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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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神話を継ぐ者

神話を継ぐ者
写真はインド中央部ナグプールの改宗記念広場に建つ
アンベードカル博士の遺骨を祀る仏塔。
この巨大なドーム型建築物は、決して富豪による寄進や
町おこしのハコモノ事業で建てられたものではない。
差別と抑圧に喘ぐインドの最下層民衆が1rupee、5rupee
(1Rs.は3~4円)を貧しい中から捻出し、彼ら自身の存在
証明として、文字通り「打ち立てた」仏塔である。
その境内も内部も静謐と清潔を常に保ち、インドの寺院
にありがちな、喧騒とゴミの山は無い。
一階部分が記念ホールを兼ねた本堂、二階には修練場
が設けられている。

驚くべきは、この壮大な仏教施設に僧侶がいないという
ことだ。正確にいえば、常住の管理僧(住職)がいない。
基本的にインド仏教における寺院は一般の信者が共有
する“祈りと集いの場”であり、僧侶はゲスト講師に近い。
なぜなら特定個人が居住すればそこに私有意識が生じ、
利害を同じくする者でセクトが作られ、やがて首長と称す
る者が現れ、組織が整備され、その結果“継承権神話”
が捏造されていくからだ。
宗教的権威と世襲制が一体化したヒンドゥー教社会から
被差別民衆を解放し『自由・平等・博愛』の実現を目指す
インド仏教にとって、継承権神話など断じて認めることは
できない。
日本仏教を例にしてひらたくいえば、お寺さんの血筋、と
いうことだ。

或る僧は言った。
「タイやミャンマー、インドのお坊さんみたいに、修行三昧、
学問三昧に浸ってられないのが日本の僧だ。家庭の父と
して、夫として、また寺の経営者としての義務がある」
・・・あえて何も云うまい。
ビルマの僧達が、丸腰で軍隊の前に立ちはだかり、民衆
の楯となったことなど、きっと彼は知らないのだろう。

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