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2008年4月

平成版真田勇士伝

詳報第二弾は、長野に集結した日本の若きサムライたち、の巻。
聖火出走前夜の25日19時、善光寺近くの “もんぜんぷら座” 地階ホールで
開かれた『チベット問題を知る集い』に出席。散会後、漫然とたむろしてたら
なんとなく人数が固まり、「じゃ、ご飯食べに行きましょ」、となった。
互いに名も知らぬ同士だが、ある者は2ちゃん、ある者はmixiの呼びかけに
応え、各々個人の意志で長野に駆けつけた人たちだ。
そのため年令層はバラバラだが、やはり中軸は若者。女の子もいる。
「へーっ☆そうなん、おもろいやんなあ♪」
パワフルな関西おばちゃんもいれば、元全学連闘士のおじさんもいた。
中国共産党が二千円也で動員した留学生が集まる前に、真田幸村ゆかりの
信濃に現代の勇士が馳せ参じたのである。たむろ組の総勢、約四十人。

さすがに多人数なので、焼き鳥屋と居酒屋に分かれて入る。
「マスコミがどう伝えるかっすよね」
乾杯のあと誰からともなく切り出した。まさに、そこが問題なのだ。
「さっき夕方、交差点とこで取材受けたんすけど、話し終わって渡ろうとしたら
信号が点滅始めたんすよ。渡っちゃえと思って何気に記者のほう見たらカメラ
構えてんすよね。これ、もしかしてヤバくね?とか思って、ストップ」
「あー。信号を無視して横断する暴徒の図、って」
「キャプションの魔術だ」
「俺も取材されたんすけど、なんか誘導尋問っつうか、明日はどこでどんなこと
するんですか?みたいな、妨害計画を教えろみたいな感じで。ちょいムカツキ
ましたけど。でも、ポーカー・フェイスでね」
「そこで顔に出したら、“大変です暴徒がっ!” だもんな(全員爆笑)」
冷静でクレバーな青年たちだ。情報の海を泳ぐネット世代ならではの感性か。

マスコミは、目立つところだけ切り取って、全体像を歪める。
一部に錯乱した者がいたのも事実だが、あの荒れ狂う五星紅旗の津波の中で
平静を保つことが容易ではないのは、現場にいたワシにはよく分かる。
そもそもチベット支援者は、Tシャツや小旗を手にしているだけで聖火出発点に
近付くことさえ許されなかった。そのためほとんどは善光寺で行われた犠牲者
追悼法要に参拝したし、その後、ゴール地点の若里公園まで粛々と行進した。
これがチベットを支援する若者たちの真実の姿である。

次回、第三弾。いよいよ中共動員学生の実態を暴露しよう。
日本の青年は、バイト代はたいて自腹で長野へ馳せ参じたボンビーメン。
しかし共産主義の国から来てる留学生は・・・。え?セレブ?

信濃の聖なる火

詳報第一弾は、善光寺本堂で26日朝8時15分より行なわれたチベット・中国
犠牲者追悼法要の報告から。
それに先立ち、まず若麻績師をはじめ善光寺関係者にお詫び申し上げます。
愚僧みずから不徳の致す所、なまじ斯界の裏を流れる汚れた水を多く飲んで
しまったため、今回善光寺がとった「聖火出発点辞退」の決断に対し、極めて
低俗な次元で認識しておりました。深く不明を恥じ、心より陳謝致します。

追悼は当初、善光寺の毎朝のお経の時間に合わせて営まれる予定だった。
だが、直前になって、
「聖火リレーのスタートと同時に開始したほうがメッセージ性がある」
ということで急遽変更された。 一説には警備の関係上、同じ時間の方が群衆
を分断できて混乱が避けられる、との申入れが当局からあったとも云われる。

26日朝、善光寺を目指し長野駅前を出発したグループと共に市内を行進。
途中、幾度か危ない目に遭いながら、善光寺へ到着。
本堂の前で在日チベット人によるチベット仏教式の勤行がつとめられた。
心に染み通る祈りであった。
25日夜に面識を得た関係者へ挨拶を通し、本堂の内陣(ないじん=僧侶席)に
上がらせてもらう。若麻績師から次第(段取り)の説明を受け、時を待つ。
内陣は、全国から宗派を超えて結集した有志僧侶と在日チベット人で満ちる。
外陣(げじん。一般参拝者席)は、あれよあれよというまに、満席に。
マイクを手にした若麻績師が参拝者に向かって告げる。
「聖火の出発に合わせて、始めます!」
毅然と言い放ったその口調には、並々ならぬ決意のほどが窺えた。

8時15分。若麻績師を導師として法要開始。
般若心経一巻。続いて、身元が判明した犠牲者の名前と没年令がひとりひとり
読み上げられ、不明者も合わせて菩提を弔う。チベット人、中国人も同様に。
具足十念「南無阿弥陀仏」。そして回向(えこう)。終了。

