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2008年11月

紅蓮天竺

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インド西部の大都市ムンバイ(旧ボンベイ)で26日夜、同時多発
テロが発生。邦人1名が搬送先の病院で死亡、1名が負傷する
など、外国人を含む約100名が死去、350名が重軽傷を負った。
声明を発表した「Deccan Mujahideen(デカン高原の聖戦士)は、
マハーラーシュトラ州を拠点とするイスラム教過激派組織。
裕福で高学歴なイスラム教徒子弟を軸とするテロリスト集団だ。
犠牲者の中に対テロのスペシャリストたる高位の警察関係者も
いたことから、報復的要素が強いものと見られる。
また今回、惨劇の場となったのは、外国人が多く利用する高級
ホテル(Taj、Oberoi)であり、現地目撃者の証言によれば、
「まだ幼さが残るふたりの若者がレストランにやって来て銃撃を
開始した。彼らは外国人客にアメリカやイギリスのパスポートを
出すよう、さかんに要求していた」
このことから、渡米・渡英をして更なるテロを画策していた、とも
考えられるが、もうひとつ重要な点を指摘しておく。

インドを代表する超高級二大ホテル、タージ・マハルとオベロイ・
トライデントが標的にされたことだ。
そう、いわばインドの「Twin Tower Building」なのである。
テロリストが描いたイメージのなかに、あの『9.11』があったことは
想像に難くない。
さてこの二大ホテル、いくら右肩上がりのインドでも、中流程度の
経済力では自費で泊まることは困難。それほど高い。
例えば、同じマハーラーシュトラ州にあるナグプールの仏教徒が

家族全員の一年分の生活費を注ぎ込んだとしても、一泊料金に
満たないどころか、一人分のディナー代にも達しない。

経済成長は必然的に経済格差を生む。
しかも、インドには『カースト制度』が存在し、富者はあくまで富み、
貧者はあくまで貧しい。そのカーストはヒンドゥーの教義に由来し、
多数を占めるヒンドゥー教徒に対して、イスラム教徒はminorityの
立場に置かれている。 実際には、仏教徒よりもずっと人口が多く
社会的影響力の強いコミュニティーを有するが、 イスラム過激派
にしてみれば、「邪教の支配を覆せ!」ということなのだろう。
みずからの邪悪を棚に上げて。

犠牲者の御冥福をお祈りします。合掌。南無阿弥陀仏。

荒唐無稽

このところ身内ネタが続いたので久々に天下国家をば。
麻生内閣(そう呼ぶに値するかどうかは措く)をひと言で
いえば、荒唐無稽型自滅政府、とワシは断ずる。
テレビCMまで打って「景気回復」を連呼しているがその
内実たるや、水さえ与えりゃ雑草は満足する、と国民を
小馬鹿にしているだけではないか。
教育改革はすでに終わったつもりなのか。水だけ与えて
伸び放題、荒れ放題の原っぱにしておいていいのか。
なるほど景気回復も重要だが、回復したとしてその後に
どんな日本像を描いているのかが問題だ。
またぞろバブルよろしく「カネ持ちの馬鹿」を量産すれば
それでいい、と思ってるようにしかワシには思えない。
おバカタレントが群れて歌う“頑張れ日本”と同じ程度の
意識でいるのなら、自滅政府と言わざる得ない。

「日本を強い国にする」
安倍内閣の「美しい国」と抽象の度合いは変わらぬ。
一体、何に対してどのように強くしたいのか。
北朝鮮による拉致事件にしても、卑劣な誘拐犯の顔色を
伺うばかりで、救出しよう、という具体的行動はない。
初の黒人米国大統領が親中・親朝になる可能性が濃厚
であるなら、本当の意味で「強い国」とならなくては国民の
生命を犯罪者の手にゆだねることになる。
強い、と乱暴は違う。武に勝る文を揮うのが、強い国だ。
拉致工作員の跳梁跋扈を許しながら、国籍法を変えよう
などと、真っ当なおつむの沙汰ではない。
しかも国籍法改悪の裏には、某カルト政党の思惑がある。
日本人男性信者が、自己申告をしただけで外国人子弟を
“わが子”と認定出来るようにする、それが奴らの狙いだ。

