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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2009年2月

便じゃみん

今更ながら改めてわれらが日本列島を俯瞰して見ると
エビ反って喘いでるような悲哀を感じる今日この頃。
頭を北方領土で押さえ付けられ、下半身は竹島問題、
ハングルで言うところの「とくとむんじぇ」だ。
その下には、東シナ海でおならを盗んでる奴もいる。
うぅむ。緊縛っぽい禁断の雰囲気が漂ってるなあ。
かかる状況を“平和”と呼び、首を絞めながらバックで
責め立ててくる連中に「心からの謝罪を」とか言ってる
一部の日本人は、ドMってことっすか? ご勘弁を。

かんべん、といえば便。
人間誰しも便所にまつわる恥ずかしい体験のひとつや
ふたつや百千万億は、必ずあると思う。
ワシの前半生で最大の便じゃみんドラマは、学生時代、
友人宅アパートに於ける飲み会の後に起こった。
酔い潰れてコタツで寝ていたワシは不意に尿意を催し、
朦朧とした意識の中、千鳥足で便所へ行った。
ドアを開け、わがビッグマグナムを構えてファイアー☆
しようとすると、空爆の如き怒声が響いた。
「で、電脳っ、おま、おまえなにやってんだよっ、俺が今
クソしてんだからちょっと待ってろって!」
そこには先に便所を実効支配していた友人が文字通り
ウンコ座りをしていた。昭和の安アパートなので便器は
和式の後ろ向き。ツーケーダルシマの彼は、驚きと脅え
が入り交じった表情で振り返り、悲鳴を上げた。
彼の目とほぼ同じ高さに、わが高性能機関砲がある。
「あ、大丈夫だから」
「ダイジョブじゃねえっ、ひとがクソしてる後ろからシッコ
する奴いるかよ電脳おまえバカかっ?!」

「いや、ほんと大丈夫だから」
泥酔かつ寝ぼけた中川前財務相状態のワシは、彼に
落ち着くよう呼び掛けつつ、当初の目的を完遂した。
「ぎやああぁぁぁ~っ!」

翌朝、土下座して詫びたことは言うまでもない。
聞けば彼は、背中から臀部にかけて、わが聖なる滝の
水に打たれて六根清浄、ビショ濡れになった、という。

そんな、彼との切ない思い出話に、日本列島の現在を
重ね合わせてしまう今日この頃のワシである。

おてれびさま?

あまり日本では耳にしないが「テレヴァンゲリスト」なる
米国製の新造語がある。ケーブル・テレビにchを持つ
キリスト教団体の番組で、説教する伝道師のことだ。
その内容の熱狂ぶりたるや、ワシのごとき異教徒の目
から見たら、なんじゃこりゃ?の世界。 こんなのに齧り
ついてるお茶の間って、マジこわ。 出来ればご近所に
居て欲しくねえな、という代物である。
市場調査とサブリミナル発祥の国柄だけに、視聴者も
そのへんはクールに引いて、entertainmentのひとつと
して鑑賞しているもの、と思いたい。
どこぞの横並びがお好きな国民のように、
「おてれびさまがおっしゃることにまちがいはない」
などと、米国民が盲信しているとしたら、『9.11』以後の
世界に希望は無い。

幸いにしてワシが知る日本のテレビマンには良心的な
人もおり、CX系で佐々井秀嶺師のドキュメンタリー、
『男一代菩薩道』(書籍版はアスペクト社刊)
を制作した小林三旅氏は、かの佐々井師本人をして、
「テレビで信頼できるのは三旅君だけ!」
と云わしめた、才能・人格ともに傑出した逸材である。

だが、最近会った某国営放送の男は、ヒドかった。
武士の情で実名は伏すが、名刺交換のあと、ひと言の
断りもなくいきなりワシの僧衣の裾をつまみ、
「へえ、こうなってるんだあ」
・・・事実である。初対面わずか数秒後のことだ。
その時ワシはインド仏教式の装束を着ており、確かに

