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記憶

KAT-TUNの赤西君が主演する映画『BANDAGE』のCMを見て、
(バンテー・ジー?)
ほお、佐々井秀嶺伝をジャニーズがやるのか☆ と勘違いした
ワシです。すんません、脳がシビレてるもんで。
年末年始突貫!で今年刊行する書籍の編著に没頭しており、
しかも内容に則してBGMにジミヘンを聞いてるため、脳味噌に
紫の靄がかかってる状態なのよ。ぱあぷりん、へいず。

某人物の過去に関する部分を書いていて、人の記憶がなんと
いい加減で錯綜に満ちたものであるかを思い知らされた。
昨年観たイスラエル映画『戦場でワルツを』のなかで語られた
記憶実験のエピソードにも、
「被験者に子供のころの写真と古い遊園地の情景を合成した
画像を見せると、何割かはだまされて、行ったことがある、と。
だが時間が経過するにつれ、最初は記憶にないと答えていた
被験者までが、ああ!思い出した、やっぱり行ったことがある、
と言い出すんだ」
記憶世界では、客観性の肩身が狭くなる。脳の天敵はストレス
だから、思い出の内容いかんによっては、一切無かったことに
してしまう場合もある。つらい記憶も、楽しい記憶も、当事者の
現在状況によって意味や粗筋まで変わってくるものだ。

仏典にいわく、『三界唯心、但是一心作』。
これは“破地獄偈 ”と呼ばれ、地獄に落ちてもぜんぜんOK♪
という、チョーありがた~い経文。
「さんがいゆいしん、たんぜいっしんさ」
と読み、この世はみんな気の持ちよう、ってな意味だわな。
馬鹿にしたもんじゃねえぞお。心とは脳内現象であり、知覚も
認識も、すべて脳が「そのように受け取っている」だけ。
仏教は最先端の脳科学とも相通じるところがあるのだよ諸君。

よく、講演会の打ち上げなどでワシが聞かれる質問に、
「佐々井師と出会ったいきさつは?」
毎回同じことを喋っていると、客観事実でさえもが潤色を帯び、
ネタとしてこなれてくるものだ・・・。
そう、あれはワシがひとりでインドを旅していた時のことです。
タージ・マハルの上空に銀色に光るUFOが現れたかと思うと、
中から聖母マリアが降りてきて、こう言ったのです。
「Let it be」
その御告げに従ってナグプールヘ行き佐々井師と会いました。

たまぁ~にコレを本気にしちゃうヒトがいて困るんだけどね。
いずれいせよ、記憶は造られるもの、というオハナシ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あけましておめでとうございます!
昨年はほんとに思いがけず、佐々井師のお話を聞くことが
でき、人生なにが起こるかわからんな、とびっくりでした。

びっくりしつつも、広島の講演会に行き、京都へは両親とも
行くことができました。佐々井師の来日を支えてくださった
和尚様のお陰と心より感謝申し上げます。

でも、肉体的に出会うことって結構簡単なことなのかもしれませんね。インドは遠いなぁと思っていましたが。
それよりなにより、やはり教えに出逢えるということはどんなにすごいことなんでしょう。

今までこっそりと「仏教徒だな、私は」と思っておりましたが、佐々井師のお話を聞いてからは「仏教徒ですから!!」と大声で主張できるようになりました。
身は離れていても、佐々井師の教え、仏様の教えを胸に今年もがんばれそうです。

ほんとにそれもこれも和尚様のお陰なんだと思います。
和尚様の幸せをいつも拝んでいます。ありがとうございます。

>yunkito様
あけましておめでとうございます☆
ちょっとお久しぶりですね♪広島・京都ではワシの「ジャイ」にお付き合いくださり、
ありがとうございました。特に広島講演はお陰さまでかなりの盛況をおさめ、京都講演の土台にもなった記念すべきものでした。
去年の『ササイ旋風』を過去の話にすることなく、未来へ発展的につなぎたいと考えております。今年もよろしく!

記憶は造られる・・・。
ほんとです!暮れに怖い思いをしました。
私はお商売もしていて、毎年クリスマスイルミネーションの飾り付けを業者さんに頼んでいます。
飾り付けが終わって、2,3日後、ふとみたら輝くトナカイの列の後ろにあるはずのサンタの橇が光ってない!
早速電話しました。
私「サンタの橇の光が消えているのですが・・・」
先方「いや、はじめから橇は付いてませんよ。」
私「いえ。点灯確認の時は、光ってました!」
先方「おかしいなあ。橇をつけた覚えはないのですが・・・。」
あくる日、明るくなってから見てみたら、橇は無かった・・・。トホホ。

何故、トナカイの後ろに無いはずの橇が私の脳裏に記憶として浮かび上がったのか。
考えてみると、その時の浮かび上がった映像の形状は、一昨年、窓に自分で貼ったシールの形状に似ていたことに気がついた。
記憶の変容ってこんなものなのだろうなあ。と、怖くなりました。

これが「確かにあったはずの橇が消えていた。」と、しか思えなくなると、「世にも不思議な体験談」になり、「確かに容疑者を見た。」にもなるのですね。
「確かに見た。」というリアリティは本人には確実にあるのです。
世にも不思議な体験談なら御愛嬌ですが、犯罪や歴史の証言者となると怖いことです。

>桃青様
そうそう☆ 歴史の証言には『主観フィルター』がかかっている、という視点、いわば
証言リテラシーが必要ですよね。それに加えてインタビューする側の主観フィルターも通っているから、鵜呑みは禁物。先に感情移入ありき、で歴史を断罪するタイプの人は困りものです。
世の中には「プロの証言屋」、「証言芸人」みたいな御仁もいて、証言を重ねるたびにネタとしてこなれてくる。こなれるに従い、現実に見たはずの客観状況がどんどんデフォルメされていく。サービス精神だかなんだか、トホホですわなあ。

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