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2008年8月

政教分離?

去りゆく夏を振り返ってみると、例年、猛暑に拍車をかける
靖国参拝問題が、なんとも涼しい状態だった。
現職の総理が不参拝を公言していたこともあり、また五輪
狂騒曲に全マスコミが舞い踊っていたためか、世間一般の
関心が九段坂から遠のいていた。
とはいえ現代日本の、いわゆる「世間一般」が日ごろ靖国
神社に思いを傾けているかどうかは、この際、措く。
その影で、政府は着々と『無宗教国立追悼施設』案を進め
ているようだ。よっぽど税金を無駄遣いしたいらしい。
まぁ、政府がやりたいなら、勝手にやればいい。

現代日本の坊主や牧師が「反靖国」を云うのも勝手だ。
戦時中、国家総動員法の下、仏教界と基督教界は挙げて
軍部にひれ伏していたのだから、その反省なら、真っ当な
人間の営為であり、なにも文句はない。
また、あえて政教分離を破り、阿弥陀如来以外は信じるな、
法華経以外は邪教だ、キリスト様だけが正しい、と言うなら
それなりに見上げたもんだが、反靖国が嵩じて、無宗教の
追悼施設案に賛成する坊主や牧師がいることは、まったく
もって解せない。彼らは普段、檀家や信者に、
「正しい信仰を持ちなさい」
と言っているのではないのか。無宗教でもいいんですよ、と
職責を投げ出し、それで御布施や寄付を貰うつもりか。

日本語の「無宗教」は、英語の「NO RELIGION」と違う。
宗教否定ではなく、特定の宗教宗派の教条に拘束されない
ということだ。
これは近代に始まったことではなく、元来、異文化との衝突
や軋轢が歴史的に少なかった島国の民族にとって、宗教を

アイデンティティーにする必要性に迫られなかったからだ。
が、倫理の基盤は、宗教に他ならない。
われわれの祖先は教条にとらわれなくとも、神道的清明観、
仏教的因果観、儒教的礼節観を融合させて、『世間』という
倫理規範を生み出し
た。

しかしその『世間』が崩壊した今、国が無宗教にお墨付きを
与えるとは、まさしく亡国ではないのか。

狼と共に行く

虚飾の祭典を終えたこれからが中国に要注意。株価暴落、
四川震災後の復旧特需もなく、 軍備拡張はとどまることを
知らず、支那帝国の栄華はCG花火に等しい。
中南海は、人民の不満が自分達へ向けられる前に仇役を
作り上げるだろう。反日?・・・ならばまだ可愛い。
もっとも警戒すべきは、『チベット問題』。今年上半期、中国
共産党政府がどのような対応を示していたか、いま改めて
確認しておきたい。 以下に引いた文言とまったく同じ口で、
“平和の祭典” 開催を宣したことを。

「ダライは人の皮をかぶった狼、暴動の黒幕、悪魔だ」
支那版スポーツ新聞のヨタ記事ではない。
世界へ配信される記者会見の席上で政府スポークスマンが
明言し、また温家宝首相は、人民大会堂でそう演説した。
ローマ法皇とダライ・ラマ法王が交流していることは、つとに
知られたところだが、バチカンは「悪魔」と友誼を保っている
のだろうか。それ以前に、無神論・唯物論を国是とする中国
政府の代表が、悪魔の存在を認めるとは、はて?面妖な。
ところで、わが国のメディアはいまだにチベット各地で起こる
民衆蜂起を、暴動、と不適切な表現を用いることがある。
ならば、かつての日韓併合時代に起きた数々の抵抗運動も、
同じく “暴動” と教科書に記さなければ、公正を欠く。

チベット「人民戦争」宣言。
しつこいようだが、何十年も昔の話ではなく今年の三月末に
中国当局が発した言葉だ。五輪開会のわずか五カ月前。
自治区(ではない!)第一書記:張慶寧が『ラサ蜂起』に対し、
激昂して言った。念のため「人民戦争」とは、国際法上でいう
武力交渉の意味ではなく、政府許可の非戦闘員殺傷だ。

恐らく、『ラサ蜂起』の責任を問われることを恐れた張書記が、
おのれの職務怠慢を隠すため、チベット民衆にすべての非を
被せようと、事態を過剰に喧伝したのではないか。
そもそも石コロと棒キレぐらいしか闘う道具を持たない民衆と
装甲車で出動した武装警官では、勝負にならない。