珍しい格好だったに違いないが、唖然とさせられた。
佐々井師の映像を見れば分かるとおり、現代のインド
仏教僧は、活動しやすいようにズボンをはいている。
メディアに携わる者として、既に日本国内で紹介された
資料ぐらいは確認しておくのが当然だろう。
いわんや、初めて会った自分より年長者の坊主に対し、
イキナリつまむなんざ、無礼にもほどがある。

大河ドラマ『天地人』にちなんで言うなら、天と地の間を
つなぐのはほかでもない、「人」なのである。

くれぐれも、ヒトデナシ、にならぬよう御用心。

一期一会

一期一会
一期一会
一期一会
昨22日の夕、試し斬り居合道師範:黒澤雄太氏の
呼び掛けにより武徳院道場にて『一期一会の会』が
開かれた。師範の流儀と信条はその著、
<真剣(光文社新書)>
をご参照いただくとして、この日集った面々はまさに
一期一会を知る人々、であった。
居合道は一瞬の気に決する。そこには打算も予定
調和も入り込むスキはない。一期一会とは「一瞬の
価値を知れ」ということだ。一期は、また一語に通じ
言葉は「言ノ刃」に通じる。現在の日本は首相以下、
この刃に対してあまりに無邪気過ぎるのではないか。
さて、師範の技を初めて目の当たりにした写真家の
山本宗補氏は、即座に、本質を見抜いた。
「刀の動きがすごくゆっくりと、重いものが流れていく
ように見えたんですが?」
戦場カメラマンとして実際に武器が使われる現場で
シャッターを押し続けてきた山本氏ならではの炯眼。
師範は応えて云った。
「さすがですね。力任せに振りきるんじゃなく、いかに
力を抜くか、なんですよ」
古来、わが国で『剣禅一如』が謂われてきた所以の
一端を垣間見た気がした。

むれ家の人々

「俺って、同業者にはなんか嫌われちゃうんだよねえ」
親友が苦笑する。ああ、ワシ分かる気がする。
商売仇、といった単純な理屈ではない。 どんな世界にも
それをいっちゃあおしめえよ、的な暗黙の了解がある。
だが往々にしてかかる不文律に合理的根拠はなく、ただ
なんとなくそうなっている、という程度に過ぎない。
そこいらへんのエッジを上手にバランス取って渡ってゆく
技術が、“大人としての汚れワザ”である。
しかし困るのは、このダーティーさにいささかも忸怩たる
思いを抱かない阿呆が、たまにいて、面食らわされる。
崩してはならない矜持の意識を持たず、汚れを自覚して
悪党を演じる気概もない奴が、一番ハタ迷惑なのだ。

この手の御仁に限ってどういうわけか、必ず群れたがる。
ねーそうだよねー、とか言ってすぐツルむ。
手っ取り早く「自己保全欲求」を満たすには同意者(純然
たる意味ではなくとりあえず反論されない程度の仲間)と
群れているのが、便利だからだろう。
『群(ムレ)』に発生する『蒸(ムレ)』の湿度を人間関係の
“密度”とカン違いしている奴が、群れたがるのだ。

つい先週のこと。
いいトシした大人が何を血迷ったか仲間うちでコモンだの
ジムチョーだのと呼び合ってるサークルに巻き込まれた。
しかも恐るべきことに、当人たちは、マジなのだ。
たとえば、サラリーマン諸氏が、日曜朝の草野球でお互い

エースとかキャプテンとか呼び合うようなシャレのセンスも
ない。どうやら本気で名誉を感じてる様子なのだ。きもッ。

「電脳和尚には顧問を引き受けて頂いております」
そう聴衆の前で紹介されたときは、穴を掘って埋めてやり
たくなった。肩書を喜ぶほど卑しくねえぞコラ!
ワシの“顧問センス(common sense=常識)”がこのような
猿芝居に耐えられるはずもないので、穏便、かつ遠回しに
ご返上致す旨、お伝え申し上げた。大人じゃのお。

