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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2008年5月

共和国幻想

70年代ロック少年の、しょっぱくて、こっ恥ずかしい話をば。
ギター小僧らにとって『神様』だったリッチー・ブラックモア氏
(Deep Purple、Rainbowの天才ギタリスト。HR・HM系で彼の
影響を受けてない者はいないほどの超カリスマ) が、とある
写真で、肩から掛けたギターのストラップが捻じれて
るのを
見た日本のロック少年は、それを最新の流行と思い込み、
「おっと、いけねえ。ハードロックはこれじゃなきゃ」
と、ちゃんとしてるのをわざわざ直し、捻じって掛けていた。
言うまでもなくカリスマご本人は、チューニングが狂ったため
曲の間に急いでギターを交換したせいでストラップが捻じれ、
そこをたまたま撮られたに過ぎないものなのだが、
絶対的に
崇拝する少年たちには、神々しく見えたのだ。
そして、バカバカしい迷信でも同じ神話を共有しない者は、
「あいつダメ。ぜんぜんわかってねえよ」

話は変わる。
近所にいつも長い行列が出来るラーメン屋がある。
そのうち試してみようと思いながら、なかなか店が空いている
チャンスに出会えなかった(行列する気はさらさらない)。
先日たまたま機会に恵まれて、勇躍、カウンターに陣取った。
専門店、ということでメニューはラーメンの大中小のみ。
味は、いわゆる横浜『家(いえ)系』だ。
「麺の茹で具合やスープの濃さはどうしますか?」
初めてだから、おまかせで。
数分後、目の前に置かれたのは、豚骨醤油に極太麺。
ハシとレンゲの二刀流で、いざ決戦・・・。なに?
この太い麺をこんなに硬く茹でたら、飲み込めねえぞフツー。
スープは味に塩角が立ち、こなれていない。たぶん、野菜から

煮出した汁をほとんど使ってないのだろう。かなり不味い。
店内を見渡せば、家族連れの客も多い。子供にこんなものを
喰わせたら、硬い麺が喉に詰まって窒息するぞ、マジで。
「ごちそうさまぁッ☆美味しかったですよ♪」
家族の母親が店員に言う。ファミリーみんなニコニコ笑顔。

そうなのだ。行列が出来てる以上、否定してはいけないのだ。
神話を共有しない者は、反逆者なのだ。
捻じれストラップも毒々ラーメンも、人民解放軍だったのだ。

世の中あちこち、共和国でいっぱいです。

カルマねえさん

莎朗史東、と書いて Sharon Stone と読む。今やネットの
動画サイトでにわかに時の人となった、シャロン姉さん。
ワシゃてっきり、キャット・ウーマンに笞でしばかれた後は
地味に暮らしてると思ったら、さにあらず。
このひと、ある意味で開き直ってるというか、攻撃の側に
自分を置く性格と見た。つーか、ドSが似合い過ぎ。
話題のネット動画での莎朗女傑、まくしたてるその勇姿は
機関銃より凄まじい。とにかくしゃべり倒してます。

「ダライ・ラマはあたしのお友だちよ」
いくらなんでも、公共のインタビューで一国の元首に対し、
そりゃ~ねえだろ。 “His Holiness (猊下)” を付けるのは
社会常識だ。友好と信頼の度合いを表して自分の発言に
権威付けしたかったんだろうが、明らかな反則である。
しかも、法王猊下の御名前を出した直後に、
「あれ(震災)は、カルマよ!」
と声を大きくして断言。おいこら、他人の迷惑を考えろや。

これについて、中共御用メディアは、中国人の特に冷静な
意見だけを取り上げて文化的優位性を示しつつ、
「冷血言論」
と断じた。冷たいのは当たり前、『氷の微笑』なんだから。

四川省での被災者にはチベット人も多く含まれているのに、
震災はチベット弾圧がもたらした中共のカルマ、とは思考が
幼稚過ぎて哀れみを禁じ得ない。
仏教徒でもない米国人女優の失言に、ことさら坊主が反応
するのも大人気ない話だが、彼女が思い込んでいるらしい
Karma(業)思想のカン違いパターンは、意外と世間で流用

されてるものなので、無粋を承知で、敢えてひと言。

サンスクリット語の「カルマ」とは、人間の「行為」そのものを
表す単語であり、そこには、善の響きも悪の色もない。
現代インドの主要公用語:ヒンディー語は、サンスクリットが
口語化したものだが、カルマは「カーム」と発音する。
それは単純に「職業=occupation」を意味する言葉である。

インド人のブッダが説いたのは、
「行ないを省みて正しなさい。行為を正せば未来が変わる」
ということであり、いわゆる宿命論とは、正反対なのだ。

中国共産党が震災被害を職業にしている、という皮肉ならば
シャロン姉さんの炯眼に脱帽するのだが・・・。

じつはネ

ここ一カ月ほど体調が変なのだ。突如夜中に狼男みたく
ガバッ!と目が覚めたり、逆に一日中眠くて国会議員の
ように舟を漕いだり、お花の妖精さんが見えたり、と。
まぁ、季節柄そーゆー波が来てる、という部分もあるかも
知れないが、先日とうとう身体面に異常が現れた。
法事へ行くため着替えをしていて、足袋を履こうとしたら、
なんと、足がエレファントになっているではないかっ!
象さんのあんよみたいに、ぶんむくれている。
(ちょ、待ぁてよ)
前の晩に見た『チェンジ』の影響か、無意識にキムタクの
真似をしつつ、悲惨に腫れ上がった足へ無理やり足袋を
履かそうと悪戦苦闘。 坊主は正座が商売なので、シビレ
防止の意味から足袋のサイズを一段上にしているのだが
それでもなかなか入らない。息が切れてしまった。