「投降すれば酌量もある。内通者には奨金を出す」
ただ自分の国を、民族を、信仰を守りたいと言っているだけの
民衆が、なにゆえ犯罪者扱いされねばならぬのか。
想像したくもないが、これから中共は以前に増して弾圧を強化
していくのではないか。戒厳令を敷く可能性もある。

ダライ・ラマ法王が「狼」ならば、狼と共に行こうではないか。

文明拉拉隊

生来、天の邪鬼な性格なので、北京五輪が終わった今こそ
取り上げようと思うのです。とはいえ恥ずかしながらほとんど
見てないので、エラソーなことは言えません。
ごく普通に生活なさっている国民の皆様方には五千人近い
中国人の集団を目の前にすることなどまずないでしょうが、
今春4月26日長野市で発生した『紅旗ノ乱』の現場にいた者
としては、あの北京五輪会場で熱狂していた中国人民達の
空気というか殺気というか、実感として分かるのです。
残念ながら天下の “日テレ” がヤラセの応援風景を人民に
演じさせていたことがバレてしまいましたが、まさしくそこに、
問題の本質があるのですよ。

長野市で対峙した中共動員留学生たちは、その一人一人と
目を合わせると、瞳の奥に “怯え” を湛えていました。
もちろん、ワシが感じた主観的な印象ですから、彼ら本人は
否定するでしょうし、みんながみんな、「軽くビビってた」わけ
ではないと思いますが、圧倒的に優勢であるにも関わらず、
彼ら留学生にはどこか “破れかぶれ感” がありました。
一党独裁の共産主義国から日本へ留学に来ている彼らは、
言うなれば親兄弟や身内を人質に取られてるようなもの。
もちろん幼少から徹底的に愛国教育を叩き込まれた天安門
以後の世代ですから、かなりの部分で本気に近い心理状態
だったとは思いますが、うーん、やっぱビビッてたな~。

文明拉拉隊。この名を歴史事実として記憶しましょう。
意味はたぶん『礼儀正しい応援団』。
拉致の拉、拉麺の拉ですから、日本読みで「ララ隊」ですね。
(実際には小さなクチヘンが付いてます)
なんか、一時的に活動休止したサザンの華僑系ファンクラブ
みたいですねぇ。ららら~らららららら~♪なんつって。

ご存知の方も多いでしょうが、競技の会場で日本や諸外国の
選手を応援していた中国人観客こそ、このララ隊でした。
中高年者の人民を軸に、政府が仕込んだ「ヤラセ応援団」。
常日頃、反日一本槍で思考を統御された人民にしてみれば、
命令でもされなきゃ絶対やりたくない仕事だったでしょう。
彼ら文明拉拉隊のことを考えると、どうしても、長野市に動員
された中国人留学生を思い出してしまうのですよ。

開催期間中、チベット東部のカム地方で中国当局の手により
チベット民衆が大量虐殺されたようだ。
東部、つまり中国の都市部に近い地域だから、僅かながらも
情報が流出しているのであって、中部や西部地方がいま一体
どうなっているのか、恐怖を禁じ得ない。

これが、北京五輪だったのです。

帳(とばり)

北京五輪が閉幕したそうな。特に何事も無く終わったのは
何も起こさせないよう、がんじらめに締めつけていたことの
証左に過ぎない。無論、テロ等の犠牲者を出さずにすんだ
のは喜ぶべきだが、この結果が一党独裁に拍車をかける
恐れは否めない。すさまじい規制と抑圧の「煙幕」によって
成功した五輪の閉幕を、新たな悲劇の幕開けにしないよう、
これから国際社会に正義が問われるのである。
チベットや東トルキスタンにとって、五輪が成功したことは、
既成事実として中国共産党による植民地支配を全世界が
認めてしまったかたちになる。

閉会式の中継はハナッから興味なかったので見てない。
で、DVDを鑑賞してた。
インド映画:『Rang De Basanti (春彩)』。
英国の女子大生が亡くなった祖父の日記を読むところから
物語は始まる。彼女の祖父は大英帝国が植民地を広げて
いた時代、インド独立派を拷問し、死刑台へ送る係だった。
「なぜ彼らはあんなに清々しく死んで行けるのか」
刑場へ向かうインド独立の志士たちの姿に、祖父は悩み、
日記に書き残した。
彼女は祖父の思いを知るためインドへ向かう。だがそこで
出会ったのは、自由と豊かさを謳歌する、現代の平均的な
若者たちだった。 彼女の呼び掛けで、インド独立の志士を
描いたセミ・ドキュメンタリー映画が撮られる。
現代の若者たちが志士に扮するのだが、案の定、撮影は
難航。宗教問題なども絡み、すったもんだの挙げ句に完成
した作品は、予想を越える素晴しい映像に仕上がった。
撮影を通じ、かつての英雄の志に触れた、現代インド青年。
折しも、知人の空軍兵士が演習中に事故死する