仏教の思想に、『怨親平等(おんしんびょうどう)』がある。
「死」は、宗教的にも科学的にも、万人に等しく訪れる不可避な現象だ。
ゆえに生命の尊厳には敵も味方もない、という意味。
どれほど中国共産党が無神論を人民に押し付けようとも、このブッダの教えを
越えることは出来ないのである。
合掌。

応戦

応戦
応戦
応戦
応戦
行進の終点、若里公園で中共動員留学生とシュプレヒコール合戦。チベット支援者たちは誰に命じられた訳でもないが、一歩も引くことなく声を枯らして応戦した。

行進

行進
行進
行進
「フリー!チベット!」

祈り

祈り
祈り
朝、善光寺にて犠牲者追悼法要。境内に平和の祈りが響く。

善光寺門前

善光寺門前
善光寺門前
阿弥陀如来は必ず聞き届けてくださる。

決戦

決戦
決戦
朝、長野駅前

前夜

前夜
前夜
25日夜7時から善光寺に程近いホールで『チベット問題を知る集い』が開かれた。在日チベット人による悲痛な訴えに、聴衆は身動ぎもせず聞き入った。会の後半、質疑応答のコーナーで、会場の空気が一瞬凍りついたことがあった。挙手した人物が開口一番、「私は漢民族です」と自己紹介したからだ。しかしそれは杞憂だった。その人物は中国民主化運動家で、続けてこう語った。「チベット問題は漢民族とチベット民族の問題ではありません。神仏を敬うチベット人と、神仏を否定する共産主義者。つまり神と悪魔、正義と邪悪、純粋と野望のぶつかり合いなのです。私の国は、残念ながら悪魔に魂を売ってしまった。だから世界の人たちに言いたい。私の国の共産主義者と仲良くすることは、悪魔と契約するようなものです、と。ハイエナに、いくら肉をやっても感謝しません。もっと寄越せ!と言うだけです、と」

嵐の前?

嵐の前
嵐の前
長野に到着。目抜通りでは右翼の街宣車が渋滞を引き起こし、上空を県警のヘリが飛び交う。とはいえ想像していたほどの緊張感はなく、のどかな門前町に異物が混入した、という感じだ。「聖火リレー反対」のデモを監視する地元警官も、どこか好意的に行進を見守っているように思えた。また、頼もしかったのは、心ある青年たちが全国から集まり、非暴力の精神に則って、穏やかに、静かに、そして力強くチベット弾圧に抗議している姿だった。やはり問題なのは、チャイニーズ・フーリガンの熱狂なのだ。

臨戦

近所のホームセンターで色模造紙とポスターカラーを購入。
『FREE!TIBET』
学生時代、バンドのライヴの宣伝で「FREE DRINK」と書いて
以来、なんともはや四半世紀ぶりのメッセージ製作である。
・・・しかし、レタリング下手になったな、ワシ。
つ~か握ってるのはポスターカラーなのに、気分がいつしか
葬式の位牌を書いてる時の状態になってたりする。
これも職業病みたいなもんかね。虐殺されたチベット仏教徒
への追悼という意味では、それもアリだよな。

ネット上の流言では、「聖火リレー」当日26日、長野市内に
中国人留学生が多数動員され、手に手にペン(聖火妨害を
刺す)と水の入ったペットボトル(抗議にぶっかける)を持参
するよう指導されているそうな。
また、中共政府と金銭面及び海外宣伝で蜜月関係を築いて
きた某宗教団体が、青年部に「北京五輪を成功させよ!」と
号令しており、当日この二大勢力が長野で合流する、という
蜚語も飛んでいる。
こりゃ防御のため、鎖帷子が必要だな。忍者みたいな。
むかし保坂ナントカが離婚記者会見で着てた網Tシャツでも
いっか。そういやあの男も坊さんになったらしいし。

順調に行けば、明日夕方から現地情報のUPを開始します。
携帯電話を用いての速報更新になるため、写真とその説明
程度になりますが、大手のマスコミが伝えない現地の様子を
可能な限りお伝えしたいと思います。
また、あらかじめお断りしておきますが、事態が事態だけに
チベットを支援してくださる皆さん方の顔を写さないよう工夫
するため、写真は、敢えてズラした構図になります。

だけどさ、この時期に “長野へ行く” と言っているのに、
「野沢菜、買って来て」「あと、ワサビ漬もね」
こんなんばっかです、ワシの周囲は。
Love&peace!