ううむ。一体これはなんなのか。
思い起こせば一カ月前、長野市で『紅旗ノ乱』のさなかを
抗議行進した時、途中でワシは右足のふくらはぎが攣り、
歩行困難に陥って倒れてしまった。
「大丈夫っすか?誰にやられたんすかッ!?」
チベット支援者の青年が、心配して肩を貸してくれた。
しかし、中共留学生に襲撃されたわけではなく、恥ずかし
ながら単純にトシのせいだった。その後はなんとか痛みを
誤魔化し、行進について行ったが、めんぼくねえ。

帰ってから市販の湿布を貼るぐらいでテキトーにしてたら、
ひと月たって、哀れなるかな、かくのごとき次第。
そこで馴染みの鍼灸医に診てもらった。
「こりゃあ、リンパだね。筋肉の炎症をちゃんと治さないで

いたからそっちに出たんだな。で、老廃物が足にたまって
象さんみたいになっちゃったんだよ」
なるほど。でもあの時どうして急に足が攣ったのかな。
「俺は “気” に関わる東洋医学の者だからこう思うんだが、
もしかして和尚は、長野で、知らず知らずのうちに “念” を
吸収したんじゃないかな。それが、疲れた足に出た、と」

うげぇ~ッ。じゃ、こいつは、支那人の呪いっつーわけか?
ワシの足はいま、謎の中華料理になってるのか?

・・・もしかして、美味しいかも知んない。

Words Of Truth

護国寺本堂で一般の若者達と共に四川震災特別供養を
勤めながら、不覚にも思い出が胸をよぎった。
インド各地のチベット亡命キャンプで出会った青年僧侶の
底抜けな明るさ、悪戯っぽい笑顔、時折見せる哀しみ。
(自分は彼らとの友情に応えきれているのだろうか)
ワシのすぐ隣では『FREE TIBET!』Tシャツを来た若者が
慣れぬ様子で一生懸命、勤行についてくる。
護国寺が用意してくれた片仮名版チベット語般若心経の
コピーは、部分対訳も付いた素晴しいものだった。
(これでも浄土真宗と日蓮宗はイヤな顔するんだよな)
おのれが身を置く業界ながら、つくづくその狭隘な了見に
情けなくなる。いい加減に目を覚ましたらどうか。

チベット仏教徒は、日常勤行でダライ・ラマ法王の書いた
仏教詩を読誦する。その詩は1960年9月29日、亡命先の
インド北西部ダラムサラにて書かれたものだ。
なんとそこでは驚くべきことに、残虐非道な侵略者である
中国共産党に仏陀の慈悲が注がれることを祈っている。
全文をご紹介したいところだが、チベット仏教徒にとっては
聖典に等しい法語なので、敬意をもって抜粋とする。

『デンツィン・モンラム (Words of truth)』
「やむことのない苦しみに苛まれ、終わりが無いかのような
激しい否定を受け、完全に圧倒された小さな命たち。
とりわけ、敬虔な雪国の人々が、さまざまな手段で暗闇の
中に残酷な大群によって無慈悲に生を奪われています。
どうか仏陀よ、菩薩よ、その御弟子様方よ。慈悲のお力で
流血と涙をせきとめて下さい。
妄想的な邪悪により血迷った容赦ない人々もまた、慈悲の

対象です。彼らが智慧の眼を得て、なすべきこととなさざる
べきことの見分けがつきますよう、そして友情と愛の栄光の
中にとどまることが出来ますよう、お祈りします」

チベット人の毎日は(亡命先のインド人も同様に)信仰とは
切っても切れない暮らしである。
生活の一部に宗教、ではなく、宗教の中に生活がある。

いわゆる「反中主義」だけではない “なにか” にも、思いを
致すべきではないかとワシは思うのだ。

四川震災供養

四川震災供養
四川震災供養
四川震災供養

『四川省大地震特別供養』

24日の土曜午後三時から、東京護国寺で営まれた法要に
参加してきた。主催は、ダライ・ラマ法王日本事務所と在日
チベット人有志、そして日本の支援者と護国寺。
今日現在の時点では、被害情況や被災者の安否に関して、
中共が検閲済みの情報ばかり目立つ。
たとえば、科学的かつ冷静に考えて、負傷者が百数十時間
以上も飲まず喰わず、しかも大小便垂れ流しの状態で生き
延び、救出された直後のインタビューに答えうるだろうか。


情報はすべて(政府に不満を言う人民の声も含め)中共側
からしか発信されていない。
被災者は皆一律に中国人として括られ、民族ごとの
具体的
数値分布は、いっさい闇の中だ。震災発生直後に震源地の
近くへ突入したのは
人民解放軍ではなく、武装警官だった。

旧チベット領内の被害情況については、まったく公開されて
いない。憶測は不謹慎だが、不安が募る。
「One China!」 (中国はひとつ!)
聖火リレーのため動員された留学生たちはそう叫んでいた。