『むれ家の人々』は、本心では互いに信用していない。
とはいえ、外道に堕ちる腹のくくりもない。
利用価値がなくなれば、ねーそうだよねー、でおしまい。

アンタら、どこへ行きたいの? ・・・興味ねえけど。

無功徳

ヒラリー・クリキントン女史が来日。北朝鮮による日本人
拉致事件についてはこのように語ったとか。
「国務長官としてより妻として、母として、娘として、姉妹
として、拉致被害者のご家族とお会いします」
シャレたテーブル・トークですな。残念ながら敷島の民は
これに感激するほどおめでたく出来てない。
「ビルマで幽閉されたアウンサン・スーチーさんが自由に
暮らせ、北朝鮮人民が指導者を自由に選べ、チベットや
中国の人々が迫害の恐れなく信教の自由を享受できる
世界をつくるために努めます」
同じことをアメリカは、中東やアフガンでやってますが。

かつて親鸞はこう云った。
「たとえ泥棒の濡れ衣を着せられようとも、本性を偽って
善人になりすますよりは、よっぽどマシだ」

つい最近ワシは、気色わるい連中を見た。
彼らは、困った人を助ける会、をうたいながら会の運営
資金に寄付を呼び掛けてたのである。なんじゃそりゃ?
救済義援金なら分かるが、助けたいと思っている私らを
まず助けて、とはね。 自腹を切り尽くしてスッテンテンに
なってから言うのなら見上げたもんだが、自分の財布は
シメたまんまで、他人の財布を期待しちゃいかんだろ。

「人助け」と「手柄」は本来、水と油なのである。
功名は必ず一方で犠牲を伴う。
「どれほど愛しく不憫に思っても意のままに助けることは
出来ないのだから、中途半端な同情なんだよ」(親鸞)
無論、だから何もしなくていい、という意味ではない。

救済されたかどうかは相手が決める事で、それ以上でも
それ以下でもない。手柄は無いのだ。

ヒラリーの旦那は『天安門事件』後に惨劇があったと同じ
場所で人民解放軍を閲兵した。また、北朝鮮の核開発も
平和利用を支援する名目で、彼がやったことである。

そのむかし支那の王が、禅の名僧に尋ねた。
「朕は、汝に寺を寄進した。その功徳はどれぐらいか?」
即座に禅僧はこう答えた。
「無功徳」

愚にして直

『巧言令色鮮仁(愛想のいい奴に誠意はない)』。
むかし、漢文の授業でこの教えを知り、衝撃を受けた。
「孔子ってロックンロールしてるなあ」
以来、愚直や無骨にこそ真あり、を信条としてきた。
剛毅朴訥は義に同じ。まぁ、これも似たようなもんだな。
そんなワシが、世のしがらみから某宗派の会合へ出席
せざるを得なくなった。娑婆(梵語Sahaの音写で、耐え
忍ぶ場所、という意味)とは、そおゆうところだ。
関西で開かれたその会合はタテマエとは裏腹に、結局
主催者側のPRに終始する結果となった。はいはい。

ワシも一席ぶつことになっていた。前夜、たまたま古い
愛読書を手にし、指針の啓示を受けていた。
明治の傑僧、清澤満之に関する本だ。
ある時演壇に立った満之は、彼の前に登壇した学者が
いかにもアリガタ~イお話っぽく、
「阿弥陀如来が修行中の名は法蔵菩薩。皆さんはぜひ
慈悲の心を持って、悲蔵菩薩になって下さい云々」
これを受け、ぬるい調和に浸った会場で、
「慈悲とは真実を知ることだ。智恵を磨いて智蔵菩薩に
おなりなさい!」
そうブチかまし、場の雰囲気をひっくり返した、という。
これだな。ワシは腹黒くほくそえみ、会合に臨んだ。

「釈迦に宗旨無し!龍樹に宗旨無し!」
開祖ブッダに宗派は関係ない、それは大乗仏教の始祖
ナーガールジュナも同じこと、みたいな意味。
ワシがそう断じたら、坊さん連中ドン引き。まるで実際に
(サァーッ)と音が聞こえたような引き具合であった。

愚直。これぞ、一向一揆の竹槍だ。

帰りに大阪難波へ寄った。せや、タコ焼き喰わなあかん。
屋台で注文したら、
「えー、ソース青海苔、フィニッシュのほうはマヨネーズで
よろしかったですかあ?」
と、バイトのお兄ちゃんがのたまう。・・・ぬわあにいぃ?
のほうでよろしかったですかあ、だとお?
ここは原宿かッ?どんなボケやねん、シバくぞダアホッ!