牛に引かれて

今や無鉄砲の権化、テロ多発地帯のド真ん中へ丸腰のまま血走り眼で突入する
このワシも、幼少の頃は、もんのすごく「怖がり屋さん」であった。
いわゆる都市伝説というか、子供社会に流行する怪談は民俗学の研究対象でも
あるけれど、スタンダードのひとつといえば、『件(くだん)』。
ニンベンにウシ、と書く人牛。 ケンタウルスや狼男につらなる人獣混合系妖怪の
種族だ。目は虚ろに、口をだらしなく開いて、とめどなく涎を流す。時として哀惜を
帯びた叫び声をあげ、衆人を恐怖の淵へと引きずり込む。
「僕、見たもん。四丁目の空き地の先に古い外国っぽい屋敷あんだろ。あそこの
二階の部屋、いつも窓閉まってんのに、このあいだ行ったら開いてて。そしたら、
窓から中学生ぐらいの兄ちゃん顔出して。そいつ、すげえ痩せてて、青白い顔で
じっとこっち見てて。目があったら急に鳴いたんだよ、モオォォ~!って」
街外れの洋館、二階の開かずの間、年上の病んだ少年などなど、心理学分野が
賑やかになりそうなキーワード満載だが、子供の頃のワシは、この怪談にマジで
ビビった。悪夢にうなされた。 しかし夢に出て来たのは、なぜか詰襟の学生服を
きちんと着たホルスタインだった。思えば、シュールなコスプレである。

当時、町内会主催の日帰り旅行があった。高度成長初期の昭和では、まだ旅は
贅沢な遊びだった。ご近所でバスを借り切って、海や山へと出掛けたものだ。
観光バス、といえば乗り物酔い。ご他聞に漏れず幼いワシも、よく酔った。
「我慢しろ!男なら吐くんじゃないっ」
あの頃の父親というのは絶対権力の大魔王みたいな存在で、隣の席で煩悶する
息子に気を揉む、なんてことはしなかった。目的地に着いてバスを下りてしまえば
気分が変わってなんとかなる、と。実際、ワシはなんとかなった。
さて、澄みきった青い空に心を解き放たれ、行楽気分を満喫したところで、待望の
お食事タイム。野趣あふれる御膳に、当時としてはリッチな料理が並ぶ。
と、ワシの前に座ったのは同じ町内に住む中学生男子。痩せた体に青白い顔。
まだ乗り物酔い状態が続いてるらしく、目は虚ろ、口は半開きだ。よせばいいのに
その中学生、料理に箸を付けて食べようとした。すると、次の瞬間・・・!

(自主規制。牛の生態に『反芻』があることだけを記しておく)

長じてワシは、インドへ通うようになって、気づいたことがある。
道路の真ん中で、往来の迷惑も省みず、ドテ~っと寝っ転がるインド牛を見たとき、
みずからが背負ったカルマを思い知らされた。わが前世は、牛である、と。

てなわけでワシは今週末、牛に引かれて善光寺へ参ります。

これはテロだ!

久々に全身が震えるほどの怒りを味わっている。善光寺
本堂の六箇所に、ペンキで落書きされていたそうだ。
しかし、現時点での予断と憶測は慎むべきである。
莫迦な愉快犯や極右反中派による自作自演の可能性も
無いとは言えない。が、数年前、靖国神社の狛犬に赤い
ペンキをぶちまけた中国の反日運動家がいたことを考え
合わせると、いやがおうでも犯人像が結ばれて来る。

先の『聖火出発点騒動』。ワシは同業者ゆえ、引き受けた
ことにも辞退したことについても、善光寺側の保身姿勢を
忸怩たる思いで見てきた。
観光事業のため聖火出発の “お祭り” を引き受けながら
世界各地で妨害活動が頻発すると、事勿れ主義的に、
「同じ仏教徒としてモゴモゴ」
ええー?そりゃねーだろ。そんなふうに思ってた。

だが、落書き事件には、年甲斐もなくブチ切れている。
善光寺といえば、在家信者:本田善光(よしみつ)が主人の
御供で難波ノ津(現大阪湾)を訪れた際、
「よぉ〜しぃ〜みぃ〜つぅ〜!」
と、海中より呼ばわる声を聞く。波打ち際まで寄ってみると、
突然、小さな仏像が水飛沫を上げて飛び出し、善光の背中
へ乗っかった。これぞまさしく、のちにいう善光寺の秘仏、
『閻浮檀金一光三尊阿弥陀如来』
(えんぶだんごんいっこうさんぞんあみだにょらい)
であった。善光はそれを郷里の信濃へと持ち帰り、丁重に
祀った。これが、善光寺の始まりである・・・と云々。
つまり庶民の庶民による庶民の寺なのだ。

その善光寺本堂を汚すとは、いわば、テロリズムに等しい。
だが、卑劣なテロにも非暴力で応じるのが、仏教者。

「善人なおもて往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」(親鸞)
テロリストを救うのも、阿弥陀如来である。

ふるさとは?

