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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2009年11月

『戦場でワルツを』

映画『戦場でワルツを(WALTZ WITH BASHIR)』を観た。
イスラエル発のアニメーション作品だ。
大友克洋を思わせるタッチで、アニメの手法を取りながら
ドキュメンタリー仕立ての物語が展開する。
ユダヤ教徒にとって“約束の地”を取り戻したイスラエルの
建国は、パレスチナのイスラム教徒を凄惨な地獄へ突き
落とすものだった。
「撃て」
「・・・何を?」
「いいから撃つんだ」
「お祈りは?」
「祈りながら撃て!」
この台詞のやりとりこそ『9.11以後』の時代を生きる人類の
姿を象徴している。祈りは、銃の飾りに過ぎないのか。
神の名において殺す者、神の救いを信じつつ殺される者。
どこにも正義は無い。正義が、殺し合いをさせるのだ。

おとなげないことを云うがワシはイスラエルという国が嫌い
である。まぁ、年甲斐もなく青臭い理由だ。
ひとさまの土地を乗っ取り、繁栄を謳歌し、金の力で国際
世論をねじ伏せている。そのうえ核兵器を保有している。
中国がチベットや東トルキスタンにしているのと同じことを
イスラエル政府はやっている。
毛沢東思想は無神論だが、神を否定するというのは合理
主義に対立する概念の存在を認めない、ということであり、
つまるところ、一神教と同質なのだ。
だが、中国がどんなに経済成長しようとこの『戦場で~』の
ような作品は作れない。だいいち、表現の自由が無い。
それらをひっくるめ、『戦場で~』は傑作である。

映画の主人公(監督自身)は、抜け落ちた戦場での記憶を
求めかつての戦友たちを訪ね歩く。
「そこに俺はいたか?」
「いや」
原題にある『~BASHIR』とはレバノン侵攻後に選出された
バシール大統領のこと。権力に踊らされた兵士たち。

物語の中で、アウシュヴィッツに言及したくだりがある。
虐殺を生き延びた民族が、虐殺をする側に回った。
1982年9月。サブラ・シャティーラ事件。
パレスチナ難民に向けイスラエル兵の銃口が火を噴いた。

ラスト。突然アニメが実写に変わる。ぜひ映画館で確認を。

天邪鬼

天邪鬼
今さら言うまでもないがワシはあまのじゃくである。
自覚したのは小学生の頃。日教組が大暴れの時代、
春闘・秋闘(死語)で毎年二回は休校になっていた。
職員室前の廊下は真っ赤な横断幕で封鎖され、立て
看板やらアジビラやら、校内にアジトが出来ていた。
だからワシは、登校した。
学校は友達に会える大切な空間で、教室はギャグを
連発して授業を妨げる知的闘争の場であった。
それをワシから奪うことは、スターリンでも毛沢東でも
ポルポトでも金日成でも、絶対にみとめない。
大声でTV版『ハレンチ学園』の主題歌を唄いながら、
赤幕をすり抜けた。
廊下の向こうでは、校長がひとりで窓を拭いていた。
ワイシャツの袖をまくり、黙々と。
「電脳君・・・だったね。今日は学校、ない日だよ」
あンじゃん。校長センセがいンだから。
「君は・・・天の邪鬼だねえ」

この時に抱いた胸の熱さが、今もワシを駆り立てる。
佐々井秀嶺師が、校長とダブる時がある。
インドの被差別民衆と共に四十有余年、迫害や中傷、
弾圧や謀略に立ち向かい、命の危機に晒されながら
決して怯まず、小さき者、弱き者のために働く。
ワシは、佐々井学校の生徒になれて本当に良かった
と思っている。これも天の邪鬼のおかげ、か?