加えて、在日信者、長期滞在外国人信者に地方参政権が
与えられれば、早晩、カルトが天下を取る。

「王仏冥合(おうぶつみょうごう)」
おおかたの健全な日本人には聞き慣れない言葉だろうが、
意味は、カルト教祖が国家元首となれば日本は理想の国
になるということ。くれぐれも、荒唐無稽と笑うなかれ。
現行の連立政権は、かかる狂信的妄想を奉る団体の票を
借りて成り立っているのである。
強い国、を言う総理大臣閣下は、カルトにゃ弱いのである。

ワシの言うことが荒唐無稽であって欲しい、と真に願う。

『未来を写した子供たち』

『未来を写した子供たち』

映画『未来を写した子供たち』を観に行った。
インド東部の都市コルカタ (旧カルカッタ)の売春窟で暮らす
子供たちを活写したドキュメンタリー作品だ。
“ブッダの国”の裏社会に生きる少年の姿を描いた名作には
ミーラー・ナーイル監督の『Salaam!BOMBAY』 (必見☆)が
あるが、この『未来を~』は赤線地帯の子供らにインスタント
カメラを持たせ、彼らの目と感性に任せて、みずからの生活
風景を撮らせることで、劣悪な環境に生きる子供たちに表現
する
喜び(=未来)を伝えようと試みている。
監督は、Z・ブリスキとR・カウフマンの両氏。ブリスキ女史は
みずから売春窟へ飛び込み、子供たちと膝を交えて写真の
撮り方を指導し、また同時に彼らの進学問題にも取り組む。

インドを知る者なら思わず苦笑してしまう場面があった。
入学に必要な提出書類を巡っての、すったもんだ。
「来週また来てくれ」
それを毎週聞かされて堪忍袋の尾が切れたブリスキ女史は、
とうとう激昂して、責任者に詰め寄る。すると、
「まぁ、一ヶ月後・・・ですね」
世界に冠たる“IT大国”の、これが真の姿である。

本編中でも少し触れられていたが、ヒンドゥー教には先祖代々
売春をなりわいとするカーストがあり、その階級位置は決して
低くない。だからといって、「神の御名」において人間の一生が
決め付けられていいはずがない。

かの国の『宿痾』とも呼ぶべきこの悪魔の制度に、真っ向から
戦いを挑んでいるのが、日本人僧:佐々井秀嶺師である。

映画終盤、子供たちはそれぞれの日常へ帰っていく。
やはり彼らのほとんどが、売春窟での生活に戻ってしまった。
エンド・ロールの後、再び子供たちと歩き出すブリスキ女史の
後ろ姿が、まるで菩薩のように見えた。

余談。 映画館の受付で、関連書籍として山際素男氏の名著
『不可触民と現代インド』(光文社新書)が販売されていた。
こちらも必読☆

『真剣』

友人のテレビマンと編集者の紹介で、試斬居合道の師範と
知り合った。先日、その道場を見学に行った。
正直に言うと内心は少々ビビッていた。師範の指導方針は
一定の段階に達した門下生に真剣を持たせること、そして
実際に斬らせること。とはいえ、もちろん「斬る」のは茣蓙を
丸めた仮標。しかし、太さや強度は人体を基にしている。
ワシのようなおチャラけた生臭坊主がヘラヘラ近寄ることは
許されない気がしたのだ。

約束の時間に訪ねると意外や意外、道場は和気あいあい。
師範は門下生らとチームのメンバーのように接し、想像して
いたような体育会系 “シゴキ道場” とはまったく違った。
だが本稽古に入った途端、空気は一変した。
まず師範が基本の型を行ない、門下生がそれに続くのだが、
師範の発した気合いは、まさに“神境”であった。

以前、これに似た大音声を聞いたことがある。
インドの佐々井秀嶺師が信者に頼まれてお祈りをする際に
唱える、「南無妙法蓮華経」がそうだ。
佐々井師の唱題は一種独特で、小さく「南無」のあと渾身の
気合いを込めて「妙」、そしてまた小さく「法蓮華経」。
しかもその「妙」たるや「うおぉっ!」に聞こえるほど凄まじく、
インド仏教徒の魂の奥底へ届く“仏声”である。

