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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2008年12月

アジアの現実

アジアの現実
今、インド中南部ナグプールでは、2006年秋に起きた『カイルランジー村虐殺事件』(ヒンドゥー狂信派による仏教徒村落への焼打ちと暴行殺人)に関する異例ともいえるスピード判決(極刑)について、刑執行停止と裁判見直しを要求するバラモンなど高位カーストによる威圧行動が激化しており、これに対抗すべく佐々井秀嶺師率いる仏教徒集団が抗議運動を展開しているため、市内を秘密警察が跳梁している模様。しかも通信が監視されているのか、電波が著しく不安定ときたもんだ。まさかこれが最後の更新にならぬことを、ブッダに念じる。
(写真は抗議集会で現地マスコミに訴える佐々井秀嶺師)

小さき神の子ら

笑顔
南アジアの夜明けはけたたましい。
5時頃、イスラム教モスクから朝の「アザーン」が響いて来るのを皮切りに、下町一体がいっせいに動き出す。おかげで目覚まし時計は必要ない。仏教寺院に居候しているワシは、毎朝6時からの勤行に、イスラム教徒の祈りに叩き起こされて、出仕する。
ナグプールの町を袈裟を着けて歩いていると、よく佐々井師と間違われる。インド民衆にしてみれば、黄色人種で不可触民居住区にいるのは佐々井秀嶺、ということなのだろう。
「お坊さん、ササイ・バンテ・ジー?」
子供らから質問されて、違うよ、と答えた時の、ちびっこたちのがっかりとした顔を見ると、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「ジャイ・ビーム!」
子供が仏教徒式の挨拶をしたので名前を聞くと、
「ムスタファ」
イスラム教徒であった。

瞳
無事にナグプールへ到着した。
インドにいると、感受性の或る一部分だけが特化して鋭敏になる。それは主に宗教性についてだが、少々困った副作用も引き起こす。宗教性以外のことにはとんと無頓着になることだ。どこにでもいるような少女の何気ない眼差しに、神秘の匂いを感じてしまう。大概は思い過ごし(相手にとっては大きなお世話)なのだが、ここナグプールでは必ずしもそうとは限らない。この少女も、自分たちを「人類」として認めないヒンドゥー教を離れ、仏教に改宗した家族の娘だ。彼女の瞳に、ブッダの哀しみを見て取ることは、決して過剰な感情移入ではない。

ゆく年くる年

明日の26日金曜から来年の1月6日まで、ワシはインドへ
行っております。
海外で新年を迎える、とだけ言えば優雅に聞こえますけど
ワシが滞在するのは例によって「不可触民」居住区。
しかもつい先月、邦人犠牲者を含む百数十名が死亡する
テロが起きたインドですからね。それに加え、テロのあった
ムンバイに次いで「マハーラーシュトラ州第二の都市」とも
呼ばれるナグプールに、宗教がらみで滞在、ですからね。
ましてや、事件発生は11月26日。ちょうど一カ月前。
テロリストがそれに引き掛けて何かしでかす可能性も凄く
高いわけですから、ワシとしては、ヤケクソですわ。

ワイハのコンドミニアムでリゾートする趣味も金も無い。
せいぜい近藤さんちのミニチュアダックスをかまうぐらい。
初詣のお賽銭で外車買い換える坊さんもいるようですが、
ベンツ乗ってるスキンヘッドって、かなり怖いっすよ。
ま、美食の喰い過ぎで血糖値が炸裂したら、仏罰ですな。
その点ワシなんか、健康的でございますわよ。
生煮え御飯(砂利入り)にターメリックで黄色くしただけで
味のしないお汁をぶっかけた「カレー」です。味がないから
自分で岩塩を舐め、青唐辛子を齧りながら、手でコネコネ
して、口へネジ込みます。ちなみに具は、菜っ葉一枚。

どうして御飯が生煮えかというと、インド仏教徒はカースト
差別で貧困に追いやられているため、満足に光熱水費を
払うことが出来ず、牛糞燃料で米を炊くからです。
カレーに味が無いのも、ガラム・マサラを買い揃える金が
ないからです。カレーの国に生まれながら美味いカレーを
食べられないのが、インド仏教徒なんですね。
そういう彼らと四十年以上も泣き笑いを共にしているのが
日本人僧:佐々井秀嶺師。ワシが惚れた『男の中の男』。

