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2009年5月

ファイナル迫る!

ファイナル迫る!
佐々井秀嶺師『6.7』首都圏ファイナル講演がいよいよ
目前に近付いた。 日曜午後、場所は東京という絶好の
機会を逃す手はない。あとは各自でインドまでどうぞ。

当日は光文社の協力を得て、故:山際素男先生の著書、
『破天』
(佐々井秀嶺師の半生を描いた評伝小説)
『ブッダとそのダンマ』
(インド仏教徒のバイブル)
『アンベードカルの生涯』
(人間解放、仏教復興の父)
『不可触民と現代インド』
(知られざるインドの素顔)
等が受付で販売される予定。最近は、店頭で入手し難く
なった名著をゲット出来るチャンスでもある。

日本のお坊さんといえば、黒衣の貴族。
そんな彼らが千人束になってもインド仏教徒の“熱さ”に
応えることはできない。所詮は「冷めたカレーライス」だ。

カレーの美味しい喰い方は、アッツアツをガッツクこと。
ところが大概の坊さんはなに格好つけてんだか、
「えー、このカレーが美味しい理由はですね、ジャガイモと
ニンジンの切り方に秘訣があるのです。しかもスパイスを
何十種類も調合してリンゴと蜂蜜トロ~リ溶けてる云々」
・・・って説明してる間に、冷めちまうんだよ。

佐々井師の説法は熱い。その生きざまは激辛だ。
理屈なんざ要らねえ。ともかく、ガッツイて喰ってくれ!

『6.7』15:00。in GOKOKUJI。
まず心が動くこと。そうすれば、歴史は必ず動きだす。

下からファイルをDL、コピー等で配布にご協力下さい。
「sasai.pdf」をダウンロード

不動と観音

不動と観音
佐々井秀嶺師は今まであまりにも多くの裏切りに遭ってきた。
インド人からも、日本人からも。
しかし、決して離反者を憎んだりしない。
「俺だってずいぶんいろんな人に迷惑をかけたからなあ」
かつては烈火の如き気性が災いし、要らぬ摩擦や軋轢を引き
起こしたことも確かにあった。誰よりも愛深きゆえ、である。
全霊で愛する者は、敵を作るリスクを常に背負う。
中途半端でいれば予定調和が身を守り、傷つくことは少ない。
だが果たして、それで“幸福”といえるのだろうか。
不動明王は右手に降魔ノ剣を構え、左手に羂索(けんじゃく)と
呼ばれるロープを携えている。これは離反者・敵対者をからめ
捕って引き寄せ、済度するための綱だ。
そして不動は、紅蓮の大火炎を背に、歯を食いしばっている。

佐々井師の故郷、岡山県の山河は、女性的な優しさを湛える。
ゆるやかでたおやか。峨々たる男性的風景ではない。
この自然環境が、佐々井師の人格形成に影響を与えただろう
ことは、想像に難くない。
情に細やかで、常に人を気遣い、いつも笑顔を絶やさない。
自分はどんなに辛くても、他人を元気づけることを第一とする。
もしかしてそれは、母性と呼ぶべきものかも知れない。
観音菩薩。厳密に云うと観音は「ハリハラ」という中性的神格を
原型とした菩薩であり、女性ではないが、母性の象徴とされる。

『Avalokitishvara(アヴァローキティーシュヴァラ)』
観音の梵名。玄奘三蔵法師はこれを、観自在、と訳した。
母親はわが子がどこにいても気遣い、自在に心の目で見守る。
佐々井師の心眼は自在だ。それも、愛深きゆえ、である。