善光寺が聖火出発点を辞退。組織の「体重」を考えれば
思い切った跳躍だったと認めるべきであろう。
しかし、今年三月の『ラサ蜂起』前からずっとチベット仏教
弾圧は続いていたのであり、敢えて意地の悪い言い方を
するなら、最初に引き受けた段階では今までの約半世紀
にも及ぶ残虐な仏教弾圧史を認めていたことになる。
ワシは、幸か不幸か善光寺のような有名寺院に勤務した
経験がないチンピラ坊主だから、観光事業も含めて、彼ら
善光寺職員が直面した「組織人」としての苦悩については
ただ推測するしかない。いや、ご苦労さんでした。

今回の聖火ランナー、あの萩本欽一氏も走られるそうな。
五輪と長野と欽ちゃんで “三段落ち” になってる。
長野冬季五輪の閉会式、サプライズゲストとして登場した
欽ちゃんは、日の丸を意味すると思われる紅白の衣装を
身にまとい、世界から集まった観客に呼びかけた。
「ふるさとは?」
「・・・地・・・球」
あらかじめリハーサルを積んだとはいえ、外人さん相手に
日本語で言ったもんだから、いまいちのレスポンス。
そこで、かつて “ツッコミの天才”・“素人いじりの名人” と
謳われた欽ちゃんのスイッチが、ONに。
「ふぅるぅさぁとぉわあぁぁぁ?」
「ちぃきゅうぅぅぅぅ!」

無邪気にグローバリズムを礼賛することが、むしろ現実の
平和を遠ざける、なんて欽ちゃんの埒外である。
だが、今日の世界情況では、グローバリズムを中国語で
どう言うか、確認しておく必要があろう。

『全球化』
目も鼻も口も耳もないのっぺらぼうを想像してしまう。
これが “全中化” を意味していることは、言うまでもない。


北京五輪に相応しい呼びかけは、これ以外にない。
「ふるさとは?」
「チベット!」

風に吹かれて

春は突風の季節。 冬のあいだ膝抱えて中島みゆき聞いてたネガティヴ男が
突然弾けてヘビメタ・デビュー☆みたいに、滅多やたらと吹き荒れる。
思い起こせば子供の頃、嵐の夜が明けて雨戸を開けたら、視界を覆い尽くす
巨大な銀色の蜘蛛。ひょえ〜!宇宙人の来襲だあ、と身構えたら、隣んちの
テレビ・アンテナが風に飛ばされて不法侵入してたのだった。
春の風は埃っぽい。ビルの谷間を吹き抜ける風にうら若き乙女のスカートが
めくれても、(よっしゃあ♪)と小さくガッツを決めたあとで口の中が砂漠みたく
ジャリジャリしてたりする。この僥倖感とジャリ感が、まさに春なのである。

こないだも風が凄い日あったっけ。
そんときたまたまクルマ運転してたんだけど、或る信号待ちを境に、なんだか
下回りのほうから変な音がするようになったんだわ。
小刻みにシンバルを擦り合わせるようなビビリ音っつーか、あきらかに正常な
自動車から発せられるものではない、じつに不快で不気味なサウンド。
「ホイール・キャップ、ゆるんだかな?」
ハザードを点けて路肩に停め、点検。キャップに蹴りを入れて、再発進。
音は相変わらずだ。気にし始めると気になるもので、もしかして大事な部品の
ボルト接続なんかが外れかかってるんじゃないか、と不安がつのる。
「走りながら分解とかしたらチキチキマン猛レースだよな」
怖くなって停車。今度は、身をかがめて下回りを覗いてみる。すると・・・。

ワシはわが目を疑った。
ちょうど車体中央、シャフトのあたりから木が生えてるではないかっ!
それは、盆栽を逆さまにしたような見事な枝ぶりで、このままクルマを引っ繰り
返したら前衛彫刻になるような、アヴァンギャルド状態。しかも、小さな木っ端
などではなく、威風堂々、御意見無用とばかりに、
「俺、樹木ですから!」
てな感じで、大胆に自己主張していたのである。やるじゃないか、樹木。
恐らく、突風にヘシ折られたどこかの庭木、もしくは街路樹の一部が道路上を
転げまわり、車体の下へ潜った挙げ句、ロボのように合体したのであろう。
なんか『宇宙戦艦ヤマト』の第三艦橋みたいで、しばし鑑賞。

さてどうするか。放っといてミッションとか傷ついたらシャレになんねえし。
近所のGSへ移動して、バイトのあんちゃんに取ってもらう。
「いやあ、かなりガッツリいってますねえ。どうやって入れたんすか?」

・・・って、その質問どおよ。

A系ニッポン

自民の伊吹、公明の北側両幹事長が今日午前、北京市内で
胡錦濤と会談したそうな。伊吹曰く、
「主席の訪日で日中の新しい生命が萌え出し、戦略的な互恵
関係が具体化する事を願っている。日中の絆が深まることが
お迎えする大きな目的」
・・・って、おいおい。萌え~♪ かよ。アキバ系かあ?
漢詩を気取って青葉の季節感を織り込んだ文学的コメントの
つもりなんだろうが、あまりにもお粗末過ぎて哀れみを誘う。
公明の北側は、例の宗教団体が、ずっと前から中国の膨大な
人口を新たな “信者開拓農場” と狙っており、チベット弾圧は
いわば魚心あれば水心。他宗が減って都合良い、というのが
本音であろう。

自民の伊吹がおざなりに『チベット蜂起』に触れ、
「世界各国への情報開示、透明性向上について、しっかり対応
して欲しい」
と、まるで小学校のホームルームなみの要請をすると、
「交渉の窓口は開いている。話し合う姿勢を崩したことはない」
胡錦濤はそう答えた。
たはは。こーゆーのを、ガキの使い、というのだ。