ところが政府は整備不良等の事実を隠蔽、本人の操縦ミス
によるものと発表した。怒った彼らは、平和的な抗議デモを
行なうが、武装警官に鎮圧され、負傷者まで出た。
英国人女子大生は、かつての志士が乗り移ったかのような
現代インドの青年たちに、戸惑いを抱くようになる。
彼女の不安は的中、ついに彼らは愛する祖国と友の名誉を
守るため、防衛大臣を暗殺してしまう。
ところがそれさえ巧妙に隠蔽する政府。若者たちはFM局を
占拠、生放送で全国に事実を公表する。直後、狙撃部隊に
よって全員が射殺される。
死に行く彼らを迎えに来たのは、独立の志士の霊であった。
霊たちは、みな微笑んでいた。

こんな映画、絶対に中国では作れない。帳(とばり)の中で。

書評でおます

とある人物から頼んでもいないのに本を贈られ、感想を求め
られたので、ついでと言っちゃぁなんだが、ここでも書く。
『日本人の「死」はどこにいったのか』:朝日新書
わが国を代表する知性(らしい)山折哲雄氏と、 オウム事件
当時マスコミから十字砲火を受けた島田裕己氏の二大宗教
学者による対談本だ。ある意味、最強タッグといえる。

件の一冊を手にしてワシが最初に抱いた感想は、これ。
「へえ。このヒトら、もう時効なんだ」
もちろん山折氏も島田氏も犯罪者ではない(たぶん)。だから
刑法上のそれではなく、学者として過去の言動に関する責任
についてだ。島田氏はかつて “オウム擁護派” のレッテルを
貼られたために、大学の職を辞さねばならなくなった。
だが、島田氏がオウムに担がれたことは事実であり、それは
アカデミズム界に巣喰う 「頭の中で辻褄が合えばOK」という
無責任な体質に根差していた。
で、山折氏。このおじいちゃん、まったく困り者だ。
なにせ数年前ダライ・ラマ法王が来日した際、NHKの番組で
対談したのだが、最初の挨拶でいきなり、「ナマステ♪」。
祖国を奪われた国家元首に対し、亡命先の言語で挨拶した
ということは、チベットを忘れろ、と言ったに等しい無礼。
また近年刊行した書物では、今や一億人に達しているインド
仏教徒の人口を、「約1000万人」と桁ひとつ間違えている。

そのような、曰く付きの、おふたりの対談本。
さすがに学問で飯喰ってるだけあって、ウンチクの引き出しは
見上げたもんだ。あとはまぁ、サロンの茶話会みたいね。

新書、という一発芸的なメディアで、おつむONLYの学者さんが
内輪ぼめし合う姿は、微笑ましくもあり、やや不気味でもあり。

しかし、以下の段は注目に値する。
山折氏が『9.11』の約半年後、小泉首相(当時)と会談した時、
アメリカのブッシュ大統領が対テロ戦争に臨んで、旧約聖書を
引用しながら演説したことに関し、もしも小泉首相だったら、
「どういうメッセージを世界に向かって発しますか」
と訊くと、
「うーん・・・ないな」
と答えたというのだ。実際その時になってみないと分からない、
ではなく、「ない」そうだ、純ちゃんは。 あー、やっぱりねえ。

非暴力ということ

ベテラン漫画家:小林よしのり氏が責任編集を勤める季刊誌
『わしズム』vol.27、2008夏号は、示唆に溢れて必読だ。
表紙に「ダライ・ラマ14世に異議あり」と大きく掲げ、巻頭言の
“天籟” では、誰しもが持つであろうダライ・ラマ法王に対する
疑問点を、率直かつ的確に提示している。
「聖火ランナーの妨害ごときが暴力なら、デモもストも暴力と
されかねない」
同感。法王が妨害行為を諫めたのは事実。 だがそれは中国
に残虐を重ねる口実を与えないための御言葉であったろう。
しかし、米国を筆頭に、国際政治が中国経済のうま味に幻惑
され正邪の判断を放棄している現在、国際世論の良心に期待
するのは、美しくはあるが、現実的でない。