道場で拝見した居合の技で、特にワシの心をとらえたのは、
介錯(かいしゃく)。すなわち『首斬り』の技だ。
前後の所作の美しさは、死を前にした者への礼節と慈悲に
満ちあふれ、ひとたび振りかぶると一刀両断。
おそらく斬られた者は、痛みも痒みも感じないことだろう。

「持ってみますか?真剣」
師範に勧められて手にしてみる。その瞬間、電撃が走った。
これは自分を斬る(=律する)ものだ、そう直感した。
次いで、正眼の構えを真似た時、これは合掌だ、と思った。
考えてみれば、試合も合掌も「手を合わせる」という。

合掌とは、自分を斬る真剣なのだ。
敢えて言うまでもないが、キャバ嬢がブランド物をおねだり
するポーズではないのである。(介錯してもらえッ、ワシ!)

『真剣』 光文社新書 黒澤雄太著 定価760円税別
師範の仏教に対する深い造詣に裏打ちされた必読の一冊。
巷に氾濫するなまじの仏教書よりずっと言葉が活きている。

テロと呼ぶな!

元厚労省事務次官とその家族が殺傷された事件について、
一部のマスコミは「テロか?」と騒いでいる。
どこまで品性下劣な奴原か。田母神叩きが飽きられて来た
頃合いのニュース(=商品)に、おおはしゃぎをしている。
あれはテロではない。凶悪殺人、それだけだ。
terrorism とは恐怖を用いて社会を裏側から支配し、異なる
主義主張を抑圧する手段を謂うのである。
だが『9.11』以後は、軍事大国と正面切って戦争する軍備を
持たない集団が、命がけで凄惨な方法に訴えざるを得ない
場合も含まれるようになった(自爆テロ)。

まさか誤解する向きはいないだろうが、ワシはテロリズムを
擁護しているわけではない。
ブッシュという史上稀に見る大馬鹿大統領の愚策によって、
今日の時代言語の中で「テロ」なる言葉の周辺には、どこか
タークサイド・ヒーローのような響きが付加されてしまった。
「テロとの戦い」
世に流布するこの言葉がどれほど異常か。テロは犯罪だ。
刑事警察が担う分野であり、戦争という国家間の武力外交
とはまったく次元が違う “事件” なのである。
それに対し、アメリカが国を挙げて兵力を差し向けたことで、
「強者に抗う勇敢な弱者」
といった、ある種の判官贔屓な空気まで生まれてしまった。

合衆国が報復戦争に打って出た際、わが日本には、
「戦争は強者の論理です!」
などと、間抜けな言辞を垂れ流す自称平和主義者がいた。
テロは弱者の論理である。自分は正しい、だけど弱い、弱い
からルール違反をしてもいい、なぜなら正しいからだ・・・。

これが、テロリストの思考回路である。
ひらたく云えば、ストーカー体質みたいなもんだ。
僕は彼女に惚れている、彼女への思いは誰にも負けないが
金も無ければ力も無い。だから嫌われても彼女を電柱の影
からずっと見守るし、ゴミの日に生理用品を漁るのも彼女を
ヘンタイから守るため。だって愛しているのだから・・・。
(生々しい描写だがワシは経験者ではない。念のため)

今回のような事件を起こす卑怯愚劣な輩にとって、てめえの
凶行を「テロ」と呼ばれることは、まさに快感であろう。
なんか出世した気分にでも浸っていそうだ。
既に退官した元事務次官や、年金問題とは無関係な奥様を
巻き添えにする外道の凶行は、テロと呼ぶにも値しない。

あれは、ひとごろし、だ。

新宿夜話

先週末、知人らとの会合で久々に新宿へ飲みに行った。
集った顔ぶれは、写真家、テレビマン、編集者、ヨガ教師、
居合道師範、そして坊主と多種彩々。加えて、才色兼備の
奥様方も花を添えて下さり、愉快で賑やかな宴となった。
みな、直接或いは間接的に佐々井秀嶺師と出会い、師に
魅かれたひとたちである。師との関わり方はそれぞれだが
全員に共通するのは “行動のひと” という点だ。
座して口舌を弄ぶ奸智狡猾の輩とは無縁な、身体言語で
思考する者たちが、新宿二丁目を梁山泊として邂逅した。

初めて面識を得たヨガの先生は、物静かで温和な人柄。
居合道師範はイケメンだが、やはりさすがスキがない。
ヨガも武道も、『気(=プラーナ)』を肝要とする世界だから、
おふたりの周囲には独特な空気の流れを感じた。