今更ながら、あれはやはり「真っ赤な」嘘だった。
被災者の悲痛に、中国人もチベット人も違いはないはずだ。

「Om Meni Pehme Hum・・・」
護国寺本堂に、チベット仏教の読経が響いた。

猛き老兵

大手マスコミからチベットの「チ」の字も消えた。
やがて、五輪狂騒曲一色に染まることは、目に見えている。
ついこの前までチベット弾圧がお茶の間レベルの話題だった
ことを思うと、初夏にも関わらず、うすら寒さを感じる。
中国国内では聖火リレー再開。

思考の彼方へ記憶を追いやろうとする者がいる一方で、今も
変わらず、記憶の世界に生きる者もいる。
先日、坊主にとっては日常業務の、葬儀を勤めた。
斎場に入って目を引いたのは、柩に懸けられた旭日旗。
故人は戦時中、帝国海軍で飛行兵を指導する役目をしていた
そうである。御長男氏が述懐する。
「親父は生前、戦争のことは語りたがらなかったんですよねえ。
ただ一度だけ何かの時に “俺は若い奴らを死なせてしまった、
特攻隊の連中に死に方を教えた俺が、生き延びてしまった” と
言ってたのが、すごく印象に残ってます」

通夜の後、供養の席で、ワシの隣にジイサン軍団が座った。
かつては故人と同じく帝国海軍の荒鷲だったそうな。
たまたまワシは話の流れから、4月26日長野での『紅旗ノ乱』に
ついて詳細を語った。すると、その直前まで好々爺然としていた
彼らの顔が見る見る豹変。眼光炯々、背筋までピンと伸びた。
「ぬわんと!支那人め、無礼千万っ。断じて許すまじ!」
(もしかしてヤバイ地雷、踏んじまったか?)

明くる日の葬儀。元帝国海軍の面々から、『同期の桜』奉唱にて
出棺を見送りたい、との申し出あり。
火葬場の予約時間を気にする葬儀屋さんは、かなり迷惑顔。
だが、昨晩からスイッチが入ってるジイサンたちは完全アゲアゲ

状態で誰にも止められない。Can't stop the old Samurais.
「♪ きぃ~さまとうぉ~れ~とぉ~わぁ~・・・」
朗々たる歌声。九十近い御老体のどこにそんなパワーが潜んで
いたのか、思わず聞き惚れてしまった。

初七日を終え、帰路につくワシに、海の荒鷲は言った。
「和尚。今度チベットの人たちに会ったら伝えて下さい。日本人は
絶対にチベットを見捨てない、と」

記憶の世界に生きるジイサンたちは、本当にカッコよかった。

中国は今、喪に服しているそうだ。あの聖火リレーの乱痴気
騒ぎを「三日間だけ」つつしみ、五万人に達するとも云われる
四川大地震犠牲者の全国哀悼日を実施している。
全人民は昨19日現地時間午後2時28分から3分間の黙祷を
捧げたとのことだ。聖火リレーは22日から再開する。

決して皮肉ではなく、率直な疑問として、唯物論者の黙祷とは
いかなる心理状態で行なわれるものなのか、想像つかない。
日本の弱腰閣僚が無宗教形式で靖国神社を参拝するような
ことだろうか。しかし、政治的理由から形式を誤魔化そうとも、
拝礼するという行為は、唯物論では割り切れないなんらかの
存在を前提としているのだから、靖国参拝は広義の宗教だ。
それに反対する中国共産党は「霊」の存在を公式見解として
認めていることになる。ならば全国哀悼日も論理的に矛盾は
ないのだが、ずいぶん融通が利く唯物論ではある。

国を挙げての哀悼は殊勝な心掛けだが、被災者ひとり当たり
一日500gの食糧配給と十元(約150円)の生活費支給だけで、
あとの予算を五輪に注ぐとしたら、哀悼もへったくれもない。
人はパンのみにて生くるにあらざれど、衣食足りて礼節を知る
のである。 “鳥の巣” を解体して被災地の資材に充てろ。
「私たちの中国はまだまだ発展途上国ですから」
都市部で暮らし、バブルを謳歌している富裕層は、都合が悪く
なると弱者を演じる。外道の手口はいずこも同じだ。

喪。 「ハレ」と「ケ」でいえば、「ハレ」である。
非日常的な出来事に直面した時、日常の営みをいったん停止
して、復旧(即ち日常回帰、リセット)を図ることを謂う。
古代信仰では不幸の伝播を抑止する目的だったとも考えられ、
喪服の着用には、周囲へ警戒を促す記号の役目もあった。
いずれにせよ、復旧のための通過儀礼なのだ。

震災被害者に哀悼の意を捧げることは、まったく正しい。
ゆえに中共は、チベット虐殺の非も認めて、喪に服すべきだ。
そうでないのなら、喪に服することが単なる「帳消し」の意味に
なってしまう。・・・まさか、それが本当の狙いなのか。