では行って参ります。
滞在中、日々のあれこれをケータイでUPする予定です。
皆さま良いお年をお迎えくださいませ。

(*^ω^*)ノ彡

 <追記> 2009年1月で『サイバーテンプル電脳寺』は開設
以来まる十年を迎えます。
つまり、当時10歳だったコがハタチになってるわけですよ。
これもひとえに皆さまのおかげですホント。
感謝☆(o ̄∇ ̄)/

真相

12月23日は今上陛下御生誕の記念日であると同時に、あの
『東京裁判』で死刑判決を受けたA級戦犯が巣鴨拘置所内で
絞首台に散った日でもある。無論、偶然の一致ではない。
「Hideki Tohjoh, guilty.Death by hanging」
占領軍GHQには、“キリスト教連合軍”としての一面があった
ことも忘れてはならない。邪教:天皇教を信仰して白人支配に
楯突いた黄色い猿どもを懲らしめるには、 そやつらの悪神と
関わりの深い日に限る、ヒロヒトの息子は次の神となるらしい
から、その誕生日に吊るして、未来永劫思い知らせてやろう、
二度と歯向かえぬように・・・と。
アングロ・サクソンの発想とは、かように無慈悲で陰惨で執拗
なのだ。また、彼らにとって好都合なことに、翌日はイヴ。
クリスマス前に面倒を済ませたかったのである。
こういった彼らのメンタリティーについては、『9.11』事件以後の
合衆国の狂乱ぶりを見れば、現代人にも理解しやすい。

敗戦直後から約三年に渡り全国放送された番組があった。
『真相箱』(英題:TRUTH BOX)
GHQが直接に企画し、台本、演出に携わった、NHKラジオ。
宣撫、情報操作、世論誘導が目的であった。
湾岸戦争の時、「重油にまみれた海鳥の写真」が世界に配信
されたが、いわばあれの“日本占領ヴァージョン”にあたる。
その番組で、わざわざ一回分の放送を割いて、
「戦時中の対キリスト教政策」
と題し、“日本政府はこの戦争中、キリスト教に対して、どんな
弾圧を加えましたか?” などと、唐突な内容を流している。
宗教問題を取り上げた回がほかに無く、そのうえ占領軍側の
信仰に基づいた番組作りとは、いやはや笑止千万。
ちなみにこの『真相箱』は、日本人のリスナーから寄せられた

質問に対し日本人の有識者が答える、という形式の、ヤラセ。
にしても、名もなき一般庶民が、特別に「対キリスト教政策」に
関することだけ質問したくなるわけがない。バカバカしい。

処刑された東條英機の遺体は、その後どうなったのか?
占領軍の主張は「骨を海に捨てろ」であった。
混乱を避けるため荼毘所は都内の焼き場ではなく、横浜市の
久保山火葬場が選ばれた。
この時、周辺のお寺の住職たちが語らった。
「確かに東條閣下は国を誤った。その罪、万死に値する。だが
怨親平等(おんしんびょうどう)は仏法の要諦。死ねば仏ぞ」
決死の覚悟で占領軍兵士の監視をかいくぐり、夜道を自転車
リレーで疾駆して、お骨の奪還に成功した。

骨壺を抱いて夜中にチャリで全力疾走する坊さんの姿。
・・・率直に、かっこいい☆とワシは思う。

景気と侠気

炯眼の諸氏はすでにお見通しの如く、ワシは経済音痴だ。
てめえの財布の中身すらろくに認識しておらず、まだ札が
あると思ってたら商店街のクジ引き券だった、なんてのは
日常茶飯。だから出来るだけカードは使わないようにして
いるし、ケータイのおサイフ機能もチャージ式限定だ。
借金すれば借りることがクセになる。一度でも踏み倒せば
感覚がマヒしてしまい、地獄の底を見てもさらにその先へ
掘り進もうとする。白状するが、実体験に基づく。

そんなワシでも、この不景気で大手企業が採用取り消しを
断行したのには腹が立った。米国議会ではないが、
「あなた方の中に今日、電車で来られた人いますか?」
公的資金投入を陳情した自動車業界BIG3の会長に対し、
憤激した合衆国議員が放った皮肉だ。
お国こそ違えど、大企業のお偉いさん方は似たりよったり
でないのか。安全性を理由にするなら護身術を習え。
若者達から未来を奪い去り、大人社会への不信感を植え
付けて、一体その先に何を求めているのか。
組織のトップなら、若い衆に侠気(おとこぎ)を見せたれ!

