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『反骨のブッダ』

  • 高山龍智: 『反骨のブッダ』インドによみがえる本来の仏教(コスモトゥーワン出版)

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2010年8月

根を張って

根を張って
根を張って
根を張って
知的障害児施設で開かれた、みずからの誕生会に出席した佐々井秀嶺師。本来、主賓であるはずが季節外れのサンタよろしく、子供たちに鉛筆(日本製!)を配る佐々井師。弱者と共に大地に根を張って生きる。これが師の“男一代菩薩道”である。

新生

新生
新生
8月30日は佐々井秀嶺師の誕生日。写真上は地元紙の号外「バースデー特集」。今この同時代に、異国の地で民衆からかくも慕われる日本人がいるのである。佐々井師の誕生は、ひとり師のみならず、インド被差別民衆にとっての「新生記念日」である。写真下は誕生会の壇上にて新たな命に祝福を授ける佐々井師。

常於大衆中

常於大衆中
常於大衆中
佐々井秀嶺師は常に大衆の中にいる。ヒンドゥー教では殺生を嫌い菜食主義を美徳としながら、カースト制度によって「不可触民」とされた人々を虫けら以下に扱う。野犬にさえ慈悲をかけるヒンドゥー教徒が、同じ人間をその生まれた血筋だけを理由に、石もて追い払い、時には命すら奪うのである。佐々井師はこの被差別大衆の中にあって四十有余年、常に彼らと泣き笑いを共にし、同じ水を飲み同じ物を食べ、彼らに生きる力を与え続けてきた。その人生哲学はただひとつ、「理屈や能書きはいらん。ひたすら実践あるのみ!大衆の声こそ経典だ!」

大悲大願

大悲大願
大悲大願
大悲大願
写真上は、今秋10月18日の落慶式に向けて着々と工事が進む龍樹菩薩大寺。佐々井秀嶺師がその生涯の集大成として建立する悲願の大寺院だ。写真中と下は、佐々井師が若き日、インド東部ビハール州ラージギル多宝山頂にて龍樹より受けた告命の文。今回、龍樹菩薩大寺本堂前に建てられる龍樹像の台座に刻まれることとなった。(揮毫は井上空龍)

恩
恩
大恩人:山際素男氏の顕彰碑製作現場を訪れた今日の佐々井師。満身創痍のこの人を突き動かしているのは、恩義と人情である。写真下はアンベードカル讃歌を唄う仏教僧。彼らが「日本人:佐々井秀嶺」から教えられたのもまた、恩に報いる「義の心」なのだ。

南天龍宮城へ

明日から一週間、南天龍宮城:ナグプールへ。
今や老親は尊厳死を待つ状態なのでどうしても短期で
戻らねばならない。昨夕見舞った際、施設の面会時間
終了
間際だったせいか、
「もう来ないのかと思ったよ」
不明瞭な発音ながら言うので、佐々井先生の誕生日を
祝いにインドへ行かなくちゃならないんだ、と答えると、
「・・・早く行け」
枯れ枝のような手を動かして、出口を指差した。

8月30日、佐々井秀嶺師の誕生会はナグプールの近郷
近在から老若男女が訪れ、盛大に催される。
昭和10年生まれの佐々井師だから、今年で75才。
だがその体は日本の75才のそれではない。満身創痍。
人並外れた精神力の持ち主だからこそ持ち堪えている
のである。
「今まで何度も死んだからな、不死身なんだよ☆」
豪快に呵々大笑する佐々井師のその内面は、誰よりも
繊細で傷つきやすい。
昨年、日本からの土産に阿弥陀如来像を持って行った
のだが、運ぶ途中の衝撃で、腕が折れてしまっていた。
それを見た佐々井師は、あたかも生身の人間の傷口を
目の当たりにしたかのごとく、本当に悲しそうな顔をした。
決して高価ではない、小さな仏像。
ワシは、自分の不注意で壊してしまったこともそうだが、
あの悲しそうな顔を見たとき、罪の意識にさいなまれた。
今年は、折れそうな箇所のない像を持って行こう。

さて滞在期間中、現地からの報告を写真入りでアップし
たいと思う。
ケータイを使っての更新なので、フォント・サイズや改行
などのレイアウト面については何とぞご容赦のほどを。
また、ツイッター上でもたまに呟くのでヨロシク♪
(アカウント名:nagabodhi)

