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2008年10月

国際親善?

歩行者は、あえて言うまでもないが、交通弱者である。
ただしオバハンが乗った自転車とすれ違う時は、別だ。
敵には、軽車両を運転している自覚がない。
そもそもオバハンという生物は、おのれの最凶最悪な
暴虐ぶりを、みずから「弱者の特権」と思っている。
だからこっちが左右の手にコンビニの袋を下げて回避
行動がとりにくい状態であっても、何ら躊躇することなく
中央突破を試みて来る。
「どいてどいてよ!ちゃんと前見て歩きなさいよ!」
てめえのチャリにゃあハンドルもブレーキもねえのかよ
ク○バ○ア!  オバハンは、北朝鮮に似ている。
北朝鮮政府筋は日本人拉致事件の再調査について、
「協力してもメリットがない」
と拒否する方針にあることを明らかにした。
人さらいが、よくもまあ、メリットなどと言えたものだ。

さて、オッサン族にも、異次元の住人が存在する。
もう随分前になるが、インドの国内線航空に乗っていた
ときのこと。
機内食が配られた折り、ある日本人のオッサンが突然
立ち上がって、中央通路を徘徊し始めた。
どうやら彼は他の乗客に何か配布してる様子だった。
まだ『9.11』が起きる以前だったので、乗務員の対応も
おおらかというか、テキトーにシカトしてる雰囲気。
そりゃあ関わりたくねえわなあ。彼がすぐ側まで来た時、
手渡していたものが「割り箸」であることを知った。
オッサンは、外国人(そこでは日本人もガイジンだが)の
乗客に、日本文化を紹介し国際親善に貢献してるつもり
なのか、割り箸を配布していたのである。

「???・・・ O,Oh!thank you♪」
金髪の白人女性がドン引きしながら礼を言うと、彼は、
「ゆあうえるかむ」
不気味だ。出国を許可した日本外務省の責任は重い。
しかし、やがてストックが底を突いたらしく途中から一本
ずつになった。ところてんかよ?オッサン。

ワシの隣のインド人乗客は、一本だけ渡された割り箸を
じっと見つめながら、完全にかたまっていた。

宿命の対決

来月の上旬、仏教関係の会合で岡山へ行くことになった。
インド中南部マンセルに佐々井秀嶺師が発見した大乗仏教
発祥の地:南天鉄塔遺跡、および大乗仏教の創始者:龍樹
(Nagarjuna) の法城発掘と観光開発に関し、今後の具体的
活動を話し合おう、という宗派を越えた一大プロジェクトだ。
が。ワシ、恥ずかしながら岡山県へ行ったことがない。
岡山と聞いて、つい反射的に「もみじまんじゅう」を想起したら
それは80年代MANZAIブームのB&Bのネタで、広島出身の
洋七が岡山出身の洋八に郷土自慢をするギャグだった。

で、OKAYAMA。たしか、桃太郎伝説のメッカだ。
わが横浜の浦島太郎伝説と双璧をなす昔話のスタンダード。
すなわち、桃ちゃんと浦ちゃんは、星飛雄馬と花形満のごとき
宿命のライバルなのである。
そんなこと考えつつ、人生初の『岡山行き』を計画していたら、
妄想に取り憑かれた。浦島がワシに愚痴るのである。
「和尚、むこうで桃君に会ったら、きつく注意してやって下さい。
どうも最近の彼は勝手に “日本一” の旗とか立てて、ちょっと
天狗になってるようです。普段はメガネなんかしないくせに」
あ、そ。言っとく。そして場面は急転、桃との会見。
「冗談じゃないっすよお、こっちはもう命がけで、鬼ケ島へ突撃
したんすからね。 犬と猿はまあ戦力になったけど、あとはキジ
ですよキジ。万一、戦況不利になったとき鬼の大将へ献上する
和睦工作なんすから。キジ鍋でもどうぞ、って」
そこへなぜか、浦島乱入。
「きみぃ、動物を危険な目に遭わせんじゃないよ。僕なんて亀を
救助したグリーンピースさ。 分かったかね?ピーチ少年

