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宿命の対決

来月の上旬、仏教関係の会合で岡山へ行くことになった。
インド中南部マンセルに佐々井秀嶺師が発見した大乗仏教
発祥の地:南天鉄塔遺跡、および大乗仏教の創始者:龍樹
(Nagarjuna) の法城発掘と観光開発に関し、今後の具体的
活動を話し合おう、という宗派を越えた一大プロジェクトだ。
が。ワシ、恥ずかしながら岡山県へ行ったことがない。
岡山と聞いて、つい反射的に「もみじまんじゅう」を想起したら
それは80年代MANZAIブームのB&Bのネタで、広島出身の
洋七が岡山出身の洋八に郷土自慢をするギャグだった。

で、OKAYAMA。たしか、桃太郎伝説のメッカだ。
わが横浜の浦島太郎伝説と双璧をなす昔話のスタンダード。
すなわち、桃ちゃんと浦ちゃんは、星飛雄馬と花形満のごとき
宿命のライバルなのである。
そんなこと考えつつ、人生初の『岡山行き』を計画していたら、
妄想に取り憑かれた。浦島がワシに愚痴るのである。
「和尚、むこうで桃君に会ったら、きつく注意してやって下さい。
どうも最近の彼は勝手に “日本一” の旗とか立てて、ちょっと
天狗になってるようです。普段はメガネなんかしないくせに」
あ、そ。言っとく。そして場面は急転、桃との会見。
「冗談じゃないっすよお、こっちはもう命がけで、鬼ケ島へ突撃
したんすからね。 犬と猿はまあ戦力になったけど、あとはキジ
ですよキジ。万一、戦況不利になったとき鬼の大将へ献上する
和睦工作なんすから。キジ鍋でもどうぞ、って」
そこへなぜか、浦島乱入。
「きみぃ、動物を危険な目に遭わせんじゃないよ。僕なんて亀を
救助したグリーンピースさ。 分かったかね?ピーチ少年

「ひとを童貞みてえに言うんじゃねえ!」
「それはチェリーだ」
「うるせえ! こちとら生まれた瞬間からあわやババアに包丁で
真っ二つにされかかったんだ。しかも鬼ケ島大戦争へ
出征して
見事に勝ったんだぞ。 てめえなんざとはくぐった修羅場の数が
違うってんだ、この亀頭小僧!」
「でも敵地から略奪した戦利品でリッチに暮らしてたんでしょ?
これだからウヨクはやだね。戦争責任から目をそらす」
「なさけねえ。反論に詰まればすぐ責任と反省を持ち出すのは、
思考停止サヨクの幼児性。ちったあ成長しろや」
「ねえ和尚、やっぱり恒久平和と動物愛護ですよねえ」
え? ワシにふるか、そこで。
「きたねえぞ浦ビデオ!だいたい、自国民が拉致されてるのに
話し合いで解決しましょうって、相手は鬼だぞオニ!」
「不殺生非暴力はダライ・ラマ法王も仰ってますもんね、和尚」

・・・うーん。この勝負、浦島の負け、だなあ。
口ではきれいごと言いながら、じつは『キャバクラ乙姫』で接待
受けてたんだから、ぜんっぜん説得力ねえし。

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コメント

最近サヨの方々が口々に「日本国民の右傾化」を叩いていますねぇ。

叩き方も色々ですよね。直接反論すると負けますから、愛国者のフリをして反日左翼的思想に扇動しようとする者や、情に訴えて反日左翼的思想に考え方を改めさせようとする者。それに乗せられてしまう方々も若干いらっしゃるのがなんだかなぁ…って感じですが。

平和主義なのは良いことですよ。けれど、平和主義的思想を「反日の言い訳・侵略の言い訳」にはして欲しくないですね。

>山犬様
実際、童話『桃太郎』についてサヨの一部には、主人公が男子なのは性差別だからジェンダー・フリーの観点に立って「桃から生まれた桃子ちゃん」にすべき、とか、鬼ケ島の鬼退治は異民族排斥と戦争礼賛を子供に刷り込む恐れがあるから「鬼ケ島では仲直りしてお友達になった」に変えるべき、とかいうアホな意見が実在するんですよ。しかし戦前の小学校教育では、例えば三匹の動物について、それぞれキジ=智/犬=仁/猿=勇、すなわち「智仁勇」の三徳を比喩的に表わしたもの、とちゃんと教えていました。どっちが教育的か、言うまでもないことですよね。
( ̄ー ̄)ニヤリ

今日、参観日で小学校に行ってきました。教室はカーペット敷きで、ドアも壁もないアメリカかぶれの「オープンスクールスタイル」とかいう学校です。そこで観た授業のひどいのなんの。子供たちは研究発表とやらで、机をどけてカーペットに「直に」座って発表を見ます。公私の区別がまるでついていないのか、激しく私語はする、隣と小突きあう、だらしない姿勢…やっぱり、ああいう環境じゃ、子供はまったく緊張しないからおのずと授業態度は乱れるよねえ。学校がこんなだから、日本の将来が思いやられます。

〉HIROMI様
今、映画館に来ています。アメリカの「愛国心」が生み出す狂気の一端を描いた『リダクテッド』を観に来ています。アメリカの初等教育(べつに合衆国だけではなく国際標準ですが)と日本のそれとの決定的な違いは、「超自我(superego)」の存在を前提にしているかどうか、にあると思います。米国の場合、開拓精神と自由と民主主義、それを象徴する星条旗を御本尊と仰ぐ「アメリカ真理教」が合衆国民の超自我なわけです。かつての日本は、家族→友人→地域→地方→国家という共同体と、それを肉現化した天皇を御神体とした「やまとごころ」が超自我でした。今日の学校教育は、あらゆる超自我を排除し、なんら文化的理性的拘束のないところでアメリカ真理教を布教し、児童を洗脳している。ワシが「三発目の原爆」と学校教育を呼ぶ理由は、そこにあります。

なんだか最近の教育界は強い「超自我」は、神経症や不安恐怖を引き起こし精神的萎縮の原因になる、といったマイナス要因ばかりを強調し、意図的に排除しようとしているフシがあります。頭悪すぎですよ!「飯を食うとメタボになるから食わない!」というのと一緒です。これを思考停止と言う。
強い超自我とバランスを取れる自我を育てるのが教育だと思うのですが!
世間一般で言われている「悪事」は、普通、突然わけもなく湧き上がってくる罪悪感によって制御され、大抵は防御されるものです。この「わけもなく湧き上がる」、というのが大事で、理屈ではありません。「湧き上がる罪悪感」は、小さな時から繰り返し刷り込まれる以外に身につかないと思います。
参観では、傍若無人な子供たちを見て微笑んでいる母親多数。ガチでハラワタ煮えくり返りました。授業が終り、わが子に「発表はよくやってたが、あの姿勢は良くないな。立つときは後ろに寄りかかったらアカン」と注意しました。わが子は、「みんなそうなのに、私だけじゃないもん」というような不満顔。まったく、規範意識が低すぎるんだよ!


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