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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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折り鶴

折り鶴
コミュニケーション・ツールとして外国語能力が必須なのは言うまでもない。
だが、時には言葉以上に心を通わせる行動もある。
インド仏教会本部がある寺院の前でポケ〜っとしていたワシに、三人の孫娘を連れたおばあちゃんが話し掛けて来た。
「紙の鳥の作り方を教えてくださいな」
聞けば、以前、佐々井師を訪ねて来た日本の尼僧さんがいて、その人は英語もヒンディー語もまったく喋れなかったが、美しい鳥を紙で作ってくれた、という。おそらく折り鶴のことだろう。
「そのとき作り方を教わったんですけど忘れてしまって。孫たちに作ってやりたいので教えてくださいな」
日本人なら出来るだろう、と言うわけだ。リズム感のない黒人、嘘をつかない中国人がいないように、手先の不器用な日本人はいないと思い込んでいるらしいが、大きな間違いである。自慢じゃないがこのワシは、鶴が折れない。紙飛行機だって、飛行能力を除外した独創的なものしか作れない。
おばあちゃんから何度も懇願され、仕方なく新聞紙を使って挑戦してみたが、出来ないものは出来ない。酷暑の国で汗だくになりながら悪戦苦闘。結局、完成したのは、謎の現代彫刻であった。
それでもおばあちゃんと孫三人は、合掌礼拝して
「ダンニャワード(ありがとう)」
と言ってくれた。本場仏教徒の慈悲心に救われ、かえってつらいワシであった。

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コメント

それは残念!
鶴は基本ですってば~和尚様~(;。;)これを機会にマスターしてくださいな。コツさえ掴めば器用不器用はあまり問題ないですよ。
最近の日本では、手仕事をしない出来ない親が増えたせいか、折り紙すら遊びではなく教育のツールとして祭り上げられています。裁縫も然り。もはや家事ではないんですよ。手仕事が日常ではなく教育や趣味の括りになってるなんて、なんか違うんだよね~イライラ。

〉HIROMI様
ぐすん。(T_T)そう言わないでくだしゃんせ。超合金Zのボディーにガラスのハートを潜ませたワシの、唯一致命的な弱点は、綾取りや折り紙など手先の作業なんでしゅから。小学校の家庭科で「運針」の宿題が出されたとき、ウンコを拭く雑巾のことだと思い込み、わざわざ家にあった古雑巾で野良犬の落とし物を丁寧に包み、それを教室に持ち込んで、クラスを大混乱に陥れたのは、このワシなんですから。

うぇーん和尚様ごめんなさい!繊細な(はあと)を傷つけてしまって…
確かに小学生の頃、家庭科の先生が「運針」と言うと私らガキどもが「うん○」とオオウケ。だけど「現物」を持っていく発想はなかったなあ~恐るべし電脳君!! 私が先生だったら一生忘れない生徒ですね!

(笑)ひとまずは御元気そうでなによりです。

折り紙も折らないと忘れていきますね。

実は私にとってもタイムリーな話なのですが、先日お茶のオマケについていた小さな折り紙を発見し、久々に折鶴を折ってみました。

一度間違えて鶴がアヒル(てかカモ?要は不恰好なもの)になってしまいましたが、二度目の挑戦で成功(笑)

まぁ折り紙はできなくても問題なさそうですが、当たり前にできそうなこと(例えば挨拶)でも、習慣にしなくては咄嗟の時に出てこなくなったりしますから気をつけないといけませんね。

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