「ひとを童貞みてえに言うんじゃねえ!」
「それはチェリーだ」
「うるせえ! こちとら生まれた瞬間からあわやババアに包丁で
真っ二つにされかかったんだ。しかも鬼ケ島大戦争へ
出征して
見事に勝ったんだぞ。 てめえなんざとはくぐった修羅場の数が
違うってんだ、この亀頭小僧!」
「でも敵地から略奪した戦利品でリッチに暮らしてたんでしょ?
これだからウヨクはやだね。戦争責任から目をそらす」
「なさけねえ。反論に詰まればすぐ責任と反省を持ち出すのは、
思考停止サヨクの幼児性。ちったあ成長しろや」
「ねえ和尚、やっぱり恒久平和と動物愛護ですよねえ」
え? ワシにふるか、そこで。
「きたねえぞ浦ビデオ!だいたい、自国民が拉致されてるのに
話し合いで解決しましょうって、相手は鬼だぞオニ!」
「不殺生非暴力はダライ・ラマ法王も仰ってますもんね、和尚」

・・・うーん。この勝負、浦島の負け、だなあ。
口ではきれいごと言いながら、じつは『キャバクラ乙姫』で接待
受けてたんだから、ぜんっぜん説得力ねえし。

生命の現場から

去る10月25日土曜、東京世田谷は明大前のキッドアイラック
ホールにて行なわれた、写真家山本宗補氏と野田雅也氏に
よるトーク・ショーを聞きに行った。
21日から26日までの期間、同会場では、両氏をはじめ世界の
紛争地帯で撮影を続けるフォト・ジャーナリスト達の作品展が、
『生命の現場から:序章』と題して開かれた。(主催JVJA)
野田氏とは初対面ながら、4月に長野で起きた『紅旗ノ乱』の
現場に居合わせた間であり、そのご活躍は、山本氏を通じて
伺っていた。 今回、野田氏は十日程前にチベットのラサから
帰国されたばかりだった。まさに、最新の “チベット事情” を
その目と耳で見聞きし、映像に収めて来た奇才である。

「人民解放軍の兵士に変装するため髪を短くしてました」
そう言いながら、今では伸びた頭に手をやり微笑む野田氏の
佇まいに、温厚な人柄がにじむ。
だが、会場スクリーンに映し出された光景はチベットの真実を
伝えて凄絶だった。淡々として静謐な、死の現場。
往時にはあまたの僧侶が起居した大僧院も今は中国によって
廃墟と化し、銃器を掲げた人民解放軍兵士がわが物顔にラサ
市内を跋扈し、街の小さな裏通りはもとより寺院の本堂にまで
高性能監視カメラが設置され、いたるところに私服のスパイが
目を光らせている。仏の都はいまや魔の巣窟と成り果てた。
中国人の大量移住によってチベット人は経済格差にみまわれ、
生きるため仕方なく、中国企業に職を求める。
しかしそこでもまた雇用差別や給与格差が彼らを待っている。
華僑経営の超高級ホテルで朝礼に参加するチベット人少女の
哀しげな眼差しが、野田氏のレンズを見つめていてた。

慄然としたのは、かつて中国が核兵器開発をしていた工場の
跡地が、チベット人居住区に当てられていたことだ。
残留放射能の濃度など中国政府は調べていない。放牧された
山羊に先天的な身体欠落があっても、それは川の上流にある
錫工場の廃液が原因だ、とシラをきって恥じない。
あきらかに放射能汚染ということは、世界唯一の被爆国民たる
日本人なら小学生でも分かるが、かりに錫でも、大問題だ。

映像の終盤、Bob Marleyの名曲「GETUP,STANDUP」に乗せ、
自由を求めてデモ行進をするチベット人たちの姿が切々と描き
出された。亡命先のインド警察に逮捕連行され、
「Ham loogoon ko shaanti dee doo!」
(ヒンディー語で “我らに平和を” という意味)
と号泣しながら訴えるチベット青年に、思わず涙がこぼれた。

GETUP,STANDUP。 そのメッセージ、確かに受け取った。

月刊『PLAYBOY』

10月25日土曜発売の月刊『PLAYBOY』日本版12月号に、
畏友の写真家:山本宗補氏が、佐々井秀嶺師について
寄稿している。ヘアヌード満載で必読だ。もちろん坊主の
裸は載ってない。PBドキュメントというコーナーに、
 「インド、不可触民を救う男」
   ヒンドゥ教から仏教徒への集団改宗を続ける
   日本人がいた!

