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天邪鬼

天邪鬼
今さら言うまでもないがワシはあまのじゃくである。
自覚したのは小学生の頃。日教組が大暴れの時代、
春闘・秋闘(死語)で毎年二回は休校になっていた。
職員室前の廊下は真っ赤な横断幕で封鎖され、立て
看板やらアジビラやら、校内にアジトが出来ていた。
だからワシは、登校した。
学校は友達に会える大切な空間で、教室はギャグを
連発して授業を妨げる知的闘争の場であった。
それをワシから奪うことは、スターリンでも毛沢東でも
ポルポトでも金日成でも、絶対にみとめない。
大声でTV版『ハレンチ学園』の主題歌を唄いながら、
赤幕をすり抜けた。
廊下の向こうでは、校長がひとりで窓を拭いていた。
ワイシャツの袖をまくり、黙々と。
「電脳君・・・だったね。今日は学校、ない日だよ」
あンじゃん。校長センセがいンだから。
「君は・・・天の邪鬼だねえ」

この時に抱いた胸の熱さが、今もワシを駆り立てる。
佐々井秀嶺師が、校長とダブる時がある。
インドの被差別民衆と共に四十有余年、迫害や中傷、
弾圧や謀略に立ち向かい、命の危機に晒されながら
決して怯まず、小さき者、弱き者のために働く。
ワシは、佐々井学校の生徒になれて本当に良かった
と思っている。これも天の邪鬼のおかげ、か?

写真は、多聞天に踏み付けられた天邪鬼。
多聞(毘沙門)は四天王の一尊で、広目天や持国天、
増長天らと共に宇宙を守護する。
多くを聞き、かたよらず世界を見、社会を支え、発展を
促す神々に調伏された魔族、それが天の邪鬼だ。
これは、痛烈な皮肉ではないのか。
多くを聞かず、狭隘な視野で、周囲や他者の幸福など
考えない。それがワシら人間の本性でありその流れに
逆らう反骨の気概を、天の邪鬼、と呼ぶのだから。

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コメント

和尚様も多分私と一緒の気質でしょう?
今の世の中、斜に構えていないと本質が見えないこともあります。

私もいつも毘沙門天(家内)に踏みつけられていますが、踏みつけられている天の邪鬼が親指立てて「イェーイ!」と言っているように見えるのは私だけでしょうか?

>まねき猫様
そうそう☆この天の邪鬼像、どう見たって本当にイェ~イ! b(^o^)d してますよね。
しかも踏みつけられてるのに「やったネ♪」な顔。もしかして、ドM?

斜に構えるのは、ぐわっと正面を向いた時のためにちからを蓄えることなんです。
そのかわり爆発したらハンパないっすよ。 ( ̄ー ̄)ニヤリ

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