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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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壇はツチヘン

新案の家具調仏壇を勧めてくれ、と知り合いの仏壇屋に
頼まれたが、丁重にお断り申し上げた。
なるほどマンション住まいが多い現代人にはインテリアと
調和した新しいデザインの仏壇が、いいかも知んない。
だが、競うように伝統を排斥する風潮が戦後日本社会を
ズタズタに切り裂き、その結果、倫理秩序が完全に崩壊
してしまったことを思えば、あえて否、を言いたい。
浄土真宗ではひとくちに「金仏壇」と称される如く、金ピカ
に飾る伝統がある。それは江戸時代、奢侈禁止令に対し
庶民のプライドと知恵が生んだ、抵抗の象徴であった。
さまざまな娯楽が“贅沢”と見なされ、初物を食べることや
縁台将棋に至るまで禁圧された中、仏壇にお金をかける
ことだけはお目溢しの対象となり、庶民はここぞ!ばかり
日頃のうっぷんを晴らした。
とりわけ真宗門徒には社会の底辺で生活する者達が多く、
仏壇を『死後の極楽の具現化』と見て、贅を尽くした。

要は、そういうパッションのないところに、新案だけを導入
しても文化崩壊が加速するだけ、という話だ。
改革、と言いさえすれば正しいことのように思い込む集団
ヒステリーは、早晩、精神を荒廃させるのみである。

仏壇の「壇」が土偏なのは何故か。
いまもインド仏教徒はカースト制度で差別され、どん底の
貧困と人権蹂躙に喘ぎながら、生きている。
彼らは、生まれた血筋だけを理由に、ヒンドゥー教徒から
人類と見なされず、汚物同然に扱われている。
彼らの家に窓はない。 酷暑から身を守るためと、世間に
姿を晒さないため。見ただけで汚れる、と忌み嫌われる。

ほとんどの家には床がない。土間でじかに寝起きする。
インド仏教徒はその土間の一角の土を盛り上げ、小さな
仏像を置いて、朝な夕な祈りを捧げている。
だから、「壇」なのである。

彼らに請われて読経すると、なけなしのルピーで布施して
くれる。ワシは受け取る真似だけして、壇に供える。
根っからサービス精神が旺盛なワシは、ヒンディー語での
法話を漫談のように演出し、彼らに笑ってもらう。

土壇の小さなほとけさまと同じ笑顔が、そこにあった。

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コメント

墓石に「バラの花と、夢の一文字」を彫って、と発注したトンデモ客に、頑固そうな石材屋はしぶしぶ頷いたが、結局フツーの墓石を作って納入し、客を怒り心頭にさせた…午前の主婦向けワイドショーのひとコマ。番組では「お墓のセールスマンと実際に製作をする石材屋は関係ない業者であることが多いので、きちんと確認してトラブルを回避しましょう」とかおせっかいなことを言っていた。私は石材屋の気持ちが理解できた。昨今あまりにもふざけた客が多いので心底うんざりしていたのだろう。
金融危機とか未曾有(みぞうゆうじゃないよ)の恐慌とか世間は騒いでいるけれど、イタリア調仏壇とかおしゃれ墓石とかナントカ葬とか、案外呑気じゃないか。人の生き死にもおしゃれとか個性とかの入り込む隙があるんだからなあ。

>HIROMI様
職業柄いろんな墓石を目にしますが、正直、首を傾げる物も少なくありません。
仏式で法事するのに、墓石の形状がキリスト教的で、正面には英語で「Forever Memory」。これぐらいなら外人が着てる変な日本語Tシャツの逆パターンみたいなもんですけど、なかには墓石中央に漢字でデカデカと「希望」。東京タワーの置物か!っつーの。てゆうか、希望は遅かったんじゃないの?タイミング的に・・・。
さて、今回のコラムは来週月曜UPのいわば前編に該ります。後編にもご注目☆
(* ̄0 ̄)ノ

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