と題した特集記事が掲載される。
立ち読みだとかなり恥ずかしい思いをすることが予想され、
買う際も店員に無用な言い訳あるいは読みたくもない本を
一緒に購入せざるえないハメに陥るかも知れないが、ぜひ
勇気を出して、レジの前にすっくと仁王立ちして欲しい。

かく云うワシとて、若い頃さんざんお世話になった洋モノと
まさかこんな形で再会することになろうとは、夢にも思って
いなかった。あの時ワシは若かった、上も下も。
もちろん見たいのは佐々井師の記事だけですよホントに。
巻頭グラビアなんかスッ飛ばしますよ絶対。
やだなあ、純粋な動機からですよ。
ま、坊主として、プレイメイト観音には参拝しますけどね。

洋モノといえば、昔はその部分がマジックで塗り潰されてる
やつがあって、昭和少年のあいだでは、
「マーガリンつけて慎重にこすればアレが見える!」
という秘奥義が伝わっていた。
何度かワシも挑戦したが無残にページが敗れただけだった。
・・・つくづく、バカだったよなあ。

人生を語らず

見た目♀のはるな愛と、ロンゲ中年のKABA.ちゃんとでは
どっちがオカマ業界的に格上なんだろうか。
聞く所によると、あちらは年功序列の体育会系だそうだ。
オネエ様方には申し訳ないが、やはり『男社会』か。
昔、おすぎ&ピーコのどちらかが云ってたが、
「オカマを世間が嫌う理由は本当のこと言っちゃうからよ」
なるほど、オネエ言葉にはオブラート効果がある。
だからこそある種の毒舌芸(gay)として成立するわけだ。

言葉には、聞いた者の中で膨らむ特性がある。
わが国の俳句や短歌などは、いわば、ふくらませ文学だ。
今秋、政界から引退(実は世襲)を表明した小泉元総理は
ワンフレーズポリティクスと揶揄されたが、大衆の下っ腹へ
届く言葉は、必ずしも正論でなくて良いのである。
「へのつっぱりはいらんですよ」
とは、あのキン肉すぐる氏の名言だが、意味内容は聞いた
人間が拡大膨張させ、好みに合わせて解釈するものだ。
「○○ということ。わかるかねキミ?」
若者をつかまえてこういう説教をするようになったら人生を
リタイヤしよう、とワシは心に誓っている。
詳細かつ具体的に説明論証する能力がないことを相手の
理解力に責任転嫁するのは、老害以外の何ものでもない。

そう思うがゆえにワシは、格言や名言のたぐいが生理的に
苦手である。 例の、どうだまいったか的空気が、嫌いだ。
「にんげんだもの」
つか、おまえトイレでなに言ってんだよ、ウンコやオシッコは
人類でなくてもするだろ、クソする時は誰だって真剣だもの、

とツッコミを入れてしまう。
「念ずれば花ひらく」
それ、パチンコ中毒の主婦に言ってみ。ヤミ金地獄だぞ。
「生かされて生きる」
感謝しないのがニートだってば!

とはいえワシも、迷ったとき自分にかける言葉はある。
「苦集滅道」(ゴータマ・ブッダ)
「善人なおもて往生をとぐ いわんや悪人をや」(親鸞)
「ひとつ山越しゃホンダラッタホイホイ」(青島幸男/植木等)

要は、即答を期待しないほうが気が楽になるのだよ。
・・・おっと、格言しちまったい。

選挙教団

檀家の元特攻隊員のジイサンが火を噴くように息巻いた。
「朝っぱらから腹が立ってしょうがねえ!」
おいおい、いきなりなんだよ。奥さんの十三回忌の相談を
しに来たんじゃないのか?
「いや、近所の若い嫁さんなんだがね、その女、いつもは
無愛想で挨拶もしやしねえのに、今朝ゴミ捨てに行ったら、
にこやかにオハヨウゴザイマスときたもんだ」
結構なことじゃないの。老けセンって流行ってるらしいぞ。
「なんだか知らねえけどよ、あろうことかこの俺に向かって、
お父さんお元気ですか?とヌカしやがった」
ほー、ますます期待出来るじゃない。
「あんな娘もった覚えはねえ!和尚も知っての通り、俺は
町内の “お稲荷さん” の掃除当番を仕切ってるが、あの
家は一度だって手伝ったこたねえ。ふざけやがって!」
そうか、あそこの嫁さん、学会か。
「いつかそれで文句言ったら “信仰は自由です” とかワケ
わかんねえことホザキやがる。自由と掃除当番は別だろ」
うん。選挙が近いから急に愛想良くなったんだな。

ワシはその女性についてある程度知っている。
姑と不仲で、しかも軽度障害児を抱え、夫はリストラに遭い、
それまで一般的なサラリーマン家庭で育ち普通に女子大を
出て普通にOLをし、結婚した彼女にとっては、人生で経験
する初めての苦労であった。
まさに、『病・貧・争』を狙うカルトの典型的パターン。
団塊ジュニア世代の彼女は育った家庭に宗教的雰囲気が
まったく無く、神棚も仏壇も知らないまま大人になった。
そのため哀しいことだが、格好の餌食となった。

