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印度原体験

ふと、わが“印度原体験”を振り返ってみたくなった。
物心ついて最初にインドという国の存在を知ったのは、
昭和少年に深いトラウマを刻んだ特製ヱスビーカレー
のテレビCMだ。ターバン巻いてドーランを塗りたくった
(褐色の肌を演出したのだろうが当時ほとんどの家は
白黒画面だった)芦屋雁之助師匠が空中浮揚しつつ、
「インド人もビックリ!」
あれである。幼かったワシはインド人が本当に朝昼晩
カレーばっかし喰ってるなどとは思いも寄らず、インド
では驚くとジャンプするんだ、ぐらいの認識であった。
が、ある時、親戚の法事で読経に来た僧侶が、
「仏教はインドでお釈迦様が説いた教えで・・・云々」
と語るのを聞いて、ターバン+ドーランで袈裟をまとい、
おでこの真ん中にポッチを付けた雁之助風のブッダが
ジャンプする姿が脳裏に浮かび、その晩はうなされた。

次は、1967年の手塚アニメ『悟空の大冒険』。
これがもう無茶苦茶。PUNKを先取りしたような作品で、
三蔵法師=軟弱青坊主、というイメージは本作が嚆矢
ではないかと思う。
最終回(この辺りワシの記憶が捏造されてる可能性が
あるので正確でない。ひらにご容赦)、はるばる天竺へ
辿り着いた悟空一行は、インドの凄まじい暑さに驚き、
「ただ暑いだけじゃないか!こんなところのどこが天竺
(=天国)なんだ!出てこい、お釈迦さん!」
と絶叫(たぶんそんな意味内容の台詞だったと思う)。

次は、1969年のPOLAテレビ小説『パンとあこがれ』。
いわゆる“昼ドラ”のはしりだが、新宿中村屋創業者の
一代記(番組中では、穂高屋)である。
なんと物語にインド独立の志士、ラス・ビハリ・ボースが
登場。演者は河原崎長一郎(with 褐色ドーラン)。
「おねがいします、ほたかやさん」
Namasteではなくいきなり日本語で挨拶したボースには
子供心にのけぞったが、カレーをカリーと発音したりと、
なんとなく“通”な気分に浸れた作品だった。

そして極めつけは1972年『愛の戦士レインボーマン』。
わがインド原体験は、この変身特撮ヒーロー物によって
決定づけられた。あの、あまりにも有名な主題歌、
「♪ インドの山奥で 修行してぇ~」
まさか、長じてから本当にこの歌詞をなぞった生き方を
しようとは、その当時は想像だにしなかった。

今改めて振り返ると、すべての道がインドへ通じていた
ように思える。
「ぼぼ、僕はイイ、インドがすす、好きなんだなこれが」
(雁之助『裸の大将』風レインボーマン)

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コメント

こんにちは
ツイッターからお邪魔しました。
初コメントで失礼致します。
ブログ楽しくそして勉強になる思いで拝見しています。
今回の印度原体験
良いですね。
自分のインドのイメージも皆がターバン(みんなシーク教徒)
で毎食カレーだと思ってました。そして左手は死んでも使わない!!
そしてレインボーマンはリアルタイムではないのであまり記憶は
ないのですが、あの歌はずっ〜と脳裏にありました♪
インドに行く=山奥で虎と戦って修行する などなど。。
始めてインドを訪れた時は妙に感慨深かった思い出があります。

ぼぼ、ぼくもイイ インドがスス 好きなんだな♪
長文 失礼いたしました。

>ハル様
まぁ、いまだにBollywood映画で描かれる日本人の姿は中国人と変わらないですから、ステレオ・タイプなイメージはお互いさま、ということですね。
しかし昔のテレビ番組って、いま思うと差別語のオン・パレードだったよなあ。
確か、インド独立の志士ボース氏を「黒ん坊!」と呼ぶ場面もあったような・・・。

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