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青春の痛み

青春の痛み
写真は、高尾山の仏舎利塔に詣でた佐々井秀嶺師。
タイ王室から贈られたブッダの分骨が祀られている。

佐々井師は青春時代の二年間、タイで生活していた。
名刹ワット・パクナーム寺院。
僧侶三百人、尼二百人が修行にいそしみ、瞑想道場
として内外に名を知られた大寺院であった。
若き留学僧佐々井秀嶺に授けられたタイ式法名は、
「サッティヤ・ラタノー(真宝)」
物事の本質を飽くことなく探求し、体当たりで取り組み、
壁にぶつかれば中央を破壊して突き進む佐々井師に
ぴったりの名であった。

だが、いや、それゆえ佐々井青年の目にはタイ仏教の
抱えた欺瞞や矛盾点が、次々と映し出された。
大寺院で読経と瞑想三昧に耽っていれば、日常生活は
すべて在家信者がまかなってくれる。
出家者はただ「貰う」だけで「与える」努力をしない。
それどころか考えもしない。なんなのだ、この人達は?
なるほど、これが小乗(劣等宗派)と日本仏教が彼らを
蔑む理由か。しかしちょっと待てよ、大乗(優秀宗派)を
自称する日本のお寺だって、この人達と同じ特権階級
ではないか。一体、俺はどうしたらいいんだ?
佐々井青年自身もまた、留学修行僧の身でありながら
恋の悩みにもがき苦しんだ。

ひとである以上、ひとを愛することから離れられない。
大煩悩道を離れたところに大菩薩道は無い。
「慈悲ってな、せつないもんだよ。恋みたいなもんだな」
いつか佐々井師が語ってくれた。

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コメント

和尚様、今月末インドへ出発ですか。大志あるお体、くれぐれもご自愛ください。

佐々井師の来日以来、和尚のブログを拝読。過去記事も目を通しました。様々な警世の文に、読むごとに考えさせられます。護国寺では拝聴できなかった山際素男氏についての和尚の思いも、今後ぜひ綴っていただきたい。

が、世の中の諸問題は尽きませんね。昨年長野を席巻した、和尚言うところの「紅旗の乱」に関連しますが、東京・上野の森美術館で、中国政府公認の『聖地チベット-ポタラ宮と天空の至宝』展が開催。

あまりの政治宣伝色の濃さに、各種の抗議イベントが企画されているようです。美術館正門前の天海僧正毛髪塔で抗議と追悼の祈りを捧げるイベントが行われるようで、有志が寛永寺と天海僧正毛髪塔を管理するお寺(寛永寺旧子院)へ挨拶と趣旨説明に行くと、先方の反応は「とっても迷惑です!!」。オ~イ、日本仏教界!!。どう思われますか?。もう、なんとかしてください!!。

(その辺の顛末が書かれているブログです)
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshi2_99/20803765.html

>米太郎様
寛永寺といえば、林家こぶ平が「正蔵」を襲名するとき一山挙げて全面的にバックアップしてましたっけね。噺家はOKでも、同じ仏教徒が弾圧・虐殺されている現実には「とっても迷惑」。さすがは南光坊天海を開基とする権力寺院ですな。
天海こそ、今日に到るまで日本仏教界を内部腐食させている『寺檀制度』を作った張本人。また「宗旨人別制度」すなわち檀家となった寺の宗旨によって人間を階級分けする“日本のカースト制度”を作った主犯格です。江戸庶民の戯れ言に、
「禅天台、真言浄土はひとのうち。日蓮乞食、門徒それ以下」
というのがあったそうです。「ひとのうち=人類」と呼ばれた宗旨の人別が、つまり士農工商。武士や公家が信仰した宗旨が列挙されていますね。その他の二宗が、被差別階級です。乞食以下、と謂われたワシは、かえって清々しいですわ。

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