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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2009年9月

仏子

仏子
仏子
仏子
佐々井秀嶺師のもとで新たに得度したインド僧たち。小さな掌を合わせ帰依を誓う少年に、リトル・ブッダを見た。日本仏教界はいまだに「インドの仏教は十三世紀に滅びた」と云い、「日本仏教こそ(自分の宗派こそ)正しい」などと、呆れた妄想に浸っている。そんな彼らからすれば、この少年は「存在しない」ことになるわけだ。もはや憤りを通り越し、情けなくなるのはワシだけだろうか。

真実

真実
真実
真実
見よ!画面に納まり切らない大群集を。いかに日本のマスコミ、日本の仏教界が彼らの存在を無視・黙殺・封印しようとも、この地平線をうめつくす仏教徒の数、それが真実である。そしてすべての人々の熱き心と目は、四十年以上前はるか遠い日本から来たたったひとりの人物に注がれている。佐々井秀嶺師。これが今、現に動いている『歴史の真実』なのである。

大地の咆哮

大地の咆哮
大地の咆哮
大地の咆哮
『改宗記念日』前夜祭。国際仏教大会の舞台上から、会場を埋めつくした大群集に向けてメッセージする佐々井秀嶺師。差別に屈するな!こころのちからで立ち上がれ!貴方たちを妨げようとする者に対し、哀れみをもって怒りの声を上げ、真実を知らしめよ!仏教はインドより始まり、またインドより復活するのだ!混迷の現代、仏教復興こそ人間復興の道なのだ!

前夜

前夜
前夜
前夜
『アンベードカル博士改宗記念祭』の前夜、ナグプール市内にはインド各地から遠路をいとわず三等列車で、あるいは徒歩で参詣に訪れた仏教徒たちがあふれ返る。貧しい彼らはホテルになど泊まるお金はない。本部インドーラ寺の本堂はそんな彼らのために解放され、入りきれない人たちは門前で野宿する。
「せめてササイ・バンテ・ジーのそばで眠りたい」
ワシも彼らの仲間に入れてもらった。

龍宮へ

あす25日金曜から約三週間、インドはマハーラーシュトラ州の
ナグプールへ行く。言わずと知れた仏教復興の聖地だ。
佐々井秀嶺師の膝下でその謦咳に触れて来る。とはいえ滞在
期間の前半は日本からの来客対応でほとんど予定が詰まって
いるが。帰国は10月17日になる見込み。

ナグプールはサンスクリット発音で“ナーガ・プーラ”。
龍宮、の意味である。
また具名を“ナーガールジュナ・プーラ”とする説もある。
大乗仏教創始者:龍樹の宮城、という意味だ。
今から四十年以上前、若き日の佐々井秀嶺師はその龍樹から
メッセージを受けた(と本人は信じている)。

  我は龍樹なり。
  汝、速やかに南天龍宮城へ行け。
   我が法城は汝が法城、汝が法城は我が法城なり。
  南天鉄塔もまたそこにあらんか。

信じる、信じないは主観によるが、この言葉だけを心の支えに、
佐々井師が四十年以上もインドの最下層民衆と苦楽を共にして
きたことは、紛れもない客観的事実である。

さて、通信状態の許す範囲で、現地より写メ入りブログをUPする
つもりでいる。ケータイからなので、改行やフォント・サイズなどの
レイアウトに関してはあしからず御容赦を願いたい。
問題は、電力だ。充電できなきゃ話にならん。
なにせインド仏教会本部インドーラ寺院のある辺りは、いまだに
生活電力が時間配給制(!)なのである。

以前、弟弟子のM君とふたり、鍋を電熱器にかけてウドンを煮て
いたとき、無慈悲にも電気が止まった。
「ちっきしょー。もうちょっとでウドン喰えたのに」
余熱でなんとかならんか?と鍋をかき回し続ける坊さん×2。
明かりの消えた僧房の一室で、怨嗟に満ちたクッキング・ショー。
鍋の中身は、いつしか不気味なバリウム状態。
「悔しいっすよねえ」
M君、しばしバリウムの海を見つめ、やがて意を決したように、
「喰って喰えないことはない!」
・・・が。やっぱり喰えなかった。生煮えの小麦粉は凶器となる。