愚直。タコ焼きをつつく関東オヤジの、爪楊枝。

まんがな!

まんがな!
昼間、ストレスの絨毯爆撃みたいな会合に付き合わされたので、帰路、精神衛生のため『なんばグランド花月』で漫才を見る。土曜の夜も手伝い、ごっつ長蛇の列やがな。新幹線の都合で途中までしか見られないが、リアルな「大阪の熱」を体験したかった。
実力派のティーアップ、メッセンジャー、そして大御所オール阪神巨人。
直前に喰ったタコ焼きで少々胸やけしていたが、笑いの妙薬ですっきり壮快♪膨れた腹も一気に消化☆
日本の話芸は、坊主の説教をその起源とする。江戸落語の始祖は念仏僧:安楽庵策伝、上方落語は法華僧から還俗した露の五郎兵衛といわれる。
せやからもとは、みな仏さんのお慈悲から出てはるわけや。ありがたいこっちゃでホンマほんま本間千代子。

でんがな♪

でんがな♪
でんがな♪
いやあ、着いたでえ大阪。梅田やで曽根崎やで天神やでホンマ。ほんまホンマ本間千代子や。言うても「お笑いの本場」やからね正味。ほいで大阪来たんやったら、うどんシバキ倒さなあかん。けつねうろんでんがな。タコ焼きオカズにしたったらええやん。ほいでトッピングのシメ言うたらマヨネーズやないかい。そんなん石山本願寺はんが一向一揆で織田信長どついたった時代から決まってまんがな。
浪速のパワーに負けじと異様にテンション高いワシです、ちゃう!でんがな。
(写真は曽根崎天神境内)

日蓮そば

二年ほど前、千葉にある日蓮上人ゆかりの地を訪ねた。
南無妙法蓮華経と南無阿弥陀仏は、いうなればライバル
みたいなものだが、『9.11』以後の時代を生きる人類には
信仰の相違にこだわる猶予などない。

親鸞ゆかりの地はもらさず巡り、インド仏教遺跡もすべて
巡拝した経験から、そこで生まれそこで死んでいく人々と
同じ空気を吸い同じ水を飲むことが百冊の本を読むより
確かな知識だ、との信念をワシは持つに至った。
千葉外房に着いてまず実感したことは、
「トロピカル♪」
であった。訪れた時期が初夏だったことも手伝って、陽光
ほがらかに照りつけ、海風は黒潮の息吹を運び、銀色に
きらめく水平線は、地球の丸さを知らしめていた。
こういう自然環境に育った日蓮さんのパーソナリティーを
考慮せずに、法華があ~だ念仏がこ~だ言うのはおかど
違い。チンケな宗派根性以外のなにものでもない。

「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」(四箇格言)
南無阿弥陀仏を称えたら地獄へ堕ちる、座禅を組んだら
悪魔が取り憑く、弘法大師は国を滅ぼし、奈良のお寺は
大泥棒、といったような意味の、日蓮さんの主張。
その深意を解明するヒントに、意外なところで出会った。
道路沿いの、小さなお蕎麦屋さん。看板に、
『名物 日蓮そば』
四箇格言のイメージから、濃厚超激辛スープにトッピング
てんこ盛り、を想像していたが、出てきたのはごく普通の
山菜ソバだった。あっさりすっきりヘルシー系。
もちろん、このメニューが日蓮さんの時代からあったわけ

ではないが、外房の大自然とあっさり蕎麦に四箇格言を
重ねたら、見えなかったものが見えた気がした。
「真っ直ぐな人だから世間的に曲がれなかったんだよな」

実際、地獄に堕ちても生ぬるいような念仏坊主はいるし、
悟りすまして偽善という悪魔が取り憑いた禅坊主もいる。
単なる祈祷師に過ぎぬ真言坊主や修学旅行以外に存在
価値のない奈良の観光寺院など、周知の事実だ。

