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お詫び

 皆様へ

諸般の事情から今後しばらくブログの更新が滞る
状態が続くと思われます。
週に一本はアップするよう心掛けますが、なにとぞ
御寛恕賜りたく、あしからず御了承下さいませ。

                         電脳和尚

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

和尚様、いったい何事ですか?。お体の具合でもお悪いのですか、それともどこからか圧力が…?。大志あるお体、くれぐれもご自愛ください。

>米太郎様
ご心配をお掛けして申し訳ありません。
圧力ならば闘いはお手の物ですが、身内に重篤な病人が出まして、病院との往復生活になりました。更新停滞につきましては、どうか御容赦願いたく存じます。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

小生も余命いくばくもない家人を抱えており、ご心労察するに余りあります。それで、少しでも元気が出ればと思い、お知らせです。佐々井上人の帰国では、一般の大きな反響に比して、アカデミズム、宗教界・仏教界の反応が皆無だったのは残念なことでした。が、ここに来て、初めて佐々井師の仏教についてのコメントが発表されました。真言宗智山派の僧侶であり、密教21世紀フォーラムという組織の事務局長の任にある、長澤弘隆師による、題して「佐々井秀嶺師に問う」。ただし、かなり手厳しい批判的内容ですが…。しかし、あくまで冷静に論を起こしているので、ここは黙殺せず、感情に走らず、反論の難しい佐々井師に代わり、冷静に反駁されてはいかがかと。19世紀、友人ダーウィンに向けられたキリスト教会の激烈な進化論批判に憤然として立ち向かい、舌鋒鋭い弁舌で並みいる論敵を次々と粉砕した、ダーウィンのブルドックこと動物学者・トーマス・ハクスリー卿のように。

『空海論遊』長澤弘隆のページ 「佐々井秀嶺師に問う」
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-ronyu/nagasawa/post-263.html

>米太郎様
お気遣い感謝します。
ご紹介のページ、読んでみました。いろんな考え方があって良いと思います。
「黙っていたら、佐々井の言い捨て、言いたい放題になってしまうじゃないか!」
そう仰っているように愚かなワシには感じられました。感想は、以上です。
ワシは犬猫の葬儀も引き受ける坊主です。反論する資格はありません。
ただ、断片的にメディアが報じた言葉の端をもって論を起こされたのが残念です。

和尚様
御身内の早期の御回復をお祈りいたします。
如何なる病状であっても身内に病に臥せっている者がいる事は、さぞかし御心配、御心労だと思います。
私も母を送り、妻は病弱で和尚様の御心労いかばかりかと心中お察しします。
でも看病している側が心身折れては病人に伝わります。
和尚様もけして無理をなされませんよう御自愛下さいませ。

>まねき猫様
お言葉、胸に染みました。
所詮は他人様の不幸を喰い物にする葬式坊主、と斜に構え、アウトローを気取ったチンピラに過ぎないワシです。佐々井師のもとへかようのも、来日イベントのために奔走したのも、自己満足の勝手なツッパリでした。
実際は、脆くて弱い迷いだらけの男です。佐々井師日本行脚中の二カ月間、その後の多忙、そして秋の三週間インド滞在が、高齢の身内には想像を超えたストレスとなっていたようです。
確かにあの頃、ワシは「イケイケ」でした。そういう時は、知らず知らずのうちに周囲を冷たくあしらってしまうもので、いわゆる「有頂天」だったのかも知れません。
大義に陶酔し、日常の小さな事象をなおざりにしていました。始末におえない馬鹿野郎です。後悔先に立たず、とはいえ今は、自責の念に駆られております。
しかし、医療の現場にいらっしゃるまねき猫様のお言葉は、大きなちからになりました。正直、涙がこぼれました。本当にありがとうございます。

思いがけない事態に驚いています。しかしご自分を責めるなど、和尚様、もってのほかです。病は仕方のないことです。それ以上御心を傷つけられませんように。
私は義母が余命を告げられたばかりです。義母にどのように接したらよいのかわからず、心は沈むばかりです。
本当につらい晩秋ですね。しかしくれぐれもご自分を追い詰めずに、お身内の力になって差し上げて下さい。ご回復をお祈りいたします。

>HIROMI様
ありがとうございます。弱音は甘え、と知りつつも、自分のしてきた振る舞いを顧みると、やはり舞い上がっていました。ひとに説教を垂れる坊主として失格です。
ですがこうして皆様の御心遣いを賜り、今何をすべきか、を見据える方向に考えを向けることが出来るようになりました。
思えば、身内が臥せる直前、インドの佐々井秀嶺師から国際電話がありました。
「最近、大丈夫か?いろいろ上手くいってるか?」
おそらく佐々井師は何かを感じ取っておられたのだと思います。
皆様、本当に、本当に、ありがとうございます。

和尚様
大変驚いております。
どうぞ御身内の看病に専念してください。
どんなに誠心誠意看病しても、後悔の念は消えないことは想像に耐えません。
ただご自身をあまり責めないでいただきたいのです。

私事ですが、昨年の暮、父が急死しまして看病することもできませんでした。
生きているうちになにか出来なかったものかと今更ながら後悔しています。
自らの弱さから酒に溺れ、母にも当り散らした父。
そんな父も孫の誕生からはすっかり変りました。
生前、父の弱さをただ責めていた自分が情けない。
娘には、良いお祖父さんの思い出だけが残るように、昔のことは私の胸のうちに封印することにしました。こんなことしかできないけれど・・・と仏壇に手を合わせています。
和尚様。
どうぞ御身内のそばに居てあげてください。
和尚様の優しさは伝わっていますから。
ご回復をお祈りしております。
和尚様も体調を崩さないようにしてください。

>hide様
ありがとうございます。見舞いに行って自分が崩れては仕方ないですが、手を握り語りかけていると、つい嗚咽してしまいます。
こんなにも弱く情けない男なんだ、と今さら思い知りました。佐々井師の言葉、
「弱くて当たり前。中途半端に強がるから挫けるんだ。弱さの底に足を着けろ」
改めてこれを噛みしめています。
おかげで、自責の念は自己愛の変形に過ぎない、と気づきました。
開き直りもまた可し。『大楽金剛』ですよね。大志や大義なんざ放下して、大楽。
本当にありがとうございました。

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