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政教分離?

去りゆく夏を振り返ってみると、例年、猛暑に拍車をかける
靖国参拝問題が、なんとも涼しい状態だった。
現職の総理が不参拝を公言していたこともあり、また五輪
狂騒曲に全マスコミが舞い踊っていたためか、世間一般の
関心が九段坂から遠のいていた。
とはいえ現代日本の、いわゆる「世間一般」が日ごろ靖国
神社に思いを傾けているかどうかは、この際、措く。
その影で、政府は着々と『無宗教国立追悼施設』案を進め
ているようだ。よっぽど税金を無駄遣いしたいらしい。
まぁ、政府がやりたいなら、勝手にやればいい。

現代日本の坊主や牧師が「反靖国」を云うのも勝手だ。
戦時中、国家総動員法の下、仏教界と基督教界は挙げて
軍部にひれ伏していたのだから、その反省なら、真っ当な
人間の営為であり、なにも文句はない。
また、あえて政教分離を破り、阿弥陀如来以外は信じるな、
法華経以外は邪教だ、キリスト様だけが正しい、と言うなら
それなりに見上げたもんだが、反靖国が嵩じて、無宗教の
追悼施設案に賛成する坊主や牧師がいることは、まったく
もって解せない。彼らは普段、檀家や信者に、
「正しい信仰を持ちなさい」
と言っているのではないのか。無宗教でもいいんですよ、と
職責を投げ出し、それで御布施や寄付を貰うつもりか。

日本語の「無宗教」は、英語の「NO RELIGION」と違う。
宗教否定ではなく、特定の宗教宗派の教条に拘束されない
ということだ。
これは近代に始まったことではなく、元来、異文化との衝突
や軋轢が歴史的に少なかった島国の民族にとって、宗教を

アイデンティティーにする必要性に迫られなかったからだ。
が、倫理の基盤は、宗教に他ならない。
われわれの祖先は教条にとらわれなくとも、神道的清明観、
仏教的因果観、儒教的礼節観を融合させて、『世間』という
倫理規範を生み出し
た。

しかしその『世間』が崩壊した今、国が無宗教にお墨付きを
与えるとは、まさしく亡国ではないのか。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

引越しで ネッツがやっと繋がりました;;
ご無沙汰しております。
また、楽しみに日記拝見させてもらいますねsmile

>うた。様
ほんと、こちらこそ御無沙汰しておりました。お引っ越し、お疲れさまでした☆
ちなみにワシはいまだにADSLなんですよ。coldsweats01
畏友の写真家:山本宗補氏が現在インド取材中で、ちょっと羨ましいワシです。
てなわけで秋彼岸の終わりと共にインド中南ナグプールへ行くことにしました。delicious

僕は8月15日には変な左翼や右翼やウロウロしていてうるさいので、9月に詣でる習慣になってます。あそこには、会うことのできなかった叔父やらがいるのだから、行かないわけにはねぇ。
無宗教って意味分からないです。神と仏は日本人の心でありルーツだと思います。それをないがしろにして中国やら韓国やらの言いがかりに何も言えず…なげかわしいことです。

〉凡夫様
そもそも「追悼」という感情乃至観念が、宗教性無くして発生しうるものか、という根本的な問いを無視して国立追悼施設とやらを云々すること自体、馬鹿げています。人がなにがしかの存在に対して敬いと畏れの感情を抱く時、そこに宗教性が生まれます。無神論・唯物論を国是としたかつての旧ソ連でも「レーニン廟詣で」が行われていましたし、天安門広場には今も毛沢東の「御真影」が飾られているわけです。

最近は「神仏」「宗教」という単語を聞くだけでアレルギー反応を起こす人が多いなぁと思います。それも若い人だけではないんですね。50代~の方々ですらそういう方がいらっしゃる。

怪しい新興宗教の類が跋扈しているので、日本古来の宗教、神様仏様にも皆批判的になってしまったのでしょう。宗教に興味のない方にとっては「宗教」と名のつくもの「宗教」っぽいものは全て同じに見えるのでしょうから。

でもって私事で申し訳ないのですが(笑)私は日光修験道の見習い行者なんです。けれど母親が非常に「懐疑的」でして。しかも当方女なので余計に色々言われるのですよ( ̄▽ ̄;)

やっぱり日本古来の「修験道」も「怪しい宗教」だと思ってるみたいです…今月の三日連休で秋峰修行に行くことも小言を言われました(笑)まぁだからって、私にとっては隠すことではないのでさらっと流してますが。せちがらい世の中です…(愚痴ですね。すみません・汗)

>蒼天様
そうでしたかあッ!女山伏、ワシ的に「萌え~」です(失敬)。
さて、50代以降の方で宗教アレルギーを持っている人には三つの理由が想定されます。まず、幼少の人格形成期が、敗戦によって『皇国不敗』神話が崩壊し、いわゆる「神風は吹かなかった」という神への失望感漂う時代であったこと。二つ目は、青年期に旧ソ連や中国・北朝鮮を理想郷とする社会主義運動の盛んだった世相風潮から影響を受け、いまだに「無神論が進歩的」という思い込みを潜在的に持っていること。三つ目は、戸田城聖・池田大作率いる創価学会の折伏大行進にリアルタイムで遭遇したこと。ですね。
いずれにせよ、無神論は精神衛生上よろしくない。大脳生理学の分野では、脳機能の中に信仰心の所在がまだ仮説の段階ですが発見されているそうです。
MRI検査で脳内血流を調べると、信仰者がその信仰対象を思う時、左側頭葉(左耳の上辺り)の活動が顕著になるとか。happy01

私的には巫女さんの方が萌えます(笑)

信仰については個人個人の心の問題ですから…とは(頭では)思うのですが、やはり私も無神論は良くないと思っております。神仏精霊(ひいては人間を育んでくれた大地)への感謝の気持ちを忘れてしまうと人間は傲慢になってしまうようですしね(´・ω・`)

それにしても…脳機能と信仰が関わっている(らしい)とは驚きました。続報を楽しみに待ちましょう(o^∇^o)

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