しかし思った。なぜこの場に、坊主がワシしかおらんのだ。
もちろん、佐々井師を支援する日本の僧侶はいる。
とはいえ圧倒的多数派は、仏教の故国:インドでまさにいま
仏教が復活し、その先頭に立ってブッダの国の民衆と泣き
笑いを共にしながら身を捨てて邁進する日本人僧侶がいる
ことに、同じ仏教、同じ日本人でありながらまったくと言って
いいほど無関心である。関心がないだけなら改善の余地も
あろうが、知っていて無視する坊さんさえいるのである。
狭隘な宗派根性と所属教団への忠誠それに既得権益への
執着が、アイデンティティーになってる坊さんが多いのだ。

一次会解散後、テレビマン氏とふたりでゴールデン街へ。
ワシの世代だとこの路地は、反権力の酒に酔う青年男女が
政治を語り、文芸を論じ、アングラ演劇や暗黒舞踏にのめり

込む、いわば裏側の世界への入り口であった。
「最近はそおゆうヒト、いませんよ」
テレビマン氏に連れられて、角のカウンター・バーへ入る。
「ここのオーナー、カンツォーネ歌手なんですよ」
しばらくすると店主登場。マスター、いや、ママなのか?
「いらっしゃ~い♪あっら☆こちらオハツ?」
口髭をたくわえ、見るからにマッチョでフレディー君な店主は
文字どおり、二丁目のひと、だった。
「はじめてのお客さんにお願いしちゃってもいいかしらン?」
店主、いきなりジーンズの腰をくねらせ尻を突き出した。
ちょちょちょちょっと待って!まだ心の準備が。それにさっき
トイレでクソしたときちゃんと拭いてなかったかも知んないし、
こんなかたちで初体験迎えるなんて衝撃が強すぎて・・・!
「うふ♪商売繁盛☆お席つめてくださるン?」
あ。そっちすか。ワシてっきり大事なものを奪われるのかと
思っちゃいました。わはは、わは、はわ。(安堵)

深夜の新宿、モーホー系の店主が絶唱するカンツォーネを
超至近距離で聴かされたワシは、臨死体験をした。

今年の漢字「聲」

コネタマ参加中: 2008年「今年の漢字」、あなたは何にする? イベントも開催!

はや一年を振り返る時期が来たかと思いつつ、今年の漢字。
ということで、ワシは『聲(こえ)』を推します。

金八先生風に講釈すれば、新字の「声」にはない「耳」の字が
入っていることが重要なわけです。
どんな声も、誰かの耳に届いてこそ、その思いが伝わるもの。


坊主の身としては、なんと云っても世界の目がチベット問題へ
向けられたことですね。それまでは日本のお寺さんでさえ、
「チベットってアルプスにあるんだっけ?」
「中国が侵略?嘘でしょ。四千年の歴史ある国なのに」
「その “ダマイ・ララ” って何宗のお坊さん?」
てな脱力リアクションが返って来るような情けない状況でした。

それが、三月十四日の『ラサ大虐殺』、四月二十六日長野県
善光寺を襲った『紅旗ノ乱』、そして八月の北京五輪開催。
お茶の間レベルにチベット問題が知れ渡りました。

遡れば昨年九月、ビルマで日本人ジャーナリスト長井健司氏が
ミャンマー兵士に背後の至近距離から射殺された事件、つまり
軍事政権の圧政に苦しむ民衆のため、仏教僧が立ち上がった
あの出来事が、五十年の長きに渡って中国共産党から植民地
支配を受けてきたチベット仏教徒に、決意の蒼き炎を灯したの
でしょう。
民衆のあげた声が、世界の耳に届いたわけです。