カルト団体には新規来訪者を接待するマニュアルのような
ものがあり、苦悩を抱えた人を、下にも置かず歓迎する。
「私たちは貴方を待っていました♪」
悩んでいる人は揺れている。その揺れを止めるには思考を
型枠に嵌めればよい。枠に嵌まれば揺れなくなる。
揺れなくなった人は、救われた!と勘違いするのである。

「あの嫁、最後に “ヤノは地獄へ落ちますよ” とか言ってた
けど、そりゃどこのどいつだい?」
功名党の元委員長。学会に反旗を翻した人物だな。

「なんだ、それなら極楽往生間違いなし、じゃねえかよ☆」
元特攻隊員のジイサンは、笑いながら去って行った。

「宗教の時代」に

じつに馬鹿げた話なのでおおやけにするのは控えるつもり
だったが、ある意味で日本人の宗教観全体にも関わること
なので、書こうと思う。
今月はじめ、インド中央ナグプール(南天龍宮)でのこと。
かの地には日本の法華宗系大寺院がある。
年中行事の『アンベードカル転法輪祭』に際し、その寺院を
出発点として、法華大行進が行なわれる。
「なんみょーほーれんげーきょー」
現地インド仏教徒が団扇太鼓を叩き、唱題の声も高らかに
行列を成して練り歩く。 佐々井秀嶺師は若いころ、日本山
妙法寺に居候していたこともあって、彼らを先導する。

無論、すでにインド国籍の佐々井師は、
「ナモサッダルマプンダリーカスートラーヤー」
と梵語でも唱える。当たり前だ、仏教の故国なのだから。
不肖このワシも、日印往復十七年になるが、いまだかつて
一度たりともインド人の前で “南無阿弥陀仏” と称えたこと
などない。当然、ナモアミターバブッダーヤー、である。
本家を立てるのが分家の礼儀、と思うからだ。

それに、ワシと弟弟子のM君(真言宗)は、インド仏教徒の
家庭で読経を頼まれると、彼らの気持ちに沿うように、
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
と、自然に唱える。彼らにとっては、聞いたことある日本の
お経、といえば題目なのだ。いわば、カラオケで知っている
歌をリクエストする、みたいなものである。
「念仏無間と真言亡国だけどね」
ワシらは、日蓮上人の『四箇格言』を引いて、笑い合う。

そんな南天龍宮へ、今年の大行進に参加すべく、法華系の
某僧侶がやって来た。
出迎えのため国内線空港まで佐々井師のお伴をしてワシと
M君は向かった。 そして某僧を乗せ、市内へ戻る車中での
こと。いきなり、初対面で “宗論” を吹っ掛けられた。
「インドから阿弥陀信仰を無くさなくては云々」
なんだ、法華原理主義者か。
ここはインド!ブッダの国で宗論などすべきではない!
一仏乗!(仏教はひとつ、という意味)
そう言って、ワシは議論を打ち切ったが、正直、キレてた。

無視するべきだったのだろうが、売られたケンカを買わぬは
負け、とつい反論してしまった。馬鹿げた話である。

まだまだ修行がたりませんなあ。反省。

アンベードカル祭

去る10月12日の日曜、東京都町田市民ホールにて、A.I.M.
(Ambedkar International Mission)の主催により、わが国で
初めての『アンベードカル転法輪祭』が開催された。

五十二年前、インド中央ナグプールで行なわれた仏教復興
宣言ならびに集団改宗式を記念する式典である。
日本の大手マスコミが、政治的背景の上に垂れ流している
紋切り型な「インドの顔」ではなく、素顔のインド、そして真の
意味での日印交流が、ほがらかに突き抜ける笑い声と共に
会場を満たした。

まずはパーリ語の『三帰五戒』を全員で誦し、式典開始。
アンベードカル博士が示した仏教精神による平和と人権に
関するレクチャーでは、インド人得意のCG技術を駆使した
映像がスクリーンに映し出される。さすが、IT大国。
粛々とした進行は、やがて後半のお楽しみコーナーに至り、
大爆発☆。『チーム対抗!仏教クイズ合戦』だ。
しかもその問題たるや、超マニアックなレベルで、もしここに
日本の仏教系大学に通う僧侶見習いの現役学生がいたら
大恥を掻くほど(いや、ワシもだ)、難問のオンパレード。
たとえば、
「お釈迦さまのお母さんの実家のお父さんの徒名は?」
「お釈迦さまの二番目の家庭教師の苗字は?」
「少年時代、お釈迦さまが虫の死を悲しまれた種蒔き祭りは
当時の名称でなんと言うでしょう?」
・・・知るか!ンなもん。