では行って参ります。

猫の忠義

おシャカになる、おダブツ・・・などなど。
これら仏教の民間浸透に基づいた俗語も早晩、死語と
なるだろう。つまりそれ自体が、おダブツ、と。
その謂れについては、禅宗などでは法事や葬儀の際に
南無釈迦牟尼佛、浄土宗系では南無阿弥陀佛と称える
ことから、“死”のイメージが伴う言葉として、
<ものごとが破綻する、壊れる>
といったマイナスの表現に用いられるようになった。
しかしそう考えると、法華唱題にはそのような陰方向の
俗語化がなかったことは興味深い。思い当たるのは、
「どんどん良くなる法華の太鼓」
といったプラス表現だ。勤行にパーカッションを導入する
ことは禅でも念仏でもやるから、やはり、御題目の持つ
パワフルさによるものだろう。

なむからたんのうとらやーや。
禅宗ではこれも唱える。「帰三宝」の梵語の漢字音写の
そのうえ日本語訛り。だからインド人には通じない。
さて、『江戸小咄』をひとつ。
長屋の八っつぁん、こないだ大工仲間の葬式に行って、
初めて禅宗のお経を聞いた。八っつぁんは真宗門徒。
なあ大家さん、あの禅坊主が唱えるナムカラナントカは
初耳だ、いってぇなんなんだぃありゃ?
そんなことも知らんのか八っつぁん。よぉし、語って聞か
せよう。
その昔ある田舎の村にそれはたいそう猫好きな庄屋が
いたと思いなぃ。寝る時ゃ一緒、起きてる時ゃいつでも
膝の上で撫でてるような可愛がり方だ。
そんな庄屋がある時ポックリ逝った。後に残された猫は
飼い主恋しさに、屋敷の裏の竹藪へと迷い込み、そこで
おっちんだ。ところがそれ以来、庄屋の屋敷にゃ夜ごと
化け猫が出るようになった。家人が困り果てている所へ
通り掛かったのが偉い坊さん。この方が、のちに禅宗を
開いた高僧なんだが、家人の訴えを聞き、あいわかった、
くだんの化け猫を退治してしんぜよう、だが猫といえども
主人を思うその忠義に、拙僧は深く感じ入った。いずれ
立教開宗の暁には、わが宗のお経にその猫の名を織り
込んで未来永劫、供養してやりたいと思う、と。
てなわけで、猫の名前が「トラ」だったから、なむからたん
のう「トラやトラや成仏せい」、となったわけだよ。
へえっ、そうだったのか。なるほど合点がいった。それで
猫はネズミを喰うんですね、大家さん。
なに?どういうことだ?
坊さんが感じ入るほどの忠義者だけに、チュウが好物。

・・・おあとがよろしいようで。

芸道に真あり

芸道に真あり
去る14日、相模原市緑区にある大石神社にて奉納人形
浄瑠璃を鑑賞した。前半は
『傾城阿波鳴門 巡礼唄の段』
人間国宝:竹本駒之助師匠の至芸は古典の代表的名作
に現代日本人へのメッセージを吹き込む。
・・・暗い過去を持つ女。懺悔の日々。
そこへ、少女の巡礼が喜捨を乞うて現れる。なぜか心に
染みる巡礼唄。招き入れて話を聞けば、わが娘と判明。
ゆえあって離れざるをえなかった母子の再会。
いわゆる「子別れ」「母もの」の人情劇だが、いまや親が
子を、子が親を殺す国となった日本は、この悲劇すらも
ファンタジー化してしまうほど、精神が枯れている。
竹本師匠の浄瑠璃そして吉田勘緑氏の文楽はあたかも
<剥き出しの魂>を叩きつけるかの如く、観る者の内奥
へと迫り来る。まさしく圧巻!であった。
後半は近松門左衛門の代表作、
『女殺油地獄』
吉田勘緑氏率いる木偶舎と、ロック・バンドwiwiMURPHY、
AWAのコラボによる現代版だ。
文楽界の鬼才、勘緑氏は<闘うひと>である。
一瞬々々が勝負の舞台芸に全生命を燃やすその姿勢は、
かつて日本の民間芸能が芝居、“芝に居ること”すなわち
観客と演者が同一フィールドを共有し、感動の空間を共に
創造していく、という本来のあり方を現代に蘇らせる。
そしてそれは念仏僧の端くれたるこのワシに、出雲阿国が
「念仏踊り」から傾奇(カブキ。反骨魂の表現活動)を生み
出した、その原初のちからを教えてくれる。