念のため、胡錦濤が言う「交渉窓口」「話し合う姿勢」の実態を
説明しておかねばなるまい。
1987年9月21日、ワシントンで開かれた合衆国議会人権問題
小委員会でダライ・ラマ法王が提示した五項目和平案、
1.チベット全土を平和地域とする
2.チベット民族の存在を脅かす中国の人口移住政策の停止
3.チベット民族の基本的人権と民主主義の自由を尊重する

4.チベットの自然環境の保護と回復、中国によるチベットでの
核兵器製造と核廃棄物投棄の停止
5.チベットの将来、そして、チベット国民と中国国民の関係に
ついて真剣な交渉を開始する

以上の五項目全てに「No!」と言った後での、話し合い。
それが中国の要求であり、それを「崩したことはない」と言って
いるのである。
・・・萌えてる場合かっ、たわけもんがあぁぁぁぁ!!

非暴力

27804072680744aa971a9349b2b9ac3ah_3普遍的倫理としての『非暴力』が人類にとって
欠くべからざる徳目であることは、いまさら言う
までもないが、全ての仏教徒にとって、それは
仏陀によって示された修行であり、同時にまた
個々のアイデンティティー
でもあるはずだ。

「彼らは私を打擲し、足蹴にし、殺すだろう。だがそんな彼らが
手に入れることが出来るのは、私の死体と、ひとを殺した後悔
だけだ。自由を求める意志を奪うことは、誰にも出来ない」
<アンベードカル博士>

「仏教で言う “慈悲(maitri-karna)” とは友愛のことなんですね。
みんな自分が可愛いと思ってる。老人のこの私だってね(笑)。
だからこそ自分を愛するように他人を愛する。困難だけど、そう
努力する。努力しなきゃ、愛せないですよ。中国だって同じこと。
むずかしいけれど、それが慈悲」
<ダライ・ラマ法王>


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                         photo : Hindustan Times

軟禁の真相?

今日の読売新聞WEBは『ダライ・ラマ生家、厳しい監視下』と
題して、親族が事実上の軟禁状態に置かれていると報じた。
青海省平安県にある生家を取材した記事なのだが、今朝の
TV番組でそれを紹介した系列局アナウンサーは、
「へえ、ダライ・ラマさんって、中国生まれなんですねえ」
と不用意なコメントを発した。
チベットは中国の領土だ、とする中共の主張に、一分の理が
あるような誤解を招きかねないので、老婆心ながらも敢えて
ひと言申し上げるよ、羽鳥君。

毛沢東が建国した中華人民共和国と、その前の中華民国を
混同しては困る。民国とチベットは、先代ダライ・ラマ十三世
の時代、
相互に独立国家としての立場を認証し合っている。
複数民族が混在する大陸内奥部では、厳密な意味合いでの
国境線は機能しておらず、よって十四世猊下が御降誕された
現平安県の辺りも、その当時にはまだ中国領かチベット領か
明確に分けられていたわけではないのだよ。
問題なのは、毛沢東が人民共和国建国に際し、中華民国の
版図を継承すると明言していながら、チベットを侵略したこと
なのだ。そして、ひとごろしを続けていることなのだよ。

WEB記事によると生家正面の門は固く閉ざされ、扉の両側に
青海省司法当局からの通知書が張り出されているという。
通知は中国語とチベット語で二通書かれており、中国語では
政府への破壊行為やダライ・ラマの肖像画及び写真の制作、
配布を禁じ、情報提供者には報酬金が支払われることなどが
記されていたそうだ。
ハテ?と、生臭坊主は、ここでついゲスの勘繰りをしてしまう。
どうしてこの時期に、こんな取材が許可されたのか?

まさか、「ダライの家族を人質に取ってるんだぞ」という情報を
わざと海外へ流して、国際世論に脅しを掛けてるつもりか?
・・・だとしたら、ナメんじゃねえっ!

ダライ・ラマ法王の兄上は、毛沢東側近から弟を暗殺するよう
命じられた。そのことを泣きながら弟の法王に告白した兄上は、
後日、中国で殺害されたのである。

やつあたり

このあいだ俗世のしがらみから、左がかったメンツが顔を
揃える集まりに出席しちまったい。ストレス臨界点じゃい。
パネリストの一人が、中国人監督の撮った映画『靖国』の
ことをやたらと擁護してて、彼曰く、
「右翼の国会議員によって上映が妨害された」
そおかあ?製作資金の一部を政府の公的機関が勝手に
国民の血税から拠出したから、その使途を確認するため
公開前に試写を求めたのであって、逆にこれが翼賛映画
だったら、共産党や社民党も同じことをしたはずだ。
上映の中止を決めた映画館は、あくまで商売上の都合を
優先したに過ぎない。権力がどうの、という話ではない。
例えば、今この大事な時にダライ・ラマ法王の伝記映画、
『クンドゥン』
を、経営者が身銭切ってでも上映するシネコンがないのと
同じことだ。面倒を避けただけである。