また、食の安全不信や数々の偽装捏造が発覚したのも、声が
耳に届いた結果。黙っていては、真実も闇の中ですからね。

今年の漢字をワシが選ぶとしたら、、ですね。

なまぐさ漫談

政府が一万二千円くれるってね。実際には、来年三月以降の
支給になるそうな。その前に解散総選挙でいまの連立政権が
倒れたら、カラ手形になるんだろか。
功名党が連立続行の条件に出した『定額減税』が名を変えた
だけなんだから、当然、支持母体のカルト教団信者は、全額
寄付するんだろうね。信者と書いて「儲け」と読む理屈。
時を同じくして最大野党がテロ特措法延長に合意したのには、
ウラがあるとワシは見るね。
海の向こうでは、初の黒人演歌歌手じゃなくて大統領誕生。
イラク撤退とアフガン増兵、これが彼の政策だ。
洋上給油活動は、言わずと知れたアフガン戦争の後方支援。
定額給付金と初の黒人大統領とテロ特措法。じつは、みんな
つながっているわけさ。功名党が定額減税を言い出したのも、
もとはといえば、
「ノーベル平和賞を受賞すべき名誉会長の御心に背いてテロ
特措法延長に同意した党幹部は誅すべし!」
みたいな猛反発が、カルト信者青年部から上がったことへの
消火活動。火に油を注ぐわけにはいきません。(お粗末)

で、定額給付金。ワシはどうしよ。
むかし “飲む打つ買う” を覚え始めた年令の頃、
「あぶく銭は、あぶくで消すもの。貯めようとすれば、かえって
損するハメになる」
と、先輩から教えられたものだ。悪銭身につかず、の道理。
不労所得の課税率が高いのもむべなるかな。
聖書に曰く、カエサルのものはカエサルへ、と。うーむ。

それにしても我が国の宗教界は、のどかな凪(なぎ)。
マスコミで “炎の行者” とか持て囃されてる坊さんは『9.11』の

現場で祈祷パフォーマンスなんかしたりして笑わせてくれたが、
ただ名誉欲が旺盛なだけ。 同じ仏教徒がビルマやチベットで
受けている苦難には、うま味がないから無視、と。
あるいはバカ高い広告料で大手週刊誌にPR記事を載せてる
阿呆宗の管長は、あろうことかイスラエルで平和の祈り。
おーい、そこは核保有国だぞー。パレスチナで虐殺をしている
張本人どもだぞー。現在進行形でホロコーストやってる奴らを
ナチス犠牲者として追悼かあ? 酔ってんじゃねーぞー。

さて、明日は久々に新宿で飲み会だ。
定額給付金分を先に消費して景気回復に協力して来よう♪

パンチDE坊主

告白しよう。ワシは、身分不相応な贅沢をしてしまった。
岡山からの帰途、あろうことか新幹線『のぞみ』グリーン車に
乗ってしまったのだ。いや、自慢じゃなくて。
南天鉄塔協会で御縁を頂いた真言宗の名僧方から御懇志を
賜り、つい調子コイてそのお金でグリーン券を・・・。
なんとさもしい根性であろう。罪深き我が身を呪わざるえない。

天罰てきめん、というお話。
岡山発の車内は空いていて、ゆったり優雅なひと時を満喫。
だが、新大阪に着いてから事態は急変した。
ワシは飛行機でも必ず通路側の座席を選ぶ。足を伸ばせるし
便所にも行き易いし、ワゴン・サービスにも便利だからだ。
のぞみが新大阪駅を出た直後、ワシの隣の窓側の席を買った
男性がやって来た。あわてて荷物を棚に移す。
「えらいすんまへんなあ」
ドスの利いた関西弁。見れば、パンチ・パーマに黒スーツ。
あきらかにそっち方面の関係と分かるいでたちの人物だった。
が、彼もまたワシを見て、瞬時に表情がこわばった。
(丸坊主で目付きの悪い親父やな。どこの組のもんじゃい)
四十五度に傾斜したサングラスの奥で殺気が走る。
それからというもの、両者のあいだにはアルティメットな緊張が
縦横に張りめぐらされた。うっかり咳払いもできない。
すると、黒スーツの内ポケットへ手が・・・。出るか?トカレフ!
「もしも~し。おお、ワイや、いま新幹線の中じゃ」
携帯をつまんだごつい指は、ぎょえッ、一本足りねえじゃん。
ワゴンのお姉ちゃんが来たので気分転換にコーヒーをたのむ。
(東京弁やな。この丸坊主、関東ヤクザや)
紙コップを口に運ぶワシの動きを、パンチが横目で追っている。
い、いかん。ワシ、小指「あり」だ。なんか負けてる。