聖火リレー再開を、虐殺の帳消しに利用させてはならない。

祈れぬ人々

四川省から辛うじて伝えられて来る映像に、瓦礫の下から掘り
出された遺体を前に、ロウソクの薄明かりの中、ただ号泣する
しかない被災遺族の姿があった。
死は、人生で遭遇する最大の「理性の危機」であり、それゆえ
当事者のみならず、第三者までも悲しみの渦に呑み込む。
だが、ワシのように人間の死を職場とする因果な商売の者は、
妙に冷めた目で些細な点まで観察してしまう。
突然の死に直面した人は、まず茫然とし、次に混乱し、のちに
悲しみが打ち寄せて来る。そして、何かにすがろうとする。
その何かを神と呼ぶか仏と呼ぶかは問題ではない。宗教学で
いうところの、『ヌミノーゼ(畏敬感情)』だ。
現地からの映像は漢族だろうか。僅か数秒の絵だけで断じる
ことは強引に過ぎるが、あまりヌミノーゼが感じられない。
また、同じ地域に居たはずのチベット人が、チベット仏教式で
敬虔に死者を弔う光景も、なければおかしいのだ。

話は少々ズレるが、ワシが奉職する寺院(現実のほう)に最近
在日中国人が御骨を預けに来た。
四十路の施主は、文革のさなかに育ち、天安門事件の当時は
もう社会人だったそうだ。御骨は彼の妻君。病気で急死した。
文化大革命によってあらゆる伝統や精神性を排除された中で
育った彼は、愛妻の死に対し、祈るすべを知らなかった。
「これはとう使うてすか?これはなんてすか?」
お線香やお鈴(りん)を困ったような顔で見つめていた。
経典(漢文)も数珠も合掌も線香も、すべては中国から日本へ
伝わったものだ。ぎこちなく手を合わせる姿が寂しかった。

長野で対峙した中共留学生たちは『チベット弾圧』を全面的に
否定し、宗教の自由は保証されている、と主張した。

お笑いぐさ、のひと言に尽きるが、そもそも袈裟を着た坊主の
ワシに向かって宗教を云々すること自体がヌミノーゼの欠落を
証明している。というより、あまりにも幼稚であった。

先月の聖火リレーと、今月の大地震。
はからずも「畏敬感情(=宗教的感受性)」を国家に封じられた
人民の哀れさを、世界の耳目に知らせる結果となった。

改めて、犠牲者の冥福をお祈りする。祈れる自由のもとで。

72時間

2004年12月26日、『スマトラ沖海底地震(インド洋大津波)』が
発生したまさにその日、ワシはインドにいた。
未曽有の天変地異に襲われた国で、今にして思えば報道に
関して自由主義の恩恵に浴していたことを感謝している。
彼の地では、あらゆるメディアが全力を挙げて被害の実状を
多角的に伝えようとしていた。

だが、英雄伝の類はなかったように思う。
いま中共がやたらと振りまいている温家宝首相の被災地での
陣頭指揮 “物語” などは、もしあの時のインドだったら、むしろ
見え透いたパフォーマンスとして叩かれたろう。
「手を怪我しても治療を拒否して被災者救済に当る首相」
そんな些細なことを、わざわざ実況報道する理由は、そこまで
しなければ収まらない「なにか」があるということだ。

実はそれこそが、3月14日のラサ蜂起に対する人民解放軍の
武力鎮圧と大きく関わっている。
意外なようだが、中国は建前上、文民統制国家なのだ。
しかし、政府が市場経済と共産主義政治を「だましだまし」平行
させている一方で、軍部は『闇市場』で私腹を肥やして来た。
地続きの利から、アフガンのタリバンや東南アジアの地下組織
相手に武器密売や麻薬取引で莫大な富を蓄えて来た。
武力と金。これが手中にありながら、なにゆえ中南海の文民に
支配されねばならんのか。軍部は陰に陽に、政府へ脅しを掛け
ていた。そういう彼らにとって、一番やりがいのない損な仕事が
チベット駐留であった。信仰心篤く、金で転ばないチベット人を
いくら相手にしても、なんの旨味もなかった。
そこへ、ラサ蜂起。五輪を控えて、世界の注目が集まっている

状態で武力鎮圧に出れば、国際世論を畏れる政府は、あわて
ふためく。だからこそ温家宝は、ラサ蜂起の直後に、
「ダライ一派が扇動した計画的暴動だ!」
と誰が聞いても荒唐無稽な大演説をぶったのである。

・・・以下は、まったくの憶測。
日本を始めとする海外からの人的支援受け入れが決められた
のは、生存率のタイム・リミットが見えたときだった。
もしかすると中共にとってあの『72時間』は、必要な過ぎるべき
時間だったのではないか。軍部のメンツと政府の保身のため。

四川美談

四川大地震。死者は一万二千人を越した。
これほどの災害にも関わらずアメリカの軍事衛星から映像が
公開されないのは、やはり「そういうこと」か。
当事者たる中国も軍事衛星を飛ばしている筈だから、被害の
全体像は、かなりのところ把握されているのではないか。

交通が寸断され、インフラが停止した状態で、なぜかいち早く
美談が配信された。
四川省は綿竹市の幼稚園で、女性教諭が背中にセメント板を
受けて倒れながら抱えた園児の命を守った、と新華社通信が
報じた。園児が救け出された時、教諭はすでに息絶えており、
園長は「子供の命を救った先生は、永遠に我々の元を去って
しまった」と涙した・・・と云々。
真実ならば痛ましく、また胸を打つ話ではあるが、一万二千人
もの命が失われた中で、この一件だけが事細かに伝えられた
ことには些かの懐疑を禁じ得ない。
無論、「園児をかばって亡くなった教諭がいない」などと言って
いるのではない。事実の信憑性についてよりも、他にいろいろ
起きたことの中から、特別にクローズ・アップして報道した背景
には、何か政治的意図があるように思えてならないのだ。
「こんな偉大な人民もいるのだから、共産党政府の救護活動に
不満を言わないで、みんな頑張りましょう!」
大衆心理を掴むには “弱者” を祭り上げるに限る。
かつて湾岸戦争時、アメリカが、重油にまみれた海鳥の写真を
捏造したように。

