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フォト

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2009年12月

佐々井師写真集!

畏友のフォト・ジャーナリスト、山本宗補氏(写真と文)
による佐々井秀嶺師の写真集が刊行される。
『日本行脚』
今年44年ぶりの一時帰国を果たした佐々井秀嶺師に
二カ月間密着取材した山本氏による圧巻の映像群は、
資料的価値はもちろん、芸術写真としても後世に残る
大傑作だ。一般書店売りはせず予約注文のみなので、
以下から各自で購入手続きをとって欲しい。

http://homepage2.nifty.com/munesuke/

師走の半ば、都内の喫茶店で山本氏からサンプルを
見せてもらった。ワシは、ポソっと呟いた。
実はまだこの出来事を客体化できてないんですよ。
「ん?」
自分も写ってるこの二カ月のことを、こう距離をおいて
振り返る心境には、まだなれてないっていうかね。
「・・・そうですか」
歴史的に考えたらもうとんでもなく凄いことなんだけど、
そこに自分いた、関わってたというのが、まだね。
「まあ、そういうもんなんじゃないですか?」

山本氏と初めて出会ったのは、2006年にナグプールで
開かれた『アンベードカル博士改宗記念黄金祭』。
当時のワシは、ただインドにハマッている少々変わった
日本坊主に過ぎず、ブレも躊躇も、大いに在った。
あ、どうも。御高名はかねがね。
いま思い出すと恥ずかしくなるひと言が、最初のワシの
挨拶だった。カメラを点検していた山本氏は、
「え?なに?」
鋭く切り返してきた。当然だ。仏教復興という歴史的な
瞬間に立ち会う意義を理解していれば、幇間芸の如き
薄っぺらな挨拶など出るはずがない。
あの頃のワシは『闘う仏教』に肚が座っていなかった。

行動する仏教(エンゲージド・ブディズム)
某日某所で、この言葉に疑義を呈する学者と会った。
「禅定。止まるのが仏教なのに“行動”とは矛盾してる」
呆れ果てたが、いちおう答えておいた。
先生、出家と世捨て人は違うんですよ。Fool on the hill、
丘の上の馬鹿になるのが仏教ではありません。

智恵と慈悲

智恵と慈悲
智恵と慈悲
試斬居合道武徳院の『稽古納め』にお邪魔した。
やはり一年のシメは、気合い。
何かと気忙しい師走だからこそ、臍下丹田に心気を
集める必要がある。自分、という人間の軸を知る。
インド思想では「気」を「プラーナ」と称する。これには
もうひとつの意味があり、古典、を指す。
本来一個の人間たる自分にもともとある何か、禅語
で謂うところの、父母未生以前の面目、か。
ま、リビドーとか本能とか言い換えることも可能かも
知れんが、言葉にすると思考の枠組みが枷となる。
このへんをヨーガでは感覚的に表現し、
「クンダリニー」
と呼ぶ。尾てい骨にトグロを巻く蛇、のイメージ。
密教の軍荼利明王がそれだが、具体的に説明しよう
とすれば、またもや思考の蟻地獄にハマる。
くんだりにぃこと言ってねえで、肌で感じろ!だ。

仏教では『智恵と慈悲』を車の両輪とする。
智恵といっても知識の量ではない。自分の軸のこと。
慈悲は、その軸を中心に回転する人間愛。
あえてワシのヤクザなボキャブラリーで云うならば、
「rock'n'roll」
智恵は岩(rock)。転がって傷つく(roll)のが慈悲。
屁理屈だけのインテリがてめえのちっちぇー頭蓋骨に
ちんまり入れたクソ知識なんざ、笑うしかねえぜ。

写真(下)は、黒澤師範門下のフランス人たち。
言語による異文化間コミュニケーションが充分でない
彼らは、まさに直感で本質に迫ろうとする。
欧州人の東洋趣味、と揶揄するのは卑怯。彼らがいま
知ろうとしているのは、正真正銘、本物の真剣だ。
真剣なフリをする奴は掃いて捨てるほどいる。
だが実際に刀を前にすれば、思考はすべてゴミになる。