写真は、多聞天に踏み付けられた天邪鬼。
多聞(毘沙門)は四天王の一尊で、広目天や持国天、
増長天らと共に宇宙を守護する。
多くを聞き、かたよらず世界を見、社会を支え、発展を
促す神々に調伏された魔族、それが天の邪鬼だ。
これは、痛烈な皮肉ではないのか。
多くを聞かず、狭隘な視野で、周囲や他者の幸福など
考えない。それがワシら人間の本性でありその流れに
逆らう反骨の気概を、天の邪鬼、と呼ぶのだから。

慈悲は勇気

「あなたの持っている自由を
         持たない人のために用いて下さい」
               - アウンサンスーチー -

先週末、東京国立市で開かれていた写真家山本宗補氏と
野田雅也氏による『ビルマ・チベット写真展』を見に行った。
真実を訴える映像の数々に圧倒された。
峨々たるヒマラヤ、その銀嶺を徒歩で越え、命がけで亡命
するチベット仏教徒たち。
中国軍の狙撃に遭い、思いを遂げることなく殺される者。
かろうじて国境を越えても凍傷によって脚を失う者。
野田氏は、みずから身命をかえりみず占領下のチベットへ
潜入。今この時に起きている歴史の事実を活写した。
抗議デモで叫ぶ若きチベット僧の凄絶な姿が、かつてインド
の亡命者居住区で出会った青年僧と重なる。
「俺たちゃずっとチームだぜ」
そう言って彼は手を差し出し、固い握手を交わした。
涙が溢れて来た。

山本氏は軍事政権支配下のビルマ(ミャンマー)へ潜入。
現地の秘密警察に不当逮捕され、国外退去処分を受けた。
アウンサン・スーチー氏への単独取材、軍事政権に屈せず
仏教信仰を守る山岳民族:カレン族の集落で寝食を共にし、
活きた仏教、『行動する仏教』の息遣いを伝えてくれた。
寺の前で祈りを捧げるカレン族の女性達。凛として一心に、
しかも静謐に、全霊を込めて祈る。なんぴとも妨げること能
わざる、菩薩の祈り。
母として妻として、姉として妹として、また恋人として友として、
彼女たちは、“そのひとの笑顔を守るため”、祈る。
「慈悲とは勇気のことだ」
佐々井秀嶺師の言葉を思い出して、眼が釘付けになった。

日本仏教の或る僧侶は云った。
「活仏を崇めるチベット仏教は低次元で不完全だ」
「ミャンマーやタイ、インドなどは小乗仏教で劣っている」
また或る大寺院の奥様は云った。
「その“ダマイララ”って、何宗のお坊さん?」

あまりに馬鹿馬鹿しくて腹も立たないが、もし日本の仏教が
大乗(=大きな乗り物)だとしたら、やけに空席が目立ってる
ように見えるのだが・・・。
しかも、肝心の運転手(お寺さん)が乗っていない、と。

仏頂面よ永遠に

仏頂面よ永遠に
仏頂面よ永遠に
週刊文春連載の宮崎哲弥氏『仏頂面日記』が11月26号を
もって終了した。三年間、お疲れさまでした。
この春、南禅寺大寧軒に於いて、宮崎氏は佐々井秀嶺師
と対談した。その一部は小林三旅氏『男一代菩薩道2』の
番組中でも放映されたが、実際の対談は二時間に及んだ。
「有名な先生と聞いて緊張しとりました」
佐々井師の飾らない言葉でふたりの対談は始まった。
最初はお互いに話の接点を探し合うようなぎこちないやり
とりが続いたが、休憩を挟んで、弾けた。

「インドでは、子供たちがお坊さんを見ると駆け寄って来て
挨拶をするんですが、日本に来たら、この前なんて学校の
先生が子供たちを私から遠ざけようとするんですよ」
佐々井師44年ぶりの帰国でもっともショックだった出来事。
現代日本の公教育が、宗教情操を全面的に排除している
ことなど佐々井師はまったく知らない。
「ひどいねえ!その先生」
教育問題にも一家言を有する宮崎氏が憤慨する。
当然だ。坊さんに敬意を表する躾ぐらいしたからといって、
思想強制になるわけがない。