中共は、チベット人が通う幼稚園や小学校では、美談が一件も
無かったとでも言いたいのだろうか。
大人ならば、親ならば、教諭ならば、目の前の子供を助けようと

とっさに身を投げだすのは、「本能」と言ってよい。
また人間は、弱い者を見捨てておのれだけが生き延びることに
耐えられない。そんなに図太くは出来ていない。
一生、罪悪感に責め苛まれるか、後を追う道を選ぶだろう。
(これは勿論、同じ仏教徒が虐殺されている現実に対し、なにも
声を上げない一部の日本仏教僧侶への皮肉で言っている)

美談で時間稼ぎをする知恵があるなら、中共は、一分一秒でも
早く海外からの人的支援を受け入れよ。

怒れる大地

ビルマを巨大サイクロンが襲い、行方不明者は22万人、死者は
10万人に上るといわれる。ただ軍事独裁政権下ゆえ現地情報が
完全にオープンでないため、被害実態は公表数値を上回るもの
と思われる。生き延びた被災者は寺院へ避難し、僧侶らは救済
活動に奔走していると聞く。
昨年秋、民衆の先頭に立って反軍政デモを行ない、銃火を前に
ひるむことなく大慈悲行を実践した “南の法友” が、今ふたたび
静かなる法戦に身を投じている。涙がこみあげてくる。合掌。

「テーラワダのお坊さんですか?」
先月26日、善光寺本堂の前でマスコミの取材を受けた。その時
ワシは佐々井秀嶺師より授かったインド式の袈裟を身につけて
いたため、多少なりと仏教の知識があった記者は、南伝仏教の
僧だと思ったらしい。面倒臭いので、ええまあ、と答えると、
「関係あるんですか?テーラワダとチベット仏教が」
・・・ムカっときた。ビルマ軍事政権を支えているのは中国共産党
であり、チベットを侵略しているのもまた然りだ。そんな基本的な
ことさえ知らないで、よくも新聞記者がつとまるものだ。

中国大地震。震源はチベットに近い。
死者数は四川省だけで1万人に迫り、数百人が倒壊した建物の
下敷きとなっている。新華社報道ではマグニチュード7.8。
五輪を前にチベット蜂起、そして大地震と、今まで人民を犠牲に
旨い汁を吸ってきた共産党幹部は、心底怯えているだろう。
災害の対応にしくじれば、人民の怒りの矛先は、当然中南海へ
向けられる。 天安門事件以来、愛国教育と反日で誘導してきた
マグマの噴火口が、一気に開く可能性がある。

だが、ひとつ危惧する点がある。
被災者救済活動において、漢民族が優先され、チベット人ほか
少数民族が後回しにされやしないか、と。
かの「自由主義の盟主」アメリカ合衆国でも、数年前の洪水の際、
白人が先に救出され、黒人住民は泥水の中に取り残された。
無論、杞憂に終わって欲しいが、人民解放軍兵士がラサ蜂起に
対する報復感情に駆られない保証はない。

ビルマ、中国で災害の犠牲になられた方々の冥福を祈ります。
南無阿弥陀仏。

腹立ち日記

本日昼間、とある坊さんとの会話より。
「例のデモとか行ったんですか?チベット暴動の」
暴動ではなくて蜂起です。まぁ、なにもしないでいたら坊主の
ハシクレとして寝覚めが悪いじゃないですか。理屈じゃなく。
「それは立派。偉いですなあ」
・・・ん?
「どうして行こうと思ったんですか?」
んんん? (もしかしてこのワシをおちょくっとんのか?)
「なかなか出来ることじゃありませんよぉ」
(よぉ、って。語尾伸ばすな)一般の若者たちが自腹を切って
駆け付けたんですよ。坊主に出来ない理由はない。
「善光寺の追悼法要は、何宗のやり方でしたんですか?」
だきゃら。宗派の壁を越えなきゃ意味がない。同じ仏教徒が
殺されてる現実を前に、仏教内で宗派がどーのこーのと。
「いやいや御立派。はははは」
(くぉんのクソぶぉうずぐぅぁあぁ~。こめかみピクピク)

「FREE TIBET!」
声を枯らし、身の危険を冒してまで叫び続けた青年有志には
申し訳ないことですが、日本の坊主の圧倒的多数がこんな
感じなんですよ。法隆寺や唐招提寺がデフォルトなんです。
情けねえやら悔しいやら。ごめんなさい。

さきほどの坊主、東京都民である。
首都圏メディアの報道規制にまんまと嵌まって判断力が鈍麿
してるのは哀れむべきだが、その坊主、今回のパンダ騒動を
このように評した。
「石原都知事は変ですよ。パンダに一億円は高くって、銀行に
何百億と都民の税金を使うのは文句あるか?って。そんなの

おかしいですよ。パンダはみんなが喜ぶことなのに」
背景がまったく違う予算を混同しているほうがよっぽど変だと
思うのだが、チベット虐殺への批判をはぐらかす政治の道具
にされるパンダちゃんは、カワイソーではないのか?