「仏教における “空性” は虚無ではないはずです(中略)暴力
も人間の属性であることを認めた上で、許される場合を考慮
すべきだと思います」
これは最重要課題だ。殺人を正当化する教義を持ったオウム
真理教に暗殺されかけた経験のある小林氏だからこそ、言う
資格がある。 無論、仏教は「Ahimgsaa(不殺生)」を第一番に
説く。問われているのは『自己犠牲』だ。オウムは、救済という
名目で数々の殺人を行なったが、サリン実行犯はみな解毒剤
を所持していたのである。自分だけは助かりたい、と。

インド東部の田舎に、ヴィクラマシーラという仏教遺跡がある。
13世紀初頭、イスラム軍による徹底した破壊と大殺戮によって
滅んだ、インド仏教「最後の法城」である。
真っ赤に焼けただれた石造りの寺院跡は、襲撃のすさまじさを
今に伝えている。・・・その前に立った時、考えた。

もし当時、ここに仏教徒として自分がいたら、どうしたろうか?
<逃げる。寝返る>
断末魔の悲鳴をあげる友を見捨て、かりに生き延びたとしても
一生、罪悪感に苛まれる。また、殺生を認めたことにもなる。
<武器を取って闘う>
運良く勝機を得たとしても、やはり殺生の罪に違いはない。

そのとき達した結論はこうだった。
<敵と刺し違えて、死ぬ>
殺生を許さず、みずからの罪も引き受ける方法は、これ以外に
考えつかなかった。・・・まったく愚かであるが。

ヘンテコ日本

ちょっとお休みしてました。坊主ですから『お盆休み』の逆で、
夏バテしてたんですよ。 そこへ持ってきて徐々に明かされる
北京五輪の舞台裏。開会式は話のタネに出だしの部分だけ
見ましたが、例のマスゲームのおぞましさに耐えきれずTVを
切ってしまいました。そのためうっかり、
「チベットの民族衣装を付けた “なんちゃって少数民族” の
踊りが無くて、ホッとした」
などと、返信コメントしてしまいました。現実はご存じの通り、
漢族の子供56人が、56民族のコスプレで五星紅旗を掲げて
行進したとゆ〜ではありませんか。真夏の悪夢です。

「北京オリンピック、一体どこが平和の祭典ですか!」
その坊さんは吐き捨てるように言った。
彼は、以前に紹介した、ワシが長野聖火リレーの抗議デモへ
行ったことを冷笑した坊さんである。ついに改心したか♪
「よりによって開催期間中に靖国神社を参拝した閣僚たちは
卑怯の極みですね。今なら中国も黙認してくれる、と」
え? えええ?
「本当だったら、かつて侵略して多大な迷惑をかけた中国で
初めてオリンピックが開かれる年こそ、過去の歴史を真摯に
見つめ直して反省し、靖国には誰も行きません、というのが、
平和と不戦の誓いでしょう。それなのに間違ってますよ」
・・・ダメだ。ダメ過ぎる。

十年以上も昔になるが、ワシはインドで現地の観光ガイドに
日本語を教えていたことがある。
「こないだガイドした日本のお客さん、デリー城へ案内した時、
僕が “日本の兵隊さんは戦争中、ここまで来てくれました” と
説明したら、なんだか急に、すっごくイヤな顔をしたのよ」

ターバンを巻いたスィク教徒の青年がいぶかしむ。
「そのお客さん、“日本はここまで侵略したのか”、だって」
ワシと一同、思わず失笑。
当時のインドは大英帝国からの独立を目指し、ガンディーの
非暴力路線と並行してチャンドラ・ボース率いるインド国民軍
による武力路線を展開していた。 それに協力した日本軍は、
中国成都からインド北東部インパールへ侵攻を開始。
だが、英米によって補給線が断たれ、日印合同軍は壊滅。
辛うじて生き残った日本兵は、 国民軍兵士を護衛してデリー
まで送り届けた。いわゆる『インパール作戦』である。
そのことを、ターバン青年は言ったつもりだったのだ。

過去の歴史を真摯に見つめ直さねばならない。本当に。

BC級戦犯の遺書

敗戦記念日。 世を挙げて『平和の祭典』とやらの狂騒曲に
浮かれているその影で、チベットや東トルキスタンの平和が
無残に踏みにじられている。無垢な中国人少女の口パクや
CG花火ならば御愛嬌ですむとしても、それによって凄惨な
流血が隠蔽されている事実を忘れてはならない。
もし、未来の人類に、良心が消えることなく残っていたなら、
2008年は「正義が死にかけた時」として語られるだろう。
そんな、歴史的な Olympic year だからこそ、現在の日本の
平和について、改めてもう一度考えたいと思う。