佐々井師がインドでハンセン病患者達の集落を見舞って
いる話をした時、宮崎氏が反応した。
「これ素晴らしい話だから、収録、もう一回いい?」
小林三旅氏に問う。ええ、是非。
「佐々井先生、同じ話、もう一度お願い出来ますか?」
外国暮らしの長い老僧を気遣って宮崎氏が聞く。
だがそこはそれ、青年時代、浅草で浪曲師として舞台に
上がっていたパフォーマー佐々井師、難なくこなす。
しかも一回目は放送禁止用語とされているハンセン病の
旧称で語ったのに、指摘を受けた二回目からはちゃんと
今日的に言い変えたのだから、さすが。

仏頂面。
世の中に対し、それ違うんじゃねえの、と云う気骨。
慈悲深いブッダの微笑は仏頂面が示す問題意識と行動
に裏打ちされたものである。・・・仏頂面よ、永遠に。

大楽金剛

刎頸之友、日本武徳院試斬居合道の黒澤雄太師範が
スポーツ医学専門誌『Training Journal』12月号に寄稿
している。教えられる所が多いので紹介したい。

<力を抜く>
「真剣にやろうとするとほとんどの人が力を入れてしまう。
本当はいかに力を入れるかではなく、力を抜くかでしか
ない」
「力がこもる、力をこめるという言葉のほうがよいのでは
ないか(中略)抜くことばかり意識させると力がこもらなく
なってしまうし、抜こう抜こうと逆に力が入ってしまう」
今のワシには強く響いた。
丸一日考えても指一本動かさなければ何も変わらない。
力を入れるというのは観念に過ぎず、入れた気になって
自分ひとりが満足するだけである。
こめる。それは蓄える、養う、の意味でもあろう。
誰かを笑顔にするにはまず力を抜かなければ出来ない。
こめる。それは仏教で謂う『慈悲』であろう。

<手を抜く>
「手を抜くということを必要以上に悪として捉えられる文化
が日本にはあるように思います」
「手を抜くことをもっとポジティブに捉える必要があるので
はないでしょうか」
道元の言葉、禅はこれ安楽の道なり、を思い出す。
厳格な座禅の修行は、一見、苦しいから価値があるかの
ように思われがちだ。だが道元禅師は、安楽、と。
黒澤師範は常に真剣を振るい、太い仮標を一刀のもとに
斬る。発する気合いは地を揺るがす雷鳴の如し、である。
その師範が、手を抜く、と説く。
天然自然の自分。赤肉団上、一無位の真人。そう云って

いるのだと思う。ワシの迷いが、バッサリ斬られた。

『大楽金剛』
この秋、インドで佐々井秀嶺師と二人きり膝詰めで講話を
拝聴した時、佐々井師が語ってくれた教えだ。
小楽は無常にして苦なり。されど、大楽は金剛不壊にして
吹く風、注ぐ雨、拠って立つ大地と共にあり。
「たとえば、惚れた女を全宇宙だと思や、いつもそのコに
抱かれてることになるだろ?」

佐々井師来日中、黒澤師範は演武を奉じた。

舟歌

舟歌
写真は、本年10月14日、アンベードカル博士改宗記念の
正当日にインド仏教会本部インドーラ寺院本堂にて勤め
られた法要の風景。
地位も名誉も捨てた僧侶と尼僧が、佐々井秀嶺師と共に
読経を奉じる。ここでは確かに、仏教が活きている。

些か旧聞に属するが、某国与党の幹事長が言ったとか。
「キリスト教文明は非常に排他的で独善的な宗教」
中学生並みの認識と語彙に憐みを禁じえないが、かつて
シンキロウ元首相が、いわゆる「神の国」発言をした時の
ようにマスコミが叩かないのは解せんな。
幹事長どの、金剛峯寺を訪れた“旅の恥は掻き捨て”で、
坊主をヨイショ♪したつもりだろう。ナメられたもんだ。

まぁ、『9.11』以後の空気に乗った文脈から、なし崩し的に
OKなんだろうが、こんな票田確保のゴマをすられて、
「やっぱそっすかね。えへへへへ」
とヤニ下がってるようじゃ、全日本仏教会もお先真っ暗。
・・・国王を礼(らい)せず。クソ権力にゃ中指立てろ!