明くる朝、
「ふたり揃って下痢か。枕を並べて討ち死にだな、がははは☆」
佐々井師に笑われてしまった。

では、行って参ります。

波紋

今年一年を振り返るにはあまりにも早過ぎるが、今週金曜から
約三週間インドへ行くワシにとっては、ひとつの機会だと思う。
『佐々井秀嶺師44年ぶりの帰郷』
この歴史的出来事に微力ながら関われたことは、所詮チンピラ
坊主に過ぎないワシの人生に、分不相応な栄誉であった。
思えば昨年秋、佐々井師が、
「そろそろ来年あたり日本へ行くつもりだ」
と言った時、はいはいそーね、とまったく真に受けなかった。
過去、何度か帰郷話は持ち上がったが、ことごとく実現に漕ぎ
着けなかった。日本の佐々井師関係者の間では、いわばUFO
目撃談と同類のファンタジーであった。

今年始め、作家:山際素男先生にお会いすることが出来た。
佐々井師の存在を日本国内に知らしめた第一人者であり、なに
よりそれまで名だたる仏教学者が誰ひとりとして成し得なかった
インド仏教復興の根本聖典、アンベードカル博士畢生の大著、
『ブッダとそのダンマ』(光文社新書)
完訳本を世に送り出した、まさに玄奘三蔵にも匹敵しうる仏法の
大功労者なのである。
初対面のチンピラ坊主にわざわざお時間を割いて下さり、病躯を
圧してお話を聞かせて下さった。
「そおかあっ、佐々井に会えるのかあ、頑張って生きなきゃなあ」
佐々井師来日の一ヶ月前、山際先生は浄土へと帰られた。

先生が投じた真実の一石は、大きな波紋を広げた。
ちょうど今、インドの佐々井師のもとに日本の御婦人がおふたり、
訪ねて行っている。明朗快活な女傑コンビだ。
「どんな雑用でもいいから佐々井先生のお手伝いがしたくって☆」
御両名とも一般社会人である。

お寺の身内でもなんでもない、ごくフツーのオバサン(失敬!)だ。
資金をやり繰りし、連休を利用して、出掛けられた。
大寺院の奥様ならハワイのコンドミニアムでリゾートあそばされる
ところだろうが、こちらは、インドの不可触民居住区へ・・・。
仏教復興は、すなわち『人間復興』なのだ。

慈悲(じひ)。仏教語である。
日本では慣例的に、「慈悲をかける」や「なにとぞお慈悲を」という
ような、上下の力関係的ニュアンスで使われてきた。
だが本来の梵語では「慈=連帯」、「悲=共感」を意味する平等な
人間関係をあらわした言葉なのである。
ふたりの女傑は、佐々井師のもとでその慈悲を実践しておられる。
すべては山際先生が投じた一石から始まったのだ。

波紋に揺られる頼りない笹舟のワシも、今週末インドへ。

上野ヘ!

慈悲と怒り
9月19日土曜、上野に青き炎を灯そう!
『チベットの真実を訴えるピースウォーク』
(写真は昨年4月26日長野善光寺で行われた平和行進)

殺戮者からお墨付きを受けた愚劣で悪趣味な展示会、

「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝展」

こんなものを放置したら、日本に平和国家を名乗る資格は
ない!黙認・黙殺は、もっとも卑劣な犯罪協力である!


集合時間 午前11時30分
 場 所   「台東区竹町公園」 東京都台東区台東4-21-1
 最寄駅  JR御徒町駅、東京メトロ日比谷線仲御徒町駅
出 発   12時
 コース   竹町公園→春日通→多慶屋前→御徒町駅前→
        上野広小路→天神下交差点→池之端一丁目
到着点   上野公園 12時30分頃 (到着後流れ解散)