*************************************************

一、私は敏子を離別します。
一、敏子に再婚させてください。
一、私に成仏させてください。

私は、敏子が現在の不幸に打ち勝って再婚し、母となり
幸福になったとき、成仏できます。
その他に成仏はありません。追善供養は不要です。
お父様、お母様。敏子をいたわってやってください。
彼女が、涙も枯れてしまい、精も根も尽き果てるほどの
不幸に落としたのは、私です。
また、悪い星の下に生まれた私であり敏子でありました。
どうか、いたわってくださいませ。
最後の願いはこれだけです。
彼女が戦火の中に、身を挺して来てくれたのも、こうなる
私に天が与えた最後の御慈悲であったことでしょう。
私は人生の喜びも彼女によって与えられました。
収容せられても、この淋しい獄舎にてあたたかい便りや
衣類を送ってくれ、その愛情に包まれております。
私の心は幸福でした。
前後の事情は、彼女がお父様、お母様に報告してくれま
しょう。
皆様にも、もう会えませんが、さようなら。さようなら。

お父様、お母様。御長生ください。ご機嫌よく。
  三月二日 罪の子
                                         藤井力
                (昭和二十一年四月二十二日。死刑)

BC級戦犯の遺書

邦人女性が義挙! 十三日、北京五輪選手村に近い
公園で、チベット解放を訴え中国政府に対する抗議を
行なっていた日本人女性を含む八名が、中国当局に
身柄を拘束された。これが『平和の祭典』の正体だ。
また同日、フランス訪問中のダライ・ラマ14世猊下は
記者会見に応じ、現状を批判して、
「国際社会は中国を民主主義に導く責任がある」
「五輪後の中国の対応を注視している」
と明言。その後、上院議員との会談では、
「中国は世界ルールである “五輪休戦の精神” を尊重
することなく、今もチベットで武力弾圧を続けている」
「中国当局はチベット人の逮捕や処刑を行っている他、
軍を増強している。植民地化が加速している」
と仰せられた。 FREE TIBET!


*********************************************


勝子よ。
お前も生まれ落ちたるままにして父の顔も見ずに父と
別れることは、じつに悲しいことだろう。
父もお前の顔を見ずにそのまま別れたことは、じつに
哀惜に耐えない。これも運命だ。
勝子よ。
さびしかろう。つらかろう。お前が一人前になったとき、
必ずや苦労するであろうことを考えるとき、父は、そう
簡単に死んでゆけないのである。
父がいさえすれば、お前にだけは不自由な生活をさせ
まいと思っていたが、それもままならぬ世の中だ。
父も可愛いお前があればこそ、安心してこの世を去る
ことが出来る。
お前は、お母さんに孝行して、立派な人間として、また
立派な女性として、成長してくれよ。
それが父として最後の言葉だ。

父が今までにやって来た行為は、天地神明に恥じない
ものだ。この父の気持ちを良く知って、最後の言葉を
実行しておくれ。

                               大庭早志
                  (昭和二十三年四月八日。死刑)

BC級戦犯の遺書

弥穂。
お父さんが南方に来たのは、弥穂が四つのときだった。
おまえが小さい手でおじいさんに抱かれ、日の丸の旗を
振って、
「父ちゃんバンザイ!」
と叫んだことを、おぼえているか。
お父さんの顔を思い出せるか。弥穂も二年生になったが
お父さんの手紙が読めるか。栄穂は読めないよな。
お父さんは戦争に来て、パリックパパンという所で死んで
行きます。詳しいことは、お母さんから聞いてください。
おまえたちが大きくなったらボルネオに来て、お墓参りを
して下さい。待っています。
栄穂はお父さんの顔を知らない。でもお父さんは写真を
見ておまえを知っています。
元気で大きくなりなさい。
それから、お母さんに心配をさせてはいけません。
お父さんは御国のために働いたのです。

                               高橋国穂
                (昭和二十三年十月四日。死刑)

BC級戦犯の遺書

壮健の由、なにより。君と臣也の便り、および写真。
みな受け取っている。スミレの花も、もらった。
すくすくと大きくなった臣也の姿を見て、二人が言わんと
していることもすべて僕には通じている。
ただ強く耐えようとしている僕でも、なんとなく淋しそうな
君たちの姿を見ていると、万感無量だ。
臣也が淋しがり屋でなくなるように毎日神に祈っている、
と言って寄越したことが、頭に固着しており、しかもその
淋しい原因が僕にあると思うと、胸が突かれる。
君が臣也を明るい希望の道へ導いてくれることを信じて
いる。僕は臣也のいっさいを君にお願いする。
あとで届く遺髪は、君が死ぬ時ともに埋めるほうがよい
と思う。
重ねて言う。君は、賢明に現実を批判し、未来に計画を
立てて、君の最上の道を歩まれよ。
僕は君と臣也の幸福を祈る以外、なにものもない。
では、さようなら。
                              半沢勇
            (昭和二十四年九月二十六日。死刑)