「のちの世に 渡す舟にぞ なるべきに
            世渡る艘に なるぞ悲しき」

平安時代の高僧:源信の母が詠んだ歌といわれる。
源信は若くして学問を究め、天皇の御進講(臨時講師)を
任じられた。 彼の見事な講義に感銘した天皇は、白絹の
反物を下賜した。
親思いの青年僧源信は、故郷の母へそれを送った。
だが後日、そっくり送り返されてきた。上の歌を添えて。
「お前には苦しみあえぐ人たちを“来世へ導く舟”になって
欲しかったのに、世間を渡る舟の一艘(そう=僧)となって
しまったのですね。母はとても悲しく思います」

佐々井秀嶺師を批判する日本仏教僧の中には、自分が
有名人やタレントと並んで撮った写真を、WEBで公開して
悦に入ってる者もいるそうな。みっともねー。
ま、ある意味、わっかりやすいタイプではありますな。

大情菩薩

大情菩薩
あえて誤解を恐れずに云うが、佐々井秀嶺師とインドの
仏教徒たちは、『情』で結ばれている。
そこに整然たる“理”はない。理を弄ぶ輩はいない。
今春二カ月間の母国行脚の折り、佐々井師は恩人各位
を訪ねて深々と感謝の辞を述べた。
闘病生活にいる恩人にはその手を取り涙を浮かべつつ
言葉をかけた。情のひと:佐々井秀嶺師に国境はない。

とある地方の町へ恩人を訪ねたとき、たまたまその日が
先方の御身内の初命日であった。
「一緒に墓参りへ行こう。お前も来なさい」
じつは佐々井師、旅の疲れから体調を崩し、歩行すらも
ままならぬ状態であったが、言い出したら聞かない。
墓地のあるお寺が浄土系だったので、僣越ながらワシが
読経を奉じることになった。
『大千応感動 虚空諸天人 当雨珍妙華』
(ブッダの説法に世界が感動し天の神が美しい花びらを
雨のように降らす)
終えて、御家族と共に車へ乗り込むと、晴天を割る豪雨。
しかも一瞬で止んだ。偶然にしても出来過ぎていた。
「お前は神通力があるのか?がはは☆」
佐々井師にからかわれたが、そんなものある筈がない。
強いて言うなら、情が呼んだ涙雨、だ。

理をもって佐々井秀嶺師を難ずるのは、とてもたやすい。
なぜなら情は、文字通り『無理』の世界だからだ。
日本人僧侶や学者の多くはインドを旅行するとその街の
最高級ホテルに泊まる。いわゆる大名旅行である。
熱いインドの空気をエアコンでキンキンに冷し、わざわざ
涼しくした部屋で「シャワーの温度がぬるい」とブーたれ、
レストランのビールの冷え具合に文句をつける。
そんな輩が形ばかりの“理”を振りかざしてみたところで、
御当人が恥をかくだけである。
日本でもインドでも、民衆こそ佐々井師の理解者なのだ。

お詫び

 皆様へ

諸般の事情から今後しばらくブログの更新が滞る
状態が続くと思われます。
週に一本はアップするよう心掛けますが、なにとぞ
御寛恕賜りたく、あしからず御了承下さいませ。

                         電脳和尚

中央突破!

某大学教授と話した時こんな意見を聞いた。インドに於ける
佐々井秀嶺師の活動の、方法論についてだ。
「僕の知ってるインド人が云うには“ササイのやり方は返って
逆効果、敵対勢力をも巻き込んで段階的にやるべき”、と」
佐々井師が取り組む、ブッダガヤ大菩提寺奪還闘争。
仏教はキリスト教・イスラム教と並ぶ世界三大宗教のひとつ
でありながら、ブッダが悟りを開いた聖地をヒンドゥー教徒に
乗っ取られたままなのである。佐々井師は、決死の断食など
捨て身の手段でその不正を訴えている。

