2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト

« 忘れられた英霊 | トップページ | 北京五輪開会式 »

被爆国民として

以前、某TV局が制作した戦争特集の番組で、齢八十を越えた
神風特攻隊の生存者が淡々とした口調で語った。
「愛する者を守るため、という心境だった」
これに対し、平和市民団体のメンバーを称する人物が、
「愛する者を守るために引き返す、愛する者のために死なない、
むこうも愛する者がいる、とは思わなかったんですか?」
と喰って掛かった。
老いたかつての兵士は、冗談だと思ったらしく黙殺していたが、
質問者の態度には、無礼にも人生の大先輩に対し、やり込め
ようとする意地の悪さが見て取れた。不快な光景であった。

「日本が戦争なんか始めたから原子爆弾を落とされたんだ」
いまだにこういう世迷い言を口にする輩がいる。
昭和天皇は、1945年3月10日の『東京大空襲』により連合軍に
無差別大虐殺の意志があることを知り、以後、戦争を停止する
御心を固められた。たびたびアメリカ合衆国に対し和平交渉を
持ちかけたが突き返され、 悩んだ末に昭和天皇は、その当時
“不可侵条約” を結んでいたソ連を信じて、スターリンに仲裁を
依頼したが、色よい返事はもらえなかった。
それもそのはず、ソ連(現ロシア)は戦争終了後の極東地域の
覇権を虎視眈々と狙っていたのである。
もともと、資源輸入を封じられたがゆえやむをえず武力外交を
選んだ日本は、戦争の長期化を具体的に想定してなかった。
例えばあの真珠湾攻撃も、
「先に一発殴ってでも訴えれば、話を聞いてくれるはず」
という、日本的な心情が背景にあった。
だが欧米白人キリスト教社会は、そのように考えなかった。

日本への原子爆弾投下は、生体実験の要素が強かった。
アメリカ政府は来るべきソ連との対立を見据え、核兵器開発を
急いでいた。
いつ、どこで試すか。ドイツは駄目だ、同じ白人だから。
欧米世論が納得しうるキリスト教的大義がなければならない。
要は、「人類」でなければよいのだ。

昭和20年(1945)。もはや日本に戦争継続能力はなかった。
8月6日、広島へ原爆が投下され、日本の降伏が間近になった
ことを受けて、戦勝国の権益欲しさに戦争参加を決めたソ連は、
米国の独占を妨害するべく、9日長崎へ落とされるタイミングに
合わせて条約を一方的に破棄。日本に宣戦布告した。

« 忘れられた英霊 | トップページ | 北京五輪開会式 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

今日見たテレビで、南方へ出征したある兵隊さんが、幼い愛娘が空腹で泣いている夢を見て目覚め、さめざめと泣いていたという話を聞いた。おもわず私も泣いてしまった。その兵隊さんは食糧もなく武器もない戦地で戦病死したそうだ。残った兵隊さんたちも、斬り込み攻撃で殆どが戦死した。

やるかやられるかの極限状態に置かれた人間の悲しみに思いを馳せる事もしないで、平和市民とやらは食いたいだけ食って自由と安穏を享受しておきながら、感謝の気持ちなんか微塵もないとは、なんという罰当たり。
腹も頭もメタボでいかれまくってる連中なんか、元特攻隊のおじいさんは相手にされないだろうけれど、とにかく酷い。おまえらは何様だ。私も不快だ。この不遜な非常識さが!

中学時代お世話になった数学の先生は、和尚様と同じことを仰っていた。「アメリカは白人を殺したくなかったから、日本に原爆を落としたんだ。日本人は奴らからしたら人間じゃないんだ」。
先生の同級生はほとんど戦死されたそうだ。私たちが戦争の話を少しでも茶化すと、静かに、しかしとても恐ろしい顔で叱責された。その事が今でも忘れられない。

私も同感です。
平和ボケと偏向教育で想像力を失っているんでしょうか。
国民は国家に守られて生活しているのだから、国家の危機には国家を守らなければなりません。国を失えば国民はどうすればいいのでしょう。
原爆投下は100%アメリカの責任です。戦争がなければ原爆投下はなかったかもしれませんが、戦争だから原爆を使っていいものではありません。

>HIROMI様
アメリカで原爆製造に携わったのは、ナチスの迫害を逃れてドイツから亡命したユダヤ人科学者でした。日本的感覚からすれば、彼らの復讐の念がなぜドイツではなく日本へ向けられたのか理解しかねますが、ユダヤ資本がアメリカ経済を牛耳っていること、そして同じ旧約聖書に基づく『啓典の民』であることを考えると、なんだそういうことか、と思いますね。あまりにも有名な「目には目を」は旧約の教え。これに対しイエスは山上の垂訓で「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」と、敢えて逆を説いたのですが、これはつまり啓典の民の思考が「目には目を」を前提にしている、ということなんですね。


>チンシャ猫様
戦後、まるで悪魔の経典のように忌み嫌われた『教育勅語』の中に、
「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」
という言葉がありますね。イザという時には公共に尽くす、と。
ところが日教組は、これを戦争協力の意味だけに狭めて、その反対つまり、
「共同体よりも個人、公よりも私が大事、それが平和だ」
と、日本人の人間としての土台を無残にも破壊してしまったのです。
自己チューがひとの命を奪う現代日本の、根本原因の一つが垣間見えますね。

平和市民団体の方々だけでなく、日本国民の多くは未だ、敗戦国精神を育てる為に伝えられた表向きの歴史しか知らないのでしょう。

その裏にどんな悲劇があったか。
特攻隊として敵機に突っ込んでいった方々の国や家族を守ろうとする気持ちがどれ程のものだったか。

何も知らずに他国の策略にはまり、英霊や命からがら生き延びた元兵隊さんを貶す。傷つける。無知故の悪意ですね。

そして、原爆を落とすという最低の事をやっておきながら、その上過去の出来事を捻じ曲げて伝え、敗戦国を陥れるアメリカも最低です。

>蒼天様
合衆国のスミソニアン博物館には、広島へ原爆を投下したB29爆撃機「エノラ・ゲイ号」が展示されているそうですね。機の仇名は、カーティス・ルメイ機長の母親の名だそうです。それにちなんで、投下された原子爆弾は、BOY(息子)と呼ばれていたとか。この命名感覚は、ワシら日本人には到底理解不能ですね。
世界最大の核保有国たるアメリカが核拡散防止を言ったところで、北朝鮮のようにバーターとなる経済的うま味がなければ、聞く耳を持たれません。イランやインドがいい例です。かつて日本に対する仕打ちがそうだったように、アメリカ政府の思考は、いつも『白馬にまたがった正義のカウボーイ』なのです。
「拳銃やライフルは俺たちカウボーイのものだ。お前らインディアンは、永遠に弓と斧で闘ってりゃいいのさ、未開の野蛮人どもめ」
これがアメリカのいう核拡散防止であり、また「テロとの戦い」の内実なのです。

全くです。世界の警察気取りですよね。アメリカは。(関係ないけど確かにネーミングセンスも微妙・笑)

「勝てば官軍」と言いますが、やはり納得できませんよ。

そしてそんなアメリカに、いいように扱われている日本政府も許せません。


…話逸れますが、五輪前夜である今日、和尚もキャンドルライティングしませんか?窓辺にキャンドルを灯してチベットの平和を祈るんです。…和尚が袈裟をかぶってキャンドル灯してる姿を想像すると、少々違和感は感じますが←一言余計(笑)

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/42069966

この記事へのトラックバック一覧です: 被爆国民として:

« 忘れられた英霊 | トップページ | 北京五輪開会式 »