BC級戦犯の遺書

死期もいよいよ迫ってまいりました。
今までの戦犯死刑囚の前例を考えますと、ここ二、三日の
うちに自分もこの世を去るのではないかと思われます。
人生三十五年、ふりかえってみると本当に夢のようです。
ユキエの夢もよく見る。ユキエは待っているのであろう。
かたく誓い合ったふたりではあったが、ままにならぬ人生、
ふたりの生活もほんの一瞬であった。しかし、西方浄土へ
行ったならば、永遠の生活もできるであろう。
ああ、ユキエよ。しばらく待っていてくれ。
俺もお前のもとにすぐ行く。
そして、現世で短かったふたりの生活、極楽浄土で楽しく
暮らしましょう。
そうだ、思い出せばユキエと別れたのは昭和十八年一月
七日の朝であった。
寒い岩崎の岸壁が最後の別れであった。
今しばらくしたら、あの優しいユキエの笑顔を見ることも
できるだろう。
獄中においては便りも思うように書けない。
この便りは最後になると思います。
                                 久保江保治
                     (昭和二十三年三月十五日。死刑)

BC級戦犯の遺書

昭和二十三年一月二十八日。様子が変である。
最後のようである。
二十八日午前十二時、南京雨花台にて散る。
母上様。妻子、元気で幸福に生き抜いてください。
頑張ってください。さようなら。
母上様。ご恩の万分の一も尽くされず先立つ不幸を
お許しください。
孫らのため、いつまでも長生きしてください。
後を頼みます。
皇室のいや栄を護り奉る。
  天皇陛下万歳。
  日本国万歳。
  平和日本の再建。国民一同の御奮闘を祈る。

誓って国家を護り奉る。
                         向井敏
      (百人斬りの冤罪で野田毅少佐と共に死刑)

BC級戦犯の遺書

いまオリンピックに沸く中国で、かつて世界平和と日中友好を
祈念しつつ無実の罪で処刑された日本人がいた。
日本刀で中国人を百人斬ったとかいう、戦意高揚のヨタ記事、
いわゆる『百人斬り』を理由に、南京虐殺実行犯として死刑に
処された向井大尉と野田少佐の名誉を回復せねばならない。
チャンバラ映画じゃあるまいし、日本刀で百人も斬れるわけが
ない。 相当の達人でも、ひとり斬れば血糊と皮下脂肪で切れ
味がなくなり、突いても三、四人が限度だ。 もし骨に当たれば
一度の使用で刃こぼれしてしまう。
にも関わらず、向井・野田両氏は、死刑に甘んじたのである。

敗戦後、BC級の戦争犯罪者として死刑に処された日本兵は
1061名にものぼる。
その中には報復と見せしめのための冤罪も少なくなかった。
また数えきれない日本兵が、敗戦後、正式裁判にかけられる
こともなく、リンチと虐待で命を奪われた。
だが、その罪科で処罰を受けた戦勝国民は、いない。

今日から敗戦記念日まで毎日一通ずつ、BC級戦犯の遺書を
掲載する。(適宜現代表記に変えた)

***************************************************

このたび、中国法廷各位、弁護士、国防部の各位、蒋首席の
方々を煩わしましたことにつき、厚く御礼申し上げます。
ただ俘虜非戦闘員の虐殺、南京虐殺事件の罪名は、絶対に
お受けできません。お断り致します。
死を賜りましたことについては、天なりと観じ命なりとあきらめ、
日本男児の最後のいかなるものであるかをお見せ致します。

今後は、我々を最後として、我々の生命をもって残余の戦犯
嫌疑者の公正なる裁判に代えられんことをお願い致します。
宣伝や政治的意味をもって死刑を判決したり、面目をもって
感情的に判決したり、あるいは抗戦八年の恨みを晴らさんが
ため、一方的裁判をしたりされないよう祈願致します。
我々は死刑を執行されて雨花台に散りましても、貴国を怨む
ものではありません。
我々の死が中国と日本の楔となり、両国の提携となり、東洋
平和の人柱となり、ひいては世界平和が到来することを喜ぶ
ものであります。
なにとぞ我々の死を犬死、徒死(あだじに)たらしめないよう、
これだけを祈願致します。

