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洛陽雑感

久しぶりに上洛した。半年振りの京都だった。
修学旅行の生徒で賑わう駅構内を抜け、かねて見慣れた
街へ出る。強い日差しの中にそびえ立つ大伽藍。
以前と変わらぬ光景に、そこから受ける印象も変わらない。
それは、違和感。
(なんでこんなに威圧的なんだろう)
民衆の宗派、を自称する本山が、少しも民衆的でない。
見る者に「どうだ、マイッタか?」と言わんばかりの威容だ。
おそらくその理由はここを宮殿とするemperor一族の存在と
無関係ではあるまい。
ブッダは『カースト制度(聖職者の血統世襲を頂点とする身
分差別)』を否定し、人間の平等を説いた。
その流れを受けた日本仏教各宗の祖師方は、それぞれの
教義的立場は異なれど、人間解放の道を切り開いた。

そして、それら祖師方の中で、もっとも庶民的ともいわれる
人物を開祖と仰ぐ宗派の本山が、この宮殿だ。
主は、血統世襲。かかる根本的な大矛盾を象徴するような
大伽藍を前に違和感を抱くことは、本能だと思う。
おのれを正義に仕立てるつもりはない。所詮、王様は裸だ、
と言ってしまう青臭いガキの感覚である。
『GOD SAVE THE QUEEN』
ピストルズの曲が頭の中で鳴り響いてるだけだ。ゆえに、
(BUDDHA SAVE THE EMPEROR?)
と問いたくなるのだ。
もちろん、みほとけは、名も無き民草も、階級差別の頂点に
君臨するemperorも、一味平等に摂取したもう。
だがしかし・・・、と思ってしまう。

『ANARCHY IN THE U.K.』は「I am a anti-christ」で始まる。
キリスト教社会のなかで反キリストを言う姿勢は、反骨という
よりも、馬鹿正直と見るべきではないのか。
真っ直ぐに自分を見つめ直せば、そこには到底、模範的な
信仰者とはいえない“背教者”の顔が潜んでいるはずだ。
「愛欲の広海に沈没し名利の大山に迷惑す」
と告白した人物を開祖と仰ぐ宗派のemperorと、その一族の
周囲で階級制度の旨味にあやかる者達は、
「I am a anti-buddhist」
これが、せめてもの信仰表明ではないだろうか。

「No future, No future, No future for you」
一般信者の往生(future)を「No!」と断じるつもりがないので
あれば・・・、などと皮肉るのも、所詮はガキの感覚か。

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