※写真は女殺油地獄の芝居手拭い

恐怖の館

今日から旧盆。じつはワシ、お化け屋敷が苦手である。
遊園地とかにある例のアレね。
念のためマスコミ等が云々するそっち系のスポットなら
いわば職場みたいなものだから、全然平気。
日常の勤務も納骨堂の片隅で独り黙々と過ごしており、
アウトドアといえば墓地での仕事がメイン。
以前、「出る」と噂の鄙びた旅館に宿泊した時、深夜を
回ったころお待ちかねのスターが登場。
座敷の片隅に闇が濃くなった部分があり、そこに気配。
動物的カンが怨念の存在を知らせる。女性、と読んだ。
意識を集中し、気配に向けて語りかける。
「成仏させてあげるから今夜だけ付き合ってください」
彼女(?)はさらに怨念パワーを増幅してきた。
「愛は地球を救うのです」
フザケないでよ!と怒りの声が聞こえてきそうだ。
「では一夜の思い出をワシに恵んでくだせえお嬢様!」
もう内心は土下座状態である。真剣だ。その時、
「アンタとなんか死んでもイヤっ!」
・・・気配は消え去った。つか死んでんじゃん、すでに。

冗談はさておき、お化け屋敷には余裕と油断が禁物だ。
学生時代、合宿で訪れた高原の避暑地でのこと。
後輩(もちろん女子)を引き連れてアスレチック・パークへ
行ったワシは、お誂え向きのお化け屋敷を発見。
こんな所にあるようなやつは、どうせチープなトリックしか
無いに決まってる、楽勝だぜ♪ロビン・ザンダー☆
とタカをくくり、怖がる女子らを先導していざ屋敷の中へ。
余裕と油断と下心が大きければ大きいほど、その反動で
驚きと恐怖と萎えもデカくなる、という黄金の物理法則。
足を踏み入れた途端、イントロ無しで第一弾!
床が傾いだ。しかもマジ。要するに安普請のため床板が
安定してなかったのである。ぎゃひっ。
足場を確認しつつ壁を伝いながら進んでいくと、ビューン
とばかりに蝋人形の首が振り子運動で飛来。しかも停止
すべき位置でストッパーが機能しなかったため間一髪で
ワシの顔面をかすめた。ひょえぇぇ~っ。

その後、数々の苦難を乗り越えゴール近くに到達すると、
閻魔大王らしき巨大な像がこちらを睨んでいる。
眼光炯々、威厳に満ちた尊顔を前に、思わず合掌礼拝。
すると、閻魔様がおもむろに口を開いて、こう言った。
「入場料まだだよ!」
・・・おあとがよろしいようで。(途中でバレてたな、オチ)

『ペルシャ猫を誰も知らない』

『ペルシャ猫を誰も知らない』
イラン映画『ペルシャ猫を誰も知らない』を観た。
(No One Knows About Persian Cats)
反英米主義そしてイスラム法により若者文化が厳しく
規制された首都テヘラン。
だがそこには、ROCK、BLUES、HEAVY METAL、HIP
HOPに魂を燃やす若者達の知られざる姿がある。
バフマン・ゴバディ監督は当局に無許可で撮影を敢行、
機動性と編集機能を持つ最新カメラS1-12Kを縦横に
駆使し、実際にテヘランの地下や路上で活動している
若きミュージシャンらをセミ・ドキュメンタリーの手法で
活写していく。二転三転の物語展開、疾走する映像、
随所に織り込まれるビデオ・クリップなど、全てが見る
者の感性を真正面から殴打する。
音楽が、若者の怒りであり、世界を変える力にもなり
得る・・・西側では70年代の終わりに消滅してしまった
「そのちから」が、いまテヘランにある。


ワシが個人的に強く惹かれたミュージシャンは牛舎で
練習するヘビメタと、あくまでもストリートにこだわりを
持ち続けるラッパー。
ヘビメタ・バンドは技術レベルの高さはもちろんのこと、
リズムの取り方が素晴しい。これはあくまで推測だが、
彼ら自身が意識するしないに関わらずスーフィー音楽
の影響を受けているのではないか、と感じた。
ラッパーはイスラム教徒として“言の刃”を研ぎ澄ます。
「神よ、目を覚ませ!」
イラン社会が抱える矛盾、貧困、制度不備など、神は
なぜ黙って見てるだけなのだ?
ゴミの山に埋もれて生を受ける赤ん坊がいるこの国で、
核開発に膨大な予算が注ぎ込まれている。
唯一無二・全知全能の偉大な神は、眠っているのか?
神(良心)よ、どうか今すぐ目を覚ましてくれ!


ゴバディ監督は、本作の関連で二度に渡り来日計画を
立てたが、日本政府はヴィザを発給しなかった。
自由を弾圧するイランの国家権力に膝を屈し、事勿れ
主義でやり過ごそうとする日本政府の、腑抜けな判断
のせいである。この夏、超必見☆の音楽映画だ!