さて明日は大阪。ゆえあって某宗の面々と会う。
ワシは、日蓮さんを見習って曲がらずにいよう、と思う。

『シェルブールの雨傘』

最近やたら映画づいてるワシだ。 寒さにめげずわざわざ
出掛けるわけだが、映画館の場所柄に気後れすることも
ある。渋谷、しかもマルキュー裏。中年のオヤジにとって、
死地へ赴くにも等しい鬼門だ。
そんなとこ行ったら、切符売り場へ到達する前にギャルが
放つ「蔑視光線」の十字砲火を受け、 加齢臭で保健所に
連行されかねない。イヤじゃ、まだ死にとうない。

名作ミュージカル映画『シェルブールの雨傘』
デジタル・リマスター版で復刻上映される、と聞いた日にゃ
昭和少年が黙ってられるはずがない。
主演女優は、言わずと知れたカトリーヌ・ドヌーヴである。
かつて美女の代名詞であり、多くの日本少年が、
「大きくなったらフランス人になる!」
と叶わぬ夢を描いた女優の、若き日の大ヒット作だ。
そのドヌーヴ嬢が、このワシに会うため平成日本へ帰って
来てくれたのである。なんて気立てのいいオンナなんだ。
しかし、渋谷109裏ねえ。・・・そ、そおかあッ☆
「あたしと逢いたいなら試練を乗り越えて来てせらびぃ♪」
シルブヤ、マルキュプレ(仏蘭西語発音風)。

心に刃を当てて「忍」の一字。なんとか、映画館へ潜入。
原題『LES PARRALUIES DE CHERBOURG』
戦争で引き裂かれる恋、妊娠そして出産、やがてラストに
訪れる悲劇の再会。
分かりきったストーリー、また、歌は吹き替えだと分かって
いても、目は銀幕に釘付けとなった。
最新デジタル技術で復活を遂げたドヌーヴの美貌に心底
蕩けてしまった。後年、『インドシナ』で見せた中年女性の

魅力も捨て難いが、少女から母親までを演じたドヌーヴは
若いながらも貫祿さえ窺わせた。うん、惚れ直したね。

あの頃のミュージカル作品が残した影響は、インドの地で
大きく開花し、「アジアの映画大国」が誕生するきっかけと
なった。インド映画は、今でも基本的にミュージカルだ。

終了後、闇に紛れて不覚の涙を流していたワシを指差し、
ささやき合うカップルがいた。
(ヤダ、ちょっと、あのおじさん、泣いてるよ!)
(見るなって。かなりアブネエおっさんだ)

先週末、在日インド仏教徒の家庭へ晩餐に招かれた。
首都郊外の2DK。 日本企業でコンピュータ関連の仕事に
就いているとはいえ、値切られた人件費のため、暮らしは
きつい。この若い夫婦もいずれは故郷ナグプールへ帰り、
祖国と仏教復興のために尽くしたい、という。
さて、約束の時間が近付き、待ち合わせ場所へと向かう
ワシはついついタカをくくって、
(インド人が時間を守るわけねえしゆっくり行こ)
と、電車の中吊広告を見るともなしに見、某カルト団体が
発行する月刊誌の宣伝文に、平和の旗手××名誉会長、
などとあるのを読んでヒトリウケしてたら、乗換駅を過ぎて
しまった。あちゃ~、恥ずかしい。インド人に遅れるとは。

ケータイで言い訳をしながら約束の場所を探す。
迎えに出てくれてるはずの彼は、漢字はもとよりひらがな、
カタカナも読めない。耳で覚えた日本語の音をテキトーに
言ってるから、実際の地名と一致しない。とほほ。
真冬の夜。はや“黄色人種のシャーベット”となりかけてた
ワシは、やがて大手安売りチェーンの駐車場に立ちつくす
一本の“茶色い樹氷”を発見した。彼だった。 炎暑の国で
生まれ育った者にとり、日本の冬はまさに拷問である。
早く解凍せにゃ。

「日本人が時間を守らないなんてシンジランナイ!」
夫婦そろって詰め寄られ、ひたすら平謝りする坊主ひとり。
お詫びの代わり、と言っちゃなんだが、インドで買い求めた
小さな白大理石作りの仏像を一体、進呈した。
すると若夫婦、感極まったかのように目に一杯涙をためて
合掌し、はるばる母国からやって来た仏像を拝礼した。

