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最後の墓参

最後の墓参
最後の墓参
出立を目前に控えて、佐々井秀嶺師は高尾山を登拝した。
生涯の師:山本秀順貫主と出会った、思い出の地。
「日本を去る前に、もう一度お師匠様へご挨拶せんとな」
二か月前、成田空港到着後、真っ先に訪れたのもここ高尾山
だった。日本の土を踏んだらまず最初に師匠の墓参りをする、
そして出国する時はきちんと今生のお別れをする。
佐々井師は、義のひと、である。

山本秀順師は戦時中、ブッダの説く「不殺生戒」に則り、当時、
日本の仏教界が権力に膝を屈して戦争支持へ走る中、敢然と
戦争反対を唱え、のべ四百日に及ぶ過酷な拷問を耐え抜いて
信念を貫いた傑僧であった。
獄中で、ややもすれば揺らぎそうになる山本師を支えたも
のは
親鸞の語録『歎異抄』の言葉だった。
後年、門下に加わった佐々井師は山本師からその本を授かり、
むさぼるように読みふけった。
「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」
悪人、とは自分のことだ・・・と。

「俺の嫌いな言葉は、人間失格、だな」
それは、失格する手前で諦めた者が口にする言い訳だから。

諦めるのはいつでもできる。
佐々井秀嶺師が残した、われわれ日本人への宿題だ。

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コメント

和尚様
佐々井師の講演を拝聴することはできませんでしたが、師の熱い思いが和尚様の文面を通じて伝わりました。
師にお会いできることも仏縁、師の言葉を伝え聞くことも仏縁と思っております。
師の人生に共感する者の一人として、末席に加えていただければ幸です。
今、自分に何が出来るか考えて、私も「立ち上がって」みようと思いました。
印度の不可触民の話、そこで仏教復興を通して彼らに自由を、と活動している日本人僧がいるんだ、という話は毎日の妻との会話の中にも登場しています。
一人でも多くの人に師の活動を伝えて生きたいと思います。

>hide様
お言葉、感激しました。佐々井師に成り代わり御礼申し上げます。理解に先立つものは共感、そしてそれに先立つものは「熱」。共感は梵語でマイトリー。慈、と訳されます。ですから『慈悲』の悲すなわちカルナーの意味するところは、共に泣き、共に手を携えて立ち上がる「熱」なのだと思います。ありがとうございました。

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