余談。かつて第二外国語でフランス語を学んだはずの
ワシだが、彼らに話しかけられ口をついて出た返事は、
なぜかヒンディー語でした。・・・ダメじゃん。

小さき者の叫び

小さき者の叫び
小さき者の叫び
先週末、師走の洛陽にて京都産業大学文化学部主催の
公開シンポジウム、『BRICsの中のマイノリティ』で講演を
させてもらった。手応えは確か。大成功であった。
お声掛け下さった志賀浄邦先生やご尽力頂いた関係者
の皆様に心から御礼申し上げる。
写真(上)は、共産党支配下の中国に於けるマイノリティ
問題について講義して下さった、劉燕子さん。
流暢な日本語を話す劉さんは、表現の自由が厳しく規制
された中国で、その知られざる実態を内から外へ向けて
発信する才媛だ。彼女も翻訳に携わった、
『殺劫-チベットの文化大革命』(集広舎)
は、中国では発禁処分を受けた全世界必読の書。
たおやかな美貌からは想像できないほどに熱く、また強く、
そして何よりチャーミングな女性である。

チャイナドレスをまとった楊貴妃もかくや!の美女に対し、
赤褐色の袈裟を無造作に引っかけた弁慶のごときワシ。
Beauty and Beast のわっかりやすいコントラスト。
この、あまりに明確なビジュアル的ハンデをなんとか克服
することが出来たのは、畏友山本宗補氏が貴重な写真の
数々を快く貸し出してくれたおかげだ。
テーマはもちろん、インド仏教復興運動と佐々井秀嶺師。

トップバッターを勤めたワシは、基調講演のつもりも兼ね、
「Silent Majorityに対し、Noisy Minorityという批判的な云い
方がある。だが多数派は数のちからで無言の圧力を持つ。
少数派は、大声で叫ばなければ誰も聞いてくれない!」
とメッセージした。ううむ、これってPUNKだよなあ。

写真(下)は、参加してくれた京都産業大学の学生さん。
みんなマジかわいい♪
今回は時間の関係で軽い挨拶程度しかお話できなかった。
次の機会にそなえて、オシャレなトークのシミュレーションを
しておこう☆と決意を固めた。
てゆかワシの場合、“天然の脅し顔”だから、まず怖がられ
ないように気をつけなくちゃなあ。
女子大生の皆さん、じつはワシ、日曜朝の戦隊ヒーロー物
を見て感動して泣いちゃうぐらい繊細なんですよ。ほんと。

今回のシンポを第一弾として、ぜひともまた何かやりたい。
小さき者の叫びを、埋もれさせてはいけない。
「でっかい声で言ってやる!がんばれ!」 (by ヒロト)

はんなり般若

さ、寒い。ワシ、基本的に南方系なのでマジつらい。
週末は京都だがあっちはもっと冷え込むらしい。
予報を見たら、雪の可能性もアリ、とか。
今年のマイ初雪を千年の都で迎えるとはちょっぴり
オサレな気もするが、いかんせん根性が無い。
せっかくの上洛も凍結防止を第一に考えにゃならん。
「ややわあ、和尚はん。そない緊張せんとくれやす」
舞妓はん、ワシはただ凍えてるだけです。
「ほな、はんなりと」
・・・ピキっ☆がらがらがら(崩れ落ちる理性の氷柱)。
そおゆう展開もありえるか。俄然、燃えてきた。

仏教、キリスト教、イスラム教の三大宗教は、なぜか
気温の高い地域で誕生している。
「酒を飲むな」
という戒律が共通している理由はそこにあると思う。
熱い国で強い酒を飲めば、一気にまわってブッ飛ぶ。
ヘタすりゃくたばる。
これが仮に、寒冷地域、たとえばブッダがシベリアで
仏教を始めたら、そんなこと言わなかったろう。

日本に伝わった仏教は、山岳を修行道場に選んだ。
比叡山も高野山も、冬はめっちゃ寒い。
『般若湯(はんにゃとう)』
酒を指した坊主の隠語。直訳すれば、智恵の薬湯。
親鸞は、こう云った。
「悲しんでる人に対し、エラソーな説教を垂れるぐらい
なら、酒でも勧めて、笑わせてあげなさい」
日蓮は酒好きでも知られ、樽酒を贈ってくれた信者へ
丁寧な礼状をしたためている。
シベリアン・ブッタも、きっとそうしたと思う。
(呑んべの言い訳)

「ここにいる間は絶対に酒を飲むな!いいなっ!」
インドで佐々井秀嶺師から厳命された。
いくらワシでもあの炎熱地獄でアルコールを口にする
ほどアホではない。真面目に戒律を守った。
要するに、風土と文化はリンクする、ということなのだ。

さあ♪いよいよ忘年会のシーズンどすえ。
みなさん、ほどほどになさっておくれやす。はんなりと。

ひいろおず

天皇の政治利用。きわめて古いタイプの政治屋がこれまた
きわめて古いタイプの政治手法をとったわけだ。
価値紊乱の世の中で『象徴』の果たす機能がどれほど効果
をもたらすか疑問ではある。神聖血統、という伝説を共有し
得る国家間ならまだしも、無神論の国を相手に決まりごとを
破ってまでおもねるのは、なっさけねえ。

