2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト

« 天邪鬼 | トップページ | 翼なき者 »

『戦場でワルツを』

映画『戦場でワルツを(WALTZ WITH BASHIR)』を観た。
イスラエル発のアニメーション作品だ。
大友克洋を思わせるタッチで、アニメの手法を取りながら
ドキュメンタリー仕立ての物語が展開する。
ユダヤ教徒にとって“約束の地”を取り戻したイスラエルの
建国は、パレスチナのイスラム教徒を凄惨な地獄へ突き
落とすものだった。
「撃て」
「・・・何を?」
「いいから撃つんだ」
「お祈りは?」
「祈りながら撃て!」
この台詞のやりとりこそ『9.11以後』の時代を生きる人類の
姿を象徴している。祈りは、銃の飾りに過ぎないのか。
神の名において殺す者、神の救いを信じつつ殺される者。
どこにも正義は無い。正義が、殺し合いをさせるのだ。

おとなげないことを云うがワシはイスラエルという国が嫌い
である。まぁ、年甲斐もなく青臭い理由だ。
ひとさまの土地を乗っ取り、繁栄を謳歌し、金の力で国際
世論をねじ伏せている。そのうえ核兵器を保有している。
中国がチベットや東トルキスタンにしているのと同じことを
イスラエル政府はやっている。
毛沢東思想は無神論だが、神を否定するというのは合理
主義に対立する概念の存在を認めない、ということであり、
つまるところ、一神教と同質なのだ。
だが、中国がどんなに経済成長しようとこの『戦場で~』の
ような作品は作れない。だいいち、表現の自由が無い。
それらをひっくるめ、『戦場で~』は傑作である。

映画の主人公(監督自身)は、抜け落ちた戦場での記憶を
求めかつての戦友たちを訪ね歩く。
「そこに俺はいたか?」
「いや」
原題にある『~BASHIR』とはレバノン侵攻後に選出された
バシール大統領のこと。権力に踊らされた兵士たち。

物語の中で、アウシュヴィッツに言及したくだりがある。
虐殺を生き延びた民族が、虐殺をする側に回った。
1982年9月。サブラ・シャティーラ事件。
パレスチナ難民に向けイスラエル兵の銃口が火を噴いた。

ラスト。突然アニメが実写に変わる。ぜひ映画館で確認を。

« 天邪鬼 | トップページ | 翼なき者 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/46891886

この記事へのトラックバック一覧です: 『戦場でワルツを』:

« 天邪鬼 | トップページ | 翼なき者 »