「正解は、せっかくだから和尚に答えてもらいましょう♪」
余計な事を言うあんちゃんがいて、困った。
あ、あはは。ワシが答えちゃったらシャレにならんだろ、本職

なんだからさー。それに今日は、君たち在日インド仏教徒が
主役なんだし。へらへらへら。(冷や汗)

ワシと写真家:山本宗補氏のほかにも日本人参加者がおり、
和服姿のきれいどころも登場して、図らずも『日印美女対決』
という、嬉しいオプションまで付いた。(功徳ですなあ)

式典終了後、町田駅前の某インド料理レストランにて会食。
が、インド人店員の無礼に、ぶちギレそうになった。
あんな態度は普段、日本人客には絶対していないはずだ。
まさか、と思いたいが、ヒンドゥー教では口に入れる物を作る
職業は神聖視され、高位カースト者が多い。
日本に来てまで仏教徒を差別したのだとしたら・・・。

それでも、インド仏教徒たちは、さわやかであった。
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『破天』再刊!

『破天』再刊!
長いあいだ再刊が待望されていた山際素男氏による佐々井
秀嶺師の評伝小説『破天』が、光文社新書から10月17日
いよいよ発売される。
巻頭には今や人気絶頂の若手評論家、宮崎哲弥氏が一文を
寄せている。再刊に当たって、光文社の副編集長:小松氏が
みずからインドを訪れ、佐々井師に直接、新書版を贈呈した。
写真は、手渡された『破天』を早速読み耽る佐々井秀嶺師。

物語の主人公が自分の物語を読む之図。

折り鶴

折り鶴
コミュニケーション・ツールとして外国語能力が必須なのは言うまでもない。
だが、時には言葉以上に心を通わせる行動もある。
インド仏教会本部がある寺院の前でポケ〜っとしていたワシに、三人の孫娘を連れたおばあちゃんが話し掛けて来た。
「紙の鳥の作り方を教えてくださいな」
聞けば、以前、佐々井師を訪ねて来た日本の尼僧さんがいて、その人は英語もヒンディー語もまったく喋れなかったが、美しい鳥を紙で作ってくれた、という。おそらく折り鶴のことだろう。
「そのとき作り方を教わったんですけど忘れてしまって。孫たちに作ってやりたいので教えてくださいな」
日本人なら出来るだろう、と言うわけだ。リズム感のない黒人、嘘をつかない中国人がいないように、手先の不器用な日本人はいないと思い込んでいるらしいが、大きな間違いである。自慢じゃないがこのワシは、鶴が折れない。紙飛行機だって、飛行能力を除外した独創的なものしか作れない。
おばあちゃんから何度も懇願され、仕方なく新聞紙を使って挑戦してみたが、出来ないものは出来ない。酷暑の国で汗だくになりながら悪戦苦闘。結局、完成したのは、謎の現代彫刻であった。
それでもおばあちゃんと孫三人は、合掌礼拝して
「ダンニャワード(ありがとう)」
と言ってくれた。本場仏教徒の慈悲心に救われ、かえってつらいワシであった。

学ぶ喜び

学ぶ喜び
ナグプール市における就学率はインド全体から見て、高い。それは仏教復興の父:アンベードカル博士による差別解放と、佐々井秀嶺師の生命を賭した尽力によるものだ。
かつては、差別する側もされる側も、
「畜生ふぜいに読み書きは要らない」
と、就学の機会どころか、必要性すら踏みにじられて来た。
今、その子らは学びの喜びを知り、人間としての誇りと笑顔を取り返した。
小さなブッダたちは、今日も元気一杯、やんちゃにはしゃいでいる。

平和

平和
幽閉暮らしの日課といえば、毎日必ず起きる停電と断水に備え、ケータイの充電と生活用水の汲みおき。うっかりすると自分の大小便の臭いに悩まされることになる。
そんなある日、佐々井師から外出のお誘いを受けた。
「街は危ないが、田舎のほうは暴動の恐れがないので、村を廻ろうと思う。ついて来なさい」
大喜びでお供をさせて頂く。寝泊まりしてるのは市街の貧困層居住区なので、いわば暴動の中で大小便の心配をしてるようなものだった。
村では、佐々井師を慕う仏教徒たちが、次々と先を競うようにして拝礼した。
陳腐な言い方ではあるが、平和というものの意味を改めて考えさせられた。

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