まぁ、BIG3の会長が合衆国政府に文句を言ったのは、その
是非はいったん措いて、理解出来なくもない。
『サブプライム・ローン』の破綻による「リーマン・ショック」と
世界経済への波及が大不況の原因ならば、責任の根本は
低所得者向けに低金利で住宅ローン貸付を決めた共和党
政権にある、と。ふむふむ。
で、なにゆえ共和党はそんな新興宗教のゴリヤクみたいな

ドアホなことしたんか?といえば、大統領選を前に、戦争で
離反した国民感情を取り戻すため、と。ははん。
いくさの相手は、イスラム。そもそも白人社会にはオスマン
帝国に煮え湯を飲まされた先祖伝来の恨みがある。
(その仇が石油で儲けてるのがムカツクんだよ)

じわじわイジメてたら逆ギレされて、『9.11』。そして、戦争。
とまぁ、今日の大不況に至る過程を振り返って整理すれば
こんな感じだ。だからBIG3は公的資金ちょーだいな、と。
おいコラ、軍需産業部門で利益上げてるじゃんか。

日本の大企業の会長さん方、今こそ御身の社会的地位に
見合った度量を発揮する好機と心得られよ。
労働者の味方であるはずのサヨク連中
が、まったくアテに
ならんのだから。

不況は経済テロ

『オイル・ショック』以来の深刻な世界恐慌が迫っているとか。
経済危機に臨んで、麻生内閣は「大幅減税」を打ち出した。
え? 定額給付金はどーすんの?
税収を削減して、しかも税支出で給付したら、破産じゃんか。
あ、どーせウソだったから、いいわけね。
いよいよもって、功名党とその支持母体カルト教団が目論む
日本解体、宗教国家再構築が、真実味を帯びて来たなあ。

思い返せばあの石油危機は、欧米キリスト教社会の専横に
対して「否」を宣した、ホメイニ師の『イスラム革命』に端を発
する恐慌だった。歴史に後知恵は禁物だが、あれこそまさに
『9.11』の予兆、言うなれば第一波であったわけだ。
その当時はまだ東西冷戦構造下だったから、日本の進歩的
文化人(無宗教を国是とする旧ソ連の信奉者)たちは状況が
飲み込めず、珍言迷言を連発していた。
なにせ唯物論・無宗教こそが人類に明るい未来をもたらすと
幼稚に信じて(その点はカルト信者と同程度)いたのだから、
まさか、唯一絶対神アッラーを信じる奴らに生殺与奪を翻弄
されるなんて、夢にも思わなかったのだろう。
ちなみに彼らが現在、どんな言之葉を弄んでいるかというと、
対米批判という点では、一貫している。たいしたもんだね。
でも、旧ソ連のアフガン侵攻に際し、米英から援助を受けて
戦ってたのが誰あろう、オサマ・ビンラーディンですよ。
このあたりの脳内整理がどうなってるのか、知識人のわりに
杜撰な印象を受けるのは、ワシが無知だからでしょうかね。

閑話休題。江戸庶民の狂歌に、こんなのがあったそうな。
 「天下には 東西南北ありけるに
                      南 無しとは 釈迦も不覚ぞ」
   
南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経の“南無”は、梵語:Namah
の音写で、「帰依」という意味。漢字そのものとは関係ない。
釈迦が降誕された時、七歩あるいて「天上天下唯我独尊」と
唱えた、という伝説から“天下”、それに覚者であるBuddhaを
引っ掛けて“不覚”、と。
これらを、即座に理解し得る宗教的な教養の高さと、ジョーク
として笑えるセンスが、江戸の庶民にはあったわけだ。
さて、果たして現代日本人は如何に?