遠い夏休み

夏の思い出、といえば大学時代にバイトしてたプールの
監視員。二カ月の夏休み、四年間ずっと監視してた。
だが芸能人が水泳大会やるようなメジャー施設ではなく
市民プールだったので、客は近所のガキばかり。
垂らした青っ洟を側溝に追いやって水で流しながら仮想
ボートレースに興じるおぼっちゃまやおじょうちゃま達に
囲まれて、青春の1ページを過ごしたものです。
さて、監視員
が乗っているハシゴがついた椅子みたいな
物件ね、今のはいろいろと改良されてるんだろうけれど、
昭和のやつは鉄製で、頭上は簀の子一枚、座る部分は
板という、うっかりMに目覚めそうなシロモノでした。
酷暑のなか肘掛けは鉄が加熱して触れず、簀の子の間
からは真夏の強烈な日差しが容赦なく差し込み、臀部は
五右衛門風呂の底みたいな状態が、毎年二カ月。

そんな、青空系で開放型の蟹工船な労働環境でも楽しみ
はございました。
ビキニのお姉ちゃん?いえいえ、大声タイムです。
市民プールですので皆様の健康管理のため一時間毎に
5分~10分ほど、全員を水から上げて休憩させる規則が
あったのです。その際、監視台からメガホンで、
「はぁーい!みんなあがってぇーっ!」
と、いたいけなお子さま達にご指示申し上げるんですね。
これが、蟹工船のルーティン・ワークの中ではそれなりに
ストレス発散というか、気分転換になっておりました。
生来、抑制の利かない大声。のちに声明(しょうみょう)で
禄を食む身になろうなどと当時は予想だにしておりません
でしたけれど、今もお笑い芸人がツッコミに用いる黄色い
プラスチック製のメガホンを、あたかもマイクのように構え
全身全霊を込めてシャウトしたものです。

それがある年の夏、ヒンシュクを買った。
「子供が声を怖がってる。あのひとを辞めさせて欲しい」
と管理事務所へ匿名の苦情電話が。
クビになったらバンドの合宿費に困る、自粛すべきか?と
悩んだ時、施設長で水道局から天下りした元帝国軍人の
おじさんがワシをかばってくれた。
「怖がるのと溺れるのと、どっちを選ぶかってことだよ」

夏休み。プールではしゃぐ子供達の嬌声が風に運ばれて
来ると、あのおじさんのことを思い出す。
・・・平成元年に亡くなられたから、来年で二十三回忌か。

不器用道楽

「仏教」が“知のファッション”と化し、あるいは、仏像が
好事家の慰み物となる現象は、今に始まったことでは
ない。奈良平安の貴族仏教もしかり、時代下って江戸
庶民の娯楽は神社仏閣詣でを大義名分とした。
僧侶そして民衆が真摯に仏教に取り組まない世相は、
実は平和で安定している時代なのだ。
これは仏教に限らず、宗教全般もしくは政治思想にも
云えることではないか。 それまで社会通念化していた
価値観を根本から覆す『魂の爆弾』は、平和な社会に
とってはウザイだけなのだ。
現在の日本仏教に絞って見ても、稀に興味を持たれる
のは、いわば道楽としての仏教であろう。
道楽仏教。無論、仏道は安楽の法門などといった高尚
な話ではない。趣味、娯楽、一時的癒しとしての、仏教。
季節柄、ビールの喉ごし程度の役目、と例えておくか。

がんばれ仏教・・・。じつに不思議な言葉だと思う。
何をどう頑張れ、と云いたいのか。僧侶が、
「本当は僕らだって僕らなりに頑張ってるんですよぉ」
と、認めて欲しいのか。他の職業人ならとても恥ずかし
くて口に出せないだろう、そんなこと。
例えば、歴史的イヴェントを翌日に控えた打ち合せに、
「ちょっと熱っぽいので行けません」
サラリーマンだったらクビである。ところがそれを言って
しまえる僧が、自分では“頑張ってる組”だと思っている
らしいから、いやはや困ってしまう。
まさか、ブッキョウだけに不器用、って駄洒落か?
視点を変えて、先のビールの例えから、仏教及び仏教
関係者(どんなくくりだ?)に頑張らせて、そのあたふた
する光景を、かつてTVでナイター観戦していたオッサン
よろしく、ビール片手に眺めよう、という意味なのか?
・・・こっちのほうが理解できなくもないな。

しかしいずれにせよ、仏教に関する知識の量を競うが
如きは、見せ物としても最低最悪だ。
そこに観客聴衆がいる以上、喜ばせてナンボである。
この“喜ばす”というのは大衆迎合ではない。
便宜上、数値で表わせば、観客の意識が5のレベルで
あったとしたら、8まで煽って引き上げ、それを壇上から
10の力で飲み込もうとするショーマン・シップ。
これが、喜ばすことだと思う。
知識や言葉の応酬は、一見スマートで整っているように
映っても、所詮はリアルな人間の凹凸に欠けたカタログ
に過ぎない。

がんばれ仏教、を云う人。世間並に頑張ってね♪

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