「はじめまして、インドから来た佐々井と申します」
むかしお世話になった人に挨拶されて、うっかり思い出せない。
そんな、お茶目な一面もある、が。

歴史的ライヴ

歴史的ライヴ
歴史的ライヴ
5月23日の土曜、京都南禅寺大寧軒にて、佐々井秀嶺師
講演会が開催された。
今回の法筵は、佐々井師にとって数少ない肝胆相照らす
法友たる冨士玄峰禅師のご尽力によるものだ。
当日、会場は記帳者だけでも百五十人を優に越す聴衆が
詰め寄せ、『インド仏教徒一億人の大指導者』とまみえる
感動を共有した。特に、若者たちの姿が目立った。
前座はワシの漫談。冨士師に出来るだけご迷惑をかけぬ
よう、いつもの「ぶっちゃけトーク」は抑えた(つもり)。

そしていよいよ主役、佐々井秀嶺師登場。
連日の講演続きで蓄積した疲労もなんのその、大火傷を
負い医者から安静を命じられた右腕を振り上げ、獅子吼。
真の意味で“腹の底から出る声”が、会場に轟いた。
こんな、魂がこもった熱いサウンドは、デジタル全盛時代
にはまず耳にすることがない。
出番を終え佐々井師の説法を聞いていたワシは、なぜか、
ステージで大炎上するストラトとマーシャルのアンプを連想
してしまった。まさに、歴史的ライヴであった。

ラスト。
冨士師の提案で、佐々井師に従いインド仏教式の雄叫び。
「Bodhi Sattva Baba Sahib Dr.Ambedkar Ki Jay!」
(菩薩アンベードカル博士に勝利あれ!)
一発目。当然のこととて、慣れない聴衆と微妙にズレた。
そこでお調子者のワシがしゃしゃり出て、コンサートのノリで

タイミングを取り、焚きつける。
「・・・キー」、「ジャイ!」

聴衆と佐々井師が一体化。最高のフィナーレであった。

『6.7』 トキオ!

『9.7』トキオ!
佐々井秀嶺師講演、首都圏開催第二弾が決定した☆
6月7日(日曜)午後3時より東京護国寺で獅子吼する。
文京区大塚/有楽町線「護国寺」下車。
一般公開、入場無料(喜捨は受付にて随意)。

現時点ではこれが関東地区開催のファイナルになる模様
であり、初夏のsunday、見逃せばsomedayはない。
講演のあと質疑応答のコーナーも予定されており、一般の
方々と佐々井師が直に語り合える、またとない好機だ。
まずは、『破天』『ブッダとそのダンマ』(光文社新書)
『男一代菩薩道』(アスペクト)を読んで、予習して欲しい。

連日、各地で講演会を転戦してきた佐々井秀嶺師。
「これじゃ里帰りなのか説教しに来たのか分からんなあ」
満身創痍の老躯を支えているのは、遥か遠いインドの地で
“ササイ・バンテ・ジー”を待ち焦がれる仏教徒への思い。
「時々なあ、彼らの声が聞こえるんだよ」
佐々井師は切なそうに呟いた。

そろそろインド・カレーが食べたくなりませんか?
「がはは。寺の近所のばあさんが作ってくれるやつは、もう
火を噴くほど辛くてな。でも、無いと、恋しいもんだ」
四十年ぶりに見た日本の感想は?
「人間がいない。いても、覇気が感じられない」
現代日本人に伝えたいことは?
「ひと言じゃ云えんよ。だが、このままでは滅びるな」

『6.7』。東京にインドの太陽が輝く!

(写真はインド仏教徒の家族に祝福を与える佐々井師)

<関連サイトURL>
http://www.higan.net/blog/feature/2009/05/notice.html

言刃(コトバ)

言刃(コトバ)
言刃(コトバ)
アンベードカル博士『ブッダとそのダンマ』は今に至るまで
ほとんどの学者、研究者から無視・黙殺されている。
理由は、日本の既成仏教宗派にとって極めて都合が悪い
記述に溢れているからだろう。
学者や研究者は、真実探求を看板にしていても、大概が
その費用を組織的スポンサーに頼っている。
血統世襲による聖職者制度(カースト)を真っ向から否定
したアンベードカル博士の、いや、釈迦の仏法は、もはや
“家業”へ堕した日本の寺院にとって、禁忌に触れる。

