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習慣性気楽症

このところ長文と格闘している。
以前は『サイバー辻説法』を不定期ながら更新してた
ので、長い文章をまとめることが生活リズムの一部に
あった。だが、ブログという手軽で素早いスグレモノが
現れたおかげでコラム文体、つーか短文思考が染み
ついてしまった。ま、短兵急な性格も原因だけどね。

コラムは説明的になったらオシマイだ。
もともと、新聞の隅っこに円柱形で囲った、言いきり系
の短文記事が起源だそうな(諸説アリ)。長文、それも
一冊の書籍、という尺で書くとなると、思考のスパンが
まったく違ってくる。当然、コラム脳では書けましぇん。

そのせいで、担当編集氏には多大なご迷惑をお掛け
致しております。誠に遺憾に存じますです、ハイ。
なにせ必要な箇所に「because」、「anyway」等の類が
欠如しているのだから、ほとんど子供の作文を手直し
するに等しい作業を強いている。ごめんちゃい。
しかも書き手のワシときたら、
「いや、生活BGMをさ、ジミヘンから80年代西海岸系
American Rockに変えたのよぉ。そしたらさぁ、なんか
調子良くって、ノリノリで書けそな感じぃ♪」
ちなみに、書いてるのは真面目な教養書である。
また悪い癖で、短い中にも起承転結を入れようとして
章末にいちいちオチをつけてしまう。
「東京03のコントは参考になるよぉ、ツッコミの」
・・・逆の立場だったら、間違いなく殺意を覚えてるな。

『習化』。じっけ、と読む仏教語。
そのひとに染みついた習慣と、それにより形成された
生き方の姿勢、というような意味である。
「習い、性(しょう)となる」
みたいなことだわな。究極の自己責任論、ともいえる。
ポジティヴに捉えれば、NO FATE。
武道が、まず体の姿勢を云うのは、そこに偽らざる性
(しょう)がハッキリ出るからだ、とワシは思う。
命を賭けた闘いにおいて、習化を読まれること、即ち
死である。

悪い癖ほど身につきやすいもの。
あ、言い訳じゃないっすよ、ちゃんとやりますからね。
担当編集氏、合気道やってるし。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

私もコラムを連載させていただいておりますが毎回悪戦苦闘しております
大阪の人間の習性として最後に笑いを取ろうとするのがあだになります
決してそういった内容を期待されているわけではないのですが
なかなか真面目になりきれなくて困ります

私の仕事において「習い、性(しょう)となる」が「生」であれば本望です

>ひろ様
なるほど☆いま気がつきましたが「生」にリッシンベン=心で「性」なんですよね。
生きることに心が付いて性(しょう)となる。
うーむ、深いですよねえ。

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