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先週末、在日インド仏教徒の家庭へ晩餐に招かれた。
首都郊外の2DK。 日本企業でコンピュータ関連の仕事に
就いているとはいえ、値切られた人件費のため、暮らしは
きつい。この若い夫婦もいずれは故郷ナグプールへ帰り、
祖国と仏教復興のために尽くしたい、という。
さて、約束の時間が近付き、待ち合わせ場所へと向かう
ワシはついついタカをくくって、
(インド人が時間を守るわけねえしゆっくり行こ)
と、電車の中吊広告を見るともなしに見、某カルト団体が
発行する月刊誌の宣伝文に、平和の旗手××名誉会長、
などとあるのを読んでヒトリウケしてたら、乗換駅を過ぎて
しまった。あちゃ~、恥ずかしい。インド人に遅れるとは。

ケータイで言い訳をしながら約束の場所を探す。
迎えに出てくれてるはずの彼は、漢字はもとよりひらがな、
カタカナも読めない。耳で覚えた日本語の音をテキトーに
言ってるから、実際の地名と一致しない。とほほ。
真冬の夜。はや“黄色人種のシャーベット”となりかけてた
ワシは、やがて大手安売りチェーンの駐車場に立ちつくす
一本の“茶色い樹氷”を発見した。彼だった。 炎暑の国で
生まれ育った者にとり、日本の冬はまさに拷問である。
早く解凍せにゃ。

「日本人が時間を守らないなんてシンジランナイ!」
夫婦そろって詰め寄られ、ひたすら平謝りする坊主ひとり。
お詫びの代わり、と言っちゃなんだが、インドで買い求めた
小さな白大理石作りの仏像を一体、進呈した。
すると若夫婦、感極まったかのように目に一杯涙をためて
合掌し、はるばる母国からやって来た仏像を拝礼した。

「プラーナ・プージャ(開眼供養)してください」
奥さんに頼まれ、 持参したインド式袈裟を着けパーリ語の
お経を読む。郊外のアパート、ささやかな若夫婦の部屋に
インド香が漂う。小さな祭壇の上に、アンベードカル博士と
佐々井秀嶺師の肖像が祀られていた。
日本では無視されている日本人僧ササイを、日本で暮らす
若いインド仏教徒が、日夜、拝んでいるのである。

「和尚は、日本でもお坊さんをやってるんですよね」
あったりめえじゃんか。なんで?
「だって和尚は、僕らに日本仏教を押し付けないから」
え。そんなにヒドイのか、ほかの坊主は。
「あからさまにそうじゃなくても、下心ミエミエっていうのかな、
どっかで僕らを見下して、利用したがってる空気が、ね」
・・・そうか。すまんなあ。

思い当たる顔ぶれが次々浮かび、本当に申し訳なくなって
ワシは頭を下げた。 恥ずべきことだが、事実なのだから。

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コメント

前にも申し上げた事例かも知れないですが、ある韓国人仏教徒に「日本の仏教は仏教じゃないよ」と言われたことがあります。恐らく日本では僧侶の肉食·飲酒·妻帯が一般化しているし、韓国とは違って修行第一でないのでそう言ったのかなと思いますが、そういう韓国仏教界も形骸化した法要三昧や金儲け主義を心ある人々から糾弾されています。やはり日本も韓国もGDPの上昇と比例して、宗教は腐っていくのかな、と思いました。いずれにしても、自分とこが一番だもんね~!という勘違いは共通しています。
それにしても日本の僧侶がインド人に向かって日本式仏教の正当性や優位性をちらつかせるとは、なんたる厚顔無恥でしょう!現代の日本人よりも、仏教に真摯に切実に救いを求めているインド人に対して!(ノ_-;)
一切の迷いも緩みもない純粋な仏教徒を前にして実はビビってるんではないですか? 自らも迷いや緩みが無ければ、彼らと共鳴するはずです。

>HIROMI様
まさに仰る通り!「ビビってる」んだと思います。既得権益に安住し、それを失いたくないから、本人たちも無意識のうちに見下す格好になるんだと思います。見下す、優越感を捏ね上げてしがみつく、というのは「見下されるんじゃないか」との不安や劣等感を抱いてる証拠。優越感と劣等感は常に表裏一体ですからね。つまり、嫉妬なんです。フラれるんじゃないか、捨てられるんじゃないかと勘繰るから、ヤキモチを焼く。この点を、佐々井師を世に知らしめた作家:山際素男先生は、
「坊主は嫉妬深いからなあ、わっはっは☆」ψ(`∇´)ψ
と、ズバリ!喝破されたわけです。本家(インド仏教)が斜陽だったあいだに繁盛をした分家(日本仏教)としては、本家が復興したら「オマンマの食い上げ」になる、といった下世話な邪心も、少なからずあるでしょう。ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…
韓国仏教は、以前に日本でも報じられた管長選挙に絡む『切腹パフォーマンス』で分かるように、利権主義の世俗団体に堕していますが、それを日本が批判する資格はありませんね。(A;´・ω・)アセアセ
スリランカ仏教の僧とインドの仏跡で出会ったとき、意気投合したのですが、食事の段になって先方が急に席を離れました。その理由は、
「貴方たち、ビール飲んで肉を食べるんでしょう?だから私らは遠慮したんです」
いくら日本坊主でも仏跡でそんなことする奴おらん、と言いたいところですが、悲しいかな・・・。浄土真宗は肉食妻帯が許されてるから、などというのは屁理屈です。要は、リスペクトの問題ですよね。(-人-)
とはいえスリランカでは、仏教徒がヒンドゥー教徒を差別弾圧する、という現状があり、彼らも決して立派なこと云えた立場じゃないんですけどね。(# ̄З ̄)

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