「学者先生、なにするものぞ!」
よく佐々井師が言う。
机の上で理屈をこねる「“知”のブルジョア」は、いうなれば
学問に興じられる平和で安全な社会の、居候である。
佐々井秀嶺師は、文字を習う権利さえも奪われたインドの
民衆と共に、今までずっと戦い続けて来た。
そして現在インド仏教徒の就学率は、ほぼ100%へ達する
までになった。学問できる環境を、勝ち取ったのだ。

往々にして日本の学者や研究者のコトバは、言の葉っぱ、
落ち葉の部類だ。良くても、腐葉土になるかどうか。
それは生命を賭けて身を守り、時として自刃すら覚悟する
『言刃』ではない。
佐々井師が、アンベードカル博士が、学者や研究者達から
無視されている真の理由は、そこにあるのだろう。

『6.4』ヨコハマ!

『6.4』ヨコハマ!
関東在住者待望、佐々井師初の首都圏講演が決定した。
6月4日木曜18時30分、横浜鶴見にある曹洞宗総持寺で
佐々井秀嶺師が獅子吼する。一般公開、入場無料。

人間本来の熱さや魂の光輝を忘れた日本人よ、刮目すべし!

現在まで西日本を巡錫し、法鼓を鳴らして来た佐々井師。
「ノック・アウトされました」
「すげえ。つなんつーか、マジすげえ」
「久々に震えました」
各地で佐々井師を目の当たりにした人々は、ただ驚嘆する。
その圧倒的『人間力』は、聞く者の心臓を鷲掴みにし、

“アンタ、ほんとにそれでいいのかっ?!”
と、本心の深みに鋼鉄の言刃(ことば)を打ち込んで来る。

佐々井秀嶺師の前では、いかなる奸策も子供の嘘に劣る。
あらゆる高尚な理論も、チエのワあそびに堕する。
偽善や美談が聞きたければ、新興宗教の集会へ行けばよい。
無骨で、泥にまみれた真実に触れる覚悟があるなら、迷わず
総持寺へ駆け付けよ!そして、その人を見よ!

『6.4』。ハマが燃える。

(写真はインド仏教徒の祭壇。佐々井師の血と涙の結晶だ)

毎日水曜夕刊!

何かと自粛の多い中央メディアにもサムライがいた。
毎日新聞5月20日付全国版夕刊に、佐々井秀嶺師への
単独インタビューが掲載される予定だ。
担当記者S氏は、過日の取材終了後、佐々井師本人が、
「あのひとはよく勉強してる。すごいねえ」
と称賛した人物である。
(夕刊は四大都市圏のみ発行。その他地域は数日遅れで
朝刊に掲載される場合あり)
佐々井師来日の前、ワシが打ち合わせしたときも、仏教に
関する知識はもとより、まずその人柄に惹かれた。
今回の記事でどこまで載せてくれるか、期待したいと思う。

S氏は男性だが、女性記者が相手だと、ワシ困っちゃう。
根が“昭和のスケベ親父”なもんで、面目ない。
とりわけ近ごろは、キャリア感の漂うアダルティーな女性が
手帳を取り出しつつ、メガネ(黒ぶち限定)をかける瞬間に

煩悩火山が大噴火!してしまう。

先日、某宗教業界紙の美人記者から取材を受けた。
そのテキパキ口調が、ワシのストライク・ゾーンど真ん中。
「本日は貴重なお時間をいただき感謝いたします」
手帳&メガネ攻撃。(かっかざぁぁ~ん☆)

「和尚が僧侶になられた理由は?」
そう、あれは学生時代のことでしたね。愛車のハーレーを
駆ってアリゾナ砂漠を横断していたとき、地平線の彼方

銀色のUFOが現れ、中から聖母マリアが降りて来て、こう
言ったんです。“Let It Be”と。
「神秘体験なさったと」
愛こそすべて、とジョン・レノンも言ってます。
「人類愛に目覚めて出家なさったと」
いまワシの目の前に、再びマリア様が現れてます。
「マリア観音、ですか?」
美の女神アフロディーテ、それは、キ・ミ・さ♪
「・・・。ご協力ありがとうございました」
あ、いや、せめてメアドだけでも。(死火山)

とにかく、毎日新聞5月20日水曜の夕刊に注目せよ!