「プラーナ・プージャ(開眼供養)してください」
奥さんに頼まれ、 持参したインド式袈裟を着けパーリ語の
お経を読む。郊外のアパート、ささやかな若夫婦の部屋に
インド香が漂う。小さな祭壇の上に、アンベードカル博士と
佐々井秀嶺師の肖像が祀られていた。
日本では無視されている日本人僧ササイを、日本で暮らす
若いインド仏教徒が、日夜、拝んでいるのである。

「和尚は、日本でもお坊さんをやってるんですよね」
あったりめえじゃんか。なんで?
「だって和尚は、僕らに日本仏教を押し付けないから」
え。そんなにヒドイのか、ほかの坊主は。
「あからさまにそうじゃなくても、下心ミエミエっていうのかな、
どっかで僕らを見下して、利用したがってる空気が、ね」
・・・そうか。すまんなあ。

思い当たる顔ぶれが次々浮かび、本当に申し訳なくなって
ワシは頭を下げた。 恥ずべきことだが、事実なのだから。

あなろぐ悪夢

たぶん、大方から共感や同感を頂けることと存ずるが、
じつにイラッとくるね、テレビ画面の右上から視聴者を
見下してる『アナログ』の文字。
しかも薄ぼんやりと浮かび上がってるから、なおのこと
イヤらしさが増す。そこのキミわかってる?的な。
生来、義理人情浪花節の「アナクロ人間」なワシにとり、
テレビをつけるたびに、
「や~いや~い、穴黒坊主、くそ坊主、あっかんべ~」
と罵られてるようで、不快極まりない。

それは考え過ぎにしても、国家権力が一方的に放送を
見えなくして、買い換えを強要するなんざ、太閤検地や
刀狩り、もしくは一向宗弾圧にも匹敵する歴史的暴挙、
とワシは思う。
われら大和敷島の民草は、和を以て貴しとなす穏便さ
ゆえに忍んで武力蜂起しないが、これが中南米あたり
だったら、青年将校がクーデター起こすぞ。

だがこの分でいくと、そのうち夢の映像にまでアナログ
表示されかねんなあ。地デジ推奨dreamってか。
夢、といえばワシは「悪夢」を見るのが大好きである。
好きなら悪夢とは云わんだろうが、あの意表を突いた
巧みなストーリー展開は、ヘタな映画より面白い。
今まで見た悪夢で、目覚めた後にも反芻して味わえた
best1は、ヒマラヤで高山病にうなされてる時に見た、
『ワニのベッド』(監督脚本:電脳和尚)

山中のロッジで、酸欠と気圧低下による頭痛動悸嘔吐
下痢にもがき苦しんでいた主人公は、ただならぬ気配
に目を覚ます。なんと、自分が横たわっているベットに、

体長15cm程の小ワニが無数に這い上がって来るでは
ないか。隙間もないほど折り重なり、実にワニワニしく
腕立て伏せの体勢で、千、いや億はいたろうか。
恐怖のあまり追い払おうとすると、 部屋の隅で巨大な
お母さんワニ(まつ毛、口紅、エプロン付き)がギロリと
睨みを利かせており、せくすぃな声でこう言った。
「うちの子供たちに手ぇ出してごらん、ダンナがただじゃ
おかないわよ。アンタ、喰われたい?」

主人公が寝ていたのは、お父さんワニの背の上だった。
                                                           (アナログ)

罪(SIN)

一カ月ほど胸に溜めていた思いを吐き出そうと思う。
それはワシ自身の不注意から他者に罪を犯させて
しまったおのれの罪、についてだ。
日印往復、足掛け18年。今では現地ガイドさながら
仏跡参拝や観光に来た日本人を案内している。
「貴重品には注意して下さいね。インドでは盗まれた
ほうが悪い、ということになりますから」