経済危機に立ち向かう処方箋は、たしかに重要である。
だが、健康管理を意識する精神性と知的誠意を国民個々が
持たない限り、病はいつか再発する。自戒を込めて。

哀れな男

哀れな男を見た。おのれの器量や内実とかけ離れた地位に、
ただ血統だけを根拠に祭り上げられた、悲しい道化者。
彼をかつぐ団体は「本癌痔」と称し、『丁度珍宗』という伝統的
仏教宗派のひとつで、彼はそこで“法主”と呼ばれている。
一応、開祖は親鸞らしい。親鸞は、根源的な人間悪と真正面
から向き合い、自身が破戒(結婚)に踏み切ることであらゆる
者の救済を実証した、鎌倉時代の聖(ひじり)である。
親鸞が結婚したことでその血族は存続した。例の哀れな男は
「直系子孫」を口実に、教団内での生活保障を得ている。
が、史実はまるで異なる。親鸞は、長男を、門弟の和を乱した
かどでやむなく勘当している。 男の系統はお嫁に出た末娘が
嫁ぎ先で生んだ子供の血筋なのである。
宗教団体である以上、神話的要素を持つことはある種の必然
といえるが、ここには重大な問題が横たわっている。

血統による身分制を認めたら、仏教でなくなる、ということだ。
もともと、インドのカースト制度に対する「人間解放運動」として
ブッダが説いた思想が『仏教』であることは、一般常識。
手塚治虫氏の漫画にも載っているお話だ。
カースト制度は、古代ヒンドゥー教(バラモン教)の僧侶たちが
神権統治によっておのれの地位を守るため捏造した、差別と
支配の非人道的制度。一番偉いのが、僧侶の血筋、と。
たぶん高校の歴史授業で習うことだと思う。
そして今、アンベードカル博士の提唱で復活したインド仏教は
燎原の火の如く広がり、その先頭に立って奮闘しているのが、
日本人僧:佐々井秀嶺師。
とまぁ、このあたりまでなら「月刊PLAYBOY」誌にも掲載された
情報だから、例の男とて知らぬはずはない。

知ってて知らぬふりは、さぞかし辛かろう。じつに哀れな男だ。
彼だけではない。彼をかつぐ本癌痔も、悲惨だ。
インド仏教復興運動は、わが日本の真言宗、臨済宗、曹洞宗、
日蓮宗など、各宗派が積極的に支援している。
では、丁度珍宗はどうか。 ・・・絶無、と云ってもよい。
日印両国の現場を知るワシだから言うが、それが現実である。
当たり前だ。どこの世界にすき好んで失業したがる奴がいる?
カースト制度を否定したら、本癌痔が潰れてしまうのだ。

哀れな男を見た。
仏壇の「壇」が土偏である理由など想像もせず、また共鳴する
感性すら持ち得ない、そんな坊主を見た。 南無阿弥陀仏。

壇はツチヘン

新案の家具調仏壇を勧めてくれ、と知り合いの仏壇屋に
頼まれたが、丁重にお断り申し上げた。
なるほどマンション住まいが多い現代人にはインテリアと
調和した新しいデザインの仏壇が、いいかも知んない。
だが、競うように伝統を排斥する風潮が戦後日本社会を
ズタズタに切り裂き、その結果、倫理秩序が完全に崩壊
してしまったことを思えば、あえて否、を言いたい。
浄土真宗ではひとくちに「金仏壇」と称される如く、金ピカ
に飾る伝統がある。それは江戸時代、奢侈禁止令に対し
庶民のプライドと知恵が生んだ、抵抗の象徴であった。
さまざまな娯楽が“贅沢”と見なされ、初物を食べることや
縁台将棋に至るまで禁圧された中、仏壇にお金をかける
ことだけはお目溢しの対象となり、庶民はここぞ!ばかり
日頃のうっぷんを晴らした。
とりわけ真宗門徒には社会の底辺で生活する者達が多く、
仏壇を『死後の極楽の具現化』と見て、贅を尽くした。

要は、そういうパッションのないところに、新案だけを導入
しても文化崩壊が加速するだけ、という話だ。
改革、と言いさえすれば正しいことのように思い込む集団
ヒステリーは、早晩、精神を荒廃させるのみである。

仏壇の「壇」が土偏なのは何故か。
いまもインド仏教徒はカースト制度で差別され、どん底の
貧困と人権蹂躙に喘ぎながら、生きている。
彼らは、生まれた血筋だけを理由に、ヒンドゥー教徒から
人類と見なされず、汚物同然に扱われている。
彼らの家に窓はない。 酷暑から身を守るためと、世間に
姿を晒さないため。見ただけで汚れる、と忌み嫌われる。

ほとんどの家には床がない。土間でじかに寝起きする。
インド仏教徒はその土間の一角の土を盛り上げ、小さな
仏像を置いて、朝な夕な祈りを捧げている。
だから、「壇」なのである。