北京五輪に向けて、日本のメディアは一気に『媚中路線』へ
加速していくことだろう。協賛企業の金儲けのために。

日本人の良識が問われるのはこれからだ。皆の衆、御用心。

国賊か属国か

胡錦濤、去る。塩、撒いとけ。あの底知れぬ暗い目は対日本
外交の完全勝利を確信しているに違いない。
マスコミの報道によれば、奈良で抗議行動を展開したチベット
支援者は約二十人というが、実際にはその倍以上だろう。
また十輪院では午前11時からチベット弾圧の犠牲者に対する
追悼法要が開かれ、 約十人の僧侶が読経した。 合掌。
しかし、結果的にわが国のチベット問題に関する公的態度は、
互恵関係という「中共支持の肥溜め」に落っこちた。
最後の最後でそれを決定づけた要因のひとつが、唐招提寺と
法隆寺が披露した媚中幇間芸であったことは、日本仏教史に
照らして、ああやっぱりな、との感慨を抱かされる。

チベット虐殺が『法難』であることは何度も述べた。
じつは、法隆寺や唐招提寺が属する南都仏教は、日本の歴史
において、法難を加える側にいたことが多いのである。
『無一不成仏(むいつふじょうぶつ)』
平安の初期、日本天台宗を開いた最澄は、この経文を仏典の
原意に従って “成仏しないものは一人も無い” と説いた。
ところが南都仏教はそれに反論。無の一は成仏せず、と読み、
“救われる可能性が無い一人は成仏できない” と、釈迦も腰を
抜かすような珍説をぶちあげた。今日的に表現すれば、
「クズはクズ。勝手に死ねば?」

もちろん現代の奈良仏教はこの説を採っていない。
だが、その始まりにおいて、封建制社会の官営施設として建立
された南都の古刹が、常に権力者側にいたことは事実である。
鎌倉時代、民衆と共に生きた法然を、最初に糾弾したのも南都
仏教であった。日蓮の弁を借りれば「国賊」ということになる。
・・・以上は史実に基づくが、以下はまったくの私感。

歴史ある奈良の観光寺院は、イジメっ子のパシリをやり過ぎて、
イジメられっ子の気持ちが分からなくなったのではないか。
法難とは、やる側につくもの。だからチベット仏教弾圧は当然の
ことながら中国共産党に従う、と。

修学旅行生につまらねえ漫談を聞かせる坊主がいる。
全国の中学生諸君☆ 奈良を訪れた時、イジメはあきまへんで、
とか説教垂れる坊主がいたら、みんなでこう言いましょう♪
「FREE TIBET!」

奈良の若き友へ

目を背ければ見ずにすむ。耳を閉ざせば聴かずにすむ。なに、北京五輪さえ
終わってしまえば、みんなチベットのことなんか忘れてしまうさ・・・。
口に出さずとも心ではそう思っているのではないか、南都の若き僧たちよ。
もちろん、どんな考えを持とうと、それは貴僧らの自由だ。
だが世俗倫理で言うなら、例えば、目の前で暴漢に襲われ助けを求めている
ひとがいたとする。それを見捨てて立ち去ったとして、これからの長い人生を
なんの負い目も抱かずに生きて行けるだろうか。
ましてやこれは、仏法に関わることだ。明日、なにもしなかったとして、明後日
貴僧らは、なんの後ろめたさも感じず、御本尊の前に立てるのか。

闘い方はいくらだってある。TVが垂れ流す右翼の妨害活動を見て、すべての
抗議行動を放棄するような現実逃避は、あまりにも情けない。
『非暴力(不殺生。梵語:ahimgsa)』が意味するものは、ただ黙って風向きが
変わるのを待つことではない。暴力行使以外の、ありとあらゆる手段を講じて
事態改善に努力する知的誠実のことだ。 また、暴力を振るう者にその誤りを
諭すことも非暴力である。よって、チベット仏教弾圧の首謀者、胡錦濤首席に
対して黙することは、不殺生戒を破ることなのである。
参詣拒否は「一切衆生悉有仏性」の教義に反する。ならば、首席を始めとする
中共の犯した仏教徒虐殺の罪過を、彼らに代わって懺悔する法要を勤めれば
よいではないか。場所は、路上沿道で構わない。ロウソクも線香も要らぬ。
至誠あれば、すなわち仏まします。

先月26日、善光寺で営まれた『チベット/中国犠牲者追悼法要』に、南都から
かの有名なY寺関係者が来ていたのを、ワシは目撃している。またその際、
「今日のこのこと(法要の成功と感動)をぜひT管長にお伝え下さい!」
と善光寺側が頼んでいたのを、すぐ側で聞いている。
奈良仏教界の重鎮は、なにもかも知ってるのだ、南都の若き法友たちよ。

法難。仏教教団あるいは仏教徒が、権力や侵略者もしくは他の宗教から迫害
弾圧を受けることをあらわす、仏教用語。
インドでは13世紀初頭のイスラム教徒による破壊と大量殺戮が代表例であり、
ヒンドゥー教ナショナリストによる仏教徒迫害は、今日なお続いている。
中国では、『三武一宗法難』が知られ、三人の武帝と一人の宗帝による廃仏が
辛辣を極めた。日本では鎌倉時代の法然や親鸞、日蓮に対する弾圧が有名。
近代に入ってから、わが国では明治の廃仏毀釈があるが、中華人民共和国の
文化大革命に於ける宗教弾圧や今日に至るチベット仏教迫害は、人類史上に
類のない『大法難』、と言ってよい。

明日、南都に法灯が燃えることを祈念する。

南都よ、立て!