詳細は以下をご覧ください。

IAATE
http://seichi-tibet.com/news/2009/09/919_peace_walk/

スーパーサンガ
http://www.supersamgha.jp/2009/09/post-42.html#extended

9/19 チベットの真実を訴えるピースウォーク
http://mixi.jp/view_event.pl?id=46173605&comm_id=7228

RFUJ(ラジオフリーウイグルジャパン)
http://rfuj.net/news_2009_tibet_ueno.php

配布文書
http://ux.getuploader.com/tib_flyer/

『名士の系譜』

友人編集者から彼が担当した新書を頂いた。即拝読。
『名士の系譜 日本養子伝』新井えり著 集英社新書
著者名を見てワシは最初、
(へえ~!あのアイドル、学者先生になってたのかあ)
と勘違いしてしまった。ゆうにゃん、かと。・・・失敬。
さて内容は、日本近代史において養子縁組が果たした
成功例を列記し、世襲のアリ地獄から日本社会が抜け
出す方途を指し示している。鳩ちゃん、読めよ。

ワシが飯喰ってる坊主業界も、基本的に世襲制。
この本は副題の通り
養子によるサクセス・ストーリーを
集めたものだが、今までワシが業界内で見てきたのは
世襲にしろ養子にしろ、ダメダメなケースが多かった。
もちろんsuccessがsuccessたるゆえんは“希有だから”
であり、みんなが成功してたら栄光もへったくれもない。
累々たる失敗例のボタ山に咲く、一輪の成功花。
リアルな現実は、積み上げられた失敗者達の腐臭漂う
屍の群にこそある、と偏屈なワシは思ってしまう。

「東西翻癌痔」という教団は、日本仏教既成宗派で最大
規模を誇る組織だ。
ところがなんと、日本の伝統教団の中で唯一、管長職が
選挙ではなく、血統世襲で決められるのである。
悪フザケではない。彼らは本気だ。
そのため、悪弊因習は末寺にまで浸透し、血筋さえ寺と
つながっていれば、お経が読めなくても坊主ブランド。
跡取り息子がいない場合、娘に婿養子を取ってなんとか
寺の血を絶やすまい、と信心より血統護持を優先。
例えば実際、付き合ってた彼女が寺のひとり娘で、妊娠
させたのがバレて
彼女の父親(つまり住職)から脅され、
“できちゃった婚”で婿養子に入り副住職サマとなったが
プロの「坊さんスキル」を習得できず、結局離婚して寺を
追い出された、という奴さえいる。マジで。

『名士の系譜』著者も云うごとく、養子がプラスの効果を
発揮するのは、血以上に資質が問われるからだ。
血統を守るための養子なら、ドブへ墨を流すに等しい。

え? 乱暴な性格が災いし、寺の婿養子に行けなかった
ワシのルサンチマンじゃないかって? それも、ある。

DNA

些か旧聞に属するが、「宗教ネタ」なので取り上げようと思う。
石川県の宗教屋が安っぽいガラス製の置物を『ご真体』と称し、
信者にひとつ100万円で売りつけていた、と。
そいつのDNA情報を入れたチップが張り付けてある(?)ので
開運厄除けに御利益がある、とかなんとかセールス・トーク。
結局、宗教法人の資格がないため個人の所得隠しと見なされ、
追徴税額は重加算税を含め、およそ5億3000万円、だそうだ。
・・・うーん、詐欺の手口としてはシンプル過ぎますねえ。
かつてこれとまったく同じビジネスを、オウム真理教がやってた
わけですが、すっかり忘れられちゃったんですね。残念です。

「人の弱みにつけ込んで」
たしかに、それは大罪です。人倫の根本にもとる悪行です。
ですが“開運厄除け”というファンタジーに100万円も払える人が
いる事実を、弱者=無垢、で塗り込めてしまうのも問題ですね。

また、騙される状況を放置していた責任はないのでしょうか。
石川県といえば、昔は『加賀の一向一揆』で知られた浄土真宗の
とても盛んな土地柄、で・し・た。
今回、宗教屋が売っていたガラスの置物には「南無阿弥陀仏」が
刻まれており、詐欺師にしてみれば、ローカル色に合わせただけ
なのでしょう(千葉県なら「南無妙法蓮華経」にしてたかな)。
しかし、あらゆる呪術、巫術、占術を真っ向否定する親鸞教義の
メッカだったはずの地方で、こんな開運グッズに需要が発生した、
という現実は、ゆゆしき事態だと思いますよ。

