2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
フォト

『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

« 聖火を継ぐ者 | トップページ | やつあたり »

語られない思い

御掛錫(ごけしゃく)。高僧が立ち寄ることを、そういう。
アメリカ訪問のトランジットでダライ・ラマ法王が成田に寄港
された。記者会見では、改めて仏教が説く慈悲と不殺生の
精神に基づいた『非暴力』の重要性を、強く訴えられた。
今や全世界の耳目を集める人物が日本の土を踏んだにも
関わらず、わが国の現役閣僚や政治家は、居眠りでもして
いたらしい。むしろ厄介者と思っていたのではないか。

法王滞在中の言動について、日本政府は中国共産党から
「政治的発言を一切させてはならない」
と不当な内政干渉をされ、言いなりになっている。
チベットの国家元首にしてノーベル平和賞の受賞者を国賓
としてお迎えすることもせず、偉大な精神的指導者の言動を
侵略者の片棒を担いで規制する日本政府は、憲法が保証
する「言論の自由」や「思想信教の自由」を、みずからドブに
投げ捨てているのである。

三年前にダライ・ラマ法王が来日した際の講演テーマは、
『思いやりと人間関係』
であった。(原題:「Compassion and Human relation 」)。
法王猊下は仏教の根幹思想 “慈悲” を英訳し、慈=Love、
悲=Compassion、と語られたが、言葉というのは、受け手の
既成概念によって変質するものだから、厳密な意味合いに
ズレが生じる。アジア文化の結晶たる仏教思想をキリスト教
文化の言語で表現する以上は、最初からある程度の誤差を
見込んでいなければならない。
とはいえ、仏教国 “であったはずの” この日本で慈悲という
言葉がすでに死語と化してることのほうが、問題だ。

2005年来日の際、中国では『反日デモ』が盛んだった。
北京市で二万人の反日集会が開かれたのは、法王が両国
国技館で講演された、まさにその日であった。
更にさかのぼる2003年来日の際にも、法王が御到着された
その日にデモが起き、御出立の日にピタリ!と止んだ。

思いやりと人間関係。いま、日本人は試されているのだ。

« 聖火を継ぐ者 | トップページ | やつあたり »

仏教・宗教全般」カテゴリの記事

コメント

我が国でも思いますが、高僧と呼ぶにふさわしい方は、みなさん、とっても気さくで肩の力が抜けており、それでいて揺るぎない信念が体から溢れていますよね。会見の映像を拝見しただけで何だか気持ちが伝わってきました。

18日現在、善光寺は聖火リレーの出発点を返上する意向の模様ですね。「同じ仏教徒として云々」と言うが、なんか「批判回避のため」だけのような気がするワシは、度し難い天の邪鬼か。とはいえ、そもそも引き受ける前から中国共産党によるチベット仏教弾圧はずっと続いていたわけだしね。むしろ理想は、聖火出発の式典を仏式っぽく演出して、参加者全員が「Om Meni Pehme Hum」を唱えたら良かったのに、と思う。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/40839502

この記事へのトラックバック一覧です: 語られない思い:

» 本の交流 04112008 [つき指の読書日記]
 日本にとって近くて遠い、その国が何を意図し、本当のところは何を求めているのか、訳のわからない苛立たしさを感じさせるのは大陸中国ではないか。靖国神社に対する内政干渉、あれだけの巨額な有償、無償の援助、ODAにもかかわらず、感謝の礼もない。平気で反日目的の捏造された歴史記念館をこれでもかこれでもかとつくる。戦前同様の北京政府が陰で操る反日デモもある。今回の毒入り餃子での非科学的な態度、隠蔽体質、いったいどうなっているのか。SARS問題もあの不衛生さならば、まだまだ起こるだろう。そして今回のチ...... [続きを読む]

« 聖火を継ぐ者 | トップページ | やつあたり »