芯仏教

芯仏教
と或る佐々井秀嶺師来日講演会でのこと。
一部の日本僧侶には今さらながら失望させられた。シャツの
第1ボタンをだらしなく開け、ゆるめたネクタイぶ~らぶら。
終わった後ではない。佐々井師到着を待っている時だ。
せめて作務衣でも着て来れば良いものを、オシャレを意識し、
ヤー公まがいのスーツをキメて、上記のありさまだった。
これでは、高僧による講演会どころか、知らない人が見たら
(××組の襲名式?)と警察に通報されかねない。
いや、何も知らないのは他でもなく、その坊さん自身である。

「新仏教徒」。
これが差別語であることを知らない宗教関係者がいる

現地インドで、New Buddhist,Neo Buddhismなどと言ったら
途端に眉をひそめられてしまう。
復活したインド仏教はブッダの正意に立ち返り、人間解放を
その主眼に据える。つまり、新仏教という云い方は、いわば
被差別部落出身者を「新平民」と呼ぶに等しい蔑称なのだ。

アンベードカル博士は、南伝北伝、上座大乗、古今の仏書を
精読し、『THE BUDDHA AND HIS DHAMMA』を書き上げた。
すなわち、アンベードカル博士が復活させ、佐々井秀嶺師の
奮闘で血肉を獲た仏教は、煩瑣な枝葉を剪定した仏教の芯、
あえていうなれば『芯仏教』なのである。

最後に笑い話をば。
講演会終了後、ひとりの中年女性がワシに近付いて来た。
異様なほど朗らかな顔。典型的な“新興宗教フェイス”である。
「あの、ぜひこの本を、ササキ先生に読んでいただきたくて」
佐々・・・きいぃ~?(ぎろッと睨み返すワシ)
「あ、いや、ササ、イ先生でしたっけ?」
すまんね。そおゆうの取り次がないことになってるんで。
だが、新興宗教オバハンはメゲることを知らない。な、なんと
佐々井師を“出待ち”して、じかに手渡したのである!

翌朝、念のため聞いてみた。昨日のアレ、読んだンすか?
「うんにゃ。どっかいっちゃった」

勇者の凱旋

勇者の凱旋
勇者の凱旋
佐々井秀嶺師が、故郷へ帰って来た。
去る5月12日、岡山県新見市“まなび広場大ホール”にて、
市民による歓迎の『佐々井秀嶺師帰郷記念特別講演』が
開催された。 会場は、平日の日中にもかかわらず、師の
幼馴染みをはじめ地元や近郷の善男善女、仏教関係者、
加えて、遠路を厭わず他県から駆け付けた聴衆によって
ほぼ満席状態となった。
司会者に促され登壇した佐々井師は、四十有余年ぶりに
まみえた故郷の人々に向かい、
「この私は日本一の親不孝者です」
と告白。両親の臨終にも帰国しなかったおのれの棄恩を、
一瞬、嗚咽に声を詰まらせながら、懺悔した。
それは、“インド仏教徒一億人の頂点に立つ日本人”の顔
ではなく、弱さや脆さ、迷いや悲しみを、愚直に、不器用に
包み隠さず曝け出す『人間:佐々井秀嶺』そのものだった。
会場からもすすり泣きが漏れる。