あまりの醜悪な体たらくに、年甲斐もなく嘔吐を催した。本日午前
開かれた日中首脳会談で、福田総理は中国政府がチベットとの
対話を再開したことを評価すると述べ、共同文書に署名した。
わが内閣総理大臣閣下は、あろうことかこう言った。
「本格的対話に向けた第一歩と評価する。対話を継続して、国際
社会の懸念を解消するよう要請した」
あ?おのれは学級委員か?懸念じゃなくて、虐殺の事実だろ!

かたや胡錦濤首席はこう語った。
「ダライ側が実際の行動で示し、暴力を停止し、北京五輪の破壊
妨害を停止し、次の話し合いの条件を作ることを望む。積極的な
成果を望んでいる」
チベット語で “師僧” を意味する敬称の「ラマ」を意図的に外して
いるのは幼稚過ぎて失笑するが、 暴力と破壊を行使してるのは
一体どこのどいつだ、と呆れてしまう。

さて視点を変えて考察してみると、興味深い点に気付く。
福田総理は、今年の『チベット蜂起』を純然たる国際政治の問題
として認識(浅深はこの際措く)しているのに対し、胡首席は、
「中共とチベット、どちらの言い分を信じるか」
という、信の在り処の問題、つまり、信心に関する事として捉えて
いる点である。 敬称ラマをわざと外すようなマナー違反は、政治
感覚ではありえない。あれは、異教徒を蔑むカルト的な感情だ。

今週末、胡首席は奈良へ行くらしい。
鑑真和上ゆかりの唐招提寺や聖徳太子創建の法隆寺を訪れる
予定とか。しかし善光寺の聖火辞退を受け、南都の両古刹にも
参詣を辞退すべき、との意見が、多数寄せられていると聞く。
チベットで同じ仏教徒が殺されている現実に声を上げなければ、

南都の僧は法難に与したことになってしまう。
ここはひとつ、暴君で鳴らした隋の煬帝に「日没する処の天子」と
啖呵を切った聖徳太子の胆力にあやかろうではないか。

・・・胡首席が本堂へ入ると同時に、居並ぶ名僧が読経を開始。
「好(ハオ)、熱烈歓迎アルね♪謝々」
無邪気に喜ぶ首席。調子に乗って焼香した直後、御本尊の前に
巨大な角塔婆が押し立てられる。そこには墨痕鮮やかに、
『為 西蔵犠牲者追悼供養』

パンダ入り餃子

先月26日長野市内。チベット虐殺に抗議する日本の若者達は
それこそ飲まず喰わずの覚悟で声をふりしぼった。
と、ある信号で止まった時、行く手のコンビニ前に五星紅旗の
軍団を発見。どうやら歩道に座り込んで何か食べてる様子。
「やっぱアイツら、中華まん喰うんだぁ」
ほおー。と一同、妙に感心。ぐぅ~、と誰かのお腹が鳴った。
士気を鼓舞するため年長者たるワシがウンチクを披露。
あのさ、肉まんって『三国志』の諸葛孔明が考案したんだって。
それまでアチラは、戦争に勝つと戦利品で敵将の肉を喰ってた
らしいんだけど、孔明が「それは野蛮だ」ってんで、その代用品
として作ったそうなんだ。だからあの形は人間の頭がモデルに
なってるらしいんだよ。なんかすごい話だよねー。ははは。
「ピザまんのほうがリアルっぽくね」
・・・なにもそこまで具体的に想像しなくても。

Hu Jhintaoが来日。過去の日中首脳会談でこれほど国際的に
最悪のタイミングだったことはないだろう。
田中角栄が周恩来と友好条約を締結した頃は、冷戦構造下の
パワー・バランスが背景に在った。うっかり拳を上げたら第3次
世界大戦が勃発しかねない危うい政治的均衡の中、角さんは
前代未聞の『パンダ外交』をやってのけた。
ただしあの時、日本政府は事実上チベットと台湾を見捨てた。
そのチベット問題がようやく世界から注目されるようになった今、
東アジア首脳が会談するとなれば、その歴史的意義は後世に
計り知れない影響を及ぼす。ううむ、パンダの呪いだな。

在日中国人コミュニティーの日本語サイトに面白い書き込みが
あったので、大意をご紹介する。
「胡首席閣下。なんでいま日本なのですか?戦略的互恵関係と

言われますが、日本人ほど戦略的思考が苦手な民族はいない。
もう日本から得るものは何もない。日本なんか来ても無駄です。
日本人は毒入り餃子ぐらいで怒る民族ですよ」

はあ。見方によってはアリかも知れんね。
だけど要は、首席批判を北京で言ってみ。つーことだよ。

法雨に濡れて

長野聖火騒動、最終章。先月26日早朝、追悼法要のため善光寺へと向かう
途中で、国境無き記者団代表:メナール氏と遭遇。おお☆有名人♪
生で見る彼は、例の『手錠五輪』のハードな印象と違い、Mr.ビーンに似てる。
髪を赤く染めたフランス美人と一緒だった。ミーハーに握手してもらう。

