの表情は一様にこわばり、かなり恫喝的に口止めされて
いることが窺える。相手は、旅券の写しを握っているのだ。
日本国政府が真に自国民の生命と財産を守ってくれるのなら
彼らの不安も今よりは少なかったろう。

過去の話だが、以下のことも忘れてはならないと思う。
かつて日本仏教僧侶の中に、こんな暴言を吐いた者がいた。
「中国政府軍のチベット民族抑圧は事実ではあります。しかし
ながら、活仏が転生するなどという教義は因果の道理を無視
した妄想であり、所詮は未了義教と言わざるを得ません」
一般向けに通訳すればこういうこと。

「中国共産党によるチベット侵略と、数百万人にもおよぶ民族
大虐殺は確かにあったが、ダライ・ラマ法王を生き仏と仰ぎ、
しかも、それが生まれ変わるなどといったチベット人の信仰は
単なる妄想であり、所詮は仏教の宗派として未熟で低次元な

ものです」
尊い人命に関わる問題を、たかが教義論争に引きずり下ろし、
悦に入っていた坊さんがいたのである。

ラサの叫び

死者八十名以上。中国側は遂に『人民戦争』発動を宣言した。

以下は、あくまで想像である。
何度もチベット亡命キャンプへ足を運び、彼らと同じ水を飲み、
同じ釜の飯を喰った者として、ただ思うままに書く。

2008年3月。チベット首都ラサ。
昨秋、ミャンマーで僧侶が軍事政権の横暴に抗議するデモを
起こし国際世論を喚起したことが、チベット仏教徒の心に青く
光る決意の炎を灯していた。
この日、僧侶と民衆が平和行進を開始。一般青年は横断幕を
掲げながらシュプレヒコールを叫ぶ。ただしダライ・ラマ法王の
教えを守り、つとめて理性的なアピールを繰り返す。
思想の自由が厳格に制限された中国占領下で、しかも五輪を
前にデモを起こせば、必ず誰かが殺される。そんなことは百も
承知の上で、行進の参加者は次第に膨れ上がっていった。

中国政府はすぐさま鎮圧軍を出動。
かねてよりチベット人社会へ送り込んでいたスパイの報告から
すべての動きは事前に把握されていた。
装甲車が行く手をはばみ、迷彩服を着た中国兵が自動小銃を
構える。数分間の睨み合いの後、兵士のひとりがニヤッと笑い
ながら聞こえよがしに吐き捨てた。
「浮屠の驢馬どもめ」

ブッダを信じる異民族を最大限に侮辱する言葉であった。

その挑発に、或るチベット青年が怒りを爆発させた。
「あいつは俺の姉さんを強姦した奴だ!」
沸き上がる怒号。鎮圧軍はいったん下がる素振りを見せる。
だがそれは、深追いを誘い込む兵法であった。
群集心理も手伝い、チベット民衆は中国の書いた筋書き通りに
まんまと暴徒の振る舞いを演じさせられた。
その光景は中国国営新華社通信によって撮影され、全世界へ
発信された。残虐な武力鎮圧を正当化するために。

そして、中国兵の銃口が火を噴いた・・・。

亡命キャンプの様子をお知りになりたい方は、プロフィールの
URLから電脳寺トップ・ページ→「仏国探訪記」を御覧下さい。

仏教が動いた

チベット国の首都ラサ(自治区ではない!)で、中国の不当な
支配に対する抗議行動が大規模な暴動に発展した。
現時点では情報に錯綜が見られるが、新華社通信の発表は
まず疑ってかかるべきである。
北京五輪の開催を控えて全世界の目が中国に集まっている
この時期を選び、計画的に起こされた抗議
デモであることは
間違いない。
痛ましいことにすでに死傷者が出たようだが、おそらくチベット
民衆は覚悟の上でみずからの命を差し出したのだろう。
死をもって訴えようと。