幹事長どの。
念願だった権力を手に入れて、空に舞い上がっとりますな。
貴殿は見た目からしてヒーローじゃないし、悪役としても味に
欠けている。登りつめれば落ちるのが道理。
まぁ、今は好きなだけ飛び回るがよかろう。引力は万有だ。

空を飛ぶといえば、かなり遅まきながらワシは最近、米国製
ドラマ『HEROES』にハマった。
連日、TU○○YAでDVDを借りまくり、バイトの兄ちゃんに、
「からだのほう大丈夫っすか?」
と心配されたほど。
そしてついに、シーズン1から3まで全巻コンプリート達成♪
世代的に『幻魔大戦』とか『サイボーグ009』のような超能力
集団系と親しみがあったのが、ハマった理由か。
だが人気におもねて物語全体が徐々に破綻していく行程は、
連ドラの宿命とはいえ、哀愁を覚えた。

空飛ぶ政治家に不死身のチアリーダー、心を読める警官や
タイムトラベル出来る日本人ヲタリーマンなど、キャラが、
「いかにも」
なところがわっかりやすくて良かった。やっぱアメリカだね。
しかし、なんといっても悪役が“立ってる”のが決め手。
その悪役が「自分探し」するところも、歴史無き合衆国の病。

インド人の遺伝学者が登場するが、(これ皮肉?)と思った。
遺伝学はカースト制度の虚構を完全に暴いてしまう。
つまりだ、不死身のチアリーダーに対し、聖なる血筋という
神話だけを根拠にのさばるヒンドゥー教のバラモンは、嘘が
バレちまうわけだ。ガハハ☆相手は女子高生だぞ。

『HEROES』の見過ぎで、近ごろ自分に超能力があるような
気がしてきた。
よっしゃあ!年末ジャンボ当ててやるぞお!(なっさけねえ)

親・友

まったくの私感ながら平成二十一年は激動の年だった。
云うまでもなく佐々井秀嶺師44年ぶりの一時帰国に関わ
れたことが最大の出来事であったが、佐々井師の御縁で
多くの出会いにも恵まれた。
たとえば、一昨年の今頃とは比較にならない交友関係の
輪に抱かれて、現在ワシはいる。
「不請之友」
ブッダの言葉だ。請われざる友たれ。
困った時に損得抜きで助力を申し出てくれる友こそ真の
友であろう。わざわざ頼まなくても、買って出てくれる。

老親の入院は、そのことを実感させてくれた。
本当にたくさんの皆様から、温かいお心配りやお言葉を
かけていただいた。
出来れば全員のお名前を上げて感謝の意を表したいが、
私人も多くいらっしゃるので、差し控えざるをえない。
同じような体験をなさった方々からは、心のひだのひとつ
ひとつに染み通るようなお気遣いをいただいた。
ありがたくて、正直、何度も泣いた。

最初、ワシは勘違いしていた。
高齢者にはストレスが大敵と聞き、佐々井師帰国に奔走
したことが老親に精神的な負担を強いていた、と。
ごく普通の年寄りにとって、自分の息子が『インド仏教徒
一億五千万人の大指導者』を案内し、佐々井師出国後も
知識人や学者らと交流し、秋には三週間インドの奥地へ
行ったきりで電話の一本も寄越さなかったことは、想像を
はるかに超えるストレスだったのではないか、と。
そして、自分を責めた。
(なにノボセてやがったんだ!このクソヤロウ!)
白状するが、酒に逃げもした。
だが、自責の念はともすると自己過大評価に陥りやすい。
考えてみれば、親がいなければワシは生まれてない。
つまり今年ワシがやったことは、すべて親の手柄なのだ。
自責の念など、自惚れが化粧を変えただけ、と気づいた。

先日、病院へ見舞いに行った時、意識が戻っていた親は
ワシの顔をじっと見つめた。
たぶん相当疲れ切った表情をしていたのだろう。
親が、酸素マスクの下で、何か言った。
そのときはよく分からなかったが、後になって口の動きや
眼差しから判断すると、こう言ったとしか思えない。
「お前は大丈夫か?」

病床の老人から心配されるようじゃ、しょうがねえな。
親にはかなわねえや。

上洛!

