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舟歌

舟歌
写真は、本年10月14日、アンベードカル博士改宗記念の
正当日にインド仏教会本部インドーラ寺院本堂にて勤め
られた法要の風景。
地位も名誉も捨てた僧侶と尼僧が、佐々井秀嶺師と共に
読経を奉じる。ここでは確かに、仏教が活きている。

些か旧聞に属するが、某国与党の幹事長が言ったとか。
「キリスト教文明は非常に排他的で独善的な宗教」
中学生並みの認識と語彙に憐みを禁じえないが、かつて
シンキロウ元首相が、いわゆる「神の国」発言をした時の
ようにマスコミが叩かないのは解せんな。
幹事長どの、金剛峯寺を訪れた“旅の恥は掻き捨て”で、
坊主をヨイショ♪したつもりだろう。ナメられたもんだ。

まぁ、『9.11』以後の空気に乗った文脈から、なし崩し的に
OKなんだろうが、こんな票田確保のゴマをすられて、
「やっぱそっすかね。えへへへへ」
とヤニ下がってるようじゃ、全日本仏教会もお先真っ暗。
・・・国王を礼(らい)せず。クソ権力にゃ中指立てろ!

「のちの世に 渡す舟にぞ なるべきに
            世渡る艘に なるぞ悲しき」

平安時代の高僧:源信の母が詠んだ歌といわれる。
源信は若くして学問を究め、天皇の御進講(臨時講師)を
任じられた。 彼の見事な講義に感銘した天皇は、白絹の
反物を下賜した。
親思いの青年僧源信は、故郷の母へそれを送った。
だが後日、そっくり送り返されてきた。上の歌を添えて。
「お前には苦しみあえぐ人たちを“来世へ導く舟”になって
欲しかったのに、世間を渡る舟の一艘(そう=僧)となって
しまったのですね。母はとても悲しく思います」

佐々井秀嶺師を批判する日本仏教僧の中には、自分が
有名人やタレントと並んで撮った写真を、WEBで公開して
悦に入ってる者もいるそうな。みっともねー。
ま、ある意味、わっかりやすいタイプではありますな。

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仏教・宗教全般」カテゴリの記事

コメント

>有名人やタレントと並んで撮った写真
どういうわけか、こういう御仁は医者とお坊さんに多いような気がします。同じ「におい」がするなあ。苦しむ人を助けないで、やたらと保身と私利に聡い、という点で。

与党幹事長が、なんでいきなり宗教の話なんかするの?と疑問だったが、そういういきさつでしたか。票田の前では本能的にヨイショするのが政治屋の性ですからね。まあ、与党にヨイショしているマスゴミも、いずれ叩き屋に変貌ですよ。記事が売れればそれでいいんですから。どちらも動機は私利のみ。同じ穴の狢ということですね。

>HIROMI様
先日は暖かい励ましを頂戴し、ありがとうございました。
お互い、人生上で大変つらい時期を迎えていますが、佐々井秀嶺師の座右銘、
『必生(ひっせい)』
を心に念じながら、一つ一つの波に立ち向かっていきましょうね。
さて、与党幹事長、キリスト教団体が提出した撤回要求をはねつけたそうですな。とはいえそのうちナアナアで手打ちになるんでしょうが、いつもは政治家の失言を待ちかねてるマスゴミの「おとなしさ」は気味が悪いですね。
大東亜戦争前の体制翼賛と同じく、世論の風向きに乗ってるだけなんでしょうな。
・・・いつか来た道、軍靴の響きが聞こえる!(ワシは左翼か?)