   中国万歳
   日本万歳
   天皇陛下万歳
                             野田毅
               (昭和二十三年一月二十八日。死刑)

北京五輪開会式

なな、なんだこりゃ?平壌か!北朝鮮からの中継か?!
ワシは一瞬、マジでそう思ったぞ。
開会式のマスゲーム式人間デジタル時計。趣味わるぅ。
続いて、孔子の『論語』だとぉ?
「友あり。遠方より来たる。また楽しからずや」
毒餃子なみの嘘だな。中国共産党は毛沢東の方針で、
「批孔批林(ひこうひりん)」
これを国是としてきたではないか。 意味は、孔子と林彪を
批判する、と。この場合にいう批判とは、いわゆる客観的
判断のことではなく、共産党員が使う「自己批判」と同じで、
完全否定と弾圧を指している。林彪とは、謎の死を遂げた
毛沢東の政敵の名前だ。
つまり、礼節を重んじ君子の
道を尊ぶ精神文化を排斥し、
独裁
に反対する者を死に追いやる政治、ということ。

しかし、NHKでゲスト解説してたハゲは支那の工作員か?
目を閉じて何も見えない奴だから、しかたねーか。
今までさんざん愛と平和を商売にしながら、チベット問題を
踏みにじる手先を嬉々としてやってやがる。
「You are king of kings」 (よお!きんき、と発音)
そう胡錦濤に言ったとか言わないとか。
あ、こりゃアラフォー以上でないと通じないネタでしたね。

もうワシは寝る。
馬鹿丸出しで支那をヨイショするゲスどもに耐えきれん。

被爆国民として

以前、某TV局が制作した戦争特集の番組で、齢八十を越えた
神風特攻隊の生存者が淡々とした口調で語った。
「愛する者を守るため、という心境だった」
これに対し、平和市民団体のメンバーを称する人物が、
「愛する者を守るために引き返す、愛する者のために死なない、
むこうも愛する者がいる、とは思わなかったんですか?」
と喰って掛かった。
老いたかつての兵士は、冗談だと思ったらしく黙殺していたが、
質問者の態度には、無礼にも人生の大先輩に対し、やり込め
ようとする意地の悪さが見て取れた。不快な光景であった。

「日本が戦争なんか始めたから原子爆弾を落とされたんだ」
いまだにこういう世迷い言を口にする輩がいる。
昭和天皇は、1945年3月10日の『東京大空襲』により連合軍に
無差別大虐殺の意志があることを知り、以後、戦争を停止する
御心を固められた。たびたびアメリカ合衆国に対し和平交渉を
持ちかけたが突き返され、 悩んだ末に昭和天皇は、その当時
“不可侵条約” を結んでいたソ連を信じて、スターリンに仲裁を
依頼したが、色よい返事はもらえなかった。
それもそのはず、ソ連(現ロシア)は戦争終了後の極東地域の
覇権を虎視眈々と狙っていたのである。
もともと、資源輸入を封じられたがゆえやむをえず武力外交を
選んだ日本は、戦争の長期化を具体的に想定してなかった。
例えばあの真珠湾攻撃も、
「先に一発殴ってでも訴えれば、話を聞いてくれるはず」
という、日本的な心情が背景にあった。
だが欧米白人キリスト教社会は、そのように考えなかった。

日本への原子爆弾投下は、生体実験の要素が強かった。
アメリカ政府は来るべきソ連との対立を見据え、核兵器開発を
急いでいた。
いつ、どこで試すか。ドイツは駄目だ、同じ白人だから。
欧米世論が納得しうるキリスト教的大義がなければならない。
要は、「人類」でなければよいのだ。

昭和20年(1945)。もはや日本に戦争継続能力はなかった。
8月6日、広島へ原爆が投下され、日本の降伏が間近になった
ことを受けて、戦勝国の権益欲しさに戦争参加を決めたソ連は、
米国の独占を妨害するべく、9日長崎へ落とされるタイミングに
合わせて条約を一方的に破棄。日本に宣戦布告した。

忘れられた英霊

「私は行きません。相手の嫌がることはしない、と」
就任当時、靖国参拝について問われた福田首相は、あっさりと
言ってのけた。あれが、あのおっさんの政治感覚そして人格の
すべてを表わしているとワシは思う。
今回の組閣メンバーを見ると、麻生幹事長や中山少子化相の
ほかには靖国神社参拝という『日本国政治家の矜持』を示して
くれそうな顔がいない。つまり、それが福田政権なのだ。