今年はよく京都へかよった。桜の頃、佐々井秀嶺師来日
準備のため南禅寺に上山。得難い法縁を授かった。
佐々井師滞在中は宮崎哲弥氏との対談、各宗派本山の
参拝同行、龍谷大学講演など、幾度となく都大路を往来
闊歩した。
中でも強く心に残っているのは、親鸞が法然に入門した
出会いの地、吉水草庵安養寺を訪ねた時のこと。
この日、佐々井師の体調は最悪で、歩行もままならない
状態だったが、参道の長い石段を気合いで登り切った。
夕刻。とうに参拝時間は過ぎていたが、住職のご好意で
本堂を開けていただいた。
親鸞は、ここで生涯の師:法然と邂逅した。

佐々井師とふたり、畳に跪き、インド式で拝礼した。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
師匠と弟子は親子以上の絆だ。佐々井秀嶺師はまさに
法然上人にも比肩する名僧だが、かたやワシはただの
チンピラ坊主。いくらなんでも親鸞に申し訳がない。
「例え法然上人に騙されて念仏して地獄に落ちても後悔
しない」
せめて、親鸞の心だけは真似したい、と願っている。
・・・静かに暮れゆく晩春の洛陽。
石段を降りる佐々井師の背に、亡き父を見た気がした。

その一年の締めくくりにふさわしく、ワシは再び上洛する
ことが決まった。

<公開シンポジウム>
『BRICsの中のマイノリティ』
−社会下層と宗教・イデオロギー−
日時:12月19日土曜 13;00〜16;00 (12;00会場) 
会場:メルパルク京都 (駅ビル北東側)
京都市下京区東洞院通七条下ル東塩小路町676番
参加費:無料
 お問い合わせ先 toni52@cc.kyoto-su.ac.jp


格差社会、勝ち組と負け組。
それは日本だけではない。わが国以上に凄絶なる経済
格差が、今や「アジアの両雄」たるインドと中国にある。
しかもその理由が、血筋(カースト)とイデオロギー。
人間が人間として生きることを阻まれる社会が、我々と
同じアジアに存在するのである。
インドと中国の暗黒面を通して、「21世紀」という時代の
本質が見えて来るはずだ。ぜひ参加して頂きたい!

下のリンクから告知チラシのファイルがDLできます。
配布にご協力下さい。

「BRICs_omote.pdf」をダウンロード

翼なき者

翼なき者
写真は、孔雀明王像。
バブル全盛の80年代に劇画『孔雀王』(荻野真)でメジャー
デビューした密教の尊格。やっぱカッケーすね。
もともとは、インド孔雀が猛毒のコブラをも喰い殺すことから、
毒龍(諸悪災難)を調伏する正義の味方として考え出された
想像上の英雄。まあ、インドの孔雀は悪食、というわけだ。
ガラガラへびはグルメじゃないが、孔雀にゃペロリと喰われ
ちまう、と。いやなに、80年代がらみ、ってことで。

悪ふざけはさておき、喰われる毒龍(コブラ)の正体は何か、
そこが一番の問題である。
古今東西、先住民の信仰した神格を侵略者が「悪魔」として
貶め、それを龍(=蛇)にたとえるのは、人類のならいだ。
その伝で先住民自体を龍(=蛇)の種族とする場合もある。
北欧神話、聖書の悪魔、日本神話ならば八岐大蛇をはじめ
出雲オオナムチや諏訪タケミナカタなど、新勢力により退治
もしくは服従、或いは「永遠の対立者」と見做された存在は、
まずほとんどが龍(=蛇)である。
だが、医学の神が手にした杖には、蛇が巻き付いている。
古代の人々は蛇の脱皮を「再生」と信じ、蛇の霊力を借りて
病気や怪我を治したい、と願ったのだ。また、蛇は生命力が
強く、踏んづけたり叩いたりしたぐらいでは死なない。

「俺は子供のころ体が弱くて、父親は毎日、赤い目をした蛇
を捕まえては、その生きた心臓をつまみ出し、俺に喰わせた
ものだ。味?おぼえてないよ。噛まずに飲み込んだから」
佐々井秀嶺師が語った。(光文社新書『破天』参照)
呪術ゆえに科学的根拠は無いが佐々井師は蛇の生命力で
よみがえった人物なのである。
そして佐々井師は、インド中南ナグプール(龍宮)を拠点に、
ナーガ(龍)族の末裔と呼ばれる「不可触民」仏教徒のため
今日も明日も、文字どおり命を捨てて、尽くしている。
美しい翼で天を舞う孔雀ではなく、地を這う蛇たちのため。

翼なき者のために。

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