講演の最後、佐々井師は言った。
「日本に来てから、見る夢はインドのことばかりです。あの
貧しい・・・、ほんっとに貧しい人たちの・・・」

そこまで口にした時、ついに感情の堰が切れ、聴衆の前で
泣き出してしまった。

『大菩薩道のひとにして大煩悩道のひと佐々井秀嶺』
勇者、凱旋す。

邂逅

邂逅
剣士と法師の邂逅。さしずめ武蔵と沢庵か。
試斬居合道師範:黒澤雄太氏と佐々井秀嶺師は、初対面で
意気投合、「剣禅一如」の法味を現代によみがえらせた。
このふたりの邂逅は、ひとえに仏意であろう。

黒澤師範は、佐々井師に“鉄扇”を献呈。
するとインド仏教徒一億人の大指導者が、欲しかった玩具を
買ってもらった子供のように、おおはしゃぎ。
どこへ行くにも何をするにも持ち歩き、無邪気に自慢する。
「これで喝を入れてやるわい!」
絶対にヤメてね。それ、鋼鉄製なんだから。

今週末5月16日、黒澤雄太師範はフランス人アーティストの
ヤン・アレグレ氏と、東京青山の銕仙会能楽堂にて、
プロジェクト『ネージュ』
を開催する。一夜限りのコラボレーション舞台だ。

http://www.butokuin.com/butokuin/nihon_news090413.html

佐々井秀嶺師の気迫は、まさに「獅子吼」である。
これは、ライオンがひとたび吠えればすべての動物が畏れて
震え上がるさまになぞらえ、ブッダの威徳を讃えた言葉だ。
黒澤雄太師範が放つ気合は、佐々井師のそれに通じている。
両者ともに、文字どおり「真剣」なのだ。
シンケンなフリをする奴は、世の中に掃いて棄てるほどいる。
だが、実際に「生死一等」の刃を胸に当てる者は少ない。
佐々井師と黒澤師範は、求道者と武道家の直感で、はじめて
会った瞬間から、お互いに(できるっ!)と見抜いたようだ。
ぜひとも銕仙会能楽堂へ足を運び、その「気」に触れて欲しい。

写真は、鉄扇と真剣を交わす佐々井秀嶺師と黒澤雄太師範。
(提供:小松現氏)

※注 青山イヴェントに佐々井師はお越しになりません。

心の青

心の青
佐々井秀嶺師は修行僧時代、浪曲師でもあった。
浪花節で培った声量、聴衆の心を掴む技術は、のちに
遥か遠いインドの地で、言葉が通じない人々を前にして
絶大な効果を発揮するに至る。
仏教各宗の教学に通暁した佐々井師だが、その理解は
すべて体当たり。血が通った真の知識であり、机の上で
理屈をコネ回すブルジョア坊主とは、次元が違う。
「明日は説法せにゃならんからな」
インドの寺院で、夜、佐々井師がブ厚い書物を手にして
いた。ご法話の題材ですか。龍樹の『中論』とか?
「いや、古い講談本だ。『国定忠治』だよ」
なるほど、チュー論には違いない。

佐々井師は「情のひと」である。
情という字は、リッシンベン(=心)にアオ、と書く。
義理人情・浪花節に生きる剛直な魂は、青く光る心だ。
Blue Hearts。
インド、と聞いて「神秘」やら「経済成長」やらに惹かれる
御仁からみれば、不可触民階級と寝食を共にするなんざ
吐き気がするほど嫌いだろう。
佐々井師は、そこで、終わらない歌を唄い続けて来た。
ひとつだけの決して負けない強い力を持って。

写真は敬愛する浪曲の大家:桃中軒雲右衛門の墓前で
一節奉納する佐々井秀嶺師。
(演目は『忠臣蔵』。遥泉院と蔵之助、血判状の段」)

妄想奈落

某大手出版社の編集氏と会った。好人物であった。
そこが発行する青年向け有名週刊誌にはワシも若い頃
ずいぶんお世話になりました。はい、グラビアで。
また、漫画誌は常に売り上げ上位に君臨し、読者からの
人気投票によって連載を打ち切られてしまう戦場として、
数々の才能を世に送り出してきた。
うーん。ついにワシも流行作家の仲間入りかあ。
大御所となれば美人編集者を引き連れて、夜ごと銀座で
飲めや歌えやの酒池肉林らしい。うひゃひゃ♪

