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大楽金剛

刎頸之友、日本武徳院試斬居合道の黒澤雄太師範が
スポーツ医学専門誌『Training Journal』12月号に寄稿
している。教えられる所が多いので紹介したい。

<力を抜く>
「真剣にやろうとするとほとんどの人が力を入れてしまう。
本当はいかに力を入れるかではなく、力を抜くかでしか
ない」
「力がこもる、力をこめるという言葉のほうがよいのでは
ないか(中略)抜くことばかり意識させると力がこもらなく
なってしまうし、抜こう抜こうと逆に力が入ってしまう」
今のワシには強く響いた。
丸一日考えても指一本動かさなければ何も変わらない。
力を入れるというのは観念に過ぎず、入れた気になって
自分ひとりが満足するだけである。
こめる。それは蓄える、養う、の意味でもあろう。
誰かを笑顔にするにはまず力を抜かなければ出来ない。
こめる。それは仏教で謂う『慈悲』であろう。

<手を抜く>
「手を抜くということを必要以上に悪として捉えられる文化
が日本にはあるように思います」
「手を抜くことをもっとポジティブに捉える必要があるので
はないでしょうか」
道元の言葉、禅はこれ安楽の道なり、を思い出す。
厳格な座禅の修行は、一見、苦しいから価値があるかの
ように思われがちだ。だが道元禅師は、安楽、と。
黒澤師範は常に真剣を振るい、太い仮標を一刀のもとに
斬る。発する気合いは地を揺るがす雷鳴の如し、である。
その師範が、手を抜く、と説く。
天然自然の自分。赤肉団上、一無位の真人。そう云って

いるのだと思う。ワシの迷いが、バッサリ斬られた。

『大楽金剛』
この秋、インドで佐々井秀嶺師と二人きり膝詰めで講話を
拝聴した時、佐々井師が語ってくれた教えだ。
小楽は無常にして苦なり。されど、大楽は金剛不壊にして
吹く風、注ぐ雨、拠って立つ大地と共にあり。
「たとえば、惚れた女を全宇宙だと思や、いつもそのコに
抱かれてることになるだろ?」

佐々井師来日中、黒澤師範は演武を奉じた。

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