ここは堂々たる態度で圧倒せねば、生命のキケンが危ない。
そうだ☆岡山駅のキオスクで買っといた駅弁を喰おう、堂々と。
おーいお茶、もある。まさに完全武装だ。
わざと大振りな動作で、泰然自若と弁当をひろげる。
『桃太郎の祭りずし』
包装はなごみ系。桃太郎&スリー・アニマルズのゆるいイラスト。
いいッ♪これはいいぞッ。空気の主導権を掌握したッ☆
おもむろに取り出した駅弁容器は、ピンク色のプラスチック製で
桃の実をかたどった保育園児用弁当箱@アダルトSIZE。
(やられたわ。この丸坊主、ただもんやないで)

パンチがそう思ったかどうかは知らないが、降車した後、ワシの
腋の下は、冷や汗でぐっしょりだった。
教訓:グリーン車は特殊な方々専用です。身分を弁えましょう。

必生のひと

必生のひと
必生のひと

岡山県の長泉寺さんを訪ねた。御住職はインドの佐々井秀嶺師を
多年に渡り支援して来られた真言宗の大阿闍梨だ。
長泉寺本堂脇には、佐々井師をモデルにした不動明王像、

『必生不動尊』
が祀られている。 必生とは聞き慣れない言葉だが、これは佐々井
秀嶺師の造語であり、必生必死という。必死の覚悟ならよく聞くが、
往々にしてただ口先だけのマニフェストに終わるもの。肝心なのは
必ず生き抜く覚悟、と佐々井師はいつも言う。
さて、不動明王像。今より少し若い頃の佐々井師をもとにしている
せいか、ほっそりと精悍で実物よりぐっと男前に見える。
紅蓮大火炎を背負う姿は不動尊の常だが、特徴的なのは右手に
掲げたのが利剣ではなく、真実法炬(たいまつ)である点だ。
「カタナってのはどうも、私はねえ・・・」
温厚な長泉寺御住職の願いが込められた尊像である。

今回ワシがこちらを訪れたのは、『南天鉄塔協会』の会合にお招き

頂いたからだ。南天鉄塔とは、紀元1世紀頃のインドで、大乗仏教
創始者ナーガールジュナ(龍樹)が、文殊菩薩から大乗経典を授け
られたという聖地。 従来、神話伝説の類と見做されてきたものが、
佐々井師の必生必死の努力によって、発見されたのである。
龍樹は『八宗之祖』と呼ばれ、日本では全ての宗派が龍樹を仰ぐ。
南天鉄塔協会の目的は、この大乗根本聖地の発掘と保存活動を
様々な角度から応援することにある。真言宗のお坊さんを中心に
しているが、もちろん宗派不問だ。
得難い縁(えにし)に恵まれて、新たな歴史の胎動を感じた。

帰路、小雨そぼ降る中、新幹線岡山駅へ。
構内の土産物屋を覗いてみると、とにっかく、
きびだんごだらけ。
いくら『桃太郎伝説』のメッカとはいえマジそれしかねーのか?って
くらい、黍団子機微談合、KEY BE DOWN GO!であった。
ワシならもうちょいヒネリを加え、鬼ケ島特製リアルHOT DOGとか、
猿モネラ菌入り毒餃子とか、キジも鳴かずば撃たれシューマイとか
開発しちゃうんだがなあ・・・誰も喰わねっか。
てなこと考えながら歩いていたら、濡れた階段で足を滑らせた。

ひえぇぇッ! お不動さまのバチが当たったぁぁぁ~ッ!!

岡山にて

岡山にて
新幹線であっという間に岡山到着。風情も旅情もへったくれもない。時間さえ許せばやはり鈍行で来たかった。などと言うのは、必ず時間通りに動いてくれるJRのおかげ。インドの鉄道なら半日程度の遅れは常識だ。さて、初岡山の記念に、駅前の「桃太郎像」をば。次は、ご当地ラーメンに挑戦だ。しかし、辛口コラムがウリのわが『てやんDay!』が、なんかOLさんの旅ブログみたいになってるなあ。

おそなえ

ご遺族の気持ちを考慮すればネタにすべきでないことは
充分承知した上で、不可解な『御供え』を紹介したい。

1.追い打ち?高カロリー系
一般的に仏前への御供えとして考えつかないメニューを
あえてチョイスしてくるひとがいる。
コンビニの「ペペロンチーノ大盛」、お惣菜屋の「豚カツ」、
ケンタやマックのバリューセット。
とりわけペペロンチーノの時はニンニクの匂いが納骨堂
全体に充満して、かなり衝撃的だった。