「せんせ、あたしドンペリ飲みたぁ~い」
ドカーンと百本持ってきなさい。
「今度、フィレンツェに連れてってぇ~ん」
カブールでもバグダッドでも好きなとこ連れて行ったる。
「エルメス、棚ごと“大人買い”したぁ~い」
国ごと買わんかい!
「あたし将来、女優になりたいのぉ~ん」
ジョーユーでもアーレフでも好きなもんにしたるわい!
Money Changes Everythingじゃあぁぁぁぁぁ!

バブル妄想は瞬時に消え、至って真面目な企画会議。
「現代人と仏教について云々」
あー、そっすね。やっぱ視覚に訴える手法が効果的では
ないかと考えますね。
「と、おっしゃいますと?」
70年代から王道を突き進む貴社看板誌の特性を活かし、
グラビア・アイドルとワシのコラボなんかどうですか?
「(無言)」
ワシの若い頃は今みたく情報が氾濫していなくて、女性の

水着姿だけでも、まぁ、一週間は持ちこたえたもんです。
「(眉間しわ)」
いや、そこでね、なんつーのかな、観音さまのお慈悲をば
ビジュアル的に伝えるには、やっぱアイドルかなと。
「(腕時計を見てる)」
だから、タントラなんっすよね。人間のリビドーを菩提心の
原動力として高めていく、という深遠な教義です。
「いずれまたお電話します。では」
えっ?(バキっ☆と地割れ。孤独の淵に落ちていくワシ)

気が付くと、編集氏の額から、汗がしたたり落ちていた。
怒りをこらえてくれてたらしい。
ワシ、いかんせんリビドーが強過ぎるもんで、ごめんちゃ。

「あの編集氏は古武道をやってるんです」
後日、知人が教えてくれた。そ、それ、先に言ってよ!

旅人

旅人
旅人
『一所不住(いっしょふじゅう)』。四十有余年ぶりの里帰りでも、
佐々井秀嶺師はインドにいる時と同じように、絶え間なく動き
続ける。その足で今までどれだけ踏破して来たのか。
青年期の放浪時代、上野駅を目指して線路を血だらけの足を
引きずりながら気を失うまで歩いた、という。
佐々井秀嶺師は過去も、そして今も旅人なのである。
何かを目指し、また何かを振り切るように、前へ前へと進む。
「Jay Bhim, bolo! Aage chalo!」
(アンベードカル万歳!前進せよ!)
燎原の火の如く広がるインド仏教徒復活の雄叫びは、それに
耳を貸さぬ日本仏教徒をも、慈悲のちからで押し包んでいく。

「あたし、日本に感謝してるの。だって、ササイ・バンテ・ジー
(佐々井上人)を生んでくれたんだもの」
インドの不可触民部落で、燃料用の牛糞を素手でこねながら
爽やかに微笑んだ少女の瞳を思い出す。

あの目が見た哀しみを佐々井師も見てきたのだ。同じ高さで。

法筵(ほうえん)

来る5月23日土曜午後より、京都南禅寺の「大寧軒」にて、
『佐々井秀嶺師来日記念講演』が開催される。
一般公開、入場無料。14時30分から受付開始、15時開演。
17時頃閉会予定。
おそらく今回の佐々井師滞在中、オフィシャルな一般公開
行事としてはもっとも整ったイヴェントになる模様。
無料のため、当日の参加希望者数によって入場に制限が
かかる場合もありえる。早いもの勝ち、だ。

昨秋、山際素男先生による佐々井秀嶺師の評伝小説、
『破天』(光文社新書)
が、約十年ぶりに刊行され、ブームを巻き起こした。
しかし今春、山際素男先生は佐々井師来日を見ることなく
往生の素懐を遂げられた。

「とんでもない、ちゃんと見てるよ!」
呵々と笑う先生の声が、聞こえるような気がする。

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