ミャンマー、インド、そしてチベットの仏教が、いま動き始めた。

同じアジアの仏教徒として、われわれに何が出来るのか?
賢しく効果を打算して何もしない言い訳を考える暇があったら、
せめて声を上げようではないか。

チベット問題についてお知りになりたい方は、プロフィールの
URLから電脳寺トップ・ページ→「Tibet Gallery」を御覧下さい。

WiPの日

今宵、日ペン主催のシンポを拝聴してきた。とはいえペン習字の美子ちゃんと
デートしたわけではない。恐れ多くも、かの有名な日本ペンクラブである。
『なぜこの国を伝えたいのか-ビルマ報道とジャーナリストの眼-』
と題した権威あるシンポジウムに、なぜワシみたいに場違いなチンピラ坊主が
参加したかといえば、畏友にして兄とも仰ぐ写真家の山本宗補氏からお誘いを
受けたからである。いささか緊張と戸惑いを感じつつ、雨が降る中を千代田区
内幸町にある日本プレスセンタービルへ出掛けた。
「WiPの日」
国際ペンクラブが1980年に始めた「Writers in Prison」の日。言論表現活動に
よって逮捕投獄され、さまざまな圧迫を加えられ、自由を奪われている作家や
ジャーナリストの人権問題を提起するアクション・デイ。
この日のパネリストは江川紹子さんや綿井健陽さん、それに山本さんとじつに
錚々たる顔ぶれ。こりゃうっかり咳もできません。
ナマで見る江川さんは小柄で可愛い。メガネっ子萌え~♪な学級委員系だ。

映像ジャーナリスト長井健司氏がミャンマー軍兵士に至近距離から射殺された
事件は、初めて日本のお茶の間レベルにあの国の凄惨な現状を伝えた。
山本宗補氏は二十年前からミャンマー問題を独自に取材してこられ、山岳少数
民族:カレン族の村で生活されたこともある。
現代のアジアにおいて仏教が如何に現実の社会問題と関わっているか、という
取材テーマから、インド仏教復興運動の現場で、ワシは山本さんと出会った。
ミャンマー問題への目を開かせてくれたのは山本さんだ。
それはワシにとって紛れもなく「仏教の問題」だった。日本の各宗派が、教団の
独善思考に立ってあらかじめ侮蔑の色眼鏡越しに見ていた「小乗仏教」の僧が、
命を賭して「大乗」以上の大乗菩薩道を実践していたのである。

1988年、軍事クーデタによる現ミャンマー政権を、国際社会で一番最初に認証
した国家は他でもない、自由と平和を標榜する日本だ。
一説には、昭和天皇『大喪ノ礼』来賓の頭数を揃えるため、とも言われる。
長井氏を撃ち殺した弾丸は、間接的に、日本国民の税金で賄われていたのだ。

現在、ミャンマーではあらゆる言論・表現に対して、検閲が行なわれている。
小説や映画など、まったくのフィクションも例外ではない。
また長井氏射殺事件後は、ネットのアクセスにも監視の目が光っている。

情報とは、知識とは、横並びになったとき、腐る。

ゴルゴ対談

今月号の『文藝春秋』誌に掲載されている漫画界の大御所さいとう・たかをと
麻生太郎の対談は、かなり面白い。ぜひ一読をお勧めする。
ワシが抱くさいとう作品の印象といえば、独特の角張った描線と、登場人物が
無言の際に示す白目。また、擬音語(つまり作者の音感)がとてもユニークで、
たとえば、ドアを閉める音を「バタム!」と「m」で本格英語っぽく表現したのは
さいとう作品が嚆矢ではないかと思う。
ただ、ドアを開けた時の音が「ラッ」なのは、ちょっとどうかと思うが。

外交問題は『ゴルゴ13』で学んだと公言する麻生が、
「日本って、自分が暑いなあと思ってても、我慢してりゃ秋が来る。寒いなあと
思ってても三カ月待ちゃ春が来る。じーっとしてると世の中の方が変わる世界
です。それが中近東なんか、じーっとしていたらずっと暑いだけですから(笑)。
自分で動いて局面を打開しなければならないんですよ」
と言えば、それに答えてさいとうは、
「日本人は、他人は自分と違う脳みそで考えているんだっていうことを、ピンと
来ていない人が多いですね」
そうそう☆さすが世界をまたに架ける暗殺者の生みの親。わかってるなー。

