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智恵と慈悲

智恵と慈悲
智恵と慈悲
試斬居合道武徳院の『稽古納め』にお邪魔した。
やはり一年のシメは、気合い。
何かと気忙しい師走だからこそ、臍下丹田に心気を
集める必要がある。自分、という人間の軸を知る。
インド思想では「気」を「プラーナ」と称する。これには
もうひとつの意味があり、古典、を指す。
本来一個の人間たる自分にもともとある何か、禅語
で謂うところの、父母未生以前の面目、か。
ま、リビドーとか本能とか言い換えることも可能かも
知れんが、言葉にすると思考の枠組みが枷となる。
このへんをヨーガでは感覚的に表現し、
「クンダリニー」
と呼ぶ。尾てい骨にトグロを巻く蛇、のイメージ。
密教の軍荼利明王がそれだが、具体的に説明しよう
とすれば、またもや思考の蟻地獄にハマる。
くんだりにぃこと言ってねえで、肌で感じろ!だ。

仏教では『智恵と慈悲』を車の両輪とする。
智恵といっても知識の量ではない。自分の軸のこと。
慈悲は、その軸を中心に回転する人間愛。
あえてワシのヤクザなボキャブラリーで云うならば、
「rock'n'roll」
智恵は岩(rock)。転がって傷つく(roll)のが慈悲。
屁理屈だけのインテリがてめえのちっちぇー頭蓋骨に
ちんまり入れたクソ知識なんざ、笑うしかねえぜ。

写真(下)は、黒澤師範門下のフランス人たち。
言語による異文化間コミュニケーションが充分でない
彼らは、まさに直感で本質に迫ろうとする。
欧州人の東洋趣味、と揶揄するのは卑怯。彼らがいま
知ろうとしているのは、正真正銘、本物の真剣だ。
真剣なフリをする奴は掃いて捨てるほどいる。
だが実際に刀を前にすれば、思考はすべてゴミになる。

余談。かつて第二外国語でフランス語を学んだはずの
ワシだが、彼らに話しかけられ口をついて出た返事は、
なぜかヒンディー語でした。・・・ダメじゃん。

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