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『一個人』

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月刊誌『一個人』2011年3月号:保存版特集「仏陀の言葉」
<KKベストセラーズ>に佐々井秀嶺師のインタビューと
写真が掲載されている(102頁より。写真は山本宗補氏)。
取材した松岡宏大氏の筆は、佐々井師の飾らない語り口
を忠実に再現していて秀逸だ。
内容のあらかたは既に『必生 闘う仏教』(佐々井秀嶺師著、
集英社新書)の中で述べられていることだが、山本宗補氏
の鮮やかな写真の数々によって、佐々井師の息づかいや
その体温までもが伝わってくるように思えた。

「インドには救いの手がさしのべられていない人がまだ何千
何万とおるんだ。(~中略)困っている人にものを与えたり、
そんなことではだめなのです。(~中略)仏教は国家を救わ
なきゃならんという使命感でやっております。(~中略)社会
を変えていかなきゃならん。(~中略)新しい社会を作る。
それがインド仏教の役割なのです」
この言葉は『必生』29頁、
「千年一日の如く個人の心にばかり重点を置き、ほかの人
の苦しみには無関心で、迫害に喘ぐ人々をむざむざ死なせ
てしまうような仏教であったなら、人間にとってマイナスだ」
ということ。念のため佐々井師は障害者児童の福祉施設に
文房具等を寄贈する活動も普段から行なっている。

「アンベードカルはビルマの高僧を呼んで改宗したのだから
小乗(上座部)仏教だという人がいます。しかし、彼のことを
調べれば調べるほど小乗ではない。アンベードカルの仏教
は大乗も大乗、極大乗です」
佐々井師は、アンベードカルの思想をすべて社会的実践の
中で体得してきたのである。文字通り、身をもって。

「まあ、なにか少しは、人の役に立ったのではないか」
との述懐が胸に迫る。

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