彼らに請われて読経すると、なけなしのルピーで布施して
くれる。ワシは受け取る真似だけして、壇に供える。
根っからサービス精神が旺盛なワシは、ヒンディー語での
法話を漫談のように演出し、彼らに笑ってもらう。

土壇の小さなほとけさまと同じ笑顔が、そこにあった。

『シャイン・ア・ライト』

映画『The Rolling Stones SHINE A LIGHT』を観に行った。
その日ワシは、川崎の映画館を選んだ。
かつて、“京浜地帯の悪ガキ”だった当時、Rock'n Rollの
神が降臨する体験を経て、魂の振動を感じるようになり、
長じてのち坊主となる道に進んだからだ。
川崎は、相変わらずダーティでだらしなくワルな街だった。
街角をタガログ語やハングル語が飛び交う。
(ストーンズで熱くなるには川崎でなきゃダメなんだ)
まさに「Start Me Up」の聖地なのである。

客席の平均年齢は予想した通り、かなり高かった。
上映前、パンフを読むのに慌てて老眼鏡を掛ける中年が
あちらこちら。かく云うワシとて、ご同輩である。
ミック・ジャガーは64才。
徹底したプロ意識で節制に努め驚異的パフォーマンスを
続ける、神の域へ達した「悪魔を憐れむ歌」の男。

本編はまず、大監督マーティン・スコセッシとストーンズの
意見がぶつかり合う場面から始まる。
「ステージの下に175cmの隙間があります」
普通、撮影スタッフからそう言われたら用途と理由ぐらい
分かるはずだが、ミックは大真面目に聞き返す。
「なんで?」
Rock'n Roll がたまらなく好きなやんちゃ小僧の面目躍如
といったところか。演奏曲の順番を早く決めるよう催促を
繰り返すスコセッシ監督に、
「ショーの1時間前になったら決まってるよ」
実はこれもスコセッシ演出なのだろうが、転がり続ける石
(Rolling Stone)の世界へと、一気に引き込まれていく。

一発目から「Jumpin' Jack Flash」。
す、凄えッ!これが本当に、64才のじいさん軍団なのか?
熱くて弾けて疾駆して、そのうえしっかり「ワル」なのだ。
善悪の彼岸で中指を立てる Rock'n Roll Monsters。
ゲストで出たクリスティーナ・アギレラは魔女か。
現実には祖父と孫娘ぐらい年が離れているはずなのだが、
怪物どもの色気は、蛇のような魔力で彼女を燃えさせる。
しかし演奏後、クリスティーナから頬にキスされ、キースが
マジで照れていた姿は、好々爺に見えた。

ラスト・シーン。 N.Y.の夜景に、浮かぶ満月。
するとCGの月が「あるもの」に変化!(見てのお楽しみ)
さあ!転がり続けようぜ♪ 永遠の悪ガキども☆

成道会

成道会

今日十二月八日は、お釈迦さまが悟りを開いたとされる日。
各地で『成道会(じょうどうえ)』が執り行われる。
上の写真は、インド仏教徒が仏前にお供えした「乳粥」。
お米を牛乳と砂糖で煮込んだ軽食で、お釈迦さまが断食を
終えて最初に食べた物といわれ、これで体力を取り戻して
悟りを開いた、と伝えられる。
実際には太陰暦だから一ヶ月ほどあとなのだが、とはいえ
クリスマスより知られてない現実のほうが問題であろう。
知られてない、という点では今日が大東亜戦争の始まった
日であることも、多くの現代日本人は忘れている。
作文の下手な空幕長が、舌っ足らずな文章で「日本は良い
国」と書いたら、これまた国語の苦手な左翼人が過剰反応。
史実や数字を感情論でデフォルメするのは、右にも左にも
共通した症状だ。