んー、その“段階云々”を唱えたインド人は、どんな?
「お坊さんです、仏教の」
つまり彼は、宗教弾圧するヒンドゥー教の地主と妥協してでも
効率的に成果を積み上げてったほうが良い、と。
「運動ってそういうもんじゃないですかね。目的達成が最優先
なんだから、とにかくまず目の前の一段を確実に、ね」
んー、大人の御意見ですな。
けど佐々井師の最優先価値は宗教的信念です。目的も同じ。
ゆえに方法論もまた然り。常に中央突破、なんですね。

だが教授のように佐々井師の存在に注目してくれるだけでも
大変ありがたいことである。
お釈迦様の国で仏教が復活し、その先頭に立っている人物が
元日本人・・・。こんな世界史的大事実をまともに取り上げない
我が国の大手メディア、そしてお釈迦様のおかげで飯喰ってる
はずの日本仏教界の無関心ぶり、を思えば。

佐々井師の活動に密着して、至近距離からその横顔を撮影し
続けている写真家:山本宗補氏のスライド・トークが開かれる。

JVJA写真展2009
<世界187の顔> ~生命の現場から~

『こころの眼で聞き入るとき ことばの垣根は存在しない』
〇時間 11月8日(日曜) 16:00 ~18:00
〇会場 キッド・アイラック・アート・ホール

    世田谷区松原2-43-11 京王線明大前下車徒歩2分
いまや一億人を越えて増え続けるインド仏教徒の最高指導者
となった日本人僧、佐々井師の活動を余すところなく伝える。

  ◇予約/問い合わせ
  日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)
  東京都千代田区神田淡路町1-21 静和ビル2B
  TEL 090-6101-6113 FAX 03-3252-7651
  E-mail
office@jvja.net

音の菩薩道

先月末、日本を代表するインド音楽ミュージシャンの
ライヴを聴きに行った。
シタール:
伊藤公朗氏とタブラ:吉見征樹氏の火花を
散らす共演に、ワシは、目と目の間を撃ち抜かれた。
両氏のサウンドで特筆すべきは、一つ一つの音粒が
鮮やかに際立ち、一音だけでも心を震わす『うた』に
なっていることだ。聞く者の魂の、一番奥深いところを
直撃する。こんな演奏は、滅多に(本場インドでも!)
お耳にかかれない。一食抜いても聴きに行くべき。

「よう喋る奴って、結局なに話してんのか分からんよう
なるやんか。けど、あんま話さへんのがひとこと云うと、
せやなあ、って。みたいな」
休憩時間に吉見氏がさりげなく呟いた。
音数と加工で埋め尽くせばOK、な現今の音楽状況は
まやかしでしかない、とワシも思う。
例えて謂うなら、そんな音楽は、女ったらしの小まめさ
と同じだ。ヤリたい下心を一見細やかな気遣いで隠し、
緻密な計算に基づいて、優しさを演じる。
そのほうが自分も相手も傷付かないし、誰も損しない。
だが、傷付いたり損をしたりしないで出会える『本物』、
そんな都合の良いトレジャーなどあるわけがない。

あるいは、『本物』を忌避したがる習性は、群集心理の
一種かも知れない。
多数派(らしき空気)に紛れて、おのれを守ろうとする。
個性とは、孤性なのだ。ニセモノやまやかしに囲まれて
いれば、とりあえず群れていられる。・・・くっだらね。
精神の根っこまでジャンク・フードに汚染されちまったら、
次に屠殺場で大量処分されるのは他でもない、消費者
自身ではないか! おっと、喋り過ぎたな(中指)。

伊藤氏とワシの出会いは、佐々井秀嶺師を中心として
広がった“熱い波紋”の恩恵による。
『音響忍(おんこうにん)』
仏教用語。言葉を越えたサウンドで悟りに至る、という
意味。伊藤公朗氏はまさに、音響忍のひと、である。

   ※公朗ファミリー『Anjali』ライヴ予定
  11月21日土曜13時より
  東京都調布市若葉町1-32-13 森のテラス

  (詳細は http://sitar.cool.ne.jp/ )

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