さいとうは言う。
「この国の危機感のなさを痛感したのは、例えば、東西の壁がなくなったときに
“これで『ゴルゴ13』のネタがなくなりましたねえ” みたいなことをおっしゃる人が
いたんです。一丁前の知識人ですよ。何を言ってんだ?と驚きました。今までは
東と西に分けられていたからそれなりにルールがあったが、それがなくなるわけ
でしょう。だから、これから民族、宗教、エネルギー、これらの問題がぜんぶ噴き
上がってくるぞということを、その知識人には言ったんです」
僣越ながら似たような経験がワシにもある。冷戦崩壊後、核拡散と宗教問題が
シンクロするであろう事態の一典型として “印パ緊張” の重大性を語った際、
「そんなパキなんとか(スタン?)なんて関係ないでしょ」
と鼻で笑ったインテリがいた。その後の世界がどうなったかは御存知の通り。

ジィ~ンとしみる話もあった。
さいとうは中学時代、反骨心から試験の答案を白紙提出した。そのとき担任は
このように説いたという。
「これを白紙で出すのは、君の意志で出すんだから、それはしかたないだろう。
しかし、これは君の責任の下に出すんだから、名前を書け」

その担任教師の名が、東郷といった。『ゴルゴ13』、デューク東郷の由来である。

(文中敬称略)

東京大空襲

皇居を中心とした円の周辺、つまり下町付近や郊外をまず攻撃して炎の壁を
つくり、市民の退路を断ってから、円の内部を真っ赤な舌で舐め尽くすように
焼き払った。木と紙で建てられた巣に住む “類人猿” を駆除するのに高価な
爆弾は軍事費の無駄、と日本人殺戮用に開発された、低コストの『焼夷弾』。
「黄色い猿を如何に効率よく殺し且つ戦争継続の意志を萎えさせるか」
そのために米軍は、基地内に日本家屋を模した木造建築の市街まで造って
実験を重ね、マグネシウムの発火を応用した新兵器:焼夷弾を生み出した。
これなら火薬の材料費が浮く、と大統領閣下も喜んだ。

効果最優先と倫理軽視こそがアメリカニズムの基本であり、戦争とは国家の
経済活動の一種にほかならないから、投下される弾数も緻密に計算された。
三十六万一千八百五十五発。これを毎秒四十五発、二時間十五分のあいだ
投下すれば、猿の都は地上から消滅する。
また、猿どもが生意気に「陸軍記念日」と呼んでホリデイにしている三月十日
前夜から実行すれば恐怖感も倍増する。都合のいいことにその時期は春の
突風が吹くから、効率良く炎が回って作戦の成果は絶大となる。
野蛮な異教徒を屈伏させるには相手の祝祭にちなんで蹂躙するのが効果的、
という嗜虐的発想は、一神教文化の特徴でもある。
敗戦後、A級戦犯が起訴されたのは四月二十九日の昭和天皇誕生日であり、
東條英機元首相らが処刑されたのは、平成天皇(当時は皇太子)の誕生日に
当たる十二月二十三日だった。

「けど、戦争始めたのは日本なんだしぃ~」
それを聞いて喜ぶのは、アメリカの戦争支持者だけである。
当時、中国戦の長期化が国家経営そのものを危うくしていた状況で、新たに
戦争相手を増やすことは、まともな政治感覚では考えもつかないことだ。
日本は、そこまで追い詰められていたのである。執拗な経済封鎖と石油禁輸、
国家規模を幕末レベルにまで戻せ!、というアメリカ側の要求(ハル・ノート)
により、勝ち目がなくても戦わざる得ない状況に置かれてしまった。
それに加えて、“話せば分かる” を美徳とする御国柄から、機先を制して攻撃
すれば米英もわが国の言い分に耳を貸してくれるだろう、といった甘い読みも
あった。実はそれ自体、合衆国によって周到に準備された計略だったのだが。

ハル・ノートが日本へ突きつけられたのは十一月二十三日。
戦後日本で言う「勤労感謝の日」は、戦前戦中は『新嘗祭』と呼ばれる神道の
祭日であった。なにもかもが、計画ずくだったのである。

極私的金銀銅

よく雑誌とかで「私の人生ベスト3」みたいな企画あるよな。
今回はワシの思想と人格形成に多大な影響を与えたもろもろを
列挙してみました。だからどーした?って話ですけど。