2.なぜ今から?ヘルシー系
内容表示が明確な健康食品だけチョイスしてくるひとも。
「乳酸菌○○億個!」
「低GI」
「カルシウム豊富で丈夫なからだ」
うーむ。これも愛情ではあるのだろうけど、なんだかなあ。
ましてやすでにお骨になってるのに、カルシウム豊富って
ブラック過ぎやしないか。

3.嫌煙反対派?でもそこは・・・
霊前にタバコを御供えするのは故人の嗜好品として別に
問題ないが、困るのは、御本尊の前にあるお線香を炊く
香炉に火をつけたタバコを立てるひと。
これ、けっこう多い。
悪意がないぶん注意の仕方にも気を遣わざるえない。
近ごろは「嫌煙」を言いさえすれば善人、みたいな風潮で
呆れるが、犯罪等、実害に結びつく危険性は飲酒の方が
はるかに高いではないか。

「あの野郎、ブッ殺してやる!」
と思って一杯飲ったら勢いがついて凶行に走るが、一服
吸ったら落ち着いて、やめとこ、と思うだろう。
まぁ、お線香を炊いて瞑想でもすればもっと良いのだが。

さて明日は岡山県へ。

『リダクテッド』

映画『リダクテッド/真実の価値』を観に行った。
鬼才、ブライアン・デ・パルマ監督が描く、対イスラム戦争の
泥沼で狂気に走るアメリカ軍兵士たちの物語だ。
これは2006年、イラクで実際に起きた米軍兵士による14歳
少女に対するレイプ殺人と一家惨殺事件をもとに作られた、
いわばセミ・フィクション作品である。
冒頭、内容について説明する監督の文章が、単語一つずつ
黒マジックで塗り潰されていく導入部に、この映画の成功を
確信した。
情報化社会に於ける弾圧とは、静かに、巧妙に、
そして丹念緻密に、一つずつ塗り潰していくものなのだ。
今年の四月、長野善光寺へ駆け付けた日本の青年たちの
義挙も、黒く
塗り潰された。もちろん、イラク市民が直面して
いる
苦難には比ぶべくもないが、 その時青年たちと一緒に
黒く塗り潰された者のひとりとして、怒りと共に
デ・パルマの
世界へと惹き込まれた。

白、黒、ヒスパニック。
イラクに駐屯する米軍兵士には、新兵もいれば百戦錬磨の
古参兵もいる。人種も違えば、入隊以前の前半生も様々。
すさまじい暑さと怠惰な監視任務が終わりなく続くサマラで、
ある日、部隊の曹長が「路肩爆弾」によって爆死する。
路肩爆弾とは、抗米イスラム過激派が一般のイラク市民に
命じ、生活ゴミを装った爆弾を米兵の周辺に仕掛けるもの。
曹長の死が隊内に狂気を引き起こす。
犯行に関与した、と濡れ衣を着せた家族を強制捜査、無理
やり父親を連行する。だが、それだけでは済まなかった。
そのとき見かけた娘を強姦するため、後日、再捜査と称して
再び押し入り、家族全員を惨殺。娘はレイプしたのち頭部を
撃ち抜き、偽装工作で遺体に火をかけた。
兵士たちはこの事件をひた隠しにするが、動画サイトで告発

する者が現れる。 しかし、良心の呵責に耐えかねた伍長の
証言も権力によって握り潰され、結局、闇に葬られてしまう。

アメリカの対イスラム戦争をアジアの視点から描いた作品に
インド映画『KABUL EXPRESS』がある。
これは、タリバン政権崩壊後のアフガンを舞台にした傑作で、
ロンドン、ドバイ、釜山、トロントなどの各映画祭で絶賛された
にも関わらず、日本ではいまだ一般公開されていない。
アメリカ制作の『リダクテッド』が上映出来て、アジアが作った
『KABUL EXPRESS』が公開されないのは、単に興行ルートの
問題だけだろうか。政治的理由もあるのではないか。

黒く塗り潰された真実の価値を、見抜く目を持ち続けたい。

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