2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト

« 『老いの風景』 | トップページ | 阿修羅登場! »

怪談への階段

進級進学の季節が近付いて来た。欧米を真似てクラス解放
とやらで教室から廊下側の壁を取り払ったところで、それは
カイホーどころか、ホーカイを加速するだけだ。
仕切りが無くなれば節度も消滅する。つまり“放牧”になる。
「ここから先は聖域」
それを感じる能力こそ文化であり、知性である。
悪ガキは聖域を乱すことで知恵を磨き、才能を開花させる。
聖域(=畏敬空間)の消滅は人間を無能化する。

カタい話になった。やらか~くしよう。
時期外れと知りつつも、『学校の怪談』から現代教育事情を
考察してみたい。 親許から一時的に引き離され、閉鎖的な
異空間に放り込まれた子供の「脅え」が、それを生み出す。
かつて、大家族時代には、便所が怪談の舞台だった。
心理学者の講釈にると、孤独と密室恐怖と急所をさらすこと
への本能的な畏れがその根底にあるらしい。
さて、一世を風靡したスターに「トイレの花子さん」がいるが、
赤いコート(ちゃんちゃんこver.もアリ)を選ばせる幽霊さんも
出現場所は“学校の便所”。まさに、恐怖増幅の図式だ。
しかし彼ら幽霊諸氏と古典が伝える怪談の決定的に異なる
点は、お化け側と遭遇者の間に、怨恨関係が無いことだ。

皿洗いが下手でバイト代を差っ引かれた怨みで井戸の中へ
ゲロを吐いた(番長サラ・コナーズ)とか、惚れた男に疎まれ
薬とだまされて使った覚醒剤で久々にマスコミに登場した元
グラビア・アイドル(四谷猥談)とかの、「因果話」が無い。

本来、怪談は恐怖で倫理を諭すテキストであり、嘘ついちゃ
駄目とか弱い者イジメは駄目とか、そういう隠喩的な側面を
持っていた。だが、近代化という『神殺し』の時代の流れは、

幽霊からメンタルな社会的機能まで奪い取ったのである。

お化けが暮らせないクラスに、ゆとりはない。
聖域を廃棄した雑多な空間は魂を枯渇させるだけ。
怪談は、人を精神の深みに気付かせる地下室への階段だ。

ちなみにこのコラム、寺の納骨堂の片隅で書いてます。
あれッ?・・・いまの音、なに?

« 『老いの風景』 | トップページ | 阿修羅登場! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

和尚様。ご無沙汰しております。
壁を取り外せば、「みな自由」、「みな平和」と妄信している連中のなんと多いことか。
壁があるからこそ、「ここから先は入ってはならない」というタブーが生じる。
社会的規範を守ろうとする意識はそこから生まれ、対人関係でも踏み込んではならない一線というものが生じる。
また壁があるから、守るべき自分の領域(国であったり、家族であったり)ができる。
無責任という名の土煙をたてながら、壁を倒していく連中は、自分たちを平和の申し子のように思っているからたちが悪い。
ここから先は私事ですが・・・
一昨日、妻の親戚にあたる娘さんが20代の若さで他界しました。
婚約者は海上保安庁に勤めており、北朝鮮の不穏な動きに備えて現在、洋上に。
連絡が取れないので、彼女の死も知らぬまま、彼は必死に働いています。
今夜、お通夜がしめやかに執り行われました。
彼女の魂魄もきっと彼と共にあり、この国を守っていると思いたい。

>hide様
お久しぶりです。浄土へ還帰されたご親戚の娘さんの仏果へ合掌礼拝申し上げます。さて、現今わが国の教育「業界」は御承知の通り一般社会で居場所を失った左翼人士の潜伏先になっております。この間もある教育関係者と話した時、その御仁が夢見るような眼差し(おめめにおほしさまキラキラ)で「子供たちは天使なんだから」と言うのを聞いて、唖然とさせられました。子供よりコドモな奴が教育で飯喰ってる現状があるんですね。まあ、檀家より無信心な坊さんもいますから、他業種ばかり責められないですけど。(ノ_<。)

hide様
夭折されたご親戚にお悔やみ申し上げます。ご冥福お祈り申し上げます。
和尚様
先日、中学の卒業式に出席してまいりました。
ヘタな演出もなく、卒業生たちの悪ノリサプライズも自粛され、極めてノーマルな式でした。ちょっとホッとしました。
しかし冒頭の国歌斉唱で流される君が代のカラオケ、キーが高すぎて唱えない。ワザとやってんじゃないの?と勘ぐりたくなりましたよ。子供はもとより、保護者たちも殆ど唱っていなかった。
横浜市は国歌より大事な歌があるとみえる。先日も某テレビ番組で紹介された横浜市歌。ハマッ子たちは本当に年がら年中、学校で唄わされてるから、歌詞の意味もわからずとも古文体の歌詞を一字一句間違えず唱うことができる。卒業式でも、市歌は子供も保護者も声が大きくノリもよかった。
しかし国歌より大事な市歌っていったい…┐(´~`)┌

>HIROMI様
おおー☆ワシ、かなり覚えてますよ『横浜市歌』。
♪ 我が日の本は島国よ 朝日輝よう海に 連なりそば立つ島々なれば あらゆる国より 船こそ通えん されば港の数多かれど この横浜に 勝るあらめや 昔思えば杣屋の煙 ちらりほらりと 立てりし所 今は百船百千船 泊まる所ぞ見よや・・・
(記憶の限界)。
しかし改めて歌詞を読むと、古文体もさることながら、かなり「愛国的」「右翼的」「体制翼賛的」な内容ですねえ。横浜は中田市政以前にはモロに左翼だったわけですが、よくもまぁこの市歌、廃絶されずに生き残ったもんですな。この冗長で自国中心主義に貫かれた市歌より、われらが『君が代』のほうが、よっぽど平和的内容だと思いますよ、ワシは。

>HIROMI様
有難うございます。
「横浜市歌」やはり奇異な感じがします。
国歌よりも有名?
何かにつけ、諸外国と比較したがる人達(自称文化人)まで喜んで歌っている。
こんな状況の国どこにあるのだろう。教えてほしいものです。

追伸
最近では、卒業式に「仰げば尊し」を歌わず、「旅立ちの日に」とかいう変な曲が浸透しているらしいですね。
いかにも自称「へいわしゅぎ」の人が好みそうな。
背中が痒くなるのは自分だけだろうか?
まあ「尊し」といえる先生も「絶滅危惧種」となりつつある今日、「せんせぇ」が「師」に進化するのは無理なのだろうか。

>旅立ちの日
どわははは。あの曲、子供は「歌詞がクサくて勘弁してほしい。」と申しております。おめめキラキラの勘違い大人より、普通の子供の方がよっぽど冷静ですね。
旅立つとか希望とか未来とかいったいなんなんだよ。15歳や18歳はただの通過点ですよ。『輝かしい未来だ』と、はやし立てられなければ前に進めないのか?たとえ絶望的な15歳や18歳でも前に進むしかないのに。卒業式にあるのは過去への謝礼と別れの言葉だけだ。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/44294807

この記事へのトラックバック一覧です: 怪談への階段:

» 恋せよ 乙女 強烈に男性をひきつける魔法とは。。? [恋せよ 乙女]
恋せよ 乙女 強烈に男性をひきつける魔法とは。。?究極の恋愛術 驚愕の心理術とは一体。。? [続きを読む]

« 『老いの風景』 | トップページ | 阿修羅登場! »