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笑顔

笑顔
今回をもって佐々井秀嶺師来日特集は終了します。

闘う仏教、と聞いて眉をひそめる人もいるだう。
ソフト&マイルドな癒し系の知的アクセサリーとして、仏教に
関心を抱く向きには、煙たがられて当然であろう。
或る学者は「がんばれ!仏教」と檄を飛ばす。
確かに今の日本仏教は、ふにゃふにゃと腰砕けで、少しは
がんばる素振りでも見せなきゃ、資本主義社会の商倫理に
照らして御布施を受け取る資格がない。
とはいえ一体、なにをどうがんばれ、と云うのだろうか。
世襲制と非課税の護送船団に守られ、人生を闘う意思すら
持たず、既得権益の保全だけを至上課題とする僧侶らには、
がんばらずに消えてもらったほうが、よっぽど世のため人の
ためではないのか。

佐々井秀嶺師来日に関し、こんなワシでも、悔し涙を流した
ことが何度かあった。
関係者には知られた事実なので、無用な波紋を避けるため
ここでは敢えて詳説しない。醜悪過ぎるからだ。
例えば或る僧侶は、来日に先立ち、滞在中に於ける佐々井
師の言動を自分に管理させろ、と云ってきた。
また、別個の或る仏教団体は、自分たちの依頼した講演で
佐々井師側が用意した資料の配布にストップを掛けてきた。
(結果的には先方が折れ、無事に配ることが出来た)

良識ある一般の方々にはにわかに信じがたいことだろうが
21世紀の自由主義国家で実際に起きたことなのである。
こういう連中に対し、無邪気に「がんばれ!」と云える幸せな
御仁を見ると、ワシなんぞはつい、中指を立ててしまう。

『闘う仏教』。
哀しい皮肉だが、佐々井師が闘わねばならぬ相手は、日本
仏教界の中にもいたのである。
ちなみに佐々井師は、言論弾圧の件をすべて知っていた。
知ったうえで、なお笑顔を絶やさず、人生最後の母国行脚を
続けたのである。待ち焦がれる人々を笑顔にするために。

誰かの笑顔を守るため、みずから笑顔を絶やさぬこと。
それが、『闘う仏教』である。

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