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心の青

心の青
佐々井秀嶺師は修行僧時代、浪曲師でもあった。
浪花節で培った声量、聴衆の心を掴む技術は、のちに
遥か遠いインドの地で、言葉が通じない人々を前にして
絶大な効果を発揮するに至る。
仏教各宗の教学に通暁した佐々井師だが、その理解は
すべて体当たり。血が通った真の知識であり、机の上で
理屈をコネ回すブルジョア坊主とは、次元が違う。
「明日は説法せにゃならんからな」
インドの寺院で、夜、佐々井師がブ厚い書物を手にして
いた。ご法話の題材ですか。龍樹の『中論』とか?
「いや、古い講談本だ。『国定忠治』だよ」
なるほど、チュー論には違いない。

佐々井師は「情のひと」である。
情という字は、リッシンベン(=心)にアオ、と書く。
義理人情・浪花節に生きる剛直な魂は、青く光る心だ。
Blue Hearts。
インド、と聞いて「神秘」やら「経済成長」やらに惹かれる
御仁からみれば、不可触民階級と寝食を共にするなんざ
吐き気がするほど嫌いだろう。
佐々井師は、そこで、終わらない歌を唄い続けて来た。
ひとつだけの決して負けない強い力を持って。

写真は敬愛する浪曲の大家:桃中軒雲右衛門の墓前で
一節奉納する佐々井秀嶺師。
(演目は『忠臣蔵』。遥泉院と蔵之助、血判状の段」)

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コメント

青い心。…人間だれしも迷いや嫌な事、辛いことがありますよね。つめこまれてきた、意味のないガラクタをどうしていいんだ?誰もが隠し持っている孤独は誰がうめてくれるんだ?いらないものが多すぎる、けど僕らは生かされている。冗談みたいな世の中です。でも思い出に寄り掛かってる自分の横顔は見たくない。どっかの爆弾より魅力のある目の前の誰かを見付けるために進みます。遅過ぎることなんて本当はなにもないんだから。限られた時間の中で夢をみつづけるしかないですね。死んだらそれでサヨウナラ。こんな夜に…エンジン…いかれちまったら悲しくて哀しくて、涙はそこからやってきました。 ところで和尚様、あなたの周りにイニシャルk,kの人は居ません?カゲノカンリニン。そんなことは、まあ、はっきりさせなくてもいい、夕暮れは炎のようにあかい。それよりももっともっと赤い血がながれてるんだから 。トランジスタラジオでも聞きながら就寝します。いつか、五月の風のビールでも飲みに行けたらいいなって思います。いつでも、真っ直ぐ、歩けるか!?ゆりかごから墓場まで…ばかやろうをくぐりぬけて…歩けるか?長文、駄文、失礼しました。

>影野管理人様
ヒロトの弔辞には泣けましたね。
Long Live Rock'n'Roll。
キヨシローは「永遠」から来て「永遠」に帰って行ったんですよ。

私の高校卒業制作は、清志郎さんの肖像画でした。
自分はイラストレーターになるのが夢でしたが、それは叶えられませんでした。しかしあの頃、夢を見られたことは幸せだったと思います。清志郎さんの背景は鮮やかなピンク色にしました。なぜか、その色彩を担当教師に褒められた記憶があります。人間として「まっとう」だった清志郎さんだからこそ、弾けるような色彩の中で燃えるような人生を疾走できたのだと思います。

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