 ◇人生を変えた書物
  金:『歎異抄』(親鸞語録) 
  銀:『ブッダとそのダンマ』(アンベードカル著)
  銅:『火の鳥』(手塚治虫著)
まぁ、手堅い路線ですな。職業につながってる点が厭味だね。

 ◇人生を変えた番組
  金:『愛の戦士 レインボーマン』 
  銀:『兼高かおる 世界の旅』
  銅:『タイムトラベラー』
どれもみんな旅がらみ。金は、インドの山奥で修行だもんな。

 ◇人生を変えた曲
  金:『空へ』(カルメン・マキ&OZ)
  銀:『紫の炎』(Deep Purple)
  銅:『ホンダラ行進曲』(クレージーキャッツ)
いろんな意味でブっ飛んでる歌に精神を掻きむしられました。

 ◇人生を変えた女性アイドル
  金:山口百恵
  銀:ピンク・レディー
  銅:デビル雅美
みなさん女神です。別世界の住人、それがスターの条件です。

 ◇人生を変えた食べ物
  金:とある田舎の食堂で喰った塩辛いライスカレー
  銀:昔ばあちゃんが作ったナルト入りナポリタン
  銅:学校給食のソフト麺
衝撃の味覚体験は、生存に直結しているため人生を左右する。

以上、だからどーした?でした。

ホラの泉

言ったもん勝ち。いわゆる『霊視』なるものをひと言で云えば、それだけのこと。
「あなたには見えなくても私には見える」
ハナっから客観証明や弁証を拒否してるんだから、なんでもアリである。
たとえば今、貴殿がコーヒーを飲んでいたとする。そこへ、零(0)、じゃなかった
霊能者と称する人物が現れ、こう言ったとしよう。
「あなたが口を付けてる器はコーヒーカップではありません。私の霊視によると
さきほど落ち武者の怨霊が小便をしていましたから、それは便器です」
まぁ当然、ンなアホな、と思うわな。すると、その自称霊能者が、こう断じる。
「あなたには見えなくても私には見える」

江原啓之。肉だらけの体型に焼肉のタレみたいな名前だが、御当人の弁では
呼び寄せた霊の分も食べるから太ってしまった、とのこと。
臨済僧:玄侑宗久師にからかわれ、よせばいいのにプロ相手にキレて、
「霊を認めないのに高いお布施をとってお葬式したり戒名を付けたりするなんて
そんなの詐欺じゃないですか!」
まがりなりにも神主くずれの江原なら、宗教が異なる(仏教)ことぐらいは認識
して欲しいものだ。仏陀が説いたのは精神の悪循環から解放される道であり、
わざわざ霊という固定概念に縛りつける発想とは正反対。戒名ないし法名とは
仏教徒としてのいわば洗礼名、英語ではブディスト・ネームという。
たしかこの程度のことなら高校の倫理社会の教科書に載ってるはずなんだが。

故坂本堤弁護士がオウム真理教を批判したビデオをオウム側の恫喝に屈して
放送しなかったTBS、の番組『学校へ行こう!MAX』に、焼肉のタレが出演。
看護学校の女子生徒をカウンセリング、ときたもんだ。
これから病める人や傷ついた人に献身しよう、という汚れなき心の乙女たちを
舌先三寸の虚言でたぶらかすとは・・・う、うらやましいぞ、焼肉!
じゃなくって、今の女子高生ぐらいだと、親の世代がバブル景気どっぷりだから
宗教文化にはまったく無知。オウム事件が風化していく中で育った娘達だから
オカルト系に対する免疫や自己防衛意識に乏しい。しかもケータイ世代だから
LIVEな語りかけに弱い。乙女には失礼だが、 “入れ食いの釣り堀” 状態だ。

江原の「癒し」は、バブル時代に持て囃された「優しさ」に似ている。
熱血が疎まれ、汗と努力を馬鹿にしたあの時代、誰でも簡単に夢を叶えられる
と錯覚していた。そして、すべてが水泡に帰した。

ホラの泉は、中身が無いゆえに、澄んで見えるのである。

気づかぬ加害者

邦人ジャーナリスト長井健司さんを射殺したミャンマー軍事政権が、今度は
少数民族のリーダーを暗殺した。
去る2月半ば、ビルマの民主化勢力と20年前から共闘してきたカレン民族
同盟(KNU)書記長、マンシャー氏が殺害された。
表向きには、少数民族の内部抗争を装った事件であるが、新憲法案を5月
の国民投票にかける、と突然公言した軍事政権(仏教弾圧派)が裏で糸を
引いていることは明白である。