日本が右傾化してるって聞くけど、どこが?って感じだ。
きょうびのジャパニーズは、敗戦後に希薄化された礼儀や
道徳を、さらに加速度的に崩壊させてるじゃん。
ワシのフィールドで言えば、法事でガムを噛んでる参拝者
なんて珍しくねえし、ポケットに手ぇ突っ込んだまま墓参り
してる奴だっているんだぜ。
お経の最中に “ぴ~ひゃら♪” 着メロが聞こえたので、
(・・・ったく、どこのガキだよ)
と思ったら、イイトシこいたおっさんだった。
「携帯電話はマナーモードにするか電源をお切り下さい」
これって電車内での話じゃねえよ。葬儀屋さんがお葬式の
始まる前に、わざわざこんなことアナウンスするんだ。

つまり、その程度の『ルール意識』さえ失ってしまったのが、
日本社会の現状ってことだ。

こんな有様の、一体どこが右傾化してる、と言うのか。
それに腹を立てているワシは、さしずめ極左か?
現代日本は右傾どころか、左側に傾き過ぎてブッ倒れてる
としか思えねえよ。

語られない思い

御掛錫(ごけしゃく)。高僧が立ち寄ることを、そういう。
アメリカ訪問のトランジットでダライ・ラマ法王が成田に寄港
された。記者会見では、改めて仏教が説く慈悲と不殺生の
精神に基づいた『非暴力』の重要性を、強く訴えられた。
今や全世界の耳目を集める人物が日本の土を踏んだにも
関わらず、わが国の現役閣僚や政治家は、居眠りでもして
いたらしい。むしろ厄介者と思っていたのではないか。

法王滞在中の言動について、日本政府は中国共産党から
「政治的発言を一切させてはならない」
と不当な内政干渉をされ、言いなりになっている。
チベットの国家元首にしてノーベル平和賞の受賞者を国賓
としてお迎えすることもせず、偉大な精神的指導者の言動を
侵略者の片棒を担いで規制する日本政府は、憲法が保証
する「言論の自由」や「思想信教の自由」を、みずからドブに
投げ捨てているのである。

三年前にダライ・ラマ法王が来日した際の講演テーマは、
『思いやりと人間関係』
であった。(原題:「Compassion and Human relation 」)。
法王猊下は仏教の根幹思想 “慈悲” を英訳し、慈=Love、
悲=Compassion、と語られたが、言葉というのは、受け手の
既成概念によって変質するものだから、厳密な意味合いに
ズレが生じる。アジア文化の結晶たる仏教思想をキリスト教
文化の言語で表現する以上は、最初からある程度の誤差を
見込んでいなければならない。
とはいえ、仏教国 “であったはずの” この日本で慈悲という
言葉がすでに死語と化してることのほうが、問題だ。

2005年来日の際、中国では『反日デモ』が盛んだった。
北京市で二万人の反日集会が開かれたのは、法王が両国
国技館で講演された、まさにその日であった。
更にさかのぼる2003年来日の際にも、法王が御到着された
その日にデモが起き、御出立の日にピタリ!と止んだ。

思いやりと人間関係。いま、日本人は試されているのだ。

聖火を継ぐ者

北京五輪の開会式に向けて世界を巡る『オリンピック聖火』が
各地で反対派の妨害に遭っているのは周知の通り。
西欧諸国ではチベット人権抑圧問題への抗議として、仏教徒
でない人たちまでもが、行動を起こしている。
とはいえ、西側メディアは五輪後の中国経済市場への配慮か、
妨害活動をする人々の昂奮ぶりや、一見すると過剰にも映る
振る舞いだけをクローズ・アップしているように思える。
これでは、新華社通信の捏造報道と大差ないのではないか。

例えば『チベット蜂起』の映像で、なにやら発煙筒らしきものを
投擲する青年の姿が繰り返し流されているが、あれがチベット
民族に扮した中国人工作員でない、と誰が言えよう。
新華社が報じるように組織的暴動であれば、なんで撮影者の
前(しかもジャストな構図)でだけ、投げられたのだろうか。

ダライ・ラマ法王猊下の御言葉として、
「北京オリンピックをボイコットすべきではない」
「聖火リレーは妨害すべきではない」
との公式発表がなされている以上、このワシも、仏門の末席を
汚す者として、猊下の大御心を拝戴したいと思う。
法王はインドへ亡命した翌年、中国人のために祈りを捧げた。
「彼らが善と悪を見分ける智恵の目を得られますように。そして
彼らが、友好と愛の栄光の中に留まることができますように」

この大慈悲心をいただけば、たしかにボイコットや聖火妨害が
法王猊下の御心に沿わないことは、明白である。

だけどよ、妨害でもしなきゃ、世間の関心がチベット問題に向く
ことなんか、今までほとんど無かったじゃねえかっ!
去る三月十四日『ラサ蜂起』以前には、「チベット」と口にしても、
振り向くのはせいぜい “オカルト・マニア” ぐらいだった。
繰り言を云っても詮ないが、上に引いた法王若き日のお祈りを
改めて拝読すると、情けない気持ちで一杯になる。

