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『虚人のすすめ』

友人の編集者から献本していただいたので紹介する。
『虚人のすすめ』(康芳夫著:集英社新書)
副題に“無秩序(カオス)を生き抜け”。康氏は、昭和の
興行界で数々の大イヴェントをブチ上げた人物。
ネッシーやオリバー君など珍獣ネタから、モハメド・アリ
招聘までも手掛けた『伝説の呼び屋』である。
ワシのような昭和テレビ少年にとって、湖面にV字波を
描きつつ鎌首もたげる恐竜の写真(もちろん偽造)や、
パンツ穿いて飛行機から降りて来た獣人(もちろん猿)
の衝撃的光景は、強烈なトラウマとなった。
特に、オリバー君がタラップの上で手(もちろん前足)を
高々と挙げ、仕込まれた挨拶芸を披露してくれた時は、
つい反射的に「あ、ども」と返礼してしまった。

さて、本の内容。
みずから『虚業家』を公称する人物だけあり、文体から
してハッタリ感が強く、胡散臭さが漲っている。
だがそれこそ著者の狙いだろう。“実”を気取る偽善者
に対する、痛烈なカウンターとなっている。
そもそも不変の実体などこの世に存在するわけがなく、
“虚”を口にする者とて、それを実体化して認識する。
ゆえに康氏は、あえて『虚人主義者』を名乗る。
「私にとって虚は何もない状態、ゼロという認識(中略)。
このゼロとはいかなる思考も感情も、そして身体すらも
入り込めない、徹底して何もなく、何の意味もない」
「ゼロは冷徹なほどまったく何もない状態でありながら、
同時に宇宙の森羅万象を一瞬にして表現してしまう」
「仏教で言うところの“空”に近いかもしれない」

ワシが思うに、霊能者という商売も、虚業ではないか。
前世などの目に見えない物件を、さも見たことあるかの
ように、もっともらしくプレゼンする。
心霊とオリバー君の決定的違いは、実物を見せてしまう
ことで是か非かを消費者判断にゆだねる点だ。
とはいえ、いまだネッシー信者がいる如く、カルト信者は
教祖の嘘にのめり込むことで、“虚”を“実”に夢想する。

その後、オリバー君は、対人ストレスから心身症を患い、
動物病院で淋しく老いていった、とも聞く。
虚業に踊らされた猿の末路はひたすら哀れである。
・・・自戒を込めて。

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コメント

昨夜、急逝したMichael Jacksonのドキュメンタリー映画、This is it を見てきました。
和尚様のコラムを拝見すると、エンターテイメントも究極の虚像と言えますね。インディアナ州の労働者階級で有色人種として生まれたMichael Jackson は、天性の歌とダンスの上手さでショーマンとしての生涯を送ることになりました。
マイノリティというハンディに加えて父親の搾取と母親の新興宗教というダブルのボディーブローを浴びながら、Michaelには基底に人間に対する信頼感はあまり育っていなくて、自らに与えられたkingの称号即ち虚像にすがって生きたわけですから、例えは失礼ですがオリバー君と似ているかも知れません。
しかし、後半のMichaelは酷く貶められ、やがて子供の父親となった後、自分の生業を子供たちに見せたいというシンプルな動機にたどり着き、そして老いが隠しきれないと知った時に、初めて虚の持つ「宇宙の森羅万象を一瞬に表現してしまう」力、それとも「空」に気づいたのかもしれません。
若かりし頃のムーンウォークやゼログラビティのない、ただ老いた生身の体から発せられる神のような歌声に、今までにない彼の霊性を感じました。
猿のオリバー君と違って、Michaelはゼロに辿り着いたから救われたように思いました。ファイナルカーテンコールを目前にリハーサルに励んでいた彼は、間違いなく生きる喜びに満ちており、輝いて見えました。
亡くなったことは非常に残念でしたが、彼の人生が踊らされたまま終わらなくて本当に良かったと思いました。
虚を実だと夢想し続ける人生は破壊しか残しませんからね。
でも、最近の世の中は夢想することを歓迎しているような感じがします。なんだか気味が悪いですね。

>HIROMI様
虚業の価値は、夢を夢としてオーディエンスに提供する技量にあると思いますね。
なまじ、実を気取るとかえって嘘になる。例えば、プロレスを八百長と云うのは簡単ですが、いかなる格闘技興行も傷害と殺人を禁じた法律の枠内でルールに縛られながらどうやったら観客に入場料分を納得してもらえるか、に掛かっているわけです。人様に見せて金銭を得る以上、虚業の要素は必要不可欠なんですね。また、それに要する努力と忍耐と鍛練を「八百長!」と言い捨てる自称:良識人は、果たして同じことを自分で出来るのか?出来る訳がない!
昨夜ワシは、友人のシタール奏者とタブラ奏者のミニ・ライヴを見てきました。
インド古典音楽の膨大な楽理楽論を背景にして、彼らは見事な即興演奏を聞かせてくれます。しかもショーとして充分に楽しませてくれる。
音は、リズムは、実体として残りません。まさに虚ですが、実を超越したプロの世界でしたよ。

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