>有名人やタレントと並んで撮った写真
S学会の「えらい人」みたい。電車の中吊で「〇〇博士と平和を語る」なんてタイトルがついて・・・
横道にそれますが、冷静に考えれば〇〇博士ってこの電車に乗っている人の何人が知っているのでしょう?
(会員だって、学会の通信以外からは聞いたこともないのでは?)
穿った見方をすれば・・・
仮にその辺の外国人に正装させて、舞台の上で仲良く握手をしている写真をパチリ。適当に肩書きをつければ何とでも作れるように思う。
よく訪問販売員が「〇丁目の奥さんもご購入いただきまして、大変ご好評でした。」などというが、「〇丁目の奥さん」なんて知らない、とツッコミを入れられる人がどれだけいるか・・・似ているような。

話はかわって-
仕事柄、医療関係者と接することも多いのですが、「俳優の〇〇さんや××大臣を診たことがある」などと自慢する輩もいます。反吐が出そう。
社会的身分や知名度で「命の重さ」が変ってくるのですね。きっと。

>hide様
先だってわが身内の四大不調に際しましては、心に染みるお言葉を賜り、厚く感謝申し上げます。
さて、例の幹事長、考えてみれば痔功連立の基礎を作った人物。宗教業界に色目を使うのは、いわば彼の持ちネタということでしょう。 (´,_ゝ`)プッ
S学会の名誉会長サマ、奥方のお名前は「かねこ」サマとおっしゃるそうな。
で、脱会者の間ではこんなジョークがあるとかないとか・・・。金と名誉。
話変わって、以前ワシが某所で一席頼まれた時、主催者に名刺を渡したら怪訝な顔をされました。ワシの名刺の肩書は、
『Jay Bhim(ジャイ・ビーム=アンベードカル万歳)』
まぁ確かに、肩書とは云えないし、日本ではほとんど知られていないインド仏教徒の雄叫びだから仕方がない。とはいえ主催者は仏教関係者。彼は云いました。
「ジャイブヒム、という団体の方ですか?会長さんとか?」
・・・ワシにゃ名も無き被差別民衆の雄叫びこそが、最高最大の肩書なんじゃい!

和尚様、先日はつまらん情報をお知らせし、ウンザリさせたようで申し訳ない。知的闘争心の惹起が、和尚の元気回復の妙薬と愚考したが間違いでした。ご心労の日々でしょうが、なにとぞ初志貫徹、修行も頑張って下さい。
 
何を申しても釈迦に説法のようで恐縮ですが、和尚曰く「脆くて弱い迷いだらけの男」とのことですが、同じ事を、親鸞上人や佐々井上人も申されている。ただ偉い人たちは、くねくねと迷い、悩みながらも自分で考え、決して信念は曲げずに前進を続けたのだと思います。佐々井上人の「蛇のように~」の一節も、迷い、挫折しても、「歩き続けるしかないのだぞ~」との、人々への叱咤激励と、勝手に解釈しております。

例の佐々井批判を著した御仁も、「密教21世紀フォーラム」などを開催しているところをみると、やはり日本仏教の現状には危機感をお持ちのようです。しかし彼の文章の主語は、「空海は・・・」か「日本の仏教は・・・」ばかりで、「私は…」が無い。彼の佐々井師への問いかけは、ブーメランのように彼自身へ投げ返されていると思いました(佐々井師はすでにその生きざまを通して答えている)。

しかし、それはそれで、和尚様から「師匠に代わってお答えします」と、愚直に反駁されるのもよいかと愚考した次第です。そこから建設的な議論が起こり、多少とも日本仏教の活性化につながれば、佐々井師帰国の成果の一つになると思います。ご自分には反論する資格はないとのお言葉ですが、反論や批判に資格は必要はないと存じます。ご自愛と今後のご活躍を祈っております。

>米太郎様
いずれにせよ、かの人物は公的にモノを言うための知的誠意とやってあたりまえの情報収集に欠けています。ゆえに、反論に値しない。ただそれだけのことです。

和尚、気にしちゃダメですよ。
飲み会とかでよくあるパターン。
「せっかく紹介してやったのに」って(笑)
盛り下げの名人、みたいな。

>通りすがり様
はじめまして(かな?)、よろしくお願いします。
ワシが思ったのは、映画『Blues brothers』の冒頭で主人公の二人がジェイムズ・ブラウンの教会へ逃げ込んだ時、ゴスペルを聞いて雷に打たれるシーン。ああいう体験をあれ以外の表現でどうやって伝えろってえの?分かるだろ、たいがい・・・!
という感じです。○○名人かどうかは別として。

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