利権まみれのIOCが灯したのは、聖なる火ではない。
本当の聖火は、チベット人の心に燃え続ける信仰の炎である。

Aunt Green

今日から新学期。集団登校する小学生を見守る当番のお母さんたちと出会う。
子供を狙った陰惨な事件が多発する昨今、自警の意思を周囲に見せることは
重要だ。どうせ敵はロクでもねえ変態野郎なんだから、ガツン☆といわしときゃ
ビビるに決まってる。
それにしてもきょうびの若いお母さんときたら女子大生と見分けがつかない。
茶髪にローライズは基本的に制服。生活感というか、いわゆる「糠味噌臭さ」が
ずぇんぜんない。早朝からメイクばっちりで、それなりに色っぽかったりする。
(興味がいくならフツーこっちだろお、やっぱ)
しかしワシが小学生だった昔は、登下校のわずかな時間は親や教師の目から
開放される自由な一時で、道草や遠回りというアドベンチャーに満ちていた。
いま集団登下校する子供らを見ると、行列の先頭と末尾を上級生に守られて、
なにかに怯えながらそそくさと歩いている。登下校というより逃避行のようだ。
あの子たちにこんな思いをさせるキチガイの「人権」とやらは、ワシにゃまったく
理解できない。本来、怯えて小さく生きるべきは、その変態野郎である。

ワシが子供の頃には『緑のおばさん』がいた。
緑色の上着をはおって、黄色い交通安全の旗を手に、横断歩道の通行を指揮
していた。信号機が完備されてなかった時代ならではの、ヒューマンな仕事だ。
昭和のガキ共はたいがい、おじさんに対しては畏怖を覚え、おばさん対しては
甘えに近い感情を懐いていた。だから通学途中で緑のおばさんを見かけると、
なんかちょっと嬉しい気分になったものだ。
そういえば、こんなことがあった。記憶の彼方に霞んで細部は不明瞭なのだが、
或る朝、緑のおばさんが、中学生ぐらいの男子と話し込んでいた。
「おまえ後生だから真面目にしとくれ」
とかなんとか。どうやら、おばさんの息子のようだった。緑のおばさんは今にも
泣きそうな顔をしていた。男の子の手を取り、百円札を握らせるともう一度、
「な、後生だから」
中学生は、そばで見ていたワシに気付き、小さく舌打ちをして去って行った。
いつもの横断歩道が、やけにだだっ広く見えた。
きょうびのオシャレな若いお母さん方と違い、緑のおばさんには昭和の貧困と
泥臭さがにじんでいた。後年、聞いた話によると、その呼び名が差別に当たる
とかで、ある時期を境に改められたらしい。

ところで、どうして緑だったんだろう? 交通安全なら、黄色じゃないのか。
青信号を人間で表してたのか。それとも緑は平和の色ってか。
なるほど、反戦や環境保護を訴える団体は、みんな緑をウリにしてるしなあ。

ちなみに世界の宗教にはそれぞれ象徴する色があって、緑は何教かご存じ?
答え=イスラム教(マジで)。

ラサ観光再開?

昨秋、NHKが中国のお先棒を担いで放送した番組は、内容の
醜悪さが度を越しており、嘔吐を催す代物だった。
日本放送協会が報じたのは、生活に窮して先祖伝来の仏像を
売りに出すチベット人家族の姿や、ラサで日本人観光客向けに
“松茸づくし” を用意する中国人のホテル経営者など、わざわざ
受信料を取って見せるような中身ではなかった。
とりわけ、ホテル経営者が “催し物” の企画としてチベット僧に
法要の実演ショーを要求するくだりは、愚劣の極みであった。
「観光客の皆さんが寺へお参りになれば、いつでも法要に参加
していただけますよ」
道理に従って返答するチベット僧に、中国人経営者は、
「ホテルでやらなきゃサービスにならない」

ちなみにNHKは、この文化破壊の光景を「新しい波」として紹介
していたのである。
祖国を蹂躙されたチベット人にとって、唯一の心の拠り所である
仏像を売らねば食べていけない現実、また僧侶を芸人扱いする
おぞましい拝金主義を、天下のNHK様は、新しい波、と。

先月の『蜂起』に参加して武力弾圧を受け負傷したチベット人は
現在も適切な医療処置を受けられないでいる。
中国人が経営する病院や診療所へ行ったら、どうなるか分から
ないからだ。
NHKの海外取材といえば、相手国外務省の広報官から至れり
尽くせり、接待漬けの “アゴ足付き” 大名旅行である。
超高級ホテルのスイートに連泊して、ミネラル・ウォーターで歯を
磨き、酒と薔薇の日々を受信料で満喫する。
しかるに今、中国公安に撃たれ、蹴られ、殴打されて傷を負った
チベット人は、蝿が飛び交う薄暗い部屋で、痛みに耐えている。