お釈迦さまの弟子に、かつて殺人鬼だった男がいた。
アングリマーラ(指鬘外道)と呼ばれ、全インドに知らぬ者は
いない、泣く子も黙る極悪非道の鬼であった。
彼は怨念を抱えていた。師事していたヒンドゥー教僧侶から
濡れ衣を着せられ、挙げ句は呪術によって洗脳を受けた。
(人を千人殺せ。さすれば汝の呪いは解けよう)
以来、彼は殺人鬼となった。999人目を殺そうとした時、目が
覚めた。それは身を捨てて彼を止めた母のおかげだった。
俺をこんな目に遭わしたのは坊主だ。世界で一番偉い坊主
を殺してやる。やがて彼は、お釈迦さまの存在を知る。
森で待ち伏せし襲いかかったが、お釈迦さまはまったく意に
介さず、彼を無視してすたすた歩いていく。とまれ!坊主!
「私はさっきからずっと立ち止まっているよ。動いているのは
君の心。怨み苦しみ、激しく動いているのは、君の心だ」
アングリマーラはお釈迦さまの弟子となった。

親鸞は、この説話を引用して門弟を諭した。
「私が言うことに従うかね?」
はい。
「本当に従うか?」
もちろんでございますとも。
「ならば人を千人殺して来なさい」
お言葉ではございますが、私にはそんなこと出来ません。
「ならば何故、従うなどと言ったのか?」
そ、それは・・・。
「これで分かったね。人間は自分の意思どおりに生きている
わけではない。君が人殺しをしないのは、君が“善人だから”
ではない。たまたま殺さずにすんでるだけなのだよ。万が一、
避けられぬ状況に追い込まれたら、どんなに人殺しは嫌だと
思っても、百人千人殺してしまうことだってあるのだ」

年ノ瀬放談

師走ですね。なんか、焦りたくなってるヒト、いるみたいね。
この時期は集団催眠にかかりやすいので注意しましょう。
『改悪国籍法』が参院本会議で可決したのも、その部類に
入るんでしょうな。日本男性が認知するだけで国籍を取得
出来るようになるそうですけど、国際的なテロが横行してる
この時代に、なに考えてるんでしょう。 考えてませんね。
そもそもヒプノタイズは政治経済の基本ですが、怖いのは
催眠にかかってることを、自分の意思で決めていると思い
込んでしまう御仁が、少なからず存在する事実です。
「この春はこれで決まり!」
と決まったはずが、ほんの三カ月もすれば、「夏こそ!」。
以下、秋も冬も決めてばっかりなコピーの氾濫に、なにも
決められない消費者が、溺死寸前の師走でございます。

江戸時代、奉公人に渡された『暮れ』の御手当て。
正月の餅代を兼ねて年末に支給された小遣いが、近代に
なって冬のボーナスと名を変え、片仮名ついでにクリスマス
プレゼントが商戦の主力兵器に採用され、とうとう年末から
松が開けるまで、銭が飛び交うハルマゲドンとなりました。
してみると西欧(近代)化というのは、人間が文化を捨てて
銭の力に屈する堕落物語、と云えなくもありませんな。
20世紀を蹂躙した最凶最悪のカルト宗教:「共産主義」は、
そこいらへんを上手く教義化したんですね。
もともとキリスト教の『千年王国』を経済で実現しようとした
エセ救済教なわけですし、唯物論・無神論の正体は、他の
思想信条を認めない超唯一神教、ということですから。

「西欧化された奴は銭に屈した背教の徒」
冗談でなく、本気でそう思っているグループもあります。

イスラム原理主義テロ組織です。
ですが、言うまでもなく普通はそんな風に考えません。
ワシがカシミールへ潜入したとき、たまたま一服した茶屋で
隣に座ったイスラム青年のケータイが鳴りました。着メロは、
Disneyの「WE WISH YOU ARE MERRY CHRISTMAS」。
いわば米国資本主義の先兵たる歌でした。

26日にケーキの売れ残る国が、戦争で儲けてる世界です。

政治はエロスだ

「しかし、つい見ちゃうって、なんなんでしようねえ」
夜の渋谷で友人達と飯喰ってる時そんな話題が熱を帯びた。
男ONLYだったから下ネタ全開で、とどまることを知らない。
つくづくオスとは愚かな生物である(左翼的自虐史観)。

でもさ、ある程度トシいくと見なくなるよ。
おっさん代表のワシはみずからのリビドー低下を告白する。
「えーっ!結構な親父でもコンビニでエロ雑誌ガン見してたり
するじゃないすか。あれってかなりイタイっすよ」
「んで男子高校生とかに笑われたりしてな」
そおゆう親父は、若い頃から溜め過ぎてんだよ。ワシなんか
煩悩の限界まで挑戦して、さらに地底戦車で探検し、マントル
対流を突き破ってマグマの中心部まで掘り下げちゃったから
最近じゃもう枯れてきちゃって、もしいま美女から迫られても
ちゃんとお相手できるかどうかぜんぜん自信ないよ。
「そんだけ妄想すりゃ充分でしょ」