いつもそう云っているワシが、今回、はじめて盗難に
遭った。場所は、寺の中。
ワシが寝泊まりしている部屋へ、毎日、あそびに来る
仏教徒の少年がいた。澄んだ目で両手を合わせ、
「和尚、こんちわあ♪」
その様子を見ていた佐々井秀嶺師から、
「おや、あの子はあんたのインド弟子、第一号だな」
と、からかわれたりした。だが、佐々井師が、
「気をつけろよ」
そう付け加えた理由が、すぐには解らなかった。

或る日、部屋で書き物をしていると、くだんの少年が
やって来た。たまたま仕事に集中していた時なので、
振り向きもせず挨拶だけ返した。
背後で少年がガソゴソ音を立てる。しばらくして、
「ゴミ、捨ててきまぁす」
と出て行ったきり、帰って来ない。
寝床の上に、袈裟とかさねて置いておいた腕時計が
消えていた。部屋中探したが、見つからない。
ああっ!やられた。仏教で「偸盗」は「殺生」にも匹敵
する大罪、仏教徒が仏教寺院で仏教僧侶からものを

盗むとはなんてところなんだ、インドって国は!

が。落ち着いてから後悔した。
彼らインド仏教徒は、ヒンドゥー教徒から「不可触民」
として差別され、犬猫以下に扱われてきた。
無論、盗みは罪である。しかし、そんな倫理観すらも
持ちえない環境へ落とした者の罪は、もっとも重い。
そして、盗みを犯させた我が罪も、同じく重い。

「ほお、あんたもやられたかね?私もよく盗られるよ、
いずれは天下の大泥棒だな。わっはっは☆」
佐々井秀嶺師は、すべてを慈しむように、笑った。

『マンマ ミーア!』

映画『MAMMA MIA!』を観て来た。 久野綾希子さんの
ファンであるワシは、劇団四季の公演を見逃してしまった
ことを長く悔やんでいたが、映像化されたと聞いて、喜び
勇んで出掛けて行った。
ABBA。70年代ポップシーンを席巻したスーパーグループ。
その当時わが国の洋楽マスコミは、まことしやかに、
「アバはビートルズを超えた!」
などと、軽薄極まるコピーで喧伝していたが、レコード売り
上げの“勢い”だけを見れば、いや確かに凄かった。
ハードロック少年であったワシはアバの人気ぶりに冷笑を
決め込み、中指を立てて、
「アバぁ?けっ、たんなるアメリカの歌謡曲じゃねえか!」
あんなもん聞いたら恥だぜ、と毒づいていた。

しかし、ヤンキー連中にはどおゆうわけかアバが大人気で、
シャコタン改造ローレル土足厳禁の車の中から、爆発的な
ヴォリュームで『ダンシング・クイーン』が鳴り響いた。
「よお、電脳。おめえ、バンドやってんべ。この歌詞、なんて
言ってんだよ、意味わかんだろ?おめえよお」
リーゼントの同級生からなかばカツアゲ同然に翻訳を強制
され、そのためやむなくカセットに聞き入った。で、
(いいじゃんこれ)

おおよそ、70年代ぐらいまでの日本少年は、基本的に、
「イナカモン」
だった。 都会に憧れるように欧米を見上げ、郷里を恥じる
ように日本を見下しては、偉くなった気分に浸っていた。
(アバのふたりって美人だよなあ)
かのグループは男女二組からなり、ヴォーカルをつとめる

女性二人に、日本少年の目は自然と注がれた。
いま改めて見ると美人どころか白人女性としては十人並み
もしくはそれ以下ぐらいである。つくづく、バカだったなあ。

で、本編について。
ストーリーは既報のことなのでここでは特に触れない。
正直、せつなくなった。物語が、ではない。
70年代の記憶を呼び覚ます音楽と、現代のビーチリゾート
風景には、決定的に“合わない”要素がある、と感じた。
あの時代、sex,drugs & rock'n roll の乱れきった青春にも、
「金では買えない何か」
を、本気で信じてしまえる“幼稚な純真さ”があった。

メリル・ストリープが演じる主人公の中年女性を見ていたら、
不覚にも、綾小路きみまろのネタを思い出してしまった。
「あれからン十年!」

映画『MAMMA MIA!』は、アバ世代に、こう問い掛ける。
「今の自分を、まんま見いや!」

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