また、パレスチナではガザ地区へのイスラエルの攻撃により3月1日だけで
死者が60名を超えた。2000年第2次インティファーダ以来、1日分の死者数
では最悪を記録したことになる。
イスラエル側は、パレスチナ人武装グループのロケット弾攻撃によって市民
1名が犠牲となったことに対する『報復』だと主張している。
近い将来、イスラエルによるガザ地区への大規模な侵攻も予想され、その
犠牲者数は前例のない規模になる恐れがある。
一方、昨年6月以来、イスラエル軍による封鎖がいっそう強化され、食糧や
生活物資および医薬品がガザ地区にほとんど搬入されないため、150万の
ガザ住民はそれらを手に入れることが困難となっている。
また、がん患者など重病患者も、エジプトなどで治療を受けられず死亡する
例も急増している。
(以上、情報提供:JVJA 日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)

念のため、これら悲劇の「加害者」側に、ワシらは立っているのである。
ミャンマー軍事政権に巨額のODAを注いできた、日本政府。
イスラエル=ユダヤ資本=アメリカ合衆国の五十二番目の州、ジャパン。

となりの晩ご飯

ゆうべ漫然とテレビを眺めてたら『突撃!となりの晩ご飯:インド編』のようなのを
やっていた。ヨネスケとギャル曽根が、デリーの一般家庭に突撃取材し、夕食の
ご相伴に与るという、あの国の治安情況を考えれば、 “ンなわきゃねーだろ” 的
ヤラセ番組だった。実際、友人のテレビマンから聞いた話によると、
「取材目的でビザを申請した時、インド大使館の担当者から嫌がらせに近いほど
事細かに、それは撮って良い・あれは駄目、と制限を付けられたよ」
友人は純然たる報道番組を作るため査証を申請したのだが、むしろ娯楽番組を
撮る場合の方がすんなり許可が下りる、とも言っていた。
なるほど、日本のメディアで紹介される「インドの肖像」が、どれも画一的で似たり
寄ったりなのは、あちらの政府の情報戦略というわけである。
「インド人は本当にカレーしか食べないのか?」
という昨夜の番組のテーマ自体、日本人は本当に毎日みそ汁を飲むのか?とか
和食には本当に必ず醤油が入っているのか?みたいなものだ。

そしたらなんと、コーナーの最後に、ワシが知ってるインドの金持ちの家庭が映し
出されたではないか。ありゃま☆たまげた。
彼らの一族は北西インド出身で、クシャトリア(武士)階級の中でも最高位に属し、
ザミーンダール(荘園豪族)として、その苗字を聞けばたいがいのインド人は恐れ
畏まるほどの身分である。
カタコトの日本語ならば話せるはずの彼は、番組の演出なのか、言葉が通じない
ふりをしていた。実はその人物、外国人観光客を相手に、高級紅茶店を経営して
いるのである。彼の甥っ子に日本語を教えたのは、他でもないこのワシだ。
「和尚サーン!オカエリナサーイ、ココハ、アナタノウチネ♪」
店に入ると歯の浮くような世辞を言ったものだ。
ところがここ数年、日本経済が低迷を続け、日本人観光客が高額な買物をしなく
なって来ると、ワシに対する態度まで冷やかになっていった。
「コレカラハ中国ネ。中国人、イイオ客サンネ」

もうひとつ、彼の信仰に基づく理由で、ワシを遠ざけるようになった。
それは仏教とヒンドゥー教の問題である。
五十年前、インド初代法務大臣アンベードカル博士の手で復活し、現在、佐々井
秀嶺師を指導者として日々躍進を続ける、根本の釈迦仏教・・・。
ヒンドゥー教に身分を保障された荘園豪族にしてみれば、カースト制度を否定する
仏教の復活は呪わしい出来事であり、それに加担するワシは、神の敵、なのだ。

脳天気な娯楽番組に敢えて無粋な文句をつけるが、最後に映した金持ち家庭の
晩餐、その一人前で、仏教徒(元不可触民)家庭であれば家族全員が半月以上
食べていけるのである。

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