2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト

« 洛陽雑感 | トップページ | 再演決定! »

如意の憂鬱

如意の憂鬱
如意輪観音は、なぜつまらなそうな顔をしてるのだろう。
衆生を済度すること意のままにして、諸魔を摧破すること
自在なる菩薩にしては、頬杖ついてかったるい感じだ。
なにもかも思い通りになるというのは、恐ろしくつまらない
ことなのかも知れない。如意輪観音の梵名は、
『Chintaamani-chakra(チンターマニ・チャクラ)』
如意宝珠と輪宝。つまり無限の福徳をもたらす珠と、無敵
の投擲円盤を持つ者、という意味だ。
いわばこの菩薩おひとりで、経済も防衛もOKなのである。
そりゃつまんねえだろな、と思う。
「あ、俺がやっとくからさ、みんな遊んどいていいよ」
(・・・ったくよぉ、てめえら向上しろよ)
本当はそう言いたくても、大慈大悲の菩薩ゆえただ黙々と
衆生のワガママを聞いてやるしかない。あの頬杖姿は、
「はいはい、聞いてますよ~。・・・で?」
というせめてもの意思表示ではないか、と思ってしまう。
実際には、思惟像という「考える人のポーズ」ではあるが。

“強者の傲慢”は、よく指摘されるところだが、弱者を自称
する者達の強欲さは叩かれることが少ないようだ。
自分では何もしないで周囲や相手が自分に好ましいように
変わることを期待し、かなえられないと不満を口にする。
乳母車の中でミルクをねだる赤ん坊レベルのことを、大の
オトナが恥ずかしげもなくやってのける。
そういう輩は、真の弱者に対して信じられないほど冷酷だ。
抽象論では伝わりにくいので、日常の風景から引こう。
チャリに乗ったオバハンが歩道をわが物顔に走っていたと
する。前方には白い杖をついた視覚障害者。オバ曰く、
「あぶないわねえっ、どいてよ!」
オバは、チャリをいったん降りて歩行者を回避し、また乗る
ためのカロリー消費を惜しんだが、本人はダイエット目的で
自転車をこいでいる。そして自分自身を“交通弱者”と思い
込んでいるのである。
無論これは、あえて卑近な例を出したわけで、敷衍すれば
現代社会の到る処に自称弱者を見つけられると思う。

観音様が、アン如意(ニュイ)になるのも無理はない、か。

« 洛陽雑感 | トップページ | 再演決定! »

仏教・宗教全般」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、ツイッターからきました。
「弱者を自称する者達の強欲さ」という言葉が
グサリときました。

>yukimo様
こちらこそ、こんにちは☆(o^-^o)
今後ともよろしくお願いします♪

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503578/48598803

この記事へのトラックバック一覧です: 如意の憂鬱:

« 洛陽雑感 | トップページ | 再演決定! »