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妖刀ムラサメ

帰国した翌日、いまや「百年の知己」となった(とワシが
勝手に思っている)居合道の師範を道場に訪ねた。
稽古初めはまた後日だそうで、その日はお時間を頂き、
歓談に興じさせてもらった。
インドで佐々井秀嶺師に師範の人となりを話すと大変な
関心を示していたことや、佐々井師が武道史にも造詣を
持ち、元「不可触民」仏教徒の護身のためインドの地に
空手を定着させたことなども語らった。

いやぁ、ワシが半日近くも師範のことばっかり熱弁してた
もんだから、佐々井師に“おまえ、気があるのか?”って
からかわれちゃったよ。むはは☆
「え、そっちすか」
それから、あのじいさんってかなり無邪気なとこあるから、
師範に“妖刀村雨”をくれるよう頼んでくれ、だってさ。
「村正、ですよ。ムラサメはフィクションです」

場所柄が寺院の武道場なので、お正月ということもあり、
正面に祀られた武神:毘沙門天にインド仏教式の読経を
奉じた。パーリ語で三帰五戒を唱える。
「わー、なんかすっごく気持ちいいっすねえ♪」
幸い門弟諸氏にも喜んでもらえた。
思えば、戦後日本社会は“戦争の反省”という名のもと、
自己内面への『武』、すなわち「もののふたる矜持」まで
捨ててしまった。毘沙門天の忿怒は、内側への怒りだ。

歓談の際、“ワシや師範はキャラが濃いほうか?”という
話題になった。
「和尚は濃いでしょ。でも僕は、ぜんぜん濃くないですよ」

そう師範がマジメに言うと、門弟諸氏は目線を落とし、
(やっぱこのひとわかってねえし)
と嘆息した。

『刎頸の友(ふんけいのとも)』。
代わりに首を刎ねられても良いと思えるほどの友、の意。
・・・ちょーっと待ったあぁぁっ!
師範は介錯の技を使えるから、クビちょん斬られるのは
ワシだけじゃん。ううむ、洒落にならん。

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コメント

自己内面への武…


そうですね。失われておりますね。平和ボケだの根性なしだの言われても仕方がないくらい。


どんな刀でも研ぎをいれなければ刃こぼれしますよね。ボロボロになった刀は、打ち捨てられるか、また溶かして別の刀として生まれ変わるしかありません。


日本人は生まれ変わらねばなりませんね。

>山犬様
暴力は絶対いけない、これは人類の至上命題です。しかし「自分自身とも戦わない」のは、ある意味、もっとも陰湿な戦争肯定だと思います。
以前、火葬場(ワシにとっては職場です)で会った某僧侶は、伸ばした髪を志村けんのようにうしろで束ね、手入れの行き届いたヒゲをさすりながら、悲しみの淵にいる遺族に向かい、なぜか反戦論をぶっていました。場所柄もわきまえず、僧としての身だしなみも整えず、得々として演説していた彼は、なるほど、反戦論者でしょうね。「自分を律する」という戦いすら、反対しているわけですから。

「髭を伸ばして髪を束ねて知識人気取ってるお坊さんがいたんですよ~」
「くあーっ!なあーーにぃーっ?!」

まるでお笑いのネタだな。そんなインチキ僧侶にお経を読まれ、暇つぶしのような反戦論を聞かされるなんてたまったもんじゃないですね!!不届きにも程がある!許せん!


〉HIROMI様
わはは☆まぁ彼の場合、法衣の裾をはだけて毛脛をさらし脚を組み、火の点いたタバコを挟んだ指で遺族を指差しながら演説してた(久米宏かよ!)わけですから、坊主以前に人としてどうよ、って話ですが。

>法衣の裾をはだけて毛脛をさらし脚を組み、火の点いたタバコを挟んだ指で遺族を指差しながら演説

……

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