「テレビでお笑い芸人が女装してても、スカートとかはいてると
つい中身が気になっちゃったりとかしませんか」
中身って、例の具に決まってんじゃん。
「そう分かっててもなんか見ちゃう、ってありますよねえ」
「あるある。つかありそ」

見清浄句是菩薩位。(『理趣経』)
愛し合う男と女が互いに見つめ合うことも、それが真に相手の
幸福を願うものであるなら、菩薩の位である。という意味。
ワシは真言密教は門外漢であるが、この経文が言わんとする
ところは、おそらく、
「恋をするなら全身全霊でしろ。見るなら死ぬ気で見ろ」

ということではないか、と受け取っている。
省みれば、今日まで女性をそこまでの思いで見つめたことなど
なかったように思う。つくづくワシは底無しのエロ坊主である。
世界の全女性に謝罪します(村山談話的土下座外交)。

最後に弁解をするわけではないが、この「見る」という行為には
外交の本質が込められている。政治はエロスなのだ。
自虐屋も土下座屋も、てめえしか見てねえからダメなのである。

「ムンバイ」後の世界

オバマ次期大統領のブレーンで南アジア地域のテロに関し
アドバイザーを勤める人物が言った。
「ムンバイで起きたテロは、アルカイダとラシュカレトイバが
連携した作戦であると私は確信している」
彼の推測では、まずインド人(この場合、ヒンドゥー教徒)に
焦点を絞った攻撃でないこと、周到に訓練を積んだ行動で
同時発生したこと、米国人や英国人そしてイスラエル人は
世界的な『JIHADIST』の標的(ユダヤ教シナゴーグの宿泊
施設も襲撃された)であってインド・イスラム教過激派には
当面の敵でないこと等を挙げ、これらの点はアルカイダの
特徴であるとし、今回のテロ事件は、インドとパキスタンで
領有権を争うカシミールに本拠を置くパキスタン系過激派
組織:ラシュカレトイバと共同したもの、と語る。

無辜の日本人犠牲者も出たムンバイにおけるテロ事件は、
カシミール問題を含むヒンドゥー VS イスラムの宗教対立を
背景にしつつ、 オバマ新大統領への「脅迫メッセージ」だと
ワシは見ている。いくら平和ボケした某敗戦国民でも、
「初の黒人大統領=弱者の味方=平和主義者」
などとカン違いしてる御仁は、まさかおるまい。
オバマ新大統領はイラク撤退(軍事費支出削減)はするが、
アフガニスタン戦線へは“増兵”を明言している。
そう、自衛隊が給油活動に駆り出されている、あの戦争だ。

アフガンとカシミールは隣接しており、印パの軍事的緊張が
高まれば、周辺地域一帯は修羅の巷と化す。
互いに核を保有する印パが一触即発に陥ることは、米軍の
アフガン駐留に、兵站の面で大きな支障をきたす。
インド洋上の給油も、非戦闘地域の活動とはいえなくる。
また現在、インド政府は経済協力の点から親米的な態度を

とっているが、悠久の歴史を誇るインド人は、内心、新参の
国家アメリカに対し、「侮米」と呼ぶべき感情を持っている。
ゆえに、印パ緊張の度合いと方向性によっては、アメリカが
アフガンからの撤退を余儀なくされる場合もありえる。
これこそアルカイダが描く、『勝利の筋書き』だ。
付言すれば、彼らにとってバラク・フセイン・オバマは祖父の
代までイスラム教徒でありながら、プロテスタントに改宗した
いわば「アッラーへの反逆者」でもあるのだ。

少々話はズレる。先日、法事の席でのこと。
折柄、必然的にムンバイのテロ事件が話題に上った。
すると、いかにも“全共闘くずれ”の左翼オヤジが、にやにや
笑いながらこう言い捨てた。
「僕ら日本人は無宗教だから、ああいうのはさっぱり分かり
ませんなあ。ねえ? へっへへへ」

腹が立った。犠牲者や遺族に対する思いやりもないのか。
だが、すぐ哀れみの情に変わった。
なぜなら無宗教も、アッラーへの反逆なのだから・・・。

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