ぜひともNHKには、あの番組を再放送してもらいたい。

中国側が、ラサの観光客受け入れを再開する、と発表した。
安全イメージを宣伝したいのであろうが、厳重監視と行動制限は
目に見えている。まさかと思うが “松茸づくし” を喰いに出掛ける
日本人の団体さんが現れないことを念じたい。

平和ちぇんちぇい

今回は新学期の開始に際して、トンデモ先生の迷言を集めてみました。
いわゆるひとつの『男女平等推進』シリーズです。

<私はいま六年生を担任してますが、体育授業の球技は男女混合で指導
しています。女子が得点すると男子なら一点のところを二点にしてあげる。
ソフト・ボールをやった経験のない女子に打順がまわった場合には、投手の
生徒に投げさせず、打席の前に道具を置きその上にのせた球を打たせる。
バスケをやる時は女子にも必ずパスを回すよう指導する。女子は走るのが
遅いから、ゴールの下で待たせ、シュートをするときには男子が女子に譲る
ことを教えています>
・・・え?平等ってそーゆーことっすか?

<教師が生徒の男子を「くん」女子を「ちゃん」と意識的に呼び分けるのは、
国連の条約に違反します。私は、校長の名前を「さん付け」では呼びますが
決して校長くんや校長ちゃんとは言いません。ですから、女子も男子も同じ
「さん付け」で統一することが、相手の立場を尊重する教育だと思ってます。
そういう日常の地道な積み重ねが、戦争したがる政治家に市民がNO!と
言える平和で健全な社会を作っていくのだ、と思います>
上司タメグチと世界平和が、どこでどうつながるのか、理解不能です。

あるお母さんより現場告発。
<授業参観のとき子供たちが教室の後ろのロッカーに乗って遊んでるのを
先生が注意しなかった。うちの子も混ざろうとしたのでスカートを穿いてたし
ロッカーは1mぐらいあって高くて危ないので、
「ダメよ、○○美!すぐに降りなさい、女の子がはしたない!」
と叱ったら、先生から、
「女の子だから、というのはいけません」
そう注意されてしまいました。ちょっとカチン☆ときたので、
「けど高くて危険でしょう」
と言ったら、その担任の先生ってば、
「そうです。高さが問題なのであって性別ではありません」
だってさ。なによそれ?>
もしかして担任先生、オリンピックで金メダルを狙える子に育てたかったの
ではないでしょうか。んなわきゃねーやな。

閑話休題。昨晩、夢を見た。
北京五輪女子レスリングで浜口京子選手が優勝。表彰式にオヤジが乱入。
アニマル浜口は『気合いだー!』の代わりに、『チベット!百連呼』。
公安が制止に入り大乱闘。慌てて放送を中止しようとした中国側スタッフを
助っ人のラッシャー木村とマイティー井上、阿修羅原が押さえ込む。
「わっはっは、わっはっは☆」
全世界同時生中継であの “笑いビクス” が響き渡る。これぞ、平和の祭典。

数珠と銃

中国では、真っ赤な嘘も堂々と言えば恥にならないらしい。
「チベット寺院から百数十丁の銃と爆薬が発見された」
一党独裁の共産主義国家で公安に気づかれることなく多数の
武器を集めることが出来たなら、その国はすでに “死に体” と
いうことだ。濡れ衣を着せたつもりが、かえってデタラメを証明
する結果となった。毎度おなじみマンネリ芝居、人民解放軍が
こっそり寺へ運び込んだのは明白である。
そもそも、数珠とお経の本ぐらいしか持ったことない坊さんが、
簡単に銃を扱えるわけがない。仮に、前もって演習していれば
銃声でとっくにバレてるはずである。

そんな中、ダライ・ラマ法王が九日夜、成田に寄港される。
渡米のトランジットのためだそうだ。
合衆国では政府要人に会う予定はない、とのことだが、今この
タイミングで「なにも起きない」とは、考えにくい。大統領選挙に
絡めて、どこぞの陣営が接近を試みて来ても不思議はない。

さて日本の国内では、まだいたのかよ?と言いたくなるような
呆れた声を耳にすることがある。
『ラマ教』
とりわけ公正中立を気取った “高みの見物” 的意見を述べる
輩が、なんのためらいもなく、この呼称を用いている。
これは18世紀前半にチベットを訪れたキリスト教の修道士が、
仏教についての基礎知識も異文化に対する敬意もないままに
チベット仏教徒が「ラマ(師僧)」を崇める姿を見て、とりあえず
呼んだものだ。英訳すればLamaismとなり、仏教をBuddhismと
いうように、キリスト教以外を「ism」でくくる発想に基づく。

例えて云うならば、真言宗をKobodaishismと呼ぶようなもので、
英語圏の人間には仏教とは別の宗教に聞こえてしまう。
わが国では、欧米コンプレックスも手伝ってこの偏見に満ちた
蔑称が一時流布したが、今では良識ある人は使わない。

異なる宗教文化に対する敬意と尊重の心こそ、『9.11』以後の
人類に課せられた務めである。

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