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意の血

意の血
無論、自戒を込めて云うのだが、痛みの伴わない言葉は
いつも虚しい。いかに響きが美しくとも、本性は雑音だ。
64年目の『敗戦記念日』
頭の中でいじくった屁理屈だけで勇ましげに愛国ポーズを
取るひとに、痛みはあるのだろうか。
同じく、加害者の自覚を強調するあまり断罪の恍惚に酔い
痴れているひとにも、果たして痛みはあるのだろうか。
意の血(いのち)。こころが血を流す。

非暴力には、暴力行使と比較にならないほど強靱な意志と
固い覚悟が要る。平和は、戦争より困難な闘いなのだ。

写真は、高尾山参道に建てられた山本秀順阿闍梨揮毫の
『殺生禁断』碑
佐々井秀嶺師の師匠:山本秀順阿闍梨は、実際にこころと
からだの血を流して、戦争に反対し続けた。大慈悲ゆえに。
そして、戦死者も手厚く弔った。大慈悲ゆえに。

「殺生禁断だって!なんか怖っえー!」
過ぎ行く観光客が、碑文を横目で見ながら言った。
つまり「殺・禁・断」の字面から、意味も分からないまま反応
したらしい。それに気づいたのか、佐々井師は苦笑した。

意の血が流れなくなったとき、“ひとのいのち”は枯れる。
悼み、すなわち、痛み。

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