胡錦濤の来日は、五輪開催に向けての地ならし、だった。
アジア外交重視を掲げ、「靖国参拝はしない」と明言した福田は
中国にとってもっとも御しやすい駒である。
「考えてみたら、まだずいぶん日があるんですねぇ(笑)」
チベット問題に関する国際世論が熱かったあのころ、北京五輪
開会式への参加について、日中首脳会談後の会見では国民の
反発を警戒し、態度を保留したかのように振る舞った福田だが、
ただ言い出すタイミングを窺っていただけなのだ。
敢えて青臭いことを言わしてもらうが、福田首相にとって最大の
関心事は、日本国の誇りとは正反対にある。

「国民目線の政治」
ワシは思わず “社民党か!” とツッコミ入れてしまった。
どうやら、おかかえのコピーライター氏は、よっぽどバカらしい。
イマドキこんな陳腐で安っぽいキャッチが通用すると思っている
のだろうか。いや、本心からナメきっているに違いない。
おそらく、雑誌のグラビアのように、国民の目に黒い線を引いて
ひとりひとりの視線を塗り潰すつもりであろう。

改造内閣の顔ぶれは、福田の個性が如実に反映している。
いわば、なんだかよくわからない調整型、だ。

ツヤ出しのつもりで野田聖子を入閣させたのだろうが、そもそも
その感覚自体が、見事なまでにズレまくっている。
あるいは、造反離党しても戻ってくれば大臣にしてあげる、という
次期選挙での自民大敗を見越した戦略か? そりゃねーわな。

今までは新組閣が発表されるたび、特に左系のマスコミが、
「靖国神社を参拝しますか?」
と “踏み絵” を迫るように問い詰めたものだ。
不参拝首相のもとでは、もはやそれすら忘れられたのだろうか。

たとえ現代人が忘れても、英霊は日本を見つめている。

暑中見舞い

とうとう八月になっちゃいました。有名なアニメ映画監督の
新作を『崖の上から放尿』と言い換えて、ひとりウケしてる
今日この頃のワシです。ファンの方、ごめんなさい。
さて、いよいよ北京五輪が来週に迫りました。
選手のみなさんには是非ともご無事で、好成績をおさめて
下さいますよう念じます。以前にも書いたことですが、女子
レスリングで浜口京子選手が悲願の金メダルを獲得され、
父君のアニマル氏が表彰式で “気合いだ” に代え、
「FREE TIBET!」
を百連発してくれることを心から期待しております。

いずれにせよテロ被害が選手や一般人を巻き込むことなく、
中共の要人だけに限定されるよう、願ってやみません。
開催国がメダルを独占するように流れるのが、商業五輪の
約束ではありますが、中国人選手に有利なあくどい判定が
相当数、乱発されるのではないかと危惧しております。
そこで、どうせズルされるんだったら中国だけで勝手に盛り
上がってりゃいいじゃん、というわけで、もうすでにどこかで
誰かがやったネタっぽいですが、新種目を考えてみました。

 『北京大会限定 <前近代五種競技>』
◇ 東シナ海ガス田デスマッチ
海底の格闘技。相手選手のシュノーケルにケツを押し付け、
屁をコイて失神に追い込むデンジャラス・バトル。
◇ 毒餃子バスケ

敵にバレないよう餃子に殺虫剤を混入させ、相手ゴールへ
投げ込む競技。しかも毒を入れたのを敵方のせいにすれば
3ポイント・シュート。
◇ 五星紅旗ビーチ・フラッグ

毎年春、日本に甚大な被害をもたらす黄砂で作った人工の
砂浜にて、長野で使用した三畳敷の巨大な旗を奪い合う。
殴る蹴るなんでもアリの、アルティメット・スタイル。
◇ 情報公開的愛国運動
胡錦濤主席の異常に多い毛髪の中へと潜入し、内部を探索
して生還を競う、現代中国でもっとも危険なスポーツ。
ヅラ疑惑や白髪染めの事実を発見した場合、天安門広場で
人民解放軍戦車部隊と素手で勝負させられる。
◇ 温暖化環境破鈴
閉会式を華々しく飾る競技。地球儀をデザインしたくす玉に、
「CO2」と書かれたボールを投げつけて割る。
みごと割れたら、中から毛沢東の肖像がけたたましい音楽と
共に出現し、花火代わりに核ミサイルが発射される。

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