法要後、在日チベット人の皆さん方と共に、聖火終着点の若里公園を目指し
長野市内を練り歩く抗議デモを開始。危険回避のため、出来るだけ固まって
行動しようとしても、中共動員留学生が割り込んで来て何度も分断された。
いたるところで「FREE TIBET!」の声に怒号が覆いかぶさる。
「嘘ツキ!チベットデハ誰モ死ンデマセン。オ坊サンノクセニ、嘘ツキッ!」
掲げた “STOP THE KILLING” のメッセージに罵声が浴びせられる。
「チベット知ッテマスカ?行ッタコトアリマスカ?本当ノチベット、見テカラ言ッテ
クダサイ!行ッタコトナイクセニ、嘘ヲ言ワナイデクダサイ!」
これは、彼らが必ず使う論法だが、遠く離れたチベットへ日本人の誰も彼もが
実際に訪れているはずがないことを、分かった上で言っている。
日本人は正直で相手の善意を暗黙の前提にするから、行ッタコトアリマスカ?
と詰問されたら、それはないですけど、と引いてしまう。そこが狙いなのだ。
仮に、行ったことあるよと答えたら、彼らはこう噛み付いて来る。
「ジャ、チベットノ言葉、シャベッテミテクダサイ!」
幼稚な口喧嘩だが、チャート式にマニュアル化されていることが分かる。

若里公園で、チベット支援者は隔離されたに等しい状態だった。
中国人には聖火観覧席が与えられ、巨大な五星紅旗を我が物顔に振り回して
長野を北京に変えた。だが、逆にそれが、チベット支援者を奮い立たせた。
「What do you want?」 「We want a justice!」
雨が降り始め、いつしか冷たい風も巻き起こり、やがて土砂降りとなった。
しかし「FREE TIBET!」の声は、いや増すとも怯むことはなかった。
公園から五星紅旗の最後の一本が立ち去るまで続けよう。 特に申し合わせた
わけではないが、チベット支援者の心はひとつだった。
そして本当に最後の一本が消えるまで、自由を求める叫びは止まなかった。

午後二時過ぎ。濡れた体を震わせながら、若者たちと長野駅まで歩く。
「まじハラへったあ。そういや朝からなんも喰ってねえし」
「つか長野来てまだソバ喰ってねえし」
力ない笑いが起こる。みんな疲れと空腹で脚元がフラついていた。

その前を、中共動員留学生を乗せた高級リムジン・バスが走り抜けて行った。

紅旗ノ乱

長野聖火騒動、第三弾は『現代の紅衛兵』:中共動員留学生の暴挙。
まず最初に姿勢を明示しておきたい。どこぞの国の “ためにする反日” と
同じ穴へ陥らぬよう、また品性下劣な民族差別へ堕ちぬよう、伝聞を排し、
間近に目撃した事例だけを書く。無論、あの赤い津波だけでも暴力だが。

26日長野市内、チベット弾圧に抗議するデモ行進にて。
ワシは宗教暴動やテロ多発地帯から生還した経験があり、こういう時一番
狙われやすいのは女子供か年配者、と知っていたので、前日に知り合った
関西のおばちゃんを後方からガードする形で流れに加わっていた。
「あはは、なんや阪神の優勝以来やなあ」
行く手には五星紅旗の大津波。ヒステリックな叫びが打ち寄せてくる。
信号待ちしている時だった。突然、動員留学生が現れ、手にしたメガホンを
おばちゃんの耳に押し当てて怒鳴った。
「ジャーィヨ(加油)!チュンゴー(中国)!」
不覚をとった。慌てて制止すると、その紅衛兵は走って逃げた。逆襲される
恐れのない者を狙ったことは明白。幸い、おばちゃんの鼓膜は無事だった。

留学生集団は歩道を占拠し、チベット支援者の行進はたびたび迂回を余儀
なくされた。そのためやむをえず車道へはみ出すと、警察から注意された。
そんな中、衆人環視の面前で、動員留学生が日本人青年に殴り掛かった。
かわしきれずよろける青年。 すぐ警官が割って入り、マスコミは現場写真を
撮ったはずなのだが、何故か報道されていない。

長野駅前の交差点付近で、五星紅旗に取り囲まれた。
カップルで参加した女の子から悲鳴。彼女の脇腹を肘撃ちした者がいる。
「チガウ、ワザトジャナイヨ、クウゼンヨ(笑)」
激昂した彼氏を嘲笑する紅衛兵。仮に、故意でないにしても謝るのが筋。
にわかに沸き起こる中国国歌の斉唱。露骨な恫喝だ。

このほか、ワシ自身が紅旗で顔を覆われ、視界を奪われて「あわや!」という
目にも何度か遭った。警察の死角を巧妙に突いてくる統率された兵団だ。
以上、あくまで至近距離で確認した出来事に限定した。離れて見聞きしたこと
まで加えたら、それこそとんでもない数になってしまう。

荒れ狂う五星紅旗の波を眺めながら、チベット支援の若者が呟いた。
「ああならなくていい自由がある俺たちって、幸せだよな」

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