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大煩悩道(二)

まずは待望の告知をば!
佐々井秀嶺師母国行脚に二カ月間独占密着取材を
敢行した小林三旅氏制作によるドキュメンタリー、

『男一代菩薩道2/佐々井秀嶺44年ぶりの帰郷』
CX(フジ)系にて、8月13日深夜<早朝>2時38分~
3時38分、いよいよオンエアだっ☆

みんな!気合い入れて、脇をしめ、拳を内側に構えて
えぐり込むように、見るべし!見るべし!見るべし!

・・・さて、ぶっちゃけ理趣経トーク第二回。

「愛縛清浄句是菩薩位」
束縛し合うことは煩悩ではない。
愛とは基本的に押しつけがましいものである。例えば
親の愛情は、子供のリクエストと関係ない。
“自主性”を尊重するくらいなら、アンタなんかどうでも
いい、と白状しちまえ。裏切られても自主性だ。

「一切自在主清浄句是菩薩位」
えー、ちょっとマジメな説明が要るかな。
一切自在主とは、Lokeshvara、つまりシヴァ神のこと。
仏教では“人が煩悩にとらわれ苦悶することを楽しむ
コマッタちゃん”というキャラなんだ、あの神様は。
ほら、いるじゃん。ひとをからかって、
「コクっちゃえば?なんなら代わりに言ったげよか」
とか勝手に盛り上がる奴。
でもそいつのおかげでカップル成立なら、儲けもんだ。

「見清浄句是菩薩位」
見つめることは煩悩ではない。
グラビア・アイドルを、じゃないぜ、あれはお仕事だ。
惚れた相手をうっとり見つめるあまり、相手の心が見え
なくなることって、あるだろ?
だから、ちゃんと見る。初心に帰って見つめることだ。

「適悦清浄句是菩薩位」
しっくりいく喜びは煩悩ではない。
だいたい赤の他人同士が、ピタッ!と隙間なく合わさる
なんて、本当はありえないことなんだ。
予定調和や妥協ではなく、グッチャグチャでみっともない
本音の次元で共鳴し合うこと。これが肝心。

なんか披露宴の祝辞みたくなってきたなあ。(つづく)

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