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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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不動と観音

不動と観音
佐々井秀嶺師は今まであまりにも多くの裏切りに遭ってきた。
インド人からも、日本人からも。
しかし、決して離反者を憎んだりしない。
「俺だってずいぶんいろんな人に迷惑をかけたからなあ」
かつては烈火の如き気性が災いし、要らぬ摩擦や軋轢を引き
起こしたことも確かにあった。誰よりも愛深きゆえ、である。
全霊で愛する者は、敵を作るリスクを常に背負う。
中途半端でいれば予定調和が身を守り、傷つくことは少ない。
だが果たして、それで“幸福”といえるのだろうか。
不動明王は右手に降魔ノ剣を構え、左手に羂索(けんじゃく)と
呼ばれるロープを携えている。これは離反者・敵対者をからめ
捕って引き寄せ、済度するための綱だ。
そして不動は、紅蓮の大火炎を背に、歯を食いしばっている。

佐々井師の故郷、岡山県の山河は、女性的な優しさを湛える。
ゆるやかでたおやか。峨々たる男性的風景ではない。
この自然環境が、佐々井師の人格形成に影響を与えただろう
ことは、想像に難くない。
情に細やかで、常に人を気遣い、いつも笑顔を絶やさない。
自分はどんなに辛くても、他人を元気づけることを第一とする。
もしかしてそれは、母性と呼ぶべきものかも知れない。
観音菩薩。厳密に云うと観音は「ハリハラ」という中性的神格を
原型とした菩薩であり、女性ではないが、母性の象徴とされる。

『Avalokitishvara(アヴァローキティーシュヴァラ)』
観音の梵名。玄奘三蔵法師はこれを、観自在、と訳した。
母親はわが子がどこにいても気遣い、自在に心の目で見守る。
佐々井師の心眼は自在だ。それも、愛深きゆえ、である。

「はじめまして、インドから来た佐々井と申します」
むかしお世話になった人に挨拶されて、うっかり思い出せない。
そんな、お茶目な一面もある、が。

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