閑話休題。
先日、お寺の奥様がたの勉強会に講師として招かれた。
僧侶の母でもある貴婦人たちに、世襲制がもたらす危機を訴えた
つもりだった。

「八百屋のおかみさんで、ピーマンとカボチャをおなじ色だから、と
まちがえるひとはいません。魚屋のおかみさんで、アジとサンマの
見分けがつかないひともいませんね。お寺の奥様がたは、仏教を
どこまで説明できますか?」

辛口のレトリックであったが、遠慮せず話して良い、との主催者の
言葉を真に受け、つい熱く語ってしまった。
のちに、感想をまとめたアンケートを読んで、呆れ果てた。
「私の里は四百年以上続いた名刹で、いまの寺も由緒があります。
商店と同列に扱われたのは不快でした」

DNAだのみ、は日本の仏教界にも巣喰っている。

名古屋にて

名古屋にて
愛知県に住む在日インド仏教徒と会うため名古屋へ
行ってきた。織田信長は一向衆の仇だけどみゃ。
ンで、駅前オブジェの定番といえば、『謎の裸婦像』。
それも必ずと云って良いほど微妙にメタボ体型。
しかし、いっつも思うのだがこの手のシロモノ、企画の
段階で誰も異論を述べなかったのだろうか。
地元有力者や商工会議所のおっさん連中が集まり、
「でら裸婦でかんわ」
「ういろうな肌にきしめんの髪で味噌カツもあるでよ」

初夏に訪れたときは佐々井秀嶺師のお供だったため、
ストリート・ウォッチングをする余裕もなかった。今回は
不審人物!と通報されない程度に、街を眺めてみた。
とはいえ、上から下まで赤ずくめのインド式袈裟を着た
スキン・ヘッドが目立たないわけはない。
「どうも☆お久し振りです♪」
在日インド仏教徒が流暢な日本語で声を掛けてきた。
その後、名古屋の駅前に喧しいヒンディー語の会話が
飛び交う。でら目立ち過ぎだみゃ。

彼の家でパーリ勤行。
二歳に満たぬ幼子が最後までおとなしく礼拝した。
さすがは釈尊の国の民。現代日本人とは宗教情操が
根本的に違う。信仰心に才能すら感じてしまう。

わが国は『B.R.I.C.s』のブームに相乗りしたがるだけで
「ひと」としての彼らから何かを学び取ろうとはしない。

幼子の合掌に勝るものなど、この世に無いのに。

イジられ役

民主党圧勝ね。これも日本人の翼賛体質なんだよな。
テレビつけると、鳩ちゃん、もうイジられまくり。
なんかどんどん目つきの悪い鳩になってる気がする。
しかし今月末にインドへ行くワシにとって、鳩ちゃんの
指名する外務大臣が身元保証人みたいなもんになる
わけだから、ひとつよろしくたのんます。くるっくー。

イジりやすいタイプの奴、っているよな。
(こいつ今、狙ったろ?)
つい疑いたくなるようなボケを、ネイティヴにかませる
才能持った奴がワシの後輩にもいる。

「すえんぷわい、大学の少林寺拳法部の合宿に特別
参加させてもらいましたあ!」
わざわざ“ヤンキーな一休さん軍団”となかよくピース
決めた写メを送って来る。顔面直撃、竜巻旋風脚。
「びっしびしシゴかれましたよお!」
ドMか。って、相手は学生、おめえは三十過ぎだろが。
「だけど先輩の殺気って尋常じゃないっすよねえ」
なら試してみるか?至近距離から波動拳。
「先輩はもろドSですもんねえ」
肛門貫通、昇龍拳。

殊勝にも四国遍路の行脚に出た、というから、ワシは
柄にもなく安否を気にかけていたが、またもや、
「石段、まじキツかったっすう!」
山門をバックにカメラ目線で自分撮りした写メの凶弾。
四国遍路といえば『るるぶ』で『じゃらん』なOLさんとか
女子大生もしくは悲しい過去を捨てに来たお姉様とか

いるだろっ。そおゆう写メ送ってこんかい!
数日後、送られてきたのはリッチな“お遍路ツアー”の
濃縮還元美輪明宏みたいなおばはん軍団に囲まれて
ピース決めてる“ホラーの泉”な写真だった。
「添乗員さんがすごい美人でしたよお」
肝心のそれ写ってねえし。
「メアド交換しました。お遍路の御利益ですかね」
・・・・呪われろ。逆回りして冥府魔道に行けえぇいっ!

ふと気がついた。イジられてるのはワシのほうじゃん。

青春の痛み

青春の痛み
写真は、高尾山の仏舎利塔に詣でた佐々井秀嶺師。
タイ王室から贈られたブッダの分骨が祀られている。

佐々井師は青春時代の二年間、タイで生活していた。
名刹ワット・パクナーム寺院。
僧侶三百人、尼二百人が修行にいそしみ、瞑想道場
として内外に名を知られた大寺院であった。
若き留学僧佐々井秀嶺に授けられたタイ式法名は、
「サッティヤ・ラタノー(真宝)」
物事の本質を飽くことなく探求し、体当たりで取り組み、
壁にぶつかれば中央を破壊して突き進む佐々井師に
ぴったりの名であった。

だが、いや、それゆえ佐々井青年の目にはタイ仏教の
抱えた欺瞞や矛盾点が、次々と映し出された。
大寺院で読経と瞑想三昧に耽っていれば、日常生活は
すべて在家信者がまかなってくれる。
出家者はただ「貰う」だけで「与える」努力をしない。
それどころか考えもしない。なんなのだ、この人達は?
なるほど、これが小乗(劣等宗派)と日本仏教が彼らを
蔑む理由か。しかしちょっと待てよ、大乗(優秀宗派)を
自称する日本のお寺だって、この人達と同じ特権階級
ではないか。一体、俺はどうしたらいいんだ?
佐々井青年自身もまた、留学修行僧の身でありながら
恋の悩みにもがき苦しんだ。

ひとである以上、ひとを愛することから離れられない。
大煩悩道を離れたところに大菩薩道は無い。
「慈悲ってな、せつないもんだよ。恋みたいなもんだな」
いつか佐々井師が語ってくれた。

ゼットン来襲

昨晩、都内某所にて小さな宴席。愉快夜。
台風来襲をものともせず集まったのは、今春、佐々井秀嶺師の
来日に同行、もしくは遠路をいとわず講演会に駆けつけた熱き
魂の男たちだ。
怒涛の二ヶ月間を共に闘った“戦友”が、久し振りに一堂に会し、
時が経つのも忘れてあれこれ語り合った。
面々に共通する思いはただ一つ、
「佐々井秀嶺に惚れている」
ということ。地位や名声なんざ、クソといっしょに便所へ流した。
男ごころが男に惚れて、である。無論、二丁目系ではない。

「しかしお坊さんって、どうしてこう、ダメダメなのかねえ」
某氏が口火を切る。すまんね、ワシいちおう業界人なもんで。
「ある寺じゃ、佐々井師がひれ伏して礼拝してる時、見物してた
坊さんたちは知らん顔。なにやってんの?って感じだったな」
「そのくせ記念撮影にはガッツリ入りたがるしねえ」
「和尚、ああいうひとたちからその後連絡は?」
きれいさっぱり。
「もらいグセがついてるってか、常識的な感謝すらないよね」
よく寺の玄関なんかに“日々是感謝”とか標語が張ってあるが、
ありゃブラック・ユーモアかも知れん。

「たぶん、それさえ感じてないと思うよ、この調子じゃ」
「もちろん立派なお坊さんもいて、巻紙に達筆な礼状を下さった
方もいるから、一概に言うのはいけないけどね」

競争原理の働かない世界で生まれ育って、向上心の使い途を
学習してない坊さんって、けっこういるんだよ。
「自分の寺に“M78星雲から来た正義の味方”を祀り、それを

佐々井師に自慢してた住職もいたっけ」
「題目や念仏の代わりに、シュワッチ!とか唱えてたりして」
「てか、お経が短くて三分で終わるんじゃね?」
「袈裟が点滅したりしてな」
彼らにとって佐々井師の来日は、ゼットン来襲!だったかもね。

お開きとなり店を出ると、すでに雨は上がっていた。
熱き魂に、初秋の夜風が心地良かった。

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