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その手があったかあッ☆ワシは思わず膝を打った。
コラムニスト勝谷誠彦氏やオウム・ウォッチャーとして
お茶の間に知られた有田芳生氏が呼び掛け人となり、
北朝鮮による日本人拉致事件と核兵器開発に対する
意見広告を『New York Times』紙に掲載する運動が
再開した。七年前もワシはこの趣旨に共鳴し、拙HPで
ご紹介したが、今回も非力ながら参加させていただく。
「定額給付金の有効な使い途」
勝谷氏はこれをある時ひらめいたという。
そうなのだ、もともとワシら日本国民が、国家のために
納付した税金なのだから、国民のため、それも今まで
国家のだらしなさの犠牲になって来られた同胞のため
使われてこそ意味がある、とワシは思った。
他でもない、民主主義とはこういう精神を云うはずだ。

振込先等の詳細については以下のURL
http://jinken.asia
携帯サイトは
http://jinken.asia/k

さて、どうやら一部からは活動家と思われているフシが
あるワシだが、無論、そんな大それた代物ではない。
「インド困窮民を救済しておられる和尚」
某人物にそう持ち上げられたが、ナメられたものだ。
単なる“ヨイショ”も行き過ぎれば無礼である。
救済とは、された側が決めることで、行動を起こす側は
あくまで物好き、頼まれざる助っ人、お節介な同情屋だ。
この矜持を忘れたら、偽善になる。
理想やタテマエでこと足れりとするのは加害者の論理。

被害を受けている当事者にとっては、結果がすべて。
現実に救われたかどうか?の問題なのだ。
抹香臭い例えを出すが、
「一切衆生悉有仏性(イッサイシュジョウシツウブッショウ)」
どんな人間でもブッダになれる、という大乗仏教の根本
思想。だが歴史上ではゴータマ・ブッダ以後にブッダが
現れたという事実は、無いのである。

人生には三つの選択肢しかない。
傍観するか、逃げるか、それとも飛び込むか、だ。

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