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智の復権

昨晩、夕食をとるため外出していたとき、ケータイが
鳴った。インドの佐々井秀嶺師からだ。
人づてにわが老親入院の話を聞き、心配して電話を
くれたのだった。佐々井師の人情が身に染みた。
「日本にいる間アンタの親御さんにゃ一度も挨拶して
なかったからなあ。すまんなあ」
容態を説明すると次第に佐々井師の声が震えていく
のが分かった。こんな出来損ないのワシのために、
『インド仏教徒一億五千万人の大指導者』
が嗚咽してくれてるのだ。
夜の横浜歓楽街。天下の公道も忘れ、ありがたさの
あまりワシはつい泣き出してしまった。
新年会で盛り上がってる通行人たちは、いっせいに
ドン引き。そりゃそおだ。 弁慶の如き体躯の坊主が
いきなり街中で号泣し始めたのである。
(正月早々アブネー奴。見ないフリ見ないフリ)

すまん。だが、義理人情に泣けなくなったら日本人も
お終いだぜ。
理に走るのが知性なら、情を忘れぬのが智性だ。
知という字には「日=太陽」がない。
温かみも無ければ希望も光明も差さないのが、知だ。
理を整え、知ったところでなんになる?
要は、どう行動するか、どう他者と関係性を構築して
いくか、である。これをといい、智性という。

『共感脳』。
大脳前頭前野部が持つ機能で、他者の心を察したり、
思い遣ったり、思い入れたりする脳の働き。
かつての日本人は、浪曲や浄瑠璃など芸能を通じて
この共感脳を日頃から鍛えていたようだ。
残念なことに、いつのまにか誇るべき脳力、文化力が
退化してしまったように思う。
「他者性欠如」
共同体崩壊の時代を生きる日本人は、知らず知らず
のうちに、前頭前野が鈍磨した、とワシは思う。

・・・とはいえ、街中で号泣はねえわな。
夜だったし、周りは酔っ払いが多かったからまだしも、
あれが真っ昼間、たとえば商店街とかだったりしたら